未知なる遭遇

 ここは、港町センケーゲのサビれた居酒屋。

 でも、今夜だけは違う。

 妖精あたしを目当ての客で満員だ!


 ドードー亭のひとり息子アルシュとその母ベトさんに頼まれて、身長18センチのはフェアリーとして舞台に立った。狭い店内の奥に寄せられた二段重ねのテーブルという舞台だ。


 さあ、むくつけき海の男の皆さん、二曲目が始まるよ!


「ヤーッ!」


 は掛け声をあげながら大バク転! 客たちの驚愕の声をバックに、着地と同時にあの超有名なポーズを構えた。あたしが何を歌おうとしているか瞬時に悟ったらしい見知らぬ吟遊詩人さんの目が見開かれた。が、すぐニヤリと笑い、あの超有名な前奏を弾き始めてくれたではないか!


 一曲目に引き続き、実に助かるぜ!


 よし、いくぞっ!

 ヘタでもいい。ていうか、あたしはどんな歌でも下手だけどさ。

 大げさに手足を振り回し、とにかく元気に、とにかく大きな声で。

 すうっと息を吸い、あたしは歌う!



「見よ!見よ!見よ!」


 合いの手のリュートが掻き鳴らされる!


「迫る大悪魔、破壊のけだもの、

 我らの街が危ないぞ!

 大地に降り立つその雄姿、

 額にきらめく紋章は、

 天空かがやくブルーダの月!」


 あたしは再びあのポーズを取る!


「銀のブレスで立ちむかえ!

 守れ、我らの銀のドラゴン!

 戦え、我らの銀のドラゴン!」



「「「……えっ……おっ……?」」」


 あまりにも予想外なのか観客たちは一瞬呆気にとられた。

 そりゃそうだ。


 さっきの『誰も知らない島』の流れだったら、そしてあたしのキャラから想像すれば、次はバリバリの恋の歌とか歌いそうだもんな!


「「「おおおおおおおーっ!!!」」」


 パチパチパチパチ!

 ドンドンドンドン!


 それから、歓声と拍手と足踏みが、爆発するように響いた。


 えっえっ、なんか怖いほどウケてるぞ。

 フツーのヒーローソングを歌っただけなんですけど?



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 10年後。


 『フェアリー・ライブ』という叙事詩を発表して有名になったニンゲン族の吟遊詩人モルゲンは、ゴブリン族の画伯リンゴと芸術について対談し、その夜のことを語っている。


「ご存じの通り、誰もが知っている銀のドラゴンという物語には主題歌が付いています。可憐な妖精がそれを歌ったとき湧き上がった、そのときの私たちの気持ちを何と表現すればいいか、今でもよく判らないのです。それでも、それが今までに無いまったく新しい文化なのだということだけは、確かに感じ取ったのですが」


 その夜までは、『銀のドラゴン』はあくまで子ども向けの演目に過ぎなかった。


 もし普通の大人がそれを本気で話題にすれば、周囲から幼稚であると思われるのが当然だった。その手の趣味を持ついわゆる好事家は存在したが、それはとても少数でただの変人と思われるのが常だった。かつてクラインの前でその話題を持ち出した普通の特職商人であるアインガンは、ナッハグルヘンではとても珍しい大人だった。


 その夜までは、その主題歌は子供だけが歌うものだった。


 後に、酔った大人たちが酒場で合唱する習慣が始まっても、その旋律が王国衛兵隊の隊歌にも採用される未来があっても、その夜まではただの童謡に過ぎなかった。


 それでも。


 大人になって世間の厳しさに叩かれても、みずから子どもっぽいと封じていても、幼き心に、魂の奥底に刻まれた想いは、英雄への憧れは、決して無くなりはしない。


 もし、とても商売の上手い者が、大人に潜むその未知なる歓びを掘り起こす方法を見つけたとしたら。


 あるいは……


 その想いを誰かが……何のしがらみもなく、その言葉をただ好意的に受け入れることのできる存在が……たとえば異国の美少女が、その隠された童心を純粋に肯定したとしたら。


「私は貴方に秘められた魂が大好き」


 そう無邪気に言ったとしたら。


 その夜のドードー亭の観客たちのように、胸の奥から湧き上がる得体の知れない熱狂に支配されても、何の不思議もないのだ。


 もちろん、小さき者クラインは、そこまで深く考えて歌ったのではなかった。ただ、『みんな知ってるはずだからウケるよな。意外性も勢いもあるし、なにより自分でも歌えるし』という、計らずもこの世界ナッハグルヘンでは非常識な発想をしただけだった。


