愚かで醜い砂漠鳥

 白い塔の部屋に忍び込み、ハイエルフが発射しようとしていた大量破壊兵器、浄火砲クレンジング・キャノンを何とか停止させた


 発射を止めたからって、これで終わりじゃない。改めて操作されれば、それで終わりだ。何とかしないといけない。


 予定時刻の真夜中を過ぎても発射されない、という異変に気付いたハイエルフどもが駆けつけてくるまで、たぶん時間はそんなにない。


 あたしに課せられたミッションは……


1.自身が生きてここを脱出すること。


 それには、気が進まないけど、やっぱり真の妖精形態リアル・フェアリー・モードへの変身が妥当だ。


 もってくれよ、あたしのちんちん。


 でも恐いのは、変身するヒマもなく、問答無用でいきなり攻撃されることだ。そんなことされたら逃げるなんてたぶん無理無理無理無理。


 経験者は語る!


 まずは、いきなり出会いがしらにやられないようにする、そう、ヤツらの注意をそらす工夫が必要だな……

 そして、もし他のミッションを果たした後に逃げるとしたら、そのときには、さらに一瞬のすきをつくる必要があるだろう。


2.浄火砲クレンジング・キャノンを二度と使えないようにすること。


 でも、強力な破壊魔法や爆弾とか、あたしは持ってない(泣)。火付けの魔法陣を大きく壁に書けば、ボヤぐらいは起こせると思うんだ。宿屋でそれやって焦げたシーツを買い取るはめになったんだよな。

 だけど、相手は消火魔法ぐらい使えるはずだ。確実じゃない。ヤツらがもう二度と使用できない、って状況を確認してからでないと脱出できないんだよな~


3.ハイエルフどもの追跡をできるだけ断ち切ること。


 そもそもこんな事態を引き起こしたのは、あたしの甘さが原因なんだ。そんなトラブルを無くすためには、イチワリことナンバー18がここで死んだように見せかけることが一番の作戦だろう。


4.疑われないようにすること。


 ここにいるハイエルフは、たぶんクラーニヒとは違うヤツだと思う。でもやっぱり、あの嘘発見器なイヤリングをつけてる、と覚悟しておこう。だから、あたしの言葉そのものは疑われない。逆にバレバレの嘘も同じことだ。だけど怖いのは。


 『罠』を見破られること。


 そのためには、ある程度は信用させるために、自分の姿を見せる必要があるよな。しかも、姿を現しても不自然じゃない状況を作らなきゃいけない。でないと、実は最初からどこか安全な場所に隠れていたんだろ、と思われてしまうからな。だから、クラーニヒのときみたいに筆談じゃダメなんだ。あたしがこの部屋にいるように思わせるには、少しは肉声で『話し合い』しなきゃいけない。


 つまり、一時的にでも、ハイエルフ・ジャマーを手放す必要がある。

 それって、スゲー怖いよぉ……


 そして。


 あたしに強みがあるとすれば、ハイエルフは、やっぱりハイエルフなんだろう、という確信だ! 前世にも実在した、ある種の精神性を必ず持っているはずだ。


 美貌はともかく。


 だから、は知っている。ヤツらに疑われないために必要なことは、誠意じゃない。愛でも正義でも自由でも平等でもない。むしろ逆の……



 さて。



 とりあえず作戦を立てたは、急いで準備を整えた。


 コンソールの上を駆け、背後の点検パネルから中に潜り、椅子と小テーブルを叩き壊し、こまめに変身を切り替えてアレコレいじり回した。


 その途中で、変身の呪文と、あのドクロの指輪について、新たな使用法を開発したぜ! かかった時間はトータルで5分くらい? 追い詰められて潜在能力に開花したってヤツかあ?


 よくやった自分!


