罠に堕ちた妖精

 身長18センチのは、巨漢のゴブリン族ホンゴの屋敷に忍び込んだ。ヤツの視線を盗んで、絵画のウラに隠された金庫を見つけたぜ!


 ネズミ形態ラット・モードから妖精形態フェアリー・モードに変身、絵画に解錠アンロック妖精魔法フェアリー・マジックをぶちかました!


 ギィィィ……


 偽装絵画のシャッターと共に、金庫の鉄扉もついでに開く!


「おおっ……!」


 ついにお宝か!


「……いけない、陛下! お気を付けてくださいーっ!!」


 忠実なる白ネズミ、シロカゲの絶叫を聞き流して、思わず中に飛び込んだ妖精あたしが見たモノ。


 それは……


 金貨! 銀貨! 地金の山!

 まさしく、お宝だ~!!!


「いや~ん、最高!」


 あたしは思わず両手を胸の前に引き寄せ、腰をクネクネさせた。


 ガッシャッーンッ!


 突然、身体を揺さぶる衝撃と共に、背後から金属音が聞こえた。


「な、なんだ?」


 おそるおそる振り返ると、そこには……


 ギロチンみたいな金属の歯。

 それが……あたしに嚙みついている!


 イノシシ罠みたいな、そう、いわゆるトラバサミがあたしを咥えこんで、ガッツリ閉じている……!


「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 どう見ても罠だ思わず悲鳴をあげた何だ何だあたしの身体どうなってる動かないピクリとも動かないでも痛くない痛みが無いのがかえってヤバいヤバすぎる脊椎が逝ったか下半身が千切れたか激痛すぐ激痛がするだろう死ぬ死ぬ死ぬ……


「陛下」


 ああこんなところで死ぬなんてリーズリーズリーズごめんごめんよ……


「陛下」


 マヌーとフレーメは呆れるだろうブは泣くだろう……


「陛下、落ち着いてご確認ください」


「えっ」


 いつのまにか罠の隙間から入って来たシロカゲが、あたしの下半身を埋めていたお宝ズをザラザラと掻き出した。


「あ、無事だ」


 トラバサミはあたしの下半身を食いちぎったのではなかった。妖精の羽根を噛んだだけだった。衝撃で崩れたお宝ズの山と相まって、身動きできなかっただけだった。ギリギリ助かったんだ。


「はあ……」


 他の形態モードに変身すれば、簡単に脱出できるな。を敬愛するシロカゲの前でいらぬ醜態を晒してしまった……それに、ちょっと漏らしてないか?


 ううっ、はじぃよぉ。


 あたしはネズミ形態ラット・モードに変身すると、危なげなくトラバサミから脱出した。それにしてもホンゴのヤツ、理にかなってるけど陰険な罠を仕掛けたもんだぜ。持ち主は隠しスイッチで解除するんだろうけど、誰かさんみたいな馬鹿が(でも普通サイズの)手を突っ込むと、ガシャーンと手首を挟まれて、ざまぁプラス捕まってしまうというワケだ。


 あっ! ということは?


「シロカゲ、あいつは……ホンゴはどうしてる?」


「少々お待ちください……監視ネズミが、武器庫から出てくるホンゴを見たようです。危険な雰囲気を持つ槍を持ち出し、この執務室に戻ってくるようです」


「ヤバっ。よし、すぐ脱出だ、お宝を全部かき集めろ」


「御意」


 天才ネズミはテキパキとその背中にしょった魔包リュックに、お宝ズを詰め込んだ。全部入りそうだな。ん? 貴重品に混じってボロいカギが一個あるぞ。なんか見覚えがあるカギだな。シロカゲはというあたしの命令通りそのカギもリュックに入れた。


 この金庫を見る限り、現金と現金化しやすいモノばかりで、残念ながら価値の高い権利書とか宝飾品とか魔道具とかは無いようだから、あくまでこれは常用なんだろうな。当座預金とか電子マネーのチャージ金みたいなもんだ。きっとメインのお宝は別の場所にあるのだろうけど、今はこれで十分だ。ゲンナマがなきゃ昨日の今日じゃ、兵隊もその装備も増やすことは難しいからな。


 待てよ……装備?


