誰がために笛は鳴る

「気の毒だけど船のことはスッパリ諦めて……んんっ? 待てよ、どうせ諦めなきゃいけないのなら……」


 港町センケーゲの波止場に泊まる美しき白い船、白波丸アビヤドマウジュ。その船長室にて。


 マルバックツェ共和国のお姫様たちに素顔を明かした俺は提案する。クソエルフと繋がっているという裏の顔役ホンゴ。ヤツにこの船をむざむざ奪われるくらいなら、いっそのこと……


「クライン、また何か妙なこと思いついたのかにゃ?」


 ダチのケットシー族、マヌーが俺に問いかけた。


「まあな」


 すうっと息を吸って、俺は作戦を吐き出した。


「この船に、罠をしかけよう」


 女騎士ツォーネが、輝く鎧の面当てから覗く水色の目を細めて、やけに低い声で言った。


「それは、どういう意味だ?」


「ホンゴに船を渡して契約を果たした後なら……船がどうなってもクソエルフはアイツの不手際だと思うはずだ。特に、取引相手のホンゴが何も言い訳できない状況に陥ったなら、な。つまり、ナントカに口無しってやつだ。それでもう心配はいらない。姫様たちへの追及だって軽くなると思う」


 俺はすばやく小さい頭脳を回転させた。

 悪辣な罠ならまかせとけ。得意だ。


「俺は魔法で、遠くから狙撃することができる。近くなら爆弾じみた仕掛けを用意することができる」


 魔力を伝える魔導糸を伸ばして、たくさんのファイヤー・ボール魔法陣を繋いで、真・妖精形態リアル・フェアリー・モードで脱出すれば……


「それから、ウソかホントか知らないが、大きな船には沈めるための弁がついてるそうじゃないか。そういう弱点を狙って、ひと仕事終えてホンゴが油断しているところをドカーン! 船といっしょに海の藻屑にしてやるのさ」


「お、お、お前は……!」


 いきなり。


 ツォーネはそのゴツい籠手ガントレットを振り上げると、テーブルに叩きつけやがった!


 ドカーン!


 轟音と共に、趣味のいいテーブルは真っ二つに裂けた! その場にいた全員の身体が、反動で少し浮き上がった。


「お前は、この船が姫様にとって……我らにとってどういう存在なのか、それを判って言ってるのか!? 白波丸アビヤドマウジュはただの船ではない。貴重すぎる魔道具であり、国宝であり……我らの仲間だ! 友だ!」


「ツォーネ」


 マルマリス姫の幼い声が響いた。


「姫、こいつは、こやつらは……!」


「ツォーネ、槍を引け。お前はホンゴへの憤りを、仲間になるべき相手にぶつけている」


「くっ……」


「姫、いかがいたしました!?」

「姫!」

「姫様!」


 物音を聞きつけたのだろう、少し前に部屋を出て行ったお偉いさんたちや侍女たちが、どやどやと部屋になだれ込んで来た。そして平然としているマルマリス姫を見て安堵の溜息をつくと、見知らぬ俺たちやテーブルだったものに気が付いてギクッと身構えた。あの妙に愛想のいい若いメイドさんは部屋の中をキョロキョロ見回してる。


 姫様がお偉いさんたちに言った。


「ラズク卿、船長、ちょうど良かった。私では判断のつかぬことがある……」


 マルマリス姫は俺たちのことを、ラズク卿たちに簡単に説明した。その間にメイドさんたちがテーブルの残骸を片付け、予備の色々を用意してる。


 俺の作戦を聞かされたラズク卿は頭を抱え、船長は天井を見上げた。


「クライン殿……」


 お偉いさんは言った。


白波丸アビヤドマウジュに対する想いは、私もツォーネと同じだ。いや、この船に乗るものは皆、そう思っている。共に嵐の中を突き進む仲間、かけがえなき友だと……そして、クライン殿のご提案にも一理、いや、それしかないだろうとも思っている。その上で、クライン殿に確かめたいことがある」


「何でも聞いてくれ」


「まずは、そこでうずくまっている特職の顔を見せてほしい」


 あれ。そう言えば部屋の隅で……フレーメの奴、折ったウサ耳で自前の耳を塞いだまま、目までつぶってしゃがんでるじゃないか。マヌーがその肉球のある手で赤毛娘の肩をポンポン叩き、彼女を俺たちのそばに立たせる。革首輪をはめた特職娘の目を、ラズク卿はマジマジと覗き込んだ。目が合ったフレーメはニヤリと笑った。


 そして次は俺を……いや、ブの緑色の目を見つめた。


「なるほど」


 えっ、何がなんだ?