 仕上げに、すぐ手元に引き戻せるように糸を結んだ、ハイエルフ・ジャマーの魔付ボタンを、できるだけ遠くに投げる。これはテストも兼ねていたんだけど、果たして……


 ポロンポロンポロンポロン……


 とたんに。


 ひどく場違いな気がするほど優雅な調べの音が鳴り響いた。タイミング的に警報なんだろうけど。


 は急いで糸をたぐり寄せ、魔付ボタンを掴むと、両開きの扉のあたりまで舞い上がり、天井近くでホバリングする。ヤツらがやってきたら、まず保険として不運ハードラックの魔法をかけてやるぞ!


 優雅な音は止まらない。

 やっぱり警報かな~



<< normal size <<



 昇降機の扉が開き、ヴァイスラーベとその眷属たる紅の騎士クリムゾンたちが、操作室に乗り込んできた。それと同時に、侵入者警報が止まる。


 部屋に入ってすぐ、ヴァイスラーベたちはふたつの異変に気が付いた。


 ひとつは、かすかに漂う、肉が焦げたような匂い。

 もうひとつは……


 血だ。

 真っ赤な血が飛び散っている!


 血の跡が点々と、天井に開いたままの点検孔のあたりや、床に落ちたその蓋の上、壁、床、そして操作卓の盤上にまで、殴り書きのように付いている!


「これは、いったい……?」


 ヴァイスラーベの呟きに、答える声があった。


われは、迎撃砲に撃たれた」


 紅の騎士クリムゾンたちに緊張が走り、すばやく、美しき主人を守る陣形をとる。声の方向は、操作卓の3枚の表示盤……クラインが「でぃすぷれい」と呼んだ動く絵画を表示する板のようなカラクリ……その向こう側。

 いずれの表示盤もなぜか真っ暗な画面になっていたが、その上部からその頭の天辺てっぺんだけを、ちらちら覗かせる、あれは……


 粗末な布を被った、何者かがいる!

 

 ヴァイスラーベの長い耳に着けられた真実の瞳は、静かに白く輝いていた。


 どうやらこの愚か者は、本当に空から侵入して撃たれたようですね。ということは、飛び散っているのはこやつの血に間違いありません。


 あくまで美しく、ほくそ笑み、ヴァイスラーベはそう思った。かたわらに立つ紅の騎士クリムゾンの隊長は、主人にささやいた。


「表示盤の背後に生命反応があります。殺しますか、捕えますか」


「待ちなさい。荒事は操作卓が傷つく恐れがあります。この卑怯者もそのことを承知で盾にしているはずです。それに、こうやって向こうから声をかけてきたのです。少し話をしてみましょう」


 ヴァイスラーベは、クラーニヒが書いた報告書を思い出していた。


 あやつはあえて敵と会話して、『数字で呼び合う者たち』の貴重な情報を引き出したとか。もちろん、この程度の輩など捕らえて拷問してもいいのですが、エールデンに交渉ができてトゥルムにできない訳がありません。それに様子を見る限り、この侵入者は大けがをしているようです。危険は少ないでしょう。


「わたくしの名前は、ヴァイスラーベ・パラディースアウフ・トゥルム。この白き塔トゥルムの管理をまかされている者です。貴方のお名前をお聞かせください」


 言いながらもヴァイスラーベは、その細く長い人差し指で、落ちている点検孔の蓋と、昇降機の扉を指さした。騎士たちはうなづき、肩車をして天井の蓋を閉め、魔道具を使って扉を施錠した。


 これで、こやつは魔包のネズミ!


「我は、ナンバー18、仮の名は、イチワリ……ううっ」


 表示盤の向こうで、そう告げた不審者の布を被った頭が引っ込み、ドタッと音がした。イヤリングは震えない。


 思ったとおりです。やはり、こやつが噂のナンバー18!


「生命反応の位置が低くなりました。床の上に倒れたか、ひざまずいたようです。ですが、会話ができる程度の意識はあると思われます」


 隊長の言葉に頷き、ヴァイスラーベはさらに問い掛けた。


「ナンバー18、貴方は何のために、ここに侵入したのですか?」


「もちろん、浄火砲クレンジング・キャノンの発射を止めるためだ」


 虚勢を張った声で、宿敵は抜け抜けとそう言った。


 ……なんという愚か者!