 今、この夜。


 ナッハグルヘンは初めて、異世界チキュウにて言うところの『おたくこんてんつ』に遭遇したのだった。



 そして世界は、またひとつ運命の階段を上った。

 魔法ある世界の必定たる、滅亡への階段を。



>> small size >>



 ふー、さて。

 この熱が引く前に、言っとかなきゃ。


「みなさん……」


 あたしの真面目な調子の呼びかけに、また客席が静まりかえる。


「そろそろお別れのときがやってきました」


 ええっ……とか、おう……とか、悲痛な声があがる。


「あたしはもっと他のかたともお話したいんです。御名残り惜しいけど、みなさんとはここでお別れしなければいけません。外で待っているかたに、席をゆずってあげてほしいんです」


 うっ、なんか泣いてるヤツもいるんですけど。


「最後に、みなさんにひとつ、お尋ねしたいことがあります」


 客席がざわつき、いくつもの声があがった。


「何でも聞いてくれ!」


「そうだそうだ!」


「俺は独身だ!嫁さん募集中!」


 そういうのは聞いてねえよ!


「えー、こほん、あたしは、ヒトの乗り物にうっかり乗って、ヒト社会にやってきました。もし、そのとき……」


 あたしはこれ以上ないほど真剣な顔をする。


「うっかり美しきハイエルフ様の乗り物に乗ってしまっていたら、あたしはどうなっていたでしょうか……!」


「「「おう……」」」


 あたしはワザとらしい笑顔をつくる。


「も・ち・ろ・んっ、慈愛あふれる美しきハイエルフ様が……」


 顔をしかめて、すげーイヤそうに言ってやる。


「カワイイあたしに何かするワケありませんけど!」


「「「HAHAHAHA!!」」」


 前世の海外コメディみたいな笑い声、あざーす!


「あたしが知りたいのは、そのこと。うっかり美しきハイエルフ様にご迷惑をかけてしまわぬように、あのかたたちがどんな交通き……乗り物とか、何かを運ぶ仕組みや、おっきな魔道具とか持ってらっしゃるか、知ってたら教えてほしいの。絶対ぜぇーったい、そんなモノに入って昼寝しないようにね! 宝箱と間違えてミミック開けたら大変だもんね!」


「「「HAHAHAHA!!」」」


 よし。ちょっとワザとらしかったけど、妖しい話題をギャグで何とかゴマかせた……ようだぜ!


「ねえ、どうかな、みなさん……知ってたら、教えてくださる?」


 う~ん、と唸る声があちこちから聞こえる。

 誰かが呟いた。


「空飛ぶ馬無し馬車とか?」


「あー、あの、死んだ森カブトムシみたいなヤツね!」


「「「HAHAHAHA!!」」」


 うーむ……

 しょーもないギャグでもこれだけ笑ってくれるのは、ギリギリの危ないトークだっちゅう自覚があるからだろうな~


 もし、こんなトーク毎日続けてたら、きっとクソエルフに浄火砲クレンジング・キャノンで酒場ごと、いや酒場通りごと吹き飛ばされるよな。でも一晩だけならたぶんダイジョブだろ。


 見たところ、エルフ野郎やその眷属もいないようだし……

 ウワサになる前にとんずらさ!


「転送陣とか?」


「そうそう、あっ、この転送陣、お昼寝にぴったりね……って、誰がそんなとこで寝るかぁ!」


「「「HAHAHAHA!!」」」


 ええーっ、ノリツッコミで笑ってくれるのかよ!

 中世レベルの文化なのに……

 海の男のギャグセンス、侮りがたし!


「そう言えば……ダンジョンを使ってる、って……王都から来た商人から聞いたことがあるぞ」


「えっ……ダンジョン……?」


「おっと、これ、あくまで酒飲みの馬鹿話だからな。俺は美しきハイエルフ様のことなんか何も知らんからな」


「もちろん! あたしは何も聞かなかった……ここにいる皆さんもね! でも……」


 金粉を弾き飛ばして、派手にウィンクした。

 

「あたしはこれから、絶対にダンジョンで昼寝しないようにする! それじゃ最後に、皆さんに妖精の祝福を!」


 あたしは勢いよくジャンプすると、酒場の天井近くをぐるぐる飛び回った。キラキラのフェアリー・ダストが歓声をあげる客たちの上に降りかかった。


「さあさあ、お客さんがた!」


 打ち合わせ通り、フレーメが大声で叫んだ。


「これでおしまい! フェアリーの言う通りにしないと、祝福は消えちゃうよ! もしまた妖精に会いたかったら、行列の後ろに並んどくれ!」


 あたしは赤毛娘の巨大な胸にちょこんと座り、ぱたぱた手を振った。


「さよなら、さよなら! よい夢を!」


「「「サヨナラ……? よい夢を……」」」


 ん?