「なあシロカゲ、こういう嫌がらせはどうだろう」


「ふむふむ……おお、さすがは陛下! さっそく部下ネズミに実行させます!」


「それじゃ、姫様たちと合流するぞ!」


「これだけでよろしいのですか? ホンゴを傷つけるのは無理にしても、冒険者どもの喉笛を食いちぎったり、屋敷に火をつけることとかは可能ですが」


 うへっ、こいつ時々カゲキだよな。


「やりすぎ。今そこまでやったら、やり遂げる前に絶対にホンゴが気付いて全面戦争になるぞ。味方の準備だって整ってないのに。忘れんなよ。俺っちたちはそこまで強くないし、敵はそこまで弱くない」


 さっきまで漏らしてたくせに何を偉そうに、と少し思ったけど、続けた。 


「もし、ヤケクソでクソエルフに助けを求められたら厄介だ。それに……ネズミ民だって大勢死ぬ」


「……おお、おお、さすがは陛下!」



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 寒風吹きすさぶ真夜中。港町センケーゲの沖合に錨を降ろした一隻の船舶が、黒い波間にゆったりと揺られていた。ふたつの月の光に照らされて、幽玄に輝く美しき船、白波丸アビヤドマウジュだ。


 マルバックツェ共和国の幼き第三王女、マルマリス姫は揺れる上陸用ボートの甲板にすっくと立ち、潮風に柔らかな銀髪をなびかせ、その青い瞳でほの白く輝く船を見つめていた。その隣に並ぶのは巨大な卵状の宝石を抱えた金髪の女騎士、ツォーネ。幾艘ものボートに分乗した共和国の乗組員たちは皆、魔灯ランタンを掲げていた。ここにはいないクラインの仲間たちは、ほかの使命を抱いて先に上陸していた。


 しだいに遠ざかる、旅の家であった白き船を彼らは無言で見つめていた。誰も泣き叫びはしなかった。ただ頬を熱く濡らしていただけだった。姫が口を開いた。


「今までありがとう、白波丸アビヤドマウジュ……かけがえなき友よ」


 女騎士も呟く。


「その誉れを称えよう。お前は立派だった。最高の船だ……」


 他の者たちも、次々と別れの言葉を口にする。するとひとりの船員が、夕方の買い付けの時にセンケーゲの酒場で耳にした、流行りの台詞を呟いた。


「サヨナラ……」


 今まで一度も聞いたことのない不思議な言葉であったが、そこに、深く切ない響きを感じ取った他の乗組員たちもまた、その呟きを真似して繰り返した。


「サヨナラ……」


「サヨナラ……」


「「「サヨナラ、……白波丸アビヤドマウジュ!」」」


 女騎士の持つ巨大な宝石……小さき者が「ついんどらいぶ」と呼んだ予備の記録装置が、きらり、と輝いた。


 ボォォォォ……


 誰も残っていないはずの船から、霧笛の音が響いた。

 それは気高きゴーレム船の、別れの言葉だった。



+++++++++++++



 ドンドン! ドンドン!


「起きてくださいっ!!」


「……はぁい?」


「何事だよ……」


 店にこもっていた、ドードー亭の母子。



+++++++++++++



 ドゴォン! ドゴォン!


「武器屋、起きろーっ!!」


「うっせえ、下手な槌打つんじゃないよ!」


自宅の船で酔いつぶれていた、ドワーフ娘のシュトッキ。



+++++++++++++



 パンパン! パンパン! ガリガリッ!


