潮風にぶち切れて

あるいは船でいっぱいの海

 身を隠すローブの用意ができた俺たちは、いよいよ町へと繰り出した。


 身長18センチの俺自身は、例によって白ゴブリン娘ことブの、温かく豊かな胸元に収まっている。ぬっくぬく。係員さんたちに案内された旅客用の扉をくぐり抜け、ローブの合わせ目から覗く港町の光景……


 センケーゲは、吊り幕の町だった。


 なだらかな下り坂になっている大通りの両側に、街並みがゴチャゴチャひしめいている。その向こうに港が見える。真冬の海から吹きあげてくる冷たい潮風に、そこかしこの建物から吊るされた色とりどりの長い長い布……吊り幕がたなびいていた。その様子はまるで、街全体が海に向かって進む巨大な帆船にも感じられた。


「あの幕って、店の看板なんですよ」


「でも、字は書いてないな」


 赤毛娘フレーメの説明に、俺は首をひねった。どの吊り幕も、なんか少し模様があるだけで、ほとんど無地の布のように見える。何を売ってる店か、よく判らんな。


「幕の色で判るから大丈夫。こういう街じゃ、素人の客はあんまりいませんからね。さて、探索者の店は……と、やっぱりふ頭のほうかな~」


 フレーメの先導で、俺たちはにぎやかな坂道を降りていく。ときおり、立ち止まってローブ姿の特職少女たちを見つめてくる通行人はいたが、悪意ある視線はそこには感じなかった。顔を隠してるから少し怪しく見えてるだけな、きっと。


 狙い通りだぜ!


「セイヤ、ソイヤ、セイヤ、ソイヤ!」


 ん、子どもの掛け声が聞こえる。お祭りの神輿みこしかな、と思ったが違った。とんでもない過積載で坂道を登れない荷馬車を、小学生ぐらいの年代の子どもたちが押して助けている。掛け声はその子たちが声をそろえて発してるんだ。


「へえ、小さいのに親切だな」


「クライン、あれは孤児だニャ。お駄賃……いや、パン代を稼いでるにゃ」


「えっ……」


 ケットシー族のマヌーの指摘に、俺は思わず言葉に詰まった。たしかにチビッコたちは(俺って何様なにさまよ?)みんな、みすぼらしい汚れた服を着てる。もう少し大きくなれば魔法小麦農場でも働かせてくれるんだろうけど。


 うう……すぐ気がつかないシダ花畑な自分がはじぃよぉ。これじゃ『後進国の子どもたちってステキな笑顔ですよね』なんて言っちゃう中身だけハイエルフなかたと変わらんよ。思えば、俺だってゴブリン族のとおかあに拾われてなきゃ、だったんだよな。


 まあ、もっとも。


 そうなってたら変身を覚えてないだろうし、非力な素の俺じゃ荷馬車は押せないし、農場でも役立たずだろうけど。俺Yoeeee!


 コホン。ふ頭に着いた。波止場はなんかコンクリっぽいのを固めてできている。ずらりと海に並ぶのは、波にぷかぷか揺れる大小の船。もちろんどれもこれも木造の帆船だ。中には、長~い手漕ぎオールが百足むかでの足のように突き出たガレー船タイプもある。……あれは特職使ってるのかな。


 んっ、あの船は!


 並んだ大型船のうちの一艘が、やけに真っ白で優雅でピカピカしてる。まるで、ハイエルフの白い塔みたいに。


 まさか、あれって……

 ハイエルフの船か!?


 ローブの中から見えるのは船体だけだ。

 

 これは……

 調べないわけにいかないぞ!


 そう。


 そもそも俺が港町まで来たのは、ハイエルフどもの情報を仕入れるためだ。ヤツらの本拠地、義妹リーズが囚われてる場所、空中都市パラディースアウフ・ヒンメルまで、どうやって行くのか。その情報を調べるためだ。そして、これは推測なんだけど、ヤツらにだってそれなりの物流があるはずなんだ。


 物流。


 たとえば、ハノーバが広大な農場に囲まれてるのは大勢の市民を養うためで、荷馬車の群れが農作物を運んでくるけど、空中都市だって理屈は同じはずだ。事実、ハイエルフどもはヒト族から農作物や高級品を大量に収奪してる。占いオババのドロシィさんが教えてくれた常識だ。白い塔にも高級家具があった。


 もちろん。


 ヒンメルに住むハイエルフは、魔法とかの不思議パワーで物流を解決してる可能性はある。でも……


 クラーニヒは普通の馬車に乗って普通の宿屋に泊まった。空飛ぶ馬車はリーズしか運ばなかった。白い塔にはメンテナンス・ハッチがあった。もし、あいつらが物流の代わりになる転送魔法とかデリバリー・モンスターとか持ってたとしても、それを大量輸送には使えない……使わない気がするんだよな。


