ゴミと希望のリザルト

 ハイエルフとの「対話」を終え、妹を救うために旅立った俺たち。

 逃げたとも言う。いや、俺たちの戦いはこれからだ。


 身長18センチの俺と、ケットシー族のマヌーという凸凹コンビは、乗り合い馬車で、ザルギッタという農村に着いた。


 馬車の駅にほど近い、キッキリキ亭という名前の簡素な宿屋で、二階の個室を取るという贅沢をした。素の俺も目立つし、大金とか持ってるから、シェア部屋だと不安なんだよな。


 カッテージ・チーズ入りのパン粥と(ナッツを入れたら美味かった)、酸っぱいワイン?という夕食を駅の食堂で済ませる。宿に落ち着いたら、さっそく、俺はマヌーのベッドに乗せてもらった。ハイエルフのところから拾い集めた戦利品を、ずらりと並べる。


 デカ猫マヌーは、目を輝かせてそれらを眺めると……


「フギャー!」


 悲鳴を上げて、固い枕の上まで真後ろにジャンプした。そのモフ尻尾がブワッとふくらんでる。


 ドンドン!


 薄い壁の向こうから叩く音が響いた。騒音への抗議だ。


「マヌー、しーっ、しーっ!」


 あれっ、しーっ、って言って通じるのか?


「にゃ、にゃんだ、その耳は」


 マヌーは小声で言った。


「あっ、そう言えば」


 そう言えば、あのドジなハイエルフが自分で切り落とした耳も入れてたっけ。


「おいら今晩そこに寝るんだぞ。キモいことするにゃあ」


「悪い悪い」


 俺はマヌーを刺激しないよう、そのブツだけを魔包リュックに戻し、他のアイテムを枕から離して並べた。さて、その品揃えは……



 片方だけの、真偽判定イヤリング。使えるのか?


 金属の薔薇のような浄化魔法クレンジングの魔道具。茎の部分が無い。


 水を造り出す魔道具コースター、が欠けたもの。


 絹みたいな素材のストッキング、の片方で穴があいてる。


 切れ目の入った白銀の腕輪。


 高そうな宝石がついた白銀のブローチ、の残骸。


 つたのようなデザインの金のネックレス、の残骸。



「う~ん、正直な感想を言ってもいいかにゃ?」


「できれば言わないでくれ」


「ほとんどゴミだにゃ」


「言うなよ~俺だって少しそう思ってるのに……でもさ、宝石とか、金のカケラとか、素材はカネになるだろ?」


「本気で言ってるのかにゃ?」


「……言ってみただけ」


 そうなんだよな~ コネや知識もないのに宝石や貴金属を売ろうとしたら、冒険者とか悪徳商人とかに目を付けられるのがオチなんだよな~ でも、捨てるにはもったいないんだよな~


「あっ、でもさ、俺たちでも使えそうなモノもあるんだ。まず、清潔好きなマヌーなら喜びそうな、これ!」


 俺は浄化の魔道具パーツを両手で抱えた……が、何も起きなかった。


「で?」


 きっつう、猫顔の真顔はきっつう!

 は、はじぃ……顔が赤くなるのが判る。


「こ、これはたぶん、ここがブラブラしてるからダメなんだよっ」


 ストッキングの丈夫な細い糸をするっと抜く。この糸でとれかけた花びらを固定したら、きっと動くさ。


 動くといいな。


 そう思って、ん、よく見ると、花弁にあたる部分の奥に、何やら模様が見える……俺の手のひらぐらいの、小さな魔法陣だ。これが本体か。


 あ、そっか、素の俺は確かほとんど魔力を持ってないから……

 それなら、きっと……!


「ちょっと待ってくれ。……妖精形態フェアリー・モード再定義リ・デファイン!」


 変身!


「ニャッニャッニャッ! いきなり変身かニャ⁉」


 ドンドンドン!


 マヌー、迷惑だろ~ と思った。


 ベッドの上、キラキラをまとってふわりと浮かんだは、造花を抱えたまま、念じてみる……はたして!


 魔道具に少し魔力を吸われる感覚があり、そして、確かな魔法の波動が広がった。マヌーは……毛並みがピカピカのモフモフになってる! デカ猫は何回かまたたきすると、すっくとフカフカの枕の上に立ち、真っ白になったシーツによろけて突っ伏した。そして感触を慈しむように手足を動かした。


「ああ……おいらは今、とてつもなく感動してる……」


 泣いてる。そんなに嬉しいか~


「決めた。お前に一生ついてくニャ。もしお前が先に死んだら、それを貰うニャ」


「そう簡単に死なねーよっ」


 うん。やってみるもんだな~


 魔道具の中身って初めて見たけど、魔法陣が入ってるのか。そしてそこが壊れなきゃ、再使用できるんだな。だとしたら、これも……


 あたしは欠けた魔道具コースターを抱える。そして、その割れ目をよく観察してみた……あっ、やっぱり。コースターの中央付近の、すこし表層がはがれた部分に、小さな魔法陣が見える。


 見えるが……その魔法陣の、丸い外周の輪の一部が、押し損ねたハンコみたいにちょっと欠けてる。試しに魔力の注入を念じてみたが、やっぱり作動はしなかった。


「あ~ これはダメか~」


「それは直せないのかニャ?」


「いや、これは専門家じゃないとムリだろ。魔力のこもったインクでもなきゃ……」


 あっ!


 あたしの小さな心臓が、ドクンと跳ね上がった。まさか。まさか……!


 震える手で、リュックからドクロの指輪を取り出す。ハイエルフと話したときに、カーテンに文字を書いたモノ。ドロシィさんから貰った魔道具だ。それを両手で握りしめて念じる。


 コースターの魔法陣の、その欠けている部分が、あたしの思う通りに繋がっていく……!


「ニャ、にゃにをやってるニャ、小さすぎて見えないニャ」


 そう。これは……


 


 終わった。あたしはコースターを床の上に運び、さらにその上に部屋に備え付けの木製コップを乗せ、念じる……


 すると……コップの中に、確かに水が湧き出てきた!





「うぅぅをぉぉたぁぁーっ!!!」


 あたしは奇声をあげ、キラキラをまき散らしながら、部屋中を飛びまわった!


 キラキラキラキラキラキラ!


 もう一度叫ぶ!


「うぅぅをぉぉたぁぁーっ!!!」


 キラキラキラキラキラキラ!


 ドンドンドンドンドンドン!


 壁からまた音が響いたが、もはやそれすら心地良い効果音にしか聞こえなかった。迷惑だ~ でも許して~ あたし、ついに見つけたんだよ!


「ごめんなさい~!」


 自分でもビックリするほど可愛い女声が出て、そのせいか抗議の音は止んだ。


 歓喜のまま、フィギュア選手のようにクルクル回転しながら、あたしはベッドの上に着地し、マヌーと同じようにペッドに倒れこんだ。


「ああ……あたしは今、とてつもなく感動してる……」


 ……これは水だけど、水じゃない。湧いて出てきたのは、あたしの希望だ!


「クライン、泣いてるのかニャ?」


「……泣いてない。あたしが泣いていいのは、リーズを取り戻したときだけだ」


 あたしは粗いシーツに顔をこすりつけてゴマかした。


「水の湧く魔道具は旅には便利だけど……それほど嬉しいことかにゃ?」


「違う、違うんだ。それだけじゃないんだ。あたしは今、魔法陣を直した。修理できるってことは、時間をかければ複製だってできる、ってことじゃないか。凄いだろ!? こんなこと、魔道具の専門家じゃなきゃできないはずだろ!?」


 そう、こんな簡単に、できるはずないんだ!

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