僕は、てめえを怒らせた。

われがお前たちの認識をすり抜けるために使っている魔道具、すなわちハイエルフ・ジャマーについて……知りたくないか」


 被ったシーツの中、椅子と小テーブルの残骸とストッキング糸で作った案山子かかしに、ちょこんと座りながらは言った。


 白い塔に忍び込み、巨大な花にも似た大量破壊兵器を一時停止させたは、今、ハイエルフ野郎どもと対峙している。


 この塔の管理人、ヴァイスラーベの呟きが聞こえた。


「はいえるふ・じゃまー……?」


 ざわ……


 コンソールとシーツに遮られてお互いの姿がロクに見えないはずなのに、あたしの台詞が空気を変えるのが判った。


 あいつらは、ツーフェ町の宿屋で何があったのか、当然知ってるはずだ。そして、なぜ、あたしがお前らの監視を掻いくぐって活躍?できたのか、ある程度は予測しているはずだ。思い込みハゲシイけど、馬鹿じゃないもんな。


 これこそ、あいつらが、最も欲しがる情報! ……だよな?


 と、言うよりさあ、あいつらはたぶん、『数字で呼び合う者たち』とか言うレジスタンス?のことを聞いてると思うんだけどさ、あたし自身は会ったこともないんだよな。ハイエルフどもが勝手に仲間だとカン違いしてるだけで。


 知らないからって適当なこと言ったら、でたらめ言ってることが判っちゃうし。ここは勝負をかけなきゃいけないポイントだと思うんだ。だから、掛け金を弾んでみた。


 ……う~ん、コンソールに置いた魔付ボタンもそうだけど、ちょっと掛け金の金額が多すぎたかな~


 それでもその甲斐あって、釣れた、という感触があったぞ! 次はさっき練習した、無詠唱での変身呪文にチャレンジだっ!


「……? ……? ……!」


 変身!


 頭の中で呪文を唱えること3度。よし、うまく変身できた!

 

 もともとこの変身呪文は、ホントの魔法理論で成り立ったモノじゃないし、自分が納得できてさえいればいいんじゃないか、と、つねづね思ってた。とは言うものの、クチで唱えるのと同じ時間がかかるから、無詠唱と言ったってラノベに出てくる呪文みたいに優れている訳でも無いけど~


 よいしょ、っと。


 パワーのあるガ〇プラ形態に変身したは、シーツの下で案山子を持ち上げた。まるで布を被った華奢なニンゲンが、ちからを振り絞って立ち上がったかのように偽装したんだ。


 こんなことでゴマかせるかどうか不安だけど、そこはもう、不運魔法ハードラックの効果に期待するしかない……



<< normal size <<



 紅の騎士クリムゾンたちは、ふと、気付いた。


 おのおのの顔の一部である、あかい仮面に内蔵された視覚のカラクリに、ほんの少しの不具合が発生している。操作卓の向こうで立ち上がったナンバー18の生命反応や熱の姿が、ぼんやりとしか見えなくなったのだ。


 もちろん、ひとりだけの装備に異常が出るのなら、珍しくとも、ありえないことではない。美しきハイエルフ様の技術と言えど、絶対ではない。しかし、その場にいる全員のカラクリが、微妙とは言えど一斉に調子が悪くなることなど、ありえようか。百個のさいの目が、百回続けて最低の目を出すことなど、ありえようか。


 とても運が悪いのならともかく。


 だから、騎士たちはお互いの調子を確認しようとはしなかった。美しき主人に報告もしなかった。敵に弱みを教えてしまう恐れがあるし、たまたま自分だけに起きた軽微ですぐ回復するはずの状態異常など、確認するまでもないと思っていたからだ。


 ちょっと運が悪いかのように。


 いっぽう、ヴァイスラーベの心中は、表示盤の向こうに立った人物の不自然さに、気付くどころではなかった。


 ハイエルフ・ジャマーだと!? もしそれほどのモノ、情報が手に入れたなら、どれほどわたくしの評価を正当なものにすることでしょう! ヒンメルは無理としても、ブリュッケなら夢ではないかも!


 そう思ったヴァイスラーベは、わざと興味のないふうを装って言った。


「……その程度の情報なら、まあ、ぎりぎり良しとしましょう」


「それなら話そう……」


 ひどく冷たく聞こえるナンバー18の言葉が響いた。


「ヴァイスラーベ、お前はネズミがどういう存在か知っているか? ヒトを脅かし、ヒトの財産を奪い、ときにその命を奪う。ネズミは優れた美しい存在か? いいや、自分ではそう思ってるかも知れないが、ヒトから見れば、みじめで醜い、おぞましき毒の武器を持つ小さな小さなケダモノだ」


 突然始まった脈略みゃくりゃくのない話に、ヴァイスラーベはその長い睫毛を震わせてぱちぱちとまたたいた。


「お前はいったい、何のことを言っているのですか?」


「やれやれ。お前は救いようのない間抜けだな。本当に判らないのか? 笛を吹きながら街中を練り歩き、醜いネズミがここにいる、と叫ばなければ、我が誰のことを言っているのか、感づくことはできないのか? お前には、ヒトの言葉が判る知能がないのか?」


 ま、まさか、こいつは……

 美しきわたくしたちをネズミに例えて、あてこすっている?

