バルキリの翼

 港町センケーゲで、ようやく探索者の店にたどり着いた俺たち。

 さあ、これでやっと白ゴブリン娘のブと赤毛娘フレーメに、戦女神バルキリの装備を買ってやれるぞ、と思った矢先……


「ニャーっ!!」


 突然、マヌーが悲鳴をあげた。なんだなんだ?


「こ、これ……」


 ダチが肉球のある手で、ブの胸元に収まっている俺の目前に差し出したのは、一足の長靴だった。ニンゲン族の子供サイズで、マヌーみたいなケットシー族にはシンデレラ・フィットだと思う。くるぶしの辺りに小さな羽飾りがついてて、ちょっと可愛いデザインだ。


 でも、ボロボロで、正直言って薄汚い。


「これが、どうかしたのか?」


「これってたぶん……ケットシー族に名前のみ伝わる魔法の長靴、『シャルル・ブーツ』にゃ! 言い伝えによると、これを履けば二本足で四つ足以上の速さで走れるニャ!」


「「ええっ!?」」


 声をあげたのは、俺とフレーメだ。なんだその激レアっぽいシロモノは。そもそもなんで驚くようなお宝がこんなボロ店にあるんだよ? それに値札に書いてある価格が異常に安いぞ!?


「ちょ、ちょっと見せてみて」


 フレーメは受け取ったブーツの中を覗き込んだ。


「臭っ、でも……確かにケットシー族専用みたい。中敷きが肉球型に凹んでる」


 赤毛娘はブーツの端をぐいぐい引っ張った。ピリッと音がした。


「おい、売り物を壊すなよ」


「素材は普通の革だから、伝説の魔道具というより……ダンジョンが勝手に生んだ複製品かな。このぐらいの品物はけっこう見つかりますよ」


 赤毛娘は次に、ブーツのかかとをパカッと外した。

 

「おいおいおいおい! いきなり何やってんの、お前?」


「ほら見て、ご主人さま」


「聞けよぉ!」


「踵の内側に魔法陣があるでしょ。線が少し消えてるから、もう魔道具じゃなくてただのボロ靴ですねえ。ケットシー族の探索者は少ないから、在庫処分価格を付けてるんだろうけど、この値段でも高いくらいかなあ。でも……」


 フレーメは俺を横目で見て、ニヤリと笑った。そしてブーツを俺に差し出した。


「ご主人さまなら、これ、直せるんじゃないの? 綺麗にもできるし」


「えっ」


 慌てて谷間から身を乗り出し、ローブをかき分けてブーツをしげしげと見た。


 ……臭っ! でも、うん、いけるぞ!


「でかした! よし、買おう!」


「やったニャああぁ!!」


 引ったくる勢いでブーツをつかんだマヌーは、震える手で踵をハメ直した。

 そして。


「これで、これで、春になればおいらは……!」


 汚いブーツなのに浄化クレンジングもかけずに履き、尻尾と車掌カバンを振り回して大喜びで猫ダンスをするダチを見て、俺はこの装備を必ず直してやると心に決めた。でも…… ぷっ、長靴をはいたマヌーって……似合い過ぎないか?


「さすがはフレーメさんです」


 頭上からブの声がした。あれっ、なんか悲しそうな響きがあるぞ。そうだ、ここには特職娘たちの装備を買いに来たんだった。ほっといて悪かったな。


「フレーメ、その調子でブと自分の装備もどんどん見繕ってくれ。予算は……あっ」


 いいこと思いついた!


「まあ今は値段を気にせず、とりあえず選んでみてくれ! 高くても多少は交渉できると思うから」


「まかしといて!」


 さて……俺もちょっと見てみるか。ブに指示して、転がっているアイテムの山を色々とひっくり返してみる。


「ブには……まず、兜のたぐいかな。鎧を身に着けても、フードだけそのままだとバランス……あー、つりあいが悪くなって目立つからな。ローブのフードの替わりになるような……大きめのメットとかあれば」


「でしたら……」


「おっ、考えがあるのか、ブ?」


「ゴーレムのときのご主人さまの……ヘルムとか……」


 見上げたその顔は、真っ赤に染まっていた。

 なんで?