「起きるにゃーっ!」


「起きてますけど、なんですか?」


「ちょっとぉケットシーの旦那、ドア引っかくのは止めてくださいよお」


 安宿に泊まっていた、吟遊詩人モルゲン。



 それなりにクラインと関わった者たちは真夜中に叩き起こされ、引きずられるように町教会へと連れ込まれた。シュトッキはぶつぶつ文句を言ったが、ホンゴに襲われるという事実を告げられて抵抗を止めた。


 そして、教会には先客の一団が訪れていた。


「シスター、お世話になります」


「いえいえ、共和国のかたがた。こんなところでよろしければ」


 教会の女聖官シスターは、馬が何頭も買えるほどの寄付金を貰ったため、いや、輝きの教えに従ったため、にこやかに避難民たちを迎えていた。


「でも……領事館へは行かなくてよろしいのですか」


「はい……」


 屈辱の賤貨を握りしめ、銀髪の姫君は答えた。


「恥ずかしながら、色々事情がありまして」



+++++++++++++



「こんなところで寝てたか……探したぞニャア、おい、起きるにゃ」


 夜明け前の、もっとも暗い時刻。下町の路地裏。


 ボロ毛布とゴミとお互いの温もりにくるまった孤児たちは、ひさしぶりの満腹を感じたせいなのか、深い眠りについていた。その子どもたちのまとめ役にかけられた、ケットシー族訛りの声。それは孤児たちに仕事をくれた妖精の仲間、マヌーだった。


「なんだよ……猫のおじさんか」


「シャー! おいらは猫でもおじさんでもないニャ! いいから起きるにゃ。お前たちに追加で大事な仕事を頼みたいのにゃ。大急ぎでこの街の全員の孤児を集めて、教会に行くにゃ」


「あんたには世話になったから断れないけどさ、大事な仕事っていったい何だよ」


「お前たちが、生き残ることにゃ」



+++++++++++++



 ホンゴ屋敷の庭。まだ朝のうちだが、すっかり陽も高く上った時分。


 かつてホンゴの友人であったゲファグナーが連れてきた冒険者どもと、もともとホンゴに雇われていた生き残りの冒険者どもは、だらだらと庭に集まっていた。戦いの直前だというのにいやしく朝食を貪っていた彼らは、油断するなというホンゴの激も聞き流していた。かつて小さき者クラインが看破した通り、それが「おとこ」と自称する彼らの本性なのだった。


(これは、何か考えなくてはなるまいな)


 のんきに鼻をほじる冒険者たちを見回し、ホンゴはそう思った。そして策として、船に向かう一団には手練れの者を選び、さらに戦闘以外では頼りになる同胞たるゴブリン族たちの数名を加えた。残りのゴブリン族は屋敷で留守番だ。昨夜はむざむざ相手を逃してしまったが、この屈辱は必ず晴らしてやる。


 それにしても今回の戦いは時機が悪すぎる、とホンゴは思った。もう少し先ならば、白銀の首輪の威光が国の隅々まで行き届き、衛兵はおろか国の騎士団すら手足のごとく使えただろう。もう少し過去ならば、まだ盗まれていない現金で傭兵を雇えただろう。


 弱者を脅すことと、いたぶることだけが得意な冒険者たちに頼ることはなかっただろう!


 船で待ち受けているのはそれなりに腕が立つはずの乗組員の一団だと思う。自分ならそうする。しかし、これだけの戦力と、ゲファグナーの魔法の槍を持った自分がいる限り、負けはありえない。


 たとえネズミ大王ラッテンクーニッヒが待ち構えていようとも!


 ホンゴは頭を振って気持ちを切り替え、冒険者たちとゴブリン族たちを率いて波止場に向かった。


 ザッザッザッ……


 ごろつきたちのブーツの音が、急に人通りのなくなったセンケーゲの坂道に響く。まともな大人たちは、むきだしになったホンゴの恐ろしさに震え、弱いものたちを家の奥に押し込んで共に引きこもった。衛兵の行動にさえ難癖をつけるような、小さき者が言うところである「中身だけ美しきハイエルフ」の心根の者は、一団に気付かない振りをした。


 だらだらだら……


 まるで行楽のような足取りで、残りの冒険者たちは教会に向かった。

 彼らは間抜けな斥候の報告を信じ、相手を女と子どもと素人だけの集団と思い込んで、完全に舐めきっていた。



>> small size >>



 俺と仲間の準備は整った。

 いよいよ決戦だ!

 細工はリューリュー、仕上げをゴローじろ、だぜ!


「行くぞブ!」


「はいっ!」


「あのデカいゴブリン野郎を、必ず仕留めてやる!」






「……ゴブリン……」



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