イッツ・ショウ・タイム!

冒険者ギルドにようこそ

 冷たい闇の町中を、一匹のネズミを乗せた、一頭の猫が駆ける。


 とマヌー。


 誰も通らない、無人にも感じられる町の道。その理由はたぶん、厄介なハイエルフが町に滞在しているのと、みぞれ降る天気のせいだった。


 物さびしい光景に黒い不安が湧き上がるのを、必死で押さえつけた。


 はたして、身長18センチの自分は、魔法アイテムと護衛に守られたハイエルフから、身長100センチのゴブリン娘、リーズを取り戻すすべを、手に入れることができるんだろうか? しかもリーズ本人は、たぶんとても遠いところに連れていかれたというのに……


「ネズ公、まず、寄り道するんだニャ?」


 前を向いたまま四つ足で走り、ケットシー族のマヌーは呟くように言った。ネズミに変身してその背中にしがみついている俺っちに作戦を確認したんだ。


「そうだ、連れてってくれっ! この町の……」


 白い息を吐きながら、風に逆らって俺っちは叫ぶ。


「……冒険者ギルドへ!」



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 例によって例のごとく。


 冒険者ギルドには、ぶっそうな武器や鎧を身に着けた冒険者どもが、安酒と臭い煙草を楽しみながら、ありえない夢物語を語り合っていた。


 古びた酒場を改装したギルドの屋内は、意外に掃除が行き届いている。この町よりもっと田舎から出てきた冒険者志望の若者たちが、最初に命じられるのはギルド内とその前の道の掃除だからだ。


 田舎ではそれなりに腕に覚えのあった若者たちは、俺様は強いんだ、掃除なんかやってられるか、と息巻く。そのあげく、もっと強い先輩たちに骨と心を折られ、現実を知る。


 ちゃんと掃除をしたのなら、便器をなめられるだろ、と言われるのは定番だ。


 そんなふうに色々としつけられた若い男たちは、やがて冒険者というきわまるみちを歩くおとことなる。そして酒場や商店を『地回り』しては、『スタンピードのときは守ってやるからカネを出せ』などと平気で言い放つことができるようになる。まったくおとこらしいにもほどがあるというものだ。


 いっぽう、田舎の若い男たちの妄言に誘われた若い女たちは、なぜか借金を背負いすぐ娼婦や特職に転職する。


 そんな女たちの中にも、心の強さを得る者はいる。そういう女たちはギルドの受付嬢となり、機能的とは言い難い制服と、けばけばしい化粧の仮面を身に着ける。受付嬢の仕事は、様々な依頼を持ち込む純真な依頼者に、応対することだ。


 純真な依頼者。


 恐ろしげな刺青を見せびらかし、衛兵でもないのに町なかで武装する冒険者たちに、何の不自然さも感じないような、いや、むしろそこに強さや自由を感じてしまうような……


 そんな純真な依頼者を呼び込むために、受付嬢たちがいる。


 クラインのように異世界ニホンに縁のある者が、そんな受付嬢たちの可愛らしく素敵な笑顔を見たとしたら、「しょうひしゃきんゆうのこまーしゃる」を思い浮かべるかも知れない。


 もう、夜がふけた。寒い夜だ。


 受付嬢たちは宿舎へと帰った。老いてはいるが眼光が鋭すぎるギルドマスターも、取り巻きと共に自分の屋敷へと帰り、下っ端の冒険者たちは自由で無為な時間をまったり過ごしていた。


「あのオルゲンとかいう野郎……」


 ひとりの冒険者が、呆れたように首を振りながら言った。


「ビビってたクセに強情なヤツだぜ」


「そんなイキリ、息の根止めればよかったんだよ」


 仲間の軽口かるくちに、冒険者たちはどっと笑った。


「あのフェアリー、きっと高く売れる。そのうち取りあげてやるさ」


「でもよう、お前、伝書鷹の報告書にゃ、あれは人形の見世物だって書いたんだろ? それってヤバくないか? 美しきハイエルフ様ってのは手紙を読み上げるとそのウソが判るってウワサだぜ」


「へっ、クラーケ頭。そんなの、真実のあぎとと同じ仕組みだろ。書いた本人がそこにいなきゃバレるわきゃない。それによ、美しきハイエルフ様のご興味は、例の指輪だけさあ。外れなかったらしくゴブリン娘ごと運んだみたいだけどよ。そんなの指を切り落とせばいいのにな」


