さよなら、センケーゲのみなさん。

 港町センケーゲの、ドードー亭にて。

 いよいよフェアリー・ライブの第二回公演だぜ!


「次のお客さん入れてもいいか、ってさ!」


 そう叫びながら店内に駆けこんできたのは、バイトに雇った孤児のひとりだ。店の外でチケット(がわりのリボン)を売りさばいているアルシュの伝言だな。


「あ、ちょっと待って……身体強化ゾンダー・クアパー!」


 打ち合わせた通り、呪文を唱えたフレーメが超速でざっと片づけをする。バニースーツの耳や尻尾が激しく揺れる。シチュー皿もテーブル舞台に再セット。今は妖精フェアリー衝立ついたてのウラで身支度を整える。


「リーズィヒさん、提案なんですが……」


 吟遊詩人のモルゲンさんが舞台に近寄って衝立越しに声をかけてきた。股間に手を入れて局部確認をしていたあたしは、身体をビクッと震わせた。


「な、なんでしょう?」


 ううっ、また顔が赤くなってるよな。


「ご披露する歌が、二曲だけというのは少々さびしい。もう一曲ぐらいいかがですか?」


 その点はね~ も考えてはいたんだ。

 でもな~


「あたし、レパート、あ、歌える歌が少ないんですぅ」


「じゃあ『指輪なんかいらない』はどうですか?」


 おっ。


 それ、いいかも知んない! 実は、その歌も検討だけはしてたんだ。義妹リーズと一緒に歌ったこともあるし。


 『指輪なんかいらない』は、有名な歌劇の劇中歌だ。フレーズが簡単で歌いやすんだけど、歌詞のサビにジャンジャンジャンと入るスゲー気持ちいいメロディがあって、それ無しだとちょっと浮くんじゃないかと思ってボツにしたんだよな。


 でも今なら、モルゲンさんがいる!


「いいですね! やりましょう!」


 あたしは衝立から顔を出し、小さな親指を立てて言った。モルゲンさんはちょっと首をかしげながらも、古傷だらけの親指を立てて返した。



 そして……



「それじゃ最後の歌、聞いてください!」


 第二回公演。

 『銀のドラゴン』の熱狂も冷めやらぬうちに、いくぞ、『指輪なんかいらない』!


 リュートの前奏が響くと、観客の巨人たち(にとってはね)から大きなどよめきが上がった。これも有名な歌だもんな。下手のぶっつけ本番だけど、キャラとハートで勝負だぜ!


「指輪なんていらない!

 ドレスなんていらない!

 いらない!いらない!いらない!」


 ジャンジャンジャンとノるメロディ。

 イイ感じ~!


 フツーに考えたら小さなあたしの声なんか楽器の音に負けちゃうはずなんだけど、たぶん魔意味ミームとか変身形態モードのおかげで受け手には届くんだよな。他の形態モードでも似たような効果を感じるし!


「ケーキなんていらない!

 ご馳走なんていらない!

 いらない!いらない!いらない!」


 サビに合わせて、海の男たちが足を踏み鳴らす。

 あたしもテーブル舞台で立体的に歌って踊りまくる!


「お屋敷なんていらない!

 四頭立て馬車なんていらない!」


 これならイケるかも。

 リフレインのとこであたしは盛り上げるように手を振った!

 意図を判ってくれるか?

 はたして……!


「「「いらない!いらない!いらない!」」」


 あたしの歌に合わせて、お客さんたちが合唱してくれた!


「おカネなんていらない!

 勲章なんていらない!」


「「「いらない!いらない!いらない!」」」


 ンぎもちイイ~

 脳汁ドバドバ出てる~


 あたしは……は……正直言って大人の男が怖い。妖精のカッコだって慣れたとは言え、まだまだどっかに恥ずかしさが残ってる。


 怖いから、やる。

 恥ずかしいから、やる。


 そのままじゃいけない、大きくなれない。そう思うから、あえてチャレンジしてるとこがあるんだけど……


 これはクセになる~


 あたしの顔は、今たぶん真っ赤っ赤だ。恥ずかしさより、スゲー興奮で。

 ずっとこうやって生活すれば……いやいやダメダメ。


 ほら、もうリュートの音色がバラードっぽく転調した。

 歌の終わりだ……

 

「いらない、いらない、いらない……」


 あたしは両ひざを落とし、祈るように手を合わせて目を閉じる。


「優しいキスだけあればいい……

 魔法の言葉だけあればいい……

 他には何もいらない……」

 

 少し顔を上げる。恋人のキスを待つかのように……


「愛してる……」


 少し薄目を開けて客席のほうを見ると、海の男たちは……

 あるヒトは涙を流しながら目を見開き、あるヒトは目をつぶってぶ厚い唇を突き出していた。


 あれっ。


 はなんで、こんな……キモいオッサンたちのこと、少しカワイイなんて思っちゃてるんだ?