 信じられない!


「おっと、こんなことをネズミの前で言ったら、ネズミは怒るかも知れないな。言い過ぎたな。本物のネズミに会ったら謝っておこう。ヒトの言葉が判る知能があればの話だが」


 ヴァイスラーベの長耳に着けられたイヤリング……真偽判定を行う魔道具……真実の瞳は、白く静かに輝いていた。ナンバー18は嘘を言ってない。


 だとしたら……


 真実の瞳には、ひとつの欠点がある。判定する相手が、自分の言葉を真実だと信じていれば、真実と見なしてしまうのだ。


 と、いうことは……!


 ナンバー18は、さらに汚い言葉を重ねた。


「お前も知っての通り、ヒトはネズミを滅ぼすことはできない。ネズミはそれなりに強いからだ。しかしヒトが油断すれば、ヒトはネズミに滅ぼされるだろう。そんなことが許せるか? いいや、許せない! ヒトは呼ぶ、ネズミのことを神敵と。聞け、輝きにそむくネズミ野郎。我はナンバー18! 仮の名はイチワリ! 醜いネズミと戦う者だ!」


 間違いない!

 なんと、なんと無礼な……!

 

 ナンバー18は、美しきわたくしたちが、ネズミと同じような下等な存在だと、心から信じているのだ!


 ただでさえ愚かで醜いヒト族が、わたくしに嘆願たんがんしているという立場もわきまえず、ここまで不当にののしるとは!


 ジャキ!ジャキ!ジャキン!


 侵入者の揶揄やゆを悟った紅の騎士クリムゾンたちは、一斉にその剣を抜いた。美しき主人を罵倒ばとうされた怒りが、湯気のように立ちのぼった。彼らがまだ敵に飛び掛からなかったのは、まだ主人の命令がなかったからだ。


 ヴァイスラーベは騎士たちを抑えるために、手のひらを背後に向けて優雅に両手を広げた。もちろん、美しくも賢いヴァイスラーベは頭では判っていた。

 もともと、ヒトとはこういう愚か者だ。かつて、美しきハイエルフ様は慈悲深くもいくつもの国を滅ぼしたが、その中にとりわけ愚かな国があった。その国は、飢えに苦しむ国民のために外国の援助に頼らざるをえないのに、武力を振るうことでしか外交のできない国だった。


 追い詰められて他人に頭を下げざるを得ないヒトは、糞便のような誇りを守るために、かえって吠えることがある。


 けだものが吠えたからと言って、いちいち腹を立てるのは無駄なこと。しかし、けだものにはしつけが必要です。


 その美貌は少しも歪みはしなかったが、ヴァイスラーベはその長い生涯で、これほどの怒りを抱いたことはなかった。


 わたくしたちを嘲ったことを、必ず後悔させてあげましょう。


「それで? 貴方はまだ、ハイエルフ・ジャマーのことを話していませんよ」


「そこの割れた魔付ボタンが見えるか」


 ナンバー18の言葉に、ヴァイスラーベは操作卓の上に置かれたボタンを見た。さっき見たときは壊れていると思ったが、改めてよく観察すると、その第一印象は間違っていたことに気付いた。割れているように見えるのは、その外殻が半分開いているからであり、琥珀に包まれた中身……多重魔法陣は特に壊れていないように見える。


 そして、多重魔法陣を内蔵した魔道具とは、飛行するための魔道具よりもはるかに優れた技術によって作られた、非常に貴重な高級品ばかりなのだ。


「それこそ、ネズミの認識を妨害する魔道具だ」



 なんと……!


 真実の瞳は、白く静かに輝いていた。


 いや、待て。この魔付ボタンがだったとしたら、こうやって美しきわたくし自身が認識できている理由はなぜでしょう?


 もしかすると。


 この魔道具の形式は、使用者の魔力に頼らず、空中の魔力を使用するものだとしたら? 外殻が開いたため、魔力を吸収できずに機能しないとしたら。


 そしてナンバー18はそのことに気付かず、すっかりこれが壊れているものだと思い込んで、うかうかと取引に使おうとする愚か者だとしたら……


 いや、愚か者に決まっている!


 こともあろうに、美しく賢きわたくしたちに罵声を浴びせるほどの愚か者なのですから!


