拝啓、チンスラ陛下

 ホンゴが部屋に戻って来た。


 あぶねーっ!


 あわてて薪バケツの裏に潜み、たちは様子をうかがった。ちっちゃな胸がドッキドキだよう。危機を感じ取るネズミ魔法スキルが無かったら、完全に見つかってたタイミングだったぜ!


 身長18センチでネズミに変身中の俺っちは、忠実なる臣下の白ネズミ……シロカゲと共に、ホンゴの仕事部屋をグッチャグチャに荒らしていた最中だった。


 その目的はヤツに疑念を持たせること。


 ホンゴの大事なモノ……ため込んでるはずの悪銭とか、例の契約書とかを、正体不明のナニモノかが狙っている。そういう疑念を植え付けるためだ。まあ、事実なんだけどさ。


 そんな疑念がなぜ必要か、つーと、ヤツがお宝をどこに仕舞い込んでるかわからないからだ。時間さえあれば、俺っちはシロカゲとネズミ民に命じて一軒のお屋敷程度、簡単に探しできる。


 時間さえあればね。

 だけど今は、その時間がない!


 明日の契約……白波丸アビヤドマウジュを渡す契約が終われば、クソエルフとのシガラミから解き放たれたホンゴは動く。ドードー亭の親子、武器屋のドワーフ娘、吟遊詩人のモルゲンさん、バイトの孤児たちに至るまで無惨に痛めつけられる。そのクソみたいなチンピラ……じゃなかったチンスラ特有の反社メンツを守るために。


 の内なるクソエルフが、そもそもそうなったのは俺のせいだろ、そして、俺の本来の目的はそもそも義妹リーズを助け出すことだろ、と囁くけど、そもそもホンゴは悪いヤツだ。もし俺と会わなかったとしても、同じことをいつか誰かに絶対しやがるはずだし、今までも絶対しやがって来たはずだ。


 現在の現実だって、被害者はドードー亭や姫様たちだけじゃなくて、は武器屋での脅迫現場を見てるし、この屋敷の地下には牢屋があるし、の大事な特職娘たちだって死ぬほど(文字通り)酷い目にあったもんな。エビデンスばっちりだ! 


 俺は小さい。正義の味方なんかじゃない。

 けれど、ヤツを放置するのは小さすぎる。

 リーズとまた出会うときまで、少しは大きくなっていたいんだ。

 だからこそ、ホンゴの野郎には。

 輝きの鉄槌を食らわせてやる!

 

 さぁて。


 細工はリューリュー、仕上げをゴローじろ!



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 執務室の惨状を見て、ホンゴは大きく目を見開き……次の瞬間には目を細め、少し腰を落として油断なく周りをうかがった。いま、この部屋には誰もいない。危険なモノもないようだ。しかし、数々の戦場で鍛えられた勘が、教会の鐘のように脳裏に響いていた。


 賊はまだ……近くにいる!


 ホンゴは大声で執事を呼ぶと、生き残った手持ちの冒険者どもではなく、旧友が連れて来た冒険者どもでもなく、戦いには向かないが最も信頼のおける同族……ゴブリン族の使用人たちへの命令を伝えた。


「この屋敷に何者かが潜んでいる。探せ。いいか、ケットシーの子一匹も見逃すんじゃないぞ!」


 使用人たちが大慌てで退出すると、ホンゴは机の上にその巨躯を降ろした。そして開かれた手紙に目をやった。賊に見られたようだが……見られて困ることはないはずだ。改めて中身を確かめると、それは予想した通りの内容だった。マルマリス姫からの連絡を受け取ったであろう総領事が、受け渡しの段取りをしたためたものだった。


「おや。引き渡しの時刻が……明日の正午だと?」


 てっきり、姫たちは期限となる明後日の夜まで、策を求めてギリギリまで粘ると思っていた。まあ、早いぶんにはかまわないだろう。それよりも気になるのは、指定の場所がセンケーゲ湾のすぐ外の海上であることだ。


 ははあ。敵……つまり俺の増援が怖いんだな。無駄だと言うのに。白波丸アビヤドマウジュを完全に掌握する算段はすでに整っている。契約書さえあれば。


 ホンゴはそう思い……ふと、手紙の裏にも何か書いてあることに気付いた。


 紙を裏返し、そこにある内容を確かめたホンゴは大きく目を見開き、傭兵時代に一度も震えることのなかった手をぶるぶると震えさせた。そして、中空を見上げて叫んだ。


「そうか、お前か。お前だったんだな!」



************



 小さき珍スラ陛下に告げる。


 ホンゴ、お前は余を怒らせた。

 余が大事にしているものを、よくも奪おうとしたな?

 選ばせてやる。

 美しきハイエルフ様に殺されるか。

 余に殺されるか。

 あ、そうそう。

 お前が大事にしているものは、余がすでに奪った。

 残念だったな。


 巨大なるネズミ大王ラッテンクーニッヒが、ここに記す。



************



 ネズミ大王ラッテンクーニッヒ


 それはかつて、ドロシィとかいう若い女の占い師に告げられた、いつかホンゴを倒す者の名前。そのときはただの戯言……そんな存在などありえないから安心してもよい、という意を仰々しく表現した言葉……だと思っていた。


 ここにきて、この折に。

 繋がった。すべてが繋がった。


 ホンゴはそう思った。

 たかが占いだとか、たかが探索者だとかという侮りは、もはや完全に消え失せていた。


 戦場で敵に包囲された時のように、ホンゴはすばやく考えを巡らせた。まず、もう一度手紙を真剣に読み返す。


 『美しきハイエルフ様に殺されるか』


 これは、「船を渡す段取りの前に手を出したら相打ち覚悟で船を沈めるぞ。お互いそれだけは避けたいだろう?」という伝言に違いない。


 まさしくホンゴ自身が、その事態を恐れて拙速に動かなかったからだ。


 もし約束していた白波丸アビヤドマウジュが手に入らないと判ったら、美しきハイエルフ様は怒るだろう。そしてホンゴだけではなく、ネズミ大王ラッテンクーニッヒとその仲間も殺される。それが誰だか判らなくても、センケーゲの街ごと焼かれたら同じことだ。