 あたしは目をぬぐって(泣いてないぞ絶対泣いてない汗だこれは)、立ち上がり、深々と頭を下げた……


 建物を揺るがす拍手と足踏みを聞きながら。




 ってな感じのプログラムを何度も何度も繰り返して……




 ついに酒もツマミも在庫が尽きた。

 店仕舞いだ。


 最後のほうなんかヒドいよ。残りモノをチャンポンにして、飲み物は「妖精の祝福ドリンク」、ツマミは「妖精のまかないフード」オンリーにしたもんな。しかも前世日本のコラボカフェもビックリの超ボッタクリ価格で。


 ありがたいことに何度も来てくれたヒトもいるようで、そういう客でも不自然に感じないようなラッキースケベとかをアドリブでカマしたりした。大ウケだった。


 マヌーは猫顔で呆れていた。

 いいだろ別に。これがゲイなんだよ!


 時刻はもうすぐ真夜中。みんなグッタリだ。

 孤児たちとマヌーは床で寝てるし、店の親子はカウンターに突っ伏してる。モルゲンさんは丸椅子に座ったままイビキかいてる。


 あっ、飲み食いタダだって約束なのに、もう何も残ってないじゃんかよ!

 詐欺だっ!(って何様ナニサマよ?)


「あの~ご主人さま~」


 フレーメがなんか珍しくおずおずと言った。おや、隣でブもなんかモジモジしてるぞ。


「なんだ?」


「えへ、ちょっと装備を直しに行きたいんですけど。ブちゃんも一緒に」


「んっ……あっ、そうか」


 これってたぶん……『花摘みに行く』ってことだよな。へえ、探索者は『装備を直しに行く』って言うのか。確かにダンジョンに花は咲いてないよな。たぶん。


 庶民の建物と同じく、この店にトイレはない。まあ、隣に公衆便所があるから不便じゃないと思うけど。いつもはは浄化の魔道具で用を足してるんだけど、こんな真夜中に使ったら魔力の波動で騒ぎになるよな。まだ外から人の声が聞こえてるし。そこんとこフレーメは気を使ったワケだ。


 珍しくも特職的に。

 まあ、さすがにこの手のことはね~


「いいぞ。あ、紙売りおばさんはたぶんもう……」


 もう営業時間外だよな。


「はいはい、判ってますよ」


 言いながら赤毛娘は胸の谷間に拭き紙を詰めた。

 おまっ……どこに紙を……


 特職娘たちは店を出ていった……かと思ったら、慌てて戻って来た。


「どうした?」


「店の外にヒトが溢れてます! 誰も帰ってないです! 衛兵まで出てきて、なんか大騒ぎですよ!」


 うげっ!


 あ~やっちまった。ちょっと頑張りすぎたかな。

 これはきっと、『出待ち』ってヤツだ。

 人気者はツライぜ!


 でも、このままじゃヤバい。ヤバすぎる。もしクソエルフの眷属でも来たら……


「あたしが出る!」


 かなり疲れてたけど、気力を振り絞って外に飛び出す!


 うわっ、ホントにヒトが集まってる。

 これはもう、群衆だっ!


「妖精だっ!」


「リーズィヒちゃーん!!」


「こっち向いてぇ!」


 とたんに大歓声が巻き起こった!


 あたしは群衆の伸ばしてくる手よりも高く、地上3メートルぐらいを大きく旋回する。息を吸い、できるだけ大声で叫ぶ!


「みなさん!」


 あたしの声が聞こえたらしく、群衆は一斉に静かになった。


「センケーゲのみなさん! 今日は来てくれてありがとう! あたしはこのまま大森林に帰ります! みなさんも早く家に帰ってね! おやすみ! おやすみ! いい夢を!」


 あたしのキラキラ粉が、群衆に降り注ぐ。再び大歓声だっ!

 店から吟遊詩人のモルゲンさんが出てきて『飛び去りし炎の光』を奏で始めた。


 ナイスプレイ!


「さよなら、さよなら、センケーゲのみなさん、さよなら!」


 期せずして。

 群衆の声が揃った……


「「「サヨナラ、サヨナラ……」」」


「さよなら、よい夢を!」


 あたしは叫びながら、どんどん上昇していった。月下にクロス教会の塔が見えたので、そちらに飛んでいった。十字架にしがみついて耳を澄ますと、リュートの旋律や騒ぐ声はすでに聞こえなかった。きっともうみんな帰り始めたんだ。


 よかった。ふう~


 後は、そう……スキルとかで夜目が効くヤツを誤魔化すために、キラキラし続けてる変身を解除すれば……って、こんな場所じゃラット形態モードへの変身一択だぜ。ネズミなら外壁つたいに降りれるだろ。よし。


ネズミ形態ラット・モード再定義リ・デファイン!」


 変身!





 

 





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