 ヴァイスラーベの頭の隅に……


 これは何かの罠かも知れない。

 手投げ浄火弾のような爆発物が仕掛けられているかも知れない。

 鑑定魔法アプレイズの魔道具を持ってくるべきかも知れない。

 どうやって侵入したのか確かめたほうがいいかも知れない。

 不快な会話に耐え、じっくり問い正して真偽を確かめるべきかも知れない。


 という、もっともな疑いが一瞬だけよぎったが、灼熱の溶岩のような怒りがその考えを押し流した。


 それこそが、小さき者クラインが狙っていた流れだった。


 わたくしは魔法のベールをまとい、紅の騎士クリムゾンに守られています。いかなる反撃があろうとも、ヒトのちからがこの美しき身を侵すことなどありえません。ならば、我ら美しきハイエルフがこれまでそうしてきたように、つまらない罠があったとしても押し破るべき。


 ヴァイスラーベはそう思い、操作卓に向かって歩みはじめた。

 一歩、二歩、三歩……


 歩みを進めるごとに、その美しき勇気に気圧けおされたかのように、無礼者は逆に操作卓から離れ、じりじりと部屋の隅へと退いていった。


 美しきハイエルフ様は微笑みを浮かべた。

 このうえなく激怒した、このうえなく邪悪な、このうえなく美しい微笑みを。



>> small size >>



 うわーっ、怖っ!


 騎士どもが剣を抜いた音が聞こえたとき、実は、ちょっとチビった。2滴ぐらい。はじぃよぉ。


 僕は、てめえを怒らせた。


 どうやら罠にハメられたとは疑われてないようだ。そう、そのために、僕がハイエルフの特性を考えて仕掛けた作戦のひとつは、ひたすらあおって怒らせることだった。


 前世では、本当は困っていて助けてほしいのに、怒鳴ることでしか要求できないクレイマー様がいた。僕自身がそういう類の馬鹿だ、とヴァイスラーベに信じさせたかった。罠を仕掛けるほどの知性がない、怒るだけの馬鹿だ、と信じさせたかった。


 冷静に対応されたら、たぶんヤラれちゃうからな!


 ……いやあ、実際こんなムボーなことしてるって、ホンマもんの馬鹿かも知れないけど。


 ああ、はじぃよぉ。


 そして、怒らせることで判断を鈍らせて、ラット・ジャマー・ボタンをハイエルフ・ジャマー・ボタンと誤認させることが、作戦のひとつだ。おとりに他の魔道具を使わなかったのは、このレベルのレアものでないと信ぴょう性に欠けると思ったからだ。


 もったいないけどさ。


 ラット・ジャマーは、ハイエルフ・ジャマーや、今はリュックに付けてる魔包グッズ用なんかと一緒に、ツーフェ町の教会に隠されていた魔付ボタンのお宝だ。このハノーバの宿でガ〇ブラ形態モードに変身したとき、ドライバーになった腕を使ってカバーを外したけど、そのまま放置しちゃったヤツだ。


 ちょっびっとゴタゴタがあったせいで、僕自身も忘れかけてたけどさ~


 もっとも、誤認させるためには、あの真偽判定の魔道具イヤリングが、「判定する相手が、自分の言葉を真実だと信じていれば、真実と見なしてしまう」という性質がある、ってことが前提条件になる。


 まあ、これはある意味、当然のことだ……クラーニヒのヤツと筆談したときも感じたけど。だいたい、もし本当に絶対の真実を判定できるなら、どんな絶対の秘密でも問うだけで暴けちゃうもんな。


「クライン君は童貞ではありません」

 ブブーツ!


 なんて具合に。冗談じゃないよ!


 ここで、緻密ちみつなる作戦(笑)を、再確認チェックしてみよう。


 チェッークッ!


1.ヤツに頼む。


 停止させた大量破壊兵器、浄火砲クレンジング・キャノンを、もう使わないでほしいと、弱ってます&お願いですムーブをかます。同時に、対価としてハイエルフ・ジャマーの情報をチラつかせる。


2.ヤツを怒らせる。


 「ナンバー18にとってはハイエルフはネズミ同然」だっていう「個人的な真実」を告げて怒らせる。同時に、を馬鹿だと思わせる。


3.ヤツに誤認させる。<< Now!


 ラット・ジャマー魔付ボタンを、ハイエルフ・ジャマー魔付ボタンだと思わせる。


4.ヤツに「ざまぁ」される。


 きわめて陰険な(断定)ハイエルフ野郎は、ハイエルフ・ジャマーを手に入れた(と思った)ら、の目の前で勝ち誇り、浄火砲クレンジング・キャノンの再発射をわざわざ見せつけるだろう。それから、絶望する(はずの)を殺そうとするだろう。


5.ヤツを罠にハメる。


 そのときが罠を発動するチャンス。油断しきったヤツは、むざむざとが仕掛けた罠にハマるだろう。


 ハマってくれるといいな。


6.そして脱出へ……!



 ヤツが、ヴァイスラーベが、ゆっくり近づいてくる気配がする。シーツとコンソールにさえぎられてよく判んないけど。

 本物のハイエルフ・ジャマー魔付ボタンに繋がる糸を握り直し、僕は案山子を捧げ持ったまま、後ろに……部屋の隅へと向かう。


 殺されやすいように。


 ……ああ、僕の小さな心臓が張り裂けそうなほどトゥインクしてる。


 さあ。


 掴めよ、ヴァイスラーベ。


 遠慮なく勝利ハイエルフ・ジャマーを掴め。


 偽りの勝利を!


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