 じゃあ、俺の推測が正しかったとしたら。


 ヒンメルへの物流ルートは……集められた資源は、特製の荷馬車や貨物船でまずどこか……中継所に集められて、それから高い山の頂上に運ばれ、タイミングを合わせて横付けにされた都市に運び込まれるんだと思う。


 そういうルートに、変身すれば潜入できると思うんだよな。


「出るぞ。ブ、前を広げろ!」


「は、はいっ!」


 ローブの前がブ自身の両手でバッと広げられると同時に、ぽよよんと乳房を蹴って飛び出す。詠唱省略っ!


 変身!


 たちまち妖精コスに包まれたは、まろびでる白い谷間から、キラキラの尾を引いてヘリコプターのごとく上昇する。近くにいた船員や船荷の作業員が驚きの声をあげて見上げた。ちょっと目立ちすぎ? まあいいか。


 白い船の船体よりも高く、甲板を見渡せる位置まで浮かび上がると……

 あん?


 あたしは腕組みをして首をかしげた。

 ……違うなこりゃ。


 帆や旗にある紋章がハイエルフと違うし、乗組員たちの衣装はエキゾな感じがするけどフツーのヒト族だ。それに何だか、いつでも自信満々なあいつらと違って、雰囲気が慌ただしい。聞いたことのない言語の叫び声をあげながら、みんな忙しく右往左往して、あたしの姿にすら気付かない。


「むう」


 テンションの下がったあたしは、腕組みをしたまま飛ぶのを止めた。そのままお尻からまっすぐ落ちていく。ブの胸元にすぽん、と収まると、ばふっとキラキラの煙が飛び散った。すぐ彼女がローブの前を閉じる。けっこう息が合ってきたんじゃないの? 今さらだけど。


 変身解除!


「あったあった」


 フレーメが一艘の船を指さしてに言った。あれが……店? デカめのヨット……クルーザーぐらいの大きさで、幽霊船レベルに古くてボロボロだ。帆は周りと同じように畳まれているけど、かわりに色違いの吊り幕が二本吊るされている。赤毛娘によるとこの吊り幕は、探索者用の装備と、趣味に走った古着を取り扱ってることを知らせる看板だそうだ。


 船が係留されてる浮き桟橋と、今にも割れそうな渡し板を歩くと、木材のきしむ音が波音に混ざる。


 ぎし、ぎし……


 冬の日差しに海面がきらめく外から、暗い船内……店内に入る。目が慣れるとそこには……


 地震被害にでもあったのかよ、と思うほど乱雑に商品?が積み重なっていた。鎧戸の隙間から差し込んだシマシマの日光が、ホコリっぽい武具やら鎧とかのたぐいを照らしていた。


「いらっしゃいましーっ」


 奥のほうからドタドタと誰かがやってきた。赤ら顔の相撲取りみたいな体形のドワーフ族だ。ヒゲを編み込んでるから女だな。酒くさい。


「これはこれは、高貴なおかた。イカれた探索者の巣窟に何用で?」


 は? 高貴なおかたって?


「ほい、これ見て」


 フレーメがローブの襟もとに指をかけて下げ、ドワーフに自分の首輪を見せた。


「なんだ……あんた弁当かよ。おっと、今は戦女神バルキリって言うのが流行はやりなんだっけ?」


 へえ……ハノーバで聞いた言い替えがもうこんなとこまで。中世レベルでのウワサが広がるスピード恐るべし。


「じゃあ、お目当ては戦女神バルキリ用のハリボテ装備か。勝手に見ていいよ。値札をつけてないモノが気になったら呼んどくれ。……ったく、客なら客らしい服着てこいってんだ」


 ドワーフ店員はまた奥に引っ込んだ。ヒック、という声が聞こえた。


「なあフレーメ、あいつ高貴だとか何とか言ってたけど、俺たちってそう見えるのか?」


「見えるんじゃないですか? ローブの飾りとか趣味がいいし、みんな浄化クレンジングの魔道具のおかげで小ぎれいだし。マヌー様なんかフカフカの毛並みだし。貴族サマのお忍びと言われたら、たいていのヒトが信じちゃうでしょうね」


「お、おう、そうか……」


 ローブ作るの、頑張りすぎたかな? 前世日本のゲームキャラとか、センスのいいデザインを見慣れてたからなあ、俺は。まあ、オシャレすぎて損はないだろ。


「ニャーっ!!」


 突然、マヌーが悲鳴をあげた。なんだなんだ?


「こ、これ……」


 ダチが肉球のある手で差し出したのは、ボロボロの……


 長靴だった。

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