嘘と真実のダイアローグ

 ハイエルフであるクラーニヒとの「対話」は続く。


 相手は、嘘を見破ることのできる魔道具のイヤリングを身に着けている。そのアイテムは、手書きの文章なら読み上げれば真偽判定されてしまうんだ!



 がこれまで相手に伝えたのは、


われは数字で呼び合う者たちとは、まったく関わりがない。』


 と、いう嘘。まあ、これは正確ではない、というレベルだけどさ。

 でもこれはクラーニヒにとって、「かくあるべき嘘」のはずだ。皮肉や嫌味でマウントしなかったんだから。


 そして、


『余計な詮索をして、我を怒らせるな。我は、冒険者ギルドから来た。冒険者が暴力をためらわないことを知っているだろう?』


 という、脅しのフリに隠された、真実だ。いかにもイキった馬鹿が言ったような、この「真実」を作るために、あたしはマヌーに叱られてまでギルドに寄り道したんだよな。これはクラーニヒにとって、「かくあるべき真実」に聞こえるだろう。


 こいつは基本的に他人を馬鹿にしてるからな!


 イヤリングを作動させるために、あたしが書いた文章をハイエルフは読み上げた。もちろん、イヤリングは静かに白い輝きのままだった。


 クラーニヒのやつは、また気持ちの悪いほど美しい微笑みを浮かべやがった。皮肉や嫌味を付け足す必要がない、喜びとあざけりの微笑みだけを。


 引っかかったな。


【頭のいい自分が見抜いたとおり、謎の愚か者は、宿敵のひとりであり、冒険者ギルドの仲間でもある】


 という、真っ赤な「嘘」に!



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 続き部屋スィートルームの外、廊下のドアの前では、ふたりの護衛、紅の騎士クリムゾンが小声で会話をしていた。


「……さっきから、美しきクラーニヒ様の声が聞こえる」


「寝室の中にはひとりぶんの熱の映像しかない。たぶん寝言だ。今日はお疲れになったんだろう。集音の感度を上げるなよ、失礼だぞ」



 (これで、かなりのことが判りました)と、寝室の中のクラーニヒは思った。


 (もう、この無礼者の命運は尽きたと言えましょう。あとは、できるだけ情報を引き出しつつ、適当に相手をしてやりましょう。それにしても、まったく、冒険者とは醜い存在ですね。せっかく仕事を与えてやってるのに、こうして歯向かう愚か者が身内にいるのですから)


「これだけのことをしでかしたお利巧な貴方が、わたくしに望むことは何ですか?」


『お前は今日、われのものを奪った。返せ。』


「お前は今日、われのものを奪った。返せ……えっ?」


 美しきハイエルフ様の長耳に着けられた、真実の瞳は震えなかった。真実だ。


「なんとまあ、ずうずうしい!」


 少し驚いたせいなのか、クラーニヒは、ふと、謎の相手が使っているに思い至った。文章が書かれるとき、カーテンはまったく揺れていない。ということは……


「貴方はそれを真実だと思い込んでいるのですね。なんと哀れな! 選別の指輪はもともと、わたくしたちのもの。それを昔、貴方たちが盗んだのではありませんか。そして、そもそもこの世のすべては、わたくしたち美しきハイエルフのもの。それをヒトに恵んでいるだけなのですよ?」


 真実の瞳は震えなかった。それは、美しきハイエルフ様にとって、いや、それ以外のモノにとっても真実だ。だからこそこの世界ナッハグルヘンの者は誰もが、クラーニヒのような名前はともかく、美しきハイエルフ様のことを「美しきハイエルフ様」以外の呼び方で呼ぶことができないのだ。


「それに……返せと言われても、あれはもう、わたくしの手元にありませんよ。そんなこともお判りにならないとは残念です」


 クラーニヒは残念さを表すかのように自然に首を振り、さりげなく部屋を見まわした。寝室に敷き詰められた絨毯の毛は、どこも、まったく凹んではいなかった。


『それなら、どこにある?』


「もちろん、空のかなた、わたくしたちの故郷。愚か者の貴方ですらよくご存じのはずの、パラディースアウフ・ヒンメルに、です」



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 パラディースアウフ・ヒンメル……


 確か、ハイエルフたちが住むきらびやか空中都市だ。昔、ゲストで一座にいた吟遊詩人が歌っていたのを聞いたおぼえがある。それ以上の詳しいことは知らない。


 これは……無理すぎる目的地かも知れない。

 前世で例えるなら、「本物の竜宮城」と同じレベルじゃないか!


