導火線は燃えているか
港町センケーゲの、ドードー亭公演。
一夜限りのフェアリー・ライブは、これで本当に終わった。
疲れた……でも面白かった……!
出待ちで帰らなかった客たちは、あたしが演出した別れのシーンにまんまと騙されて、どうやら解散してくれたようだ。リュートの旋律や騒ぐ声はすでに聞こえなかった。クロス教会の十字架にしがみついたまま、あたしはひと息ついた。
「よかった。ふう~」
後は、そう……スキルとかで夜目が効くヤツを誤魔化すために、キラキラし続けてる変身を解除すれば……って、こんな場所じゃラット
「
変身!
「ん?」
ネズミに変身した俺っちは、妙な胸騒ぎをおぼえた。十字架から尖塔の屋根に飛び降り、あたりを見回す……
「チュウウウウウウウッ!!!!」
思わず悲鳴をあげた!
燃えてる! 尻尾が燃えてる!
手持ち花火の閃光のように、ダイナマイトの導火線に付いた火のように、尻尾の先がパチパチと弾ける火花を出しながら燃えてる! しかもその火は、じわりじわりと尻に向かって燃え進んでいる!
なんだなんだ何が起こってるウッカリ火元でも踏んだのか誰かに火を付けられたのかクソエルフの狙撃か呪いか熱い熱いいや熱くない燃えてるのに熱くない変だこれ変だ前にそうだ前にも確か前にも見たことがある……
あっ! これは現実じゃない!
マボロシだっ!
俺っちの尻尾は、本当は燃えてなんかいない! このVRのような現象は、領都ハノーバで体験している。危機感知に
そう……俺っちに危機が迫っている。しかもそれは、時限爆弾のようにカウントダウンしているんだ。もし時間切れで幻の火が尻に到達したら……俺は爆発する。いや、爆発するような目に会うんだ……
何もしないで、放置すれば。
あ、あ、あ……怖い。怖いよぉ……
胸に、天空を覆いつくす黒雲のような恐怖が沸き起こった。びくびくと生きる虫や小動物が感じる、どうしようもない、根源的な、とにかく何もかも放り出して逃げたくなるような死の恐怖、いや、死ぬのと同じくらいの恐怖が……
いったい何が起きる。何が起きた。
だらだら冷や汗を流しながらあたりを見回しても
そうか……これは、街とか地域に迫る危機じゃない。俺っちの……俺の……プライベートに迫る危機なんだ!
でも、今の俺っちのまわりには何も起きてない。燃やされるような恐怖以外には、身体にも変調は感じない……それじゃ、いったい何が……
まさか……!?
飛び出たレンガや窓の張り出しを蹴って、ジグザグに稲妻のごとく!
急げっ! 早く、早く……
仲間のもとへ!
その無事を確認しなきゃ!
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「……ん」
赤毛の特職美少女、フレーメは身じろぎした。
まどろみから覚めかけて最初に感じたのは、口内の違和感だった。
「もが? もがもがもが……!」
口の中に……固められた布のようなものが詰められている!
慌ててそれを取ろうとして……手が動かないことに気付いた。縛られている!? はっきり目が覚めた。見回すと目に入ったのは、両手両足が広げられた状態でベッドに縛り付けられている自分の姿。バニー
まだ。
殺風景でうす汚れた部屋。部屋の隅には、床に転がっているブ
「フレーメさん……」
そして、ベッドの端に座っている、にやにや下品に笑っている男。ギラリ、とその手に持っていた大振りのナイフの刃が輝いた。
フレーメはその男の顔に見覚えがあった。ドワーフ娘の武具屋で彼女の胸を触ろうとした男……冒険者だ!
「もがもがもが!」
「……ムダだぜ?」
冒険者の男が口を開いた。ナイフの腹でフレーメの太腿をぴたぴた叩きながら。
「その口で、呪文が唱えられるワケがないだろ」
知られている!?
あたいが身体強化呪文を使えることを知られている !?