 まともな知識も持っていないヒト族ごときが、そんな無謀なことを企むとは!


 しかし……


 現実に、もう真夜中になっているはずなのに、予約した浄火砲クレンジング・キャノンは発射されていない。


「なるほど。止めることだけは成功したということですね」


 そう言いながらヴァイスラーベは、おびを留める宝石を、軽く叩いた。それだけで、ヒト族程度ならあらゆる攻撃から身を守る、ほのかに輝く魔法のベールが身体をおおう。そして大胆にも数歩、操作卓へと近づいた。


「でも……」


 ヴァイスラーベは操作卓をすばやく観察した。表示盤の画面は暗くなっているが、これはただ表示盤の故障か、そこに繋がる配線が切られただけのようだ。なぜなら、血に汚れた盤上にずらりと並ぶ操作するための突起、そのひとつひとつの隣にある小さな宝石が、青く輝いていたからだ。このしるしは、白き塔トゥルムのそれぞれの兵装が壊されていないことを示す証拠だった。


 緊急停止ボタンはその覆いが外されていた。また、盤上には見知らぬモノもあった。割れた魔付ボタンだ。これらのことから、愚かで醜い侵入者がどうやって砲の予約を止めたのか、賢くも美しいヴァイスラーベは簡単に看破することができたのだった。


 おそらく。


 この壊れた魔道具は、ここに飛来するためのもの。迎撃砲に撃たれてボタンもろとも傷ついたナンバー18は、それでも何とか点検孔を開け、ここに辿りついた。


 ナンバー18はゴーレム使い(ドール・マスター?まさか!)とのこと。手足の無いゴーレムである操作卓を、ある程度は操ることができるはずです。緊急停止ボタンを押すぐらいのことはできるでしょう。そして、表示盤への繋がりを切った。でも、それ以上のことはできなかった。いやいや、思いつきもしなかったのでしょうね。


 敵ながら哀れみを感じます。


 いつだって愚かで醜いヒト族は、危険を感じた砂漠鳥が頭だけを地面の穴に突っ込んで安心するかのように、見えている表面だけを何とかすれば問題が解決すると思い、安易にそれを優先してしまうものなのですね。 


「……でも、ただ、それだけのこと。貴方を排除した後に、わたくしたちはまた、砲を撃つことができるのですから」


「やめろ! やめてくれ、頼む……」


「それなら……『数字で呼び合う者たち』について重要な情報を提供するなら、発射中止を考えてやってもいいのですよ」


 その耳に着けられた真実の瞳は、静かに白く輝いていた。



>> small size >>



 やった!


 被ったシーツの中、椅子と小テーブルとストッキング糸で作った案山子かかしに、ちょこんと座りながら、あたしは勝利を確信した。何が『考えてやってもいい』だ。それでウカウカ秘密を話せば、『考えたが、やっぱり殺す』とか言うんだろ。それでも嘘じゃないもんな。


 そーいうのは、前世のフィクションでさんざん見てきたんだよ!


 あたしは、血痕のフェイク(頑張って念じたら赤インクも使えた)とクサい芝居(あたしは腐っても芸人だもん)で、弱ってます&お願いですムーブをかましてやった。それだって別に嘘じゃない。


 おかげさまで、『考えてやってもいい』いただきました!


 この台詞はとても重要だ。だって、あたしのことを完全に馬鹿にしきってる、って証拠だもんな。そんな相手から逆に1本取られたとしたら……きっと、ものすご~く腹を立てるとか、平常心でいられなくなる、と思うんだ。


 まんまと作戦にノッてくれたぜ!


 あたしは、ハイエルフ・ジャマーの魔付ボタンに繋がる糸を握り直し、ゴクッとツバを飲み込んだ。

 そして、ハイエルフ野郎なら飛びつかずにいられない、超スペシャルな話題を振った……


「それなら、我がお前たちの認識をすり抜けるために使っている魔道具、すなわちハイエルフ・ジャマーについて……




 知りたくないか」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る