さらば、友よ
「ホンゴのヤツめ、助っ人を呼んだようです」
偵察に行っていた白ネズミ、シロカゲがそう報告した。
「じゃ、敵が増えたっチューことか……はぁ……」
「「「チュウ?……チュウチュウチュウ!」」」
陽も落ちて、ここはホンゴ屋敷の裏庭。船を明け渡す決戦の前に、ヤツのカネをパクり、そのパワーを削いでやる作戦だったのに……なかなかスムーズにはいかないもんだぜ。それにしても、あいつ、動きが早すぎるだろ。少しは油断してくれよ。
いや、逆だ、逆。
あとから援軍のことが判るより、いま判ったほうがいい。そう考えるとツイてるな。よし。その助っ人というのがどんな連中か確かめて……何かターップリ仕込んでやるとするか。下剤とか!
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「ホンゴ、なぜだ!なぜ美しきハイエルフ様なんぞの手下になった!」
豪華な応接室でホンゴに詰め寄る、ニンゲン族の男。ローブをまとう骸骨のような細身の体からは、怒りが湯気のごとく噴き出していた。ホンゴと同族で緑色の肌をした執事は、短気で巨漢の主人がどう答えるか想像してしまい、ぶるぶると震えていた。
「手下だと? そんなつもりはないぞ、ゲファグナー。美しきハイエルフ様は俺の後ろ盾。ただそれだけのことだ」
ゲファグナーと呼ばれた男は、かつての戦友の軽い言葉を耳にして、天を仰いだ。
「俺は確かに、お前が王として立ち上がるとき、手を貸そうと言った……今朝、伝書鷹がやって来たとき、俺は嬉しかった。ついにそのときが来た、ついに俺の背中を守ってくれた恩を返せるときが来た、ついに俺の魂を見せるときが来た、と、そう思った……大急ぎで秘蔵の魔道具を引っ張り出し、そこらへんの冒険者どもをかき集め、いそいそと早馬車で駆けつけてみれば……」
ローブの男は肩を落とし、革の手袋をはめた自分の左手を見つめて呟いた。
「……共和国と事を構えるのはいい。確かに兵隊は必要になるだろう。もともと手紙にはそれしか書いてなかったよな。だけどな」
ゲファグナーは巨漢のゴブリン族の首元……白銀の首輪をぴしり、と指差した。
「それが美しきハイエルフ様へのおべっかとなれば話は別だ。それにな、そもそも厄介な探索者なんかの復讐に他人を巻き込むな。おまけに、居酒屋と武器屋と吟遊詩人を潰せだと?ついでに孤児を掃除しろだと?そういう仕事は珍スラ冒険者に頼め!」
「きさま、この俺をスライム呼ばわりとは……」
「チュウウウウウウウ!」
ホンゴの沸き立った激高は、突然響いたネズミの鳴き声にウンディーネを差された。その部屋にいた誰もが一瞬、思わずあたりを見回した。
大したことじゃない。ネズミなんかは、どこにでもいる……
そう思ったホンゴの脳裏に何かが引っ掛かったが、かまわず彼は旧友に最後の言葉を投げかけた。
「もういい、帰れ、ゲファグナー。お前はもう友じゃない」
「……魔道具と冒険者どもは置いていく。好きに使え」
ゲファグナーは執事に促されて応接室を出て行った。
かつて美しきハイエルフ様は、自分たちの都合ではあったがあらゆる戦争を終わらせた。もちろん、ヒトの争いが無くなる訳がない。美しきハイエルフ様はただ、大国ごとその軍隊を浄火するついでに「戦争」という醜い言葉を禁じただけだ。
頭の中がシダ花畑ではない者にとっては常識だが、世界中のどこでも国単位の争い……紛争や衝突や侵略は太古より途切れることが決して無いのだった。
異世界チキュウがそうであるように。
そんな戦場のひとつで若き傭兵たちは出会った。戦火の下で誓ったはずの友情は、いまや完全に燃え尽きてしまった。
泣こうが喚こうが、ヒトは変わるものだ。たとえそれが親友であったとしても。残念ながら、それは異世界チキュウであってもここナッハグルヘンであっても、ごくありふれた現象なのだった。
ゲファグナーは屋敷を出る早馬車……その後ろには冒険者どもを連れてきた空の馬車群が森林蟻の行列のように続いている……その暗い客室で揺られながら、御者に見つからぬようにこっそり左手の革手袋をめくった。その手の甲には、たいていの者には意味不明の、不思議な記号の刺青が刻まれていた。
それは、今度こそ友に打ち明けようと思っていた彼の魂の刺青だった。これを見せる機会はついに失われた。傷ついた歴戦の傭兵は、震える声で呟いた。
「さらば、友よ」
その記号は、3つの点と1本の横棒が組み合った形をしていた。小さき者クラインのように異世界ニホンに縁のある者ならば、その不思議な記号……「カンジ」を正しく読み取ることができるだろう。
それは、美しきハイエルフ様に抗う者たちが互いの絆を強くするために、そして、発覚の危険を自覚することで逆に覚悟を持つために、あえて刻んだ秘密の証。
六。
それは「数字で呼び合う者たち」の6番目の
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俺は甘かった。
大甘だ。甘ちゃんにもほどがある!
思わず鳴き声あげちゃったじゃないか!