「ふたりとも、目が死んでいない。若い女性の特職には珍しいことだ。クライン殿は、特職へむやみに鞭を振るうかたではないようだな」


 は? それってホメてるの、ケナしてるの?


「まあな」


「もし。もしも。貴殿がどうしようもない……命の危機にさらされたとき、お気に入りの特職を犠牲にすれば助かる、としたら。クライン殿は平気でその特職の命を潰せるようなかたなのか?」


「バ、バカ言うな! ヒトの命を……」


 モノと比べるな、と言おうとして、俺は言葉に詰まった。ここナッハグルヘンは、そういう世界だ。特職の命は、潰してもいいモノだ。いや……俺の前世地球だって、ある意味そういう世界だったっけ。まあ、今生の俺だって、潰しても心が痛まないヤツらはいる。ホンゴもそのひとりだ。


「はあ……」


 フレーメが腰に両手を当てて、大げさにタメ息をついた。


「ねえ、お貴族さま。お貴族さまはたぶん、ご主人さまの覚悟とか、船をお大事にしてるご自分たちへの気遣いとか、そんなものを問い掛けてるんでしょうけど、それ、意味ないですよ」


 この無礼な発言に、ラズク卿は怒るよりもギョッとして俺の小さな顔を見た。その目は『特職に口を挟ませていいのか』と問い掛けていた。俺はニヤリと笑って言った。


「フレーメ、続けろ」


「もし特職がいる場所で主人が死んだら、その特職は死刑になる。どこの国の法律でもそうでしょ。だから特職は、命がけで主人を守らなきゃいけない。主人は主人で、特職のことを大事にしてるなら大事にしてるほど、命がけで主人を守れ、って命令しなきゃいけない。迷うとこなんてどこにもないですよ。まあ……ささいなことで死ね、なんて命令されたらムカつきますけどね」


「私は!」


 おっ、今度はブが口を開いたぞ。


「私は、この醜い私の命でも良かったら……ご主人さまに捧げる覚悟は、とうにできています!」


 見上げたそのピンク色の唇が、ぷるぷる震えてる。うへ、ブのその気持ち、悪いけどちょっと怖いんだってば。……お、ツォーネが目を見開いてこちらを見て呟いてる。


「ブ……お前……?」


 目の前のラズク卿はと言えば、苦ワームを噛み潰したような顔してるぞ。


「クライン殿は特職に慕われているようで何よりだ。しかし、我々は……」

 

「それでは、本人に聞いてみましょう」


 そう言ったのは、船長だ。

 へっ、本人? 本人って……?


 船長は天井を見上げ、叫んだ。


白波丸アビヤドマウジュ! 聞いていたな。お前を犠牲にしなければならなくなった。我らのために……」


 その叫びは途中で、細く、かすれた声になった。


「我らのために……沈んでくれるか……? ああ、もし嫌なら何も答えなくていい……」


 ボォォォォォォォ……


 突然、低い管楽器のような音が響いた。


「な、なんだこの音!?」


「霧笛にゃ」


 見上げたままの船長の目から、目の幅と同じ涙が滝のように流れてる。


「おお……そうか……」


 男泣きだ。

 ラズク卿もまた、涙目で呟いた。


「どうやら、この船もそのブと同じ気持ちのようだ……」


 メイドさんたちの、すすり泣く声が聞こえた。姫様はあの変なアクセサリーを握りながら、唇を強く引き締めている。ガシャ、と面当ての音を立てて、女騎士も上を見上げた。その頬は濡れて光っていた。


「その騎士道、あっぱれなり!」


「盛り上がってるところ大変申し訳ニャいが……」


 空気を読まないドラ猫が口をはさんだ。


「おいらには、何がなんだかわからないニャ。なんでみんな、この船のことをホントに生きてるヒトみたいに扱ってるんニャ?」


 うん、俺もそう思った。


「マヌー殿……」


 マルマリス姫が言った。


「この船は、ゴーレム船だ。喋ることまではできないが、ヒトと同じくらいの知覚を持っている。その喜びや悲しみが伝わってくるときもある。まさしく、生きている船、我らの友……理解できないとは思うが」


「あ、俺には判るよ」


 俺、前世でオタクだったし。要するにこの船って、AIキャラだってことだろ。そういうのに感情移入する気持ち、バリバリに判る。

 そう、か……それじゃ、確かに悲しいよな。俺の物言いは……海の藻屑なんて言い草は……ちょっと思いやりに欠けてたかも知れないな~


「あ~白波丸アビヤドマウジュ、俺は言い過ぎた。すまなかった。その身を投げ出して仲間を守る誉れを、讃えさせてくれ。お前は立派だ」


 船長と同じように天井を向いて、俺がそう言うと……


 ボォォォォォォォ……


 ふたたび霧笛が響いた。

 あれ、なんかちょっと可愛い。キャラ化したらきっと美少女だな!


