シンデレラ・フィット

 着いたぜ! ここは、港町センケーゲ。


 漁村じゃなくて、ある程度大きな商用船が出入りする、巨大な入江にある街だ。街の規模はハノーバより少し小さいか。たぶんフリューゲル王国の流通のかなめになるんだろうな。いま俺たちが居るのは延々と連なる境界の柵、そのすぐ外側だ。


 街に通じる主要道路は、潮風と一緒にひっきりなしに荷馬車が通る。様々な種族のヒトも急ぎ足。怒鳴り声もあちこちから聞こえる。活気というか喧騒があって明るい雰囲気だけど……


 最初見たときは、あっ、街外れに灯台がある、って思ったけど、違った。それは……


 例の、白い塔が建っていた。

 ハイエルフ支配の証が、ここにも。


 まあ、気を取り直して行こう。俺たちは街に入る直前に、首尾よく余分な馬を売りさばいた。街の外周にあった厩舎群が、馬の仲買ギルドの建物を兼ねていたんだ。取引交渉はマヌーに頼んだ。いま、カネとか貴重品とか俺のリュックなんかは車掌カバンに入れてマヌーが管理してるんだよな。


 「たぶん買い叩かれたにゃ」


 「だよな~」


 でも、文句は言うまい。俺らは素人だし価格はいちおう想定内だし、それに……ここのギルドはサービスで今晩だけ素泊まり宿を用意してくれるそうだ。特職やブを連れていてもいいそうだ。そのかわり、預かる馬車の中に泊まらないでくれ、とのこと。


 それでカンベンしてやる!


 早めに宿にチェックインさせてもらって、街へ出るための準備をした。俺には、やらなきゃいけないことが山のようにあるけど、まずしなきゃいけないことは……


 そう、旅マントの改造だ!


 マヌーとアインガンさんが用意してくれた旅支度には、定番の旅マントが人数分……俺を除いて……含まれてた。これに古着も加え、改造してフード付きのローブにしようと思う。俺のものである特職娘たちを、もう嫌な視線にさらしたくない。赤毛娘フレーメは、戦女神バルキリとしての装備をすれば特職でも普通に街を歩ける、と言ったけど……


 装備ふくを買いに行く装備ふくが無い!


「魔動ミシン、スタンバイ!」


 ガン〇ラ形態モードに変身したの適当な掛け声で、僕の両手は角ばったステープラー(ホッ〇キス)みたいな形に変形した。他人の目からはもっと本格的にミシンっぽく見えているはずだ。マヌーは昼寝してるけど。

 僕は両手の間に布を挟み込み、右手に掴んだ糸付き針を素早く動かす。

 

 ダダダダダダダダッ!!


 あっと言う間に布は縫い合わされる。揃った縫い目は職人並み。皮革パーツだって簡単だぜ! いやあ、ネズミのコス作製に苦労してた頃とはレベルが違うよ~

 あっ、そうだ。マヌーの着替えやカバンもついでに修理とグレードアップしとこう。


 おっと、MPバーが減ってる。ホント、この形態モードは燃費が悪いなあ。それはたぶん、魔意味ミームのヘルプが少ないからだと思う。この世界ナッハグルヘンじゃ馴染みが少ない機能や姿だもんな。僕は急いでブの胸元に飛び込んでMPチャージをする。


「あん♡」


 だから変な声だすなよ~ レバーがシートに引っかかるだろ! そうだ、この位置に収まったときの具合も確認しなきゃ。


「ブ、まずこのハーフトッ……あー、短い薄シャツを胸下着の上に着て……うん、ちゃんと透けてる。息もできる。次はローブ、首のリボンを止めて、よし、ローブの合わせ目から外が見えるな。フードは深く被って、内側に着けた緑色のベール……薄衣うすぎぬを顔の前に降ろして、あご紐を結ぶ……どうだフレーメ?」


「いいね! 可愛いよぉー」


「え……そうなんですか」


 うっ、ブのヤツ、急に体温が高くなった。


「いや、そうじゃなくて、ブの目や耳……髪の毛とか隠れてるか、僕の姿は透けて見えるか、ってことだ」


「問題ないです。ブちゃんの形のいい目や眉毛、それに髪がうっすら見えるけど、薄衣の緑色が効いてます。そしてご主人さまの姿は見えてませんね。だけど……」


「だけど?」


「刺青はいいんですか?」


 ……ああっ! 忘れてた!