 ほとんどの客は、あたしの言葉に首をかしげながらも大人しく店を出たけど……なんか数人の男たちがウロウロして、あたしのほうをチラチラ見てる。あ……これ、前世だと地下ライブのまずいパターンかも。うーん、あたしのイメージが悪くなるけど、フレーメに強制排除させようか。


 と、思ったそのとき。


 ジャ~ジャジャジャ~ジャジャ……


 王国の地方民謡『飛び去りし炎の光』の、ゆったりとしたメロディが流れてきた。あの吟遊詩人さんが奏でてる! この曲、理由はよく判らないんだけど閉店とかイベントの終了時によく演奏されるんだよな。オルゲン一座でも使ってた。


 おおっ!


 条件反射なのか、残ってた客たちも外に出ていった! これで次の客を入れられる……けど、その前に。

 あたしはニンゲン族の吟遊詩人さんの前までふよふよ飛んでいき、大きくお辞儀をした。


「ご協力、ありがとうございます。いろいろ助かりました」


「いえいえ、楽しませていただきました。私の名はモルゲン、見ての通り、旅の吟遊詩人です」


 おっ。

 さすがイイ声。イケボってヤツだぜ。

 頭が薄くて背の低い(って何様ナニサマよ?)オジサンだけど。


「リーズィヒさん、ものは相談なのですが……私にショウの伴奏をさせてもらえませんか」


 えっ。


「それ、かなり嬉しいかも。でも……」


 あたしは必殺の『フェアリー上目遣い』をぶちかました!


「お金、あんまり出せません……」


「いや、タダでもいいんです」


 うっ、ムダ振りしたっ!

 はじぃーっ!


「そのかわり、このショウのことを題材にした叙事詩を作ってみたいんです。その許可をいただきたい」


 叙事詩……?

 それって確か、歴史上の人や出来事とかをネタにした物語、だよな。盛り盛り昔ドキュメンタリーって感じかな。吟遊詩人のレパートリーのひとつだ。


「クラぁ……リーズィヒ、よく考えたほうがいいニャ。同じようなショウをまたやるつもりなら、演目の権利を譲ることになるから断ったほうがいいニャ。オルゲン座長ならそんなこと絶対に許さないと思うニャ。それに……美しきハイエルフ様に目を付けられたらヤバいニャ」


「やば……? いやいやいや、美しきハイエルフ様のくだりは捨てますよ! 私だって命が惜しい。それに、名前も場所も変えますから、まったく同じショウじゃなきゃ、何も問題はないはずです。契約書を作って真実のあぎとに手を入れてもいい」


「う~ん……じゃ、せっかくだから、お願いしちゃおうかな!」


 はたから見れば、この決断は愚かかも知れない。儲け話の可能性を自分からフイにしてるし、クソエルフの情報を手に入れられるメリットを手放すことになるし。それに何より、自身がとても楽しい時間を過ごせてる。


 またヤりたくないのか、と聞かれたら、ヤりたい、としか言えないんだけどさ。


 ちらりとカウンターのほうに目をやると、ブが洗い物の手を止めずに微笑んでいた。口元しか見えないけど、たぶんあの、痛いような微笑みで。うん。まったく有り難いことにお前の読みは正しかった、ってワケだ。


 でも……

 楽しすぎるんだよ。ショウこれ


 が本当にしなきゃいけないことは、義妹リーズをエルフ野郎から取り戻すことであって、ショウで成功することじゃない。そのうちショウこれにハマって、リーズを助けたい気持ちが擦り減るような、そんな予感がバリバリにするんだ。それが怖いんだよ。


 あ~って、ホント小さいよな。


 だから。


「あたしの妖精ショウは今晩だけだ。だからヒトに権利を譲ってもいい」


 それに、もし流行ったら……


 当然、マネするヒトも大勢いるはずだ。そうなると、逆にハイエルフへの目くらましも期待できる。トレント隠すなら森の中、って言うもんな!


「判ってくれるよな、マヌー」


「……確かに、それがいいと思うニャ。お前はすぐ調子に乗るからにゃ!」


「うるせえ」


 おっと、美少女妖精にあるまじき言葉使いをしてしまった。モルゲンさんが目を白黒させてるぜ。


 おいこら、フレーメ。何ニヤニヤしてるんだよ。忘れてないぞ、お前の言ったこと。『人生で二番目に大事なこと』だろ。


 だけど、それでも。


 今日だけ。今夜だけ。

 全身全霊を込めてショウをヤる。楽しむ。


 そう決めたんだからな!




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