無理無理無理無理、ぜぇったい、無理!

 えっ、これって、本格的ピンチなんじゃないの?


 半分に折れたベッドの下で、は震えていた。

 ハイエルフのクラーニヒは、逆ギレしたかのように、あの凶悪なレーザー?魔道具を振り回していた。部屋中の物が輪切りにされ、壁や天井板もはがれ落ちる。あたしの脳裏に、昼間、バラバラになって死んだヤビの姿が浮かぶ……


 ダンッ! ザラーッ!


 真っ二つになったナイトテーブルが倒れ、上に載っていた装身具がベッドの下まで、目の前にまで散らばった。全部バラバラになったみたいだけど、たとえ残骸でもこれは捨て置けない。自分でも呆れるが欲が勝って、ちょろちょろかき集めて魔包リュックに押し込んだ。


 ……ピンチでは、あるけれど。


 目標は、達成した。


 パラディースアウフ・ヒンメル。とほうもなく遠いと思われる最終目的地だけど、実在する場所だ。くわしく調べれば、流通とかに潜り込めるかも知れない。


 リーズの安全も一応確認できた。女王、とまで言ってるぐらいだから、少なくともそれなりに大事にはしてくれるだろう。


 疑いは、他のヒトになすり付けた。冒険者どもは、ざまぁ。でも、もし数字で呼び合う者たちには、もし会ったら誠心誠意、土下座して謝りたい。土下座の意味は判んないかも知れないけど。まあ、もともとハイエルフと戦う覚悟を持ってるヒトたちなんだから、許してくれると思う。


 許してくれたらいいな。


 そして、ほとんどゴミだけど、戦利品もある。作戦成功と言っていいだろうな!



……でも、これからどうやって逃げる?


 斬撃が止んだ!


「どこにいる⁉ 卑怯者め!」


 優雅さの仮面を脱ぎ捨てて、クラーニヒが叫んだ。

 様子を伺うと、ヤツは荒く息をついている。赤らんだ顔が、なんだか色っぽい。


 ……見とれてる場合じゃない、今がチャンスだ!


 すうっと息を吸い、あたしはドアめがけて、飛び出そうとして……




 

「うぎゃあああっ!!」


 クラーニヒがまた攻撃を再開し、次いで男の悲鳴が聞こえた。


 悲鳴をあげたそいつは、あたしの目の前に倒れてきた。廊下に出るドアの外に立っていたはずの紅の騎士クリムゾンのひとりだ。たぶん異変を感じて寝室に飛び込んだところを、ハイエルフの攻撃に巻き込まれたんだな。


 げっ、これは……斬られて外れた仮面から、触手にも似たケーブルが何本も伸び、こめかみの辺りへと繋がってる! おいおいおい、こいつら……


 改造人間もどきかよ!


 うわっ、死にかけの騎士の目玉が動いて、まるで、あたしを見た! そいつは何か呟くと、すぐ目を閉じた。死んだんだ……


 クラーニヒは部下を殺したってのというのに、まったく気にしている様子はなかった。もうひとりの護衛も、床に倒れている。


 上司に恵まれないのは辛いよね……


 ベッドの下から寝室の外に出るまでは、たった5メートルほど。続き部屋スイートルームだから、その先の居間まで出れば助かる。でも、あたしにとっては、即死トラップが襲い来るダンジョンを50メートル駆け抜けるのと同じことだ!


 無理無理無理無理、ぜぇったい、無理!



 笛の音が聞こえる。


 もうすぐ紅の騎士クリムゾンの一隊がここに来る。そうすれば流石にクラーニヒのヤツも無差別攻撃を止めるはずだ。それまでに安全地帯を見つけて、少しのあいだだけ潜んでいれば……


 でも、安全地帯セーフティ・ゾーンって、どこだ?


 ……あっ、そうだ!


 あたしは呪文を唱えた!


鼠形態ラット・モード再定義リ・デファイン!」


 追い詰められていていたあたしは、思わず呪文を省略し、唱えてしまったが……なんと、魔意味ミームに接続した感覚あり!


 変身!


 一瞬のうちに、フェアリーのコスはリュックに吸い込まれ、替わりにネズミの着ぐるみが飛び出し、身体に自動的に装着された! プライオリティだかキャッシュだかに感謝だぜ!


 ネズミに変身したは、部屋を見回す……


 えた!


 斬撃の荒れ狂う軌道と、それを掻い潜るネズミの道ラット・ロード、そして安全地帯セーフティ・ゾーン……そこは、ハイエルフの頭の上だ!


 おいおいおい、マジかよ~

 ドアまで行くロードは……無い!(泣)


 よおし、これぞ死チュウにカツってことだな!(ヤケクソ)


 走れ! 走れ! 走れ!


 俺っちは斬撃をすれすれにかわししながら、ボロボロになっていく部屋の床を駆け抜け、クラーニヒの寝衣に爪を立て登り、その頭の上にまでたどりついた。



 何かを感じたのか、ハイエルフは攻撃を止めた。


 ヤツは右を見る。その頭に立つ俺っちも右を見る。

 ヤツは左を見る。その頭に立つ俺っちも左を見る。



「美しきクラーニヒ様、ご無事ですか!?」


 そのとき、ドヤドヤと紅の騎士クリムゾンが大挙して寝室に入ってきた!


 部下たちを見たクラーニヒは、見栄なのかクセなのか、さっと髪をかき上げ……意識せずに俺っちをはたき落とした!


 そのまま床まで落ちても大丈夫だった。今の俺っちはネズミなんだから、このくらいの高さから落ちてもケガなんかしない。さっきも天井から床まで飛び降りたし。


 しかし。いきなりだったので。


 俺っちは、手足をバタバタと振り回し、思わず目の前のモノにしがみついた。

 クラーニヒの笹耳の先端に!


 「そこかあ!」


 どうしてクラーニヒが俺っちが触れたことに気付いたのかは、判らない。だけどこいつは静電気の魔法ショック・スタティックでちゃんと目覚めたし、耳はとりわけ敏感なのかも知れない。


 そして、不運ハードラックの魔法が、作用したのかも知れない。


 ハイエルフは、ぶん、と魔道具を振った。


 俺っちは、ぽとん、と床に落ちた。





 ……イヤリングのついた笹耳を、掴んだまま。


 あ。


「「「「「あ」」」」」


 クラーニヒと紅の騎士クリムゾンたちは、そろって呆けたような声をあげた。


 次の瞬間。


「ぎゃああああああっ!」


 ハイエルフは、絶叫しながら血の噴き出す耳の根本を押さえ、うずくまった。


「美しきクラーニヒ様!」


回復薬ポーションだっ、急げ!」


 慌てた騎士たちはドタバタと対処している。


 今だ!


 俺っちは居間へ続くドアに向かって、無我夢チュウで駆け出した!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る