そう言えばあの武具店で、この男に言いかけた呪文を聞かれている。いや、アルシュを身体強化で蹴飛ばしたときも通行人が見ていた。そこに、ならず者の仲間が居合わせても何の不思議もない。
そして身体強化無しでは、フレーメは見かけ相応の、探索者ではあるが少女としての戦闘力しか持っていないのだ。
いったい何でこんなことに……そう思ったフレーメは、自分の鼻孔のかすかな痺れに気付いた。これもまた記憶にある。ダンジョンのモンスター……鬼ヒツジの上位個体が吐くブレス『スリープ・クラウド』を食らって眠りこけた時の
あたいたちは……たぶん、いきなり
「お願い、そのヒトだけでも助けて!」
そう叫んだのは、口を塞がれていないブ
「はあ?」
男のこめかみに青筋が立った。
「……そのヒトを……大切にしているかたがいるんです」
「こ、この野郎……臭いブ
「臭い!臭い!臭い!臭い!臭い!臭い!臭い!臭い!臭い!臭い!」
ドールヒはいつも任侠を唱える口を開き、苦痛に耐える少女の顔に唾を吐き掛けた。
「……ったく、ブ
ブ
知られていない!
ブ
まだ。
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「
変身!
夜の街を横切り、たどりついた店の周りにヒトがいないのを確かめてから、あたしはドードー亭に飛び込んだ。
ああっ!? ……いない!
マヌー、アルシュ、ベトさん、孤児たち……みんなあたしが飛び出ていったときと同じく脱力したままだ。モルゲンさんはリュートの手入れをしていたが……でも、ブ
「マヌー! 起きろっ!」
キラキラを撒き散らしながら流星キック! 体重がゼロに近いあたしじゃ何のダメージも与えられないけど、寝てるデカ猫を起こすなら十分だ。
「にゃにゃにゃ、いきなり何するんにゃ! ……って、何かあったかニャ?」
マヌーは飛び起きて、あたしのフツーじゃない状態にすぐ気が付いたようだ。さすが頼りになるぜダチ公!
「ブ
「いや、寝てたからにゃあ……」
頼りにならないよダチ公!
「あの……」
女店主ベトさんがおずおずと言った。
「あのふたりなら……リーズィヒさんが出ていってすぐ、隣に……」
隣……共同便所か!
まだ戻ってきてない、ってことか……
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ドンドンドン!
激しいノックの音と共に、部屋のドアの外から声がした。
「
ドールヒはドアに向かって叫んだ。
「楽しんでんだよ、フォル。邪魔すんな!」
「……頼むから壊さないでくれよぉ、次は俺なんだから」
「ふん……さてと、続きをしようか」
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共同便所には、誰もいなかった。
しかし……女子便所の一番奥の個室にはカギがかかっていた。妖精魔法で開けることもできるけど、中に誰かいたらマズい。今のあたしは妖精だからセーフ、と思いながら上から覗いたけど誰もいない。カギの故障かな。あたしは便所を出て、小屋の裏側に廻ってみた……
なんだアレは!
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冒険者ドールヒは、ズボンと下着を脱ぐと、フレーメの両足を拘束していた縄を切り裂き、バニー
ガチャガチャガチャ……
「ん、何だ?」
背後から響いた金属音に、ドールヒは振り返った……
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地面に何か白いモノが落ちている! ふよふよと近づいてみると、キラキラ粉に照らされたそれは、見覚えのあるものだった……
フレーメのバニー
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ガチャガチャガチャ……
その音は、ドアのほうから聞こえてきた。
いつのまにかブ
ははん、開けて逃げようとしてるんだな。でもムダムダ。
そのドアにはちゃんとカギが掛かってるし、外は弟分のファルが見張ってる。
「まったく、ブ
しかし。
このとき白ゴブ娘がドアノブを
「フレーメさん……!」
ブ
「プランCです!」
フレーメは両目を見開いた。ドールヒはブ
「もがーっ!もがーっ!」
少女は必死でジタバタと足を振ったが、任侠の男のちからは強かった。彼は大きく広げられた足のあいだを視線で舐め回した。
その、背後では。
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えっ、それじゃ……
小屋の外壁を見上げると、そこには……ドアの輪郭に似た四角い
これは、まさか……もう気遣ってなんかいられない!
「
あたしの唱えた呪文が壁にぶつかる。はたして……
ギィィ……
共同便所の壁が開いた!