「にゃるほど、これは確かに」


 マヌーも納得したみたいだ。


「ご主人さま……」


 ビチャッ


 うっ。水が振ってきた。と思ったら、ブの涙だ。微笑みながら泣いてる。またなんかワケ判んないことで感極まってるのかな。



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 色々と仕掛ける前に船の構造を確認しておきたい、という小さき者の頼みを受けて、船長とツォーネはクラインたちを案内して回った。すでに陽は傾き、冬の潮風はより冷たくなり、海原の彼方は夕焼けに染まりつつある時刻になっていた。


「わーっ、何このメカ、蒸気?風魔法? ええっ、この表示板はステイタス画面なワケ? うわっ、舵輪がパワーハンドルかよ!? げっ、帆布巻き上げが魔動モーター!? おっ、このコアってゴーレム・ハートって言うの? どう見てもツインじゃん!」


 妙に興奮して目をブルーダの月のように開き、早口で常人にはまったく理解できない呟きを漏らすクラインをよそに、女騎士は横目でゴブリンの忌み子を見つめた。


「ブ……」


「なんでしょうか、ツォーネ様」


「さきほど……お前はなぜ涙を流したのだ?」


「嬉しかったのです」


「嬉しい……?」


 ブは刺青のある白い顔に、大輪の花のような微笑みを浮かべた。


「ご主人さまの『その身を投げ出して仲間を守る誉れ』という言葉を聞けば……誰かに命がけで仕えている者なら、嬉しくなるものだと思います。それに、ツォーネ様もお聴きになったでしょう、この船があげた二度目の霧笛……喜びの声を。その喜びは……私の喜びでもあるのです」


「喜び? お前にもあれが喜びに聞こえたのか?」


「えっ……違うのでしょうか」


『そなたの血まみれの忠義、私はしかと見届けるぞ』


 ツオーネの脳裏にマルマリス姫の言葉が蘇った。それを聞いたとき、成長した主人への賞賛と共に、無限の勇気が湧いてきた言葉が。


「そうか……」


 ブは金髪の女騎士の水色の目を見つめ、はっ、と息を呑んだ。先ほどまで、そのまなざしに宿っていた毒……ゴブリン族の白き忌み子を貶め、唾を吐きかけ、心を切り裂く、彼女の住む世界にありふれた真っ黒い毒が……


 航路に立ち込めた霧が晴れるかのように、消え去っていくのが。



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 それから。


 色々と動いて……あっという間にもう夜だ。

 あらかじめ立てた予定通り、作戦は次のフェーズに進んだぜ。


 いま、ネズミに変身したは仲間を船に置いて、ここ、ホンゴの屋敷の裏庭に移動している。目的はもちろん、ホンゴのカネを奪うためだ。周りに控えるネズミたちの目が暗闇に赤く光っていて、ちょっと怖い。


 それにしても。


 あの船がゴーレムだったおかげで、罠の仕掛けがスムーズだったぜ。甲板の操舵スペースにあった船内の様子を映す表示盤……ディスプレイを見て要所要所に簡単に設置できたんだ。


 この世界ナッハグルヘンはまだ火薬を知らないから(くっさいイオウと炭と何だっけ?ネット無しで覚えてるお利巧さんが羨ましいよ)本格的な爆弾は作れなかったけど、代替品は用意できた。白波丸アビヤドマウジュのゴーレム・ハートなら起動できるはずだ。まあ……ダメならがヤるしかない。


 他にも姫様たちが持つ兵力とか事細かく聞き出して、作戦を立てた。爆弾の代替品から思いついて新兵器も作ってみたぜ!

 特職娘たちはちゃんと指示通りやってるかな? フレーメは姫様たちが退去する手伝い。ブはツォーネと訓練だ。マヌーは寝てた。


「陛下」


 カネの隠し場所や見張りの配置とかを調べるために偵察に行ってたシロカゲが、シュタッと戻ってきた。


「陛下……少々困ったことになりました」


「どうした」


「ホンゴのヤツめ、助っ人を呼んだようです」

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