我が名は、イチワリ。

 ついに、リーズを拉致したハイエルフと、対決のとき。

 ここからは、ほんの少しのミスも許されないぞ。


 は、フェアリーに変身する呪文を唱える……


魔意味ミームよ、クラウドのようにネットのようにこの世界ナッハグルヘンを覆う魔意味ミームよ、妖精の形態フェアリー・モード定義デファインする魔意味ミームよ、聖官コテコテさん認識プロトコルにて接続ログインせよ、俺っちを再定義リ・デファインせよ!」


 ……やっぱこの呪文、長すぎるよなあ~


 変身!


 どういう理屈かは、呪文と共にキラキラの光に包まれる。背負ったリュックから勝手にフェアリーの衣装が飛び出し、ネズミ着ぐるみとパーツごとに置き換わる。もう、変身には体感時間で1秒もかからない。たぶんこれって、プライオリティが高くなってるとか、キャッシュが増えてるとか、そんなようなことなんだろうな。


 はキラキラを撒き散らしながら、枕の端からベッド上空50センチまで飛び上がり、寝ているハイエルフを見おろす。やっぱり、ハイエルフ・ジャマーは確かに効いているようだ。呪文を耳もとで叫んでもまったく起きる気配がないし、部屋のドアの外にいる紅の騎士クリムゾンの護衛たちの反応もない。


 ん……この野郎、ヒトの気も知らずすやすや寝やがって。これでも食らえ!


妖精魔法フェアリー・マジック、ひとりで踊れ! 不運ハード・ラック!」


 呪文と共にあたしの指から放たれた金色のビームが、ハイエルフに当たった。


「はふん……」


 なんだか腹が立つほど艶やかな声を漏らし、やつは優雅に寝返りを打った。もちろんダメージはないはずだ。しょうがない。これは攻撃と言うより、保険だからな!


 あたしはふよふよとカーテンのそばまで飛んでゆき、リュックの中にあるドロシィさんがくれた指輪に向けて思念を送った。それに応えたドクロのデザインの魔道具は、カーテンの生地に魔法のインクで文字を描く。あたしが水平に飛ぶと、文章が書かれていく……


 書き終えて、すいっと離れた位置で全体を確認。……誤字があったので、すぐ修正。はじい。


 よし。……じゃあ、起きろ、美形野郎!


妖精魔法フェアリー・マジック、ビリッと驚け! 静電気ショック・スタテック!」


 バチッバチッ!


 呪文と共にあたしの指から放たれた火花が、ハイエルフの整った白い顔に命中した……



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 顔に激痛を感じて、美しきハイエルフ様は飛び起きた。


 (虫か!? 虫除けはどうした? まったく、これだから醜いヒト町は嫌です)

そう思って魔灯ランプを付け、顔をまさぐるが、その滑らかな肌には何の異常もなかった。(夢、だったのでしょうか……?) と、美しきハイエルフ様は思った。


 そのとき、美しきハイエルフ様は気付いた。下手くそな字で、カーテンいっぱいに文章が書かれている!


『お前を殺そうと思えば殺せた。護衛を呼ぶな。』


 美しきハイエルフ様の目が、ふっと細くなる。


「……お前を殺そうと思えば殺せた。護衛を呼ぶな。ですか。判りました」


 美しきハイエルフ様は小声で文章を読み上げながら、さりげなく真実の瞳を手に取り、すらりと長く伸びた耳に着けた。それはまだ、静かに白く輝いていた。こうして嘘を見破る魔道具が何の反応も示さないということは、それは真実だと言うこと。


 (なるほど。つまり、それなりのちからを持つ何者かが、わたくしだけと話し合いたい、ということなのですね。それならば、とりあえず話を聞いてみることにしましょう。さて、わたくしを襲うような愚か者が、わたくしが真実の瞳を着けていることに気付くとは思えませんが、気付いたところで常に正しく美しいわたくしには、問題などありません)