シロカゲと共に天井裏に潜みながら、俺っちは激しく後悔していた。
ゴブリン族にあらざる……まあブ
そうさ。
ドードー亭の親子だけじゃなくて、あのドワーフ娘の店、モルゲンさん、孤児たちまで…… 要するに俺たちがヤツの関係者に目撃された場所の、俺たちに関わっているだろうすべての人たちを、ホンゴの野郎は酷い目に会わすつもりなんだ!
たぶん、反撃した俺たちに思い知らせる……苦しませる、ただそれだけのために!
反社や半グレのチンピラ……
いつだって、そのほうが手っ取り早く……
そのクソみたいな面子を保てるんだからな!
本当に俺は甘かった。あのとき……特職娘たちを救出してFBライフルを撃ったとき……2発だけじゃなくて、ここが更地になるまで撃ちまくればよかったんだ。そうすればタフすぎるホンゴは仕留められなかったとしても、ヤツの手札に大打撃をぶちまかすことができたのに!
ふたりを助けた嬉しさで、後回しにした。
深く考えずに逃げ出した。
やろうと思えばできたのに!
それが俺の正義だったのに!
今からでも……いや、だめだ。
魔力タンクになるブ
チンスラどもを止める工夫が……!
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「ホンゴ様。ゲファグナー様が連れてきた50人ほどの冒険者たちが庭で待機しておりますが、いかがいたしましょうか。よろしければ私が、別棟の屋根が残っている部屋にでも案内しておきますが」
執務室に移ったホンゴに、執事が伺いに来た。
「そうしてくれ。飯も出してやれ。ああ、もちろん酒はダメだぞ。……いや、とりあえず俺の目でそいつら全員の顔を見ておこう。冒険者どもの中には、最初から締めておかないと動かないヤツもいるからな」
「かしこまりました。それから、マルバックツェ共和国の総領事から手紙が届いております」
「ふうむ。机の上に置いておけ。後で読む」
内容はおそらく、明後日……契約の三日後、期限日に船を引き渡す、その段取りだろう。総領事はすでに自分の駒。家族を殺すと脅したかいがあったというものだ。
ホンゴはそう思い、執事と共に部屋を出ていった。
しばらくして。
カーテンの裏にあった壁のひび割れから、二匹のネズミが飛び出した。
一匹は、灰色のネズミ。ドクロの王冠を被ったその頭だけが、黒髪のヒト族のように黒かった。
もう一匹は、灰色のネズミよりも大きい白いネズミ。理知的な輝きを放つ目と、背負った小さなリュック、疾走になびく赤いマフラーが目立っていた。
灰色ネズミは机の上に飛び乗り、封蝋のある手紙を乱暴に開くと、踊るようにその王冠を振り回した。白ネズミは全身を使って机の引き出しを抜き、中の物ごと床にバラまいた。次に、二匹のネズミは本棚に並んでいる本を端から叩き落とす。仕上げに鋭い歯で椅子とソファーの皮を食いちぎった。
まるで、隠されている何かを必死で見つけ出そうとした……と、見せかける光景を作るかのように。
+++++++++++++++++++
怪しい動きをしていたのは、二匹のネズミだけではなかった。屋敷の外で待機していたネズミたちもまた、白ネズミの指示によって仕事を割り振られていた。
その仕事とは、水浴びである。
丘の上にあるホンゴ屋敷の敷地には井戸がない。地下に水脈がないことを承知で屋敷を建てたのだ。他人を見下ろしたがる者が住む家は、便利さよりも華美であることが大事になりがちだ。
異世界ニホンの「たわーまんしょん」のように。
朝夕に近くの井戸から水を汲んでくるのは、ゴブリン族の使用人の役目だ。運ばれた水は巨大な水瓶に貯められる。瓶には重い木の蓋が置かれていたが、それは白ネズミによって床に落とされていた。
ぴっちぴちじゃっぶじゃぶ……
ネズミたちは溺れないように互いの足や尻尾を絡ませながら、その水瓶で代わる代わる水浴びを楽しんだ。
「うわっ、ネズ公め!」
ひとりのコックがネズミどもの悪戯を発見した。ゴブリン族の使用人たちは大騒ぎをしながら、鳴いて身をくねらせるネズミたちを潰さないように掴んでは裏庭へ次々と投げ捨てた。しかし彼らは、せっかく汲んだ水を捨てることまではしなかった。また、主人にその事件を報告すらしなかった。
手も洗わなかった。
飲み水をネズミが汚すことはヒトにとって一大事だ。現に、小さき者クラインは数年前にネズミ毒によって寝込んだことがある。しかしゴブリン族はその程度で腹を壊すことない。クラインの義父ゴラズは虫を平気で食べた。ゴブリン族は戦闘には弱いが胃腸は強いのだ。だからこそ。
そんなゴブリン族にとってこの事件は、取るに足らない出来事だった。
小さき者が狙った通り。
+++++++++++++++++++
執務室のドアが開いた。ホンゴが戻ってきたのだ。
それよりも一瞬だけ早く、灰色ネズミと白ネズミは薪バケツの裏に隠れていた……
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あぶねーっ!
危険を察知するネズミ感覚が無けりゃ、ハチ合わせするところだったぜ!
さぁて。
細工はリューリュー、仕上げをゴローじろ!
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