やっぱりこれは隠し扉か!
そこには……
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ドールヒの背後では、ブ
後ろ手の縄をドアノブにしっかりと掛け、腕をまっすぐ伸ばして体重をあずけた。縛られた細い脚をそろえて勢いよく振り上げる。さながら、異世界チキュウの『テツボウのサカアガリ』のように、縛られた両足が高く高く上がる。必死を越えた全力に、刺青のあるその白い顔は真っ赤に染まっていた。
白ゴブ娘は後ろ手をまっすぐ突っ張ったまま、身体を丸めて振り上げた下半身を、斬首人の刃のごとく勢いをつけて振り下ろした。同時に無理やり肩を後ろから回して、両腕が頭の上になるように伸ばした……
後ろ手に縛られた華奢な少女が、その手をそのまま勢いよく真上に吊り上げられとしたら、何が起きるだろうか。きつく縛られた縄に一切の
スターン!
ゴキュゴキュ!
その腰と両足が床に叩きつけられたと同時に、音を立ててブ
冒険者はその物音を聞いていたが、ちらっと見ただけでもう振り返らなかった。あんなゴミに何ができる。それよりも今はこっちだ!
フレーメはブ
ふいに、すべてを諦めたように赤毛娘の身体から緊張が抜け、その両足が男の胴に優しくからみついた。どうにもならない運命ならば、せめて、相手が愛しい恋人だと思い込みたい……まるで、そう決めたがのごとく。
「そうそう……弁当はそうやって蓋を開いてりゃいいんだよ」
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これは……隠し扉が開いたそこは、予想していた通りあのカギが掛かっていた個室の中だった。
ブ
あたしの脳裏に、前世日本で聞いたことのある都市伝説が浮かび上がった……
アジアへ旅行した女子大生が、ごく普通のブティックで買い物をした後、忽然と姿を消した。実はブティックの試着室の裏側には隠し扉があり、女子大生はそこから誘拐されたのだ。何か月も後に場末の娼館にて発見された彼女は、両手両足を切り落とされた状態で客を取らされていた……
あたしの喉と背中に、ひどく冷たく苦いモノがせりあがってきた。ああ、そうだ。これは確かに俺の危機だ。もし特職娘たちがその都市伝説のような目に会ったら、俺の小さな胸は苦しみで、後悔で、張り裂けてしまうかも知れない。
まるで、爆発するかのように。
どうする、どうすればいい!?
取り返すためには、探さなきゃいけない。でも、どこに攫われたかなんて判らない。こういうとき頼りになるはずのネズミ感覚は、ハノーバで宣伝地図にしるしを書いたように、白い塔でハッチを探したときのように、ごく単純な方向しか示してくれない……はず……だ……
ああーっ、しまった!
あたしは今、俺っちの能力を疑ってしまった! すばやくネズミに変身して、センケーゲの地図でも見ながら、とにかく自分を信じて、自分を追い詰めて、必ずできるって思い込みをしたのなら、ふたりが攫われた場所が自然と判ったかも知れないのに。
いや、今からでも。
ドードー亭に戻って、あの母子に頼んで、衛兵に知らせて、地図を手に入れて……ああ……いったん疑ってしまったというのに、まだそれは可能なのか? それで間に合うのか? 俺の胸が爆発する前に!
そのとき、あたしは思い出した。
あいつが言った、あの言葉を。
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ブ
彼女の身体の前に。
それが、それこそが白ゴブ娘の奇行の目的。たったひとつの能力で斬り込み、わずかな可能性をその小さな手に掴むための……プランCだった。
数瞬後、彼女は顔をあげた。シュウシュウという音と共に自動回復魔法が働き、その華奢な身体に再び健康が戻り、その緑の目に再び意思が戻った。回復したブ
そして。
縛られたままのその両手には、布が握られていた。
フレーメの口を塞いでいた布の固まりが。
赤毛娘はニヤリと笑うと、叫んだ。
「
>> small size >>
そのとき、あたしは思い出した。
あいつが言った、あの言葉を。
『探し物なら、拙者におまかせを』
そうだ、あの。
賢すぎる白ネズミならきっと……!
あたしは叫んだ。
「シロカゲーっ!」
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