 そう思った美しきハイエルフ様は、改めてベッドに腰かけ、流れるような金髪をかき上げ、背筋を伸ばした。


「わたくしの名は、クラーニヒ・パラディースアウフ・エールデン。貴方のお名前を教えてください」


 謎の相手がどこにいるのか判らないので、クラーニヒはカーテンに向けて小声で呟いた。すると、いかなるスキルを使ったのか、カーテンに書かれた文章が消え、新たな文章が現れる。それはまるで、透明な存在がそこに立って書いているかのようだったが……カーテンのあるあたりの絨毯の毛は、まったく凹んではいなかった。


が名は、イチワリ。』



>> small size >>



が名は、イチワリ。』


 あたし、けっこう考えたんだ。この世界ナッハグルヘンでは聞いたことがなくて、一応、あたしのことを暗示する偽名。でも、「一割イチワリ」ってのは、自虐が過ぎるかな~


 クラーニヒは、その名前を小声で読み上げた。その笹のような長耳にある魔道具イヤリングは……赤く点滅して、ぷるぷると震えていた。ヤビが嘘をついたときと同じだ。あたしの言葉を嘘だと示してる!


 ハイエルフの優雅極まる片眉が、ぴくりと上がった。


「おや、偽名をお使いになるのですか? 誠実ではない醜いかたとは誠実なお話はできかねますが……実は、わたくしは貴方の正体に見当がついているのですよ」


 えっ、マジで⁉


 冷や汗が流れた。筆談にしといて本当に良かった。面と向かって話してたら、絶対うろたえてたぞ!


 この答えは……!


『我を誰ダと思っている?』


 少し偉そうに、逆に質問で返してやろう。議論とかじゃ追及されたときの定番の返しだからな。ちょびっと字が震えたかも知れないけど、もともと下手で良かったぜ! 


 さて、ご返答は……?


「偽名を使うような道徳をお持ちの貴方は、数字で呼び合う者たちの一派でしょう?」


 よし! ふ~、切り抜けた~


 それに、これで確定したな。やっぱりあのイヤリングは、真実のあぎとと同じく、嘘を見破る魔道具だった! 


 ガッツポーズを取りたいが、まだ浮かれるには早い。まず、ハイエルフのこの嫌味が混じった質問に答えないといけない。こういう返しは予想してなかったけど。


 う~ん、ここは。


 できるかどうかはともかく、あたしにとって都合のいいほうに誘導してみよう。あたしは、とにかく一座やこの町の住人とあたしが関係ないように印象付けたい。


 それなら逆に……


われは数字で呼び合う者たちとは、まったく関わりがない。』


 まったく関わりがない、とは言ったら嘘になるんだよな。そいつらの遺した(と思う)アイテムをこうして使ってるし、あたしはその集団と会ってみたいんだから。少ししか関わりがない、なら嘘にはならないけど。でも、真偽判定はどうだ?


われは数字で呼び合うものたちとは、まったく関わりがない、ですか」


 イヤリングは、赤く点滅し、ぷるぷると震えていた。


 クラーニヒは何も言い足さずに、黄金色に輝く髪をかき上げ、ぞくぞくするような美しい微笑みを浮かべた。これは……逆にあたしが関係者だと確実に思ったな。判りやすくて助かる。これは明らかに、喜びとあざけりの微笑みだよな。


 そんな微笑みがこれほど美しい、ってのも気味が悪いぜ。


 もちろん、こいつのこの微笑みの理由は、全部判っていてそれ自体を小馬鹿にしている、という可能性はあるけど、それならさっきみたいに「道徳をお持ちの」みたいに、皮肉とか嫌味とかマウントをするような台詞を付け足さずにいられないはずだもんな、こういう連中は。


 何よりお前は、俺が「数字で呼び合う者たち」だと、最初から決めつけていたからな。「かくあるべき嘘」を、信じ込みやすいはずだ。


 よし、ここで用意しておいたあの作戦カードを切るぞ!


『余計な詮索をして、我を怒らせるな。我は、冒険者ギルドから来た。冒険者が暴力をためらわないことを知っているだろう?』



 もちろん、イヤリングは静かに白い輝きのままだった。

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