「そりゃあ……あのブ、見かけがアレだから情が湧いたんじゃねえの?」


「「「ありえねぇ!」」」


 冒険者たちは笑い転げた。もちろん、美しきハイエルフ様の皆様は慈愛に溢れた存在だ。言葉だけなら。


「チュュュュウッッ!」


「「「ネズミだっ!」」」


 いつのまにかカウンターに頭が黒いネズミに、冒険者たちは騒然となった。もちろん小動物ごときを怖がった訳ではない。ただ、めずらしいオモチャに、わんぱくな子どものように興奮しただけだ。


「ようし、俺にまかせろ!」


 お調子ものの痩せた冒険者が、二本のナイフを隠し鞘から引き抜き、目標めがけて投げつける。だが、ネズミはまるでその軌道が見えているかのように、ひらりとナイフを躱した。ナイフの1本はカウンターに刺さり、もう一本は酒瓶を粉々に砕いた。投げた冒険者は怒りで顔を赤らめたが、他の者たちは腹を抱えて笑った。


 そこから先はもう、単なる馬鹿騒ぎだった。


 1匹のネズミをしとめるために、俺も俺もと冒険者たちは武器を投げ、振り回した。しかし、ネズミは彼らをあざ笑うかのように無傷で逃げまどい、そのたびに、カウンターが、酒瓶が、テーブルが、椅子が吹き飛んだ。


 何か妙な事態になっていることは、やがて冒険者たちも気がついた。


 このネズミは、普通と違う。普通のネズミなら、同士討ちを誘うような動きをしない。ヒトの頭の上で踊ったり、高価な酒だけ選んで床に落としたり、鎧の内側に入り込んで引っ搔いたり、火のついた煙草を奪ってゴミの山に飛び込んだりしない。


 こんなにも、煽った行動をしない。


 冒険者たちは、決して馬鹿ではない。そして、決して弱くもない。特に、本当の戦いのときはそうだ。もし、彼らが信頼できる相棒仲間パーティだけの時に、そして素面しらふの時に、この妙なネズミと会ったなら、すばやく簡単に殺しただろう。この油断ならないネズミの脅威をあっさり認めて、確実な手段……広範囲に破壊をもたらすスキルや魔法、網やワナや待ち伏せや追い込みをする、連携攻撃を仕掛けただろう。

 

 問題は、面子メンツだ。


 たかが1匹のネズミごときに本気になるブザマな自分を、パーティでもない他のギルド構成員たちなんかに見せたくない、という厄介な心理だった。


 冒険者たちは、おかしいと頭の隅で思いながらも怒りのまま暴れまわり、最後にはお互いを殴り合い斬りつけあう盛大なケンカ祭りを繰り広げたのだった。


 例によって例のごとく。


 いつのまにか、当のネズミが消えていることにも気づかずに。



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 はあーっ、少しスッキリした!


 俺っちは、ギルドの屋根裏を音もなく走りながら思った。


 こんな命がけのやりとりでもビビらなかったんだから、俺っちにも少しは覚悟とか度胸がついたのかも。でも、あいつらからは、まったく殺気(みたいなもの)は感じなかったんだよな。ただただ、上っ面だけで俺っちを脅かしてる感じしか、しなかった。まるでゲームの対戦相手みたいに。


 そもそも、よりが本業だしな。冒険者ってやつらは。


 正直言って、あいつらより弱いはずのシスターのエレナさんやあのネズミ系モンスターのほうが、ずっとずっと怖かった。それどころか、普通のネズミのほうがまだ怖かった。だからつい、調子にノッて煽ってしまったよ。


 だいたい。


 俺っちの本来の作戦では、で良かったのに、明らかにやり過ぎだった。一歩間違えたら、たぶん殺されてた。でも、あいつらの言葉についカッとなっちゃったんだよな。抑えの効かなかった自分がはずい。チューイしなくちゃ。


 ……待てよ? ひょっとしたら。


 ネズミ形態ラット・モードだと、相手の本気マジ度や殺気が本能で判る、みたいな能力があるのかも知れない。もし変身してない素のがヤツらと向き合ったら、脅しだけでビビっちゃう気もするし。


 忘れるな。にとっては、誰もが巨人だ。



 よし。まあ、とにかく……

 前座は終わった。


 さあ、次の対戦相手は、いよいよ。


 あのスカしたハイエルフ野郎だ!


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