「ん、それって……」


「あ、あの! すみません、つまらないことを……」


「いや、待てよ。それもアリか」


「えっ、そう……なんですか?」


「実際に見直してみるか。ガン〇ラ形態モード再定義リ・デファイン!」


 変身!


 たちまちガン〇ラのコスが身体を覆う。はコスのヘルメット部分を脱ぎ、自分で作ったものではあるけれど、改めてよく観察してみた。


 ヘルメットの側頭部と頭頂部には、リザーブ用の魔石を収めるボックスがあり、目元は半透明の蒼いバイザーだ。もし、このメットが普通サイズなら……側頭部にはブの長耳が収まるし、頭頂部は丸めた緑色の髪が収まる。バイザーの色を緑にすれば、瞳の色も誤魔化せる。


「うん……いいな。こういうコンセプ……意匠の兜を探してみよう」


 そう簡単には見つからないだろう、とは思ったが、やっぱり見つからなかった。当たり前だけど。


「なに探してるんですか、ご主人さま?」


 ガラクタの山から顔をあげたフレーメが、声をかけてきた。僕が自分の考えたことを説明すると、赤毛娘はなんかヒラヒラして派手な感じの兜を拾い上げた。


「こんなのはどうです?」


 それは、本体は頭部を丸くぴったりと覆う兜だけど、顔の辺りは大きなハート型に開いていた。頬当てはあるけど、目も口元も顎も、そして、うなじと首もムキ出しだ。その側頭部には、天使の翼のような蝶の羽のような大きく派手な飾りが、後頭部に流れるように付けられている。ぜんぶペコペコの薄い金属製で、ベルトで固定するみたいだ。


 あれっ、これって……?


「これって、戦女神バルキリの羽根兜じゃないか?」


 昔、オルゲン一座の巡業で大きな町の広場を横切ったとき、その女神像を馬車の中から見たことがある。例によって車酔いでゲロゲロしてた時だ。この世界ナッハグルヘンには、なぜか地球の文化とカブってる戦女神バルキリという神話キャラがいる。「弁当」という差別用語の言い替えの「戦女神バルキリ」も、同じ語源だと思う。


 ちなみに戦女神バルキリの女神像は、例外なく巨乳だ。言い伝えによると、死に逝く戦士たちをその胸に抱いて最後の癒しをする役目があるためだとか。そのせいかどうか、「戦女神バルキリ」という言葉には「未亡人」の意味もあるそうだ。


 一座にゲストで来た吟遊詩人から、馬鹿旦那が「未亡人って色っぺえよなあ、俺のかかあも早く戦女神バルキリにならねえかな」と呟く、というジョークを聞いたことがあるぞ。


 うっ。


 今になってようやく気付いたけど、未亡人って意味がある名前の特職を、わざわざ買ってる自分って……まさかこれ、フラグじゃないよな?


「これって定番なんです。探索者にはこういうの好きなヒトがいるんですよ」


「うーん、でもさフレーメ、これ、僕も嫌いじゃないけど、いま探してる形じゃないんだよな」


「ご主人さま、このあたりに……」


 フレーメはその人差し指で、羽根飾りの裏側……本体と羽飾りの隙間であり、装備すれば耳の辺りになる部分をなぞった。


「穴を開けて、そこからブちゃんの長耳を飾りのウラに出して、耳を隠すように布かなんかで隙間を塞げば……」


「おおーっ! うんうんうん、さらに目元を色付きガラスで覆えば……いけそうだ! たぶんカッコイイぞ。よおし、いっそ僕のメットもこれに似た感じに改造しよう。ブ、お前と僕とで、おそろいだぞ」


「……はい。はいっ!」


 ん。なんでこいつ涙目なんだ?


 ……でも、声はなんだか嬉しそうだ。


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