 でも、そこは実在しているし、ハイエルフどもはちゃんと行き来しているはずだ。それには、もう決めたんだ。必ず、リーズを取り戻すんだって……


 だけど。


 リーズは、無事なのか? 助けに行くまで、無事でいられるのか? それをストレートに尋ねたかったが、そんなことをしたら、あたしがリーズと親しい者であることがバレてしまう。そして最終的には、ヤツらはオルゲン一座のみんなに行きつくだろう。


 だからあたしは、一座のみんなに「ぷれぜん」したときから考えていた通り、こう書いた。


『お前たちは指輪だけを探していたはずだ。なぜブごと連れていった?』


 ブ。ゴブリン族の突然変異である美少女を、馬鹿にして呼ぶ用語。ゴブリン族の感性にとっては美少女じゃなくて不細工だ。こんな言葉をあまり使いたくはなかったけど……



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「お前たちは指輪だけを探していたはずだ。なぜブごと連れていった、と、お尋ねなのですね……さて」


 この言葉は問いかけであり、真偽を判定する必要は少なかったが、クラーニヒはあえて読み上げた。答えに迷うふりをしながら、相手の能力について考える時間を稼げるからだった。


 相手が使っているのは、それがスキルか魔法か魔道具かは不明ではあるが、


 小声が届く距離、カーテンを視認できる場所から、文字を書くちから。

 透明化のちから、または認識を阻害するちから。

 空中に浮かぶちから、または天井に張り付くちから。


 このみっつのちからに間違いない。と、いうことは、見えない相手はこの部屋のどこかに浮かんでいる。(それならば)と、美しきハイエルフ様は考えた。


「それはもちろん……ははあ、それが貴方が本当に知りたいことなんですね? だとしたら……せめて貴方のナンバーを教えてもらえますか? それなら本当のところをお話ししましょう。ああ、もちろん貴方はナンバー、すなわち数字で呼び合う者たちの一員だと判っていますよ」


 しばらく間があった。


「迷っていますね。待たせるなら、その間に水を一杯飲ませてください」


 その許しを待たず、クラーニヒはコップの水を飲み、だめ押しに言った。


「嫌だと言うなら、どうぞわたくしを殺して、死体からお聞きなさい」



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 クラーニヒのイヤリングは、静かに白く輝いている。俺っちは必死で考えていた。


 ナンバーさえ言えば、ヤツはリーズの安否にかかわる情報を言うだろう。それは嘘じゃない。そして、嫌味を言ってるんだろうけど、もちろん死体から聞くことなんかできやしない。


 でも……


 のナンバーって、いくつだよ? この世界ナッハグルヘンにはマイナンバーなんか無い。言っても嘘にならない、でっちあげてもバレない、でも自分自身を的確に表すナンバーって?


 ……あっ、そうだ!



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われのナンバーは、18だ』


 美しきハイエルフ様がその文章を読み上げても、真実の瞳は震えなかった。真実だ。


「なんと! 2ケタでしたか! 下っ端ですね。でも、これは素晴らしい情報です。そんなに生き残りがいたのですね。かわいそうに」


 興奮から、クラーニヒの声はだんだん大きくなっていった。


「では、約束ですので、くわしく教えてあげましょう。わたくしたちは最初、探査水晶の故障だと思っていました。指輪の波動を見失ってから何十年も経っているのですから。しかし、わたくしが独断で、ただひとり調査に赴いたのです。そうしたら何という偶然か、あの娘を検査してみたら、わたくしたちの女王候補の適合者だったのですよ! そう、貴方たちが必死で阻止しようとしていた、女王の誕生が確定したのです! ああ、貴方の絶望する顔が見れなくて残念です。では、もういいでしょう」


 クラーニヒは、ベッドから優雅に降りて、部屋の中央に立った。その手には、オルゲン一座のヤビを惨殺した魔道具……アラクネのやいばが、いつのまにか握られていた。コップを取ったときに隠し持ったのだ。


「死ね」


 その蓋が外され、魔道具が無造作に振り回される。

 そして見えない糸の斬撃が、部屋中に放たれた……



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 あわわわっ!


 なんだあいつ、いきなり!

 ハイエルフに刃物だぜ!


 あたしは震えていた。クラーニヒの声が大きくなったので、護衛がやって来ると思い、広範囲の攻撃魔法とか唱えられたらマズいと思った。だから念のために急いでここにすべり込んだ……ベッドの下、枕のあたりに!


 あいつは寝室の真ん中に立ち、あの凶悪なレーザー?魔道具を振り回していた。


 ドタッ、ドタン!


 輪切りにされた家具が、次々に倒れる音がする。壁も天井板もはがれ落ちる。あたしが隠れるベッドさえも中央から切断され、ゴトンとMの字に折れ曲がった。あぶねーっ、そこらあたりに居たら真っ二つだった!


えっ、これって、本格的ピンチなんじゃないの?

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