 『俺たちに殺されるか』


 これはただの宣戦布告だ。問題はこんな判り切ったことを書いた理由だが……その後の文章にその謎は隠されていた。


 『お前が大事にしているものは、余がすでに奪った』


 これは一見、ただの煽りのようにしか読めない。しかし敵は美しきハイエルフ様の性質を見通すほどの人物だ。おそらくこの文面だけが真に伝えたいことなのだろう。


 そう……この部屋はなぜこんなにも荒らされている?


 まるで、隠されている何かを必死で見つけ出そうとした……と、見せかける光景を作るかのように。



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 あいつ、なんかキョどってる。

 これなら策は上手くいきそうだ。


 何が『お前か』だよ、ネズミ大王ラッテンクーニッヒの名前を聞いたことあるのかよ……あ~あるかも知んない。ハノーバやニュタルで小耳にはさんだヤツが噂したのかも。


 俺っちはホンゴの野郎の様子をうかがいながら、前世で見たとある動画、いやTVドラマかコミックだったかも知れないが、とあるフィクションのとあるエピソードを思い出していた。


 そのフィクションの主人公は国税局のエリート、いわゆるマルサだ。悪いヤツの事務所に乗り込んで、隠された不正の証拠資料や財産を見つけ出すプロだ。そいつのワザは、悪いヤツの視線に注目するというもの。人間、隠したいものがあるとき、どうしてもその方向を、つい、見てしまうもの……ホントかよ。でも試してみた。


 そら……ホンゴ、つい、見ろよ。

 

 「余がすでに奪った」モノがあるはずの方向をよお!



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 かつてホンゴが最も恐れていた相手。


 美しきハイエルフ様を除けば、それはフリューゲル王国の徴税官だ。美しきハイエルフ様より白銀の首輪を賜った今は役人など蹴散らしてしまえるが、それまでは大人しくカネを払うしかなかった。


 その徴税官どもが持つ能力、相手の視線を読むスキルには、何度苦しめられたことか! むろん、武術の達人であるホンゴにとっては、命をかけた戦いの中でなら視線の牽制など、するのも躱すのもお手の物であった。


 しかし、徴税官相手の緊張は戦場とはったく違っていた。


 そしてホンゴはその経験から、ネズミ大王ラッテンクーニッヒの狙いを正確に見破った。


 方法は判らないが、今。敵はこの俺を見ている。

 俺の視線を読もうとしている。


 それなら……



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 おっ!


 ホンゴがこの部屋の一角……壁にある風景画をちらりと見つめ、それから慌ただしく部屋を出ていった。


 そこか! ベタすぎるけど!


 でも待てよ。

 ヤツが別の部屋、別のカネとかの隠し場所へ確認に行ったのなら、すぐ後を追わないと……


「陛下、すでに監視ネズミを呼び寄せております。部屋を出て行ったホンゴを追わせますので、今は確実な場所を調べましょう」


「ぬかりないな、シロカゲ!」


 俺っちたちは壁を走り、絵画の額縁に飛び乗った。二匹で狭い足場に立ち上がり、鼻先をくんくんと動かして絵を探る……


「どうやって開ければいいのか判りませんが、この絵は何かのフタのようです」


 んんっ……それなら!

 この絵の大きさは30センチ角。もし……が中に入れるような空間が、この絵の奥にあったとしたら……


 俺っちは絵を蹴って空中で回転する。


妖精形態フェアリー・モード再定義リ・デファイン!」


 変身!



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 ホンゴは走った。敵を欺き、反撃のために武器庫に向かいながら。自分の命令で廊下を行き来するゴブリン族の使用人たちが礼もそこそこにすれ違う。走りながら、ホンゴは考えていた。


 今もネズミ大王ラッテンクーニッヒは俺を監視しているはずだ。そんなことは決してありえないが、まるで何匹ものネズミに見られているかのような、そんな気配がする! 


 これがあやつのスキル、名前の由来か。


 今の自分にとって「大事にしているもの」は、この白銀の首輪。次に、今も持っている魔包財布の中の契約書、屋敷の最奥に隠している財産、そして同胞のゴブリン族たちだ。落とし前をつけるための冒険者どもも大事だが、それは結局の話、カネさえ出せば珍スラの替わりはいくらでもいる。それに、暴力だけなら自分ひとりでも何とかなる。


 主な財産の隠し部屋さえ知られなければ、致命的な事態は防げるはずだ!



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妖精魔法フェアリー・マジック、あたしは自由! 解錠アンロック!」


 空中でホバリングするあたしの指先から金色ビームがほとばしり、風景画にぶち当たる!

 すると……!


 ズズッ!


 絵が、額縁ごと自動ドアのように横にスライド!

 勢いでシロカゲが落ちたが、ヤツは空中回転して床にスチャッと無事着地。


 絵の裏にあったのは……鍵穴のある鉄の扉だ! どう見ても金庫です。本当にありがとうございます。ベタだ。ベタすぎるぜ!


 ギィィィ……


 解錠アンロックの魔法が沁みていたのか、金庫の鉄扉もついでに開く!


「おおっ……!」


 ついにお宝か!


「……いけない、陛下! お気を付けてくださいーっ!!」


 シロカゲの絶叫を聞き流して、思わず中に飛び込んだあたしが見たモノ。

 それは……


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