「そう言えば、そのうち消そうとは思ってたけど、すっかり忘れてたよ…… 今すぐ刺青を消してやるからな。じゃ、フレーメ、指輪を取ってくれ」


「あの、あの! 待ってください。あの……これは……消さないで、ください……」


「えっ、なんで」


 うっ、今度は急に体温が低くなったぞ。

 高くなったり低くなったり……自動回復魔法があるくせに、病気になったんじゃないだろうな?


「ご迷惑だとは、思ってます……お見苦しいだろうとは、思いますが……」


「いや、別にそんなことないけど」


 オルゲン一座にいたころは毎日見てたし。カッコいいとも思うし。


「この刺青は……私にとって……とても……」


 ぽしゃぽしゃ涙が僕の頭に落ちてくる。


「あー判った判った、泣くな。消さないよ。消さないから」


 刺青だけなら別にトラブルにはならないからな。それにしても、なんだ、意外な趣味だな。ん? 思い出したぞ。こいつを目つぶし魔法アウゲンビンダーの実験台にしたとき、魔法の解除をしても刺青が消えなかったんだよな。あれって、たぶんこいつの意志が影響してたんだな。魔法は感情に左右されるから。


「つまり、それほどお気に入りなのかぁ~」


 赤毛娘が、ジト目で俺を見た。


「そういうことじゃない、って思うんだよね……」


 こいつ、何言ってんだ?


「まあいいや。フレーメもローブを着てみろ。ああ、お前のローブには薄衣の部分は無いからな」


「……ご主人さま、胸がキツいよ~」


「えっ」


 スゲー広げたと思ったのに、まだキツいのかよ! デカすぎるだろ! なんかお前メシ食うたびにデカくなってないか?


「ねえご主人さま、なんかムカつくようなこと思ってない?」


 ちいっ、カンのいいヤツめ。


「そんなヒマはない。サイズ合わせるぞ」


 ダダダダダダダダッ!!


「あん♡」


「……これでどうだ?」


「……あ、こんどはいい感じ」


「ぴったりか。つまりシンデレラ・フィットだな」


「しんでれら……?」


「あー、ええと、とある吟遊詩人の演目で、シンデレラってお話があってだな」


 僕は特職少女たちに、シンデレラの話を簡単に説明した。


「だから、ぴったりサイズが合うことを、シンデレラ・フィットって言うのさ」


「……素敵なおとぎ話ですね」


 ブの体温が高くなった。

 ぽかぽかだ。


「そうかな~ありえなさすぎて、あたいにはちょっと」


 う~ん。ファンタジー世界の住人に、『おとぎ話』とか『ありえなさすぎ』とか言われちゃうのってどうよ? そんなもんだ、と言えばそのとおりなんだけどさ。


「シンデレラには他の意味もあって、たくさんのヒトの中から運良く選ばれる例えにも使われてるな。王子様に選ばれる、って筋書きから」


「えっ、王子様に選ばれる? そういう話なんですか?」


「うん、王子様は選んだつもりかも知れないけど、シンデレラを本当に選んだヒトは違うよねえ」


「えっ」


「「えっ」」


 ブとフレーメが同時に言った。


「えっ、じゃ、シンデレラは誰に選ばれたんだ?」


「誰と言われましても……」


「そんなの決まってるよ。えっ、ご主人さまは判らないの? ホントに?」


 うっ、なんかマズい方向に話が言ってる気がする。

 もうすでに……恥かしい感じがする!


「ちょっ、ちょっと言ってみろよ。判らないワケじゃないけど……まあ、参考にな」


 ブとフレーメを顔を見合わせると、僕に向かって同時に言った。


「「王様と魔女に」」


 あう……確かにリアル王政じゃ王子様はクーデターでもしない限り王様に逆らうワケないし、まず魔女が助けなきゃ話にならないよな……


 はじぃーっ!

 僕が前世から何の疑問もなく持ってた、おファンタジー脳を女の子に指摘されちゃったよ~


 そして、ミもフタもねえーっ!



 そんなワケで、またしても特職少女たちに恥をかかされただったが……


 とりあえず準備が整ったので、マヌーを起こして……こいつ大きな猫あくびをしやがって……街に繰り出したのだった。


 さあ、街の視線はいかに?

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