貴方は、罰を受けねばなりません。

 ハイエルフ野郎の大量破壊兵器をぶっ壊す(ムリでもやるぜ)ために、ついに兵器の操作コンソールまでたどりついたネズミ形態ラット・モード


 ここからが本番だぜ!


 俺っちは家具の下を飛び出し、コンソールの周囲をぐるぐる走り回る。ケーブルのようなモノは見当たらない。卓の背後には点検孔らしき四角い蓋があるな。正面に廻ると、豪華だけどごく普通の椅子と、小さなサイドテーブルがある。椅子の肘掛けに駆け上がり、さらにコンソールの盤上に飛び乗る!


「ガ〇プラ形態モード再定義リ・デファイン!」


 変身!


 たちまちリアルタイプ巨大ロボット(小さいけど)のようなコスが装着される。魔力切れは怖いが、ここは勝負のとき! は目を光らせて(あれっ、本当に光ってないか?)、目の前のメカを観察する。


 前世の地球ですら、初めて見たメカをいきなり操作できる人間なんて、とても少ないと思う。でも絶対ゼロじゃない。そしてガ〇プラ形態モードは、最大18センチという縛りがあるけれど、あらゆる道具に変形することができる。さらに道具ってのは、それだけで完結しない。ドライバーも刺青針も、使い方が判らなきゃ使えない。僕は前世でドライバーを使った記憶があるけど、刺青針なんか使った覚えはない。


 でも、使えた。

 しかも、明らかに上手エクセレントに!


 だから……

 こう考えることはできないか?


 僕自身が見たこともない『ヒトの道具たるゴーレム』として魔意味ミームに接続するとき、僕が見たこともない道具の、やったこともない使い方にも、接続されるんじゃないか? 全長18センチを越える道具ハードウェアでも、使い方ソフトウェアだけなら判るんじゃないのか?


 いや、そうじゃない。


 できる、って信じるんだ。

 思い込むんだ!


 ほら、確かに……

 目の前のコンソールの操作方法が、判るような気がする……!


 コンソールの盤上には、装飾文字の名札が付いているボタンやらダイヤルやらが並ぶ。いわゆる操作パネルだな。ひときわ大きな宝石箱のようなカバーつきボタンもあれば、大きめのタッチパネルらしきものもある。マウスは無い!


 操作パネルのその向こうには、3つのディスプレイが立ち並ぶ。マルチとは生意気な。そこにはそれぞれ別の画像が表示されている。右端の画面は風景……ハノーバ南地区の遠景だ。空から見たの同じ…… 

 風景の中央には……うっ、ターゲット(!)らしきマークが重なっている! 左端の画面は、見やすい線で描かれた巨大な花の図面……って、あの兵器か!


 そして中央の画面には、メッセージが並んでいる。その文章は、僕の脳内で判りやすく翻訳とか解釈とかされてる、ようにえる。


 それはまるで、が回復薬の匂いを生姜しょうがの匂いと感じるように……


 そのメッセージは……


-------------


 浄火砲クレンジング・キャノン発射が予約中です

 自動防衛砲が起動中です


 浄火砲クレンジング・キャノン発射予定時刻まで

 あと 00:03:96


 発射中止の場合は

 緊急停止ボタンを押してください


--------------


 へー、この兵器、「浄火砲クレンジング・キャノン」て名前か……なんか嫌な名前……って、ちょ、ちょっと待てよ。


 この数字って!?


 えーと、えーと、表示された数字のうち、すごい勢いで減っていくシモふた桁は、60以上の数字で1あたりが1秒より短い気がするし、仮にカミふた桁が1あたり2時間の「刻」として、ハイエルフもヒトも10本指のせいかこの世界ナッハグルヘンでも10進法、だからこの数字も10進法だとすると……


 残り時間、あと4分!?



<< normal size << 



 すべての美しきハイエルフ様が、1日のうちで最も大事にしている時間。それは『究極にして至高』と呼ばれる時間だ。


 クラーニヒのように出張に振り回されている下っ端ならともかく、ヴァイスラーベほどのくらいならば、『究極にして至高』たる日課を行うための小部屋を必ず用意しているのだった。


 ヴァイスラーベが白き塔トゥルムにもあるその小部屋に入った時刻は、真夜中まであと1刻ほど前の時間だった。部屋に入ってすぐ、ヴァイスラーベは、とあることを思い出した。


 浄火砲クレンジング・キャノンが自動設定のままになっていることを。


 このまま放置すれば、予約した時間に確かに発射されることは変わらないが、まもなく盾が開くし、同時に迎撃砲も起動する。それで不都合も起きなくはないが、すっかりその気になっていたヴァイスラーベは、それら一切を無視してこのまま『究極にして至高』たる日課を行うことに決めた。


 何か問題が起きたら、クラーニヒに責任をとらせればよいのです。


 ヴァイスラーベはそう思った。


 いやいや、いけない。ヒンメルの地を踏むことさえ許されない下等な者のことなど考えていては、『究極にして至高』を汚してしまう。かけがえのない美しさをでるためだけに、この時間はあるのですから。


 空調を整え、磨き上げた鏡が全方位に貼られた小部屋。美しきハイエルフ様はその中で様々な姿態をとり、みずからの美しさだけに浸る最高の時間を過ごすのだ。高貴な存在は着替えなど下々のモノにさせるのが常識だが、このときだけは自分で脱いでいくのも楽しみのひとつだった。


「あっ……」


 どのくらい時間が過ぎただろうか。

 突然、背後から聞こえた声。


 ヴァイスラーベが振り返ると、そこにいたのは……


 鏡を磨く道具を持ってへたりこんでいる、メイド服をまとい、目元だけを隠す仮面をつけたニンゲンの女。ヴァイスラーベに仕える下面の衆ゲリングのひとりだ。


「何をしているのです!」


 ヴァイスラーベは激怒して、裸のまま下面の衆ゲリングに詰め寄った。


 わたくしの『究極にして至高』を邪魔するとは、この者は自分がどれだけの罪を犯したのか、判っているのでしょうか?


「あっ、あっあっ、わ、わたし、こんな時間にっ、美しきっヴァイスラーベさまっが、お使いになるって、知らな……ああああっ!」


 下面の衆ゲリングは地肌の見える口もとを真っ赤に染め、その言い訳とは裏腹に嬉しそうな声をあげ、その身体をびくびくと痙攣させた。美しきハイエルフ様の美しすぎる裸体をまともに見てしまったニンゲン族は、よくこういう反応を示すのだ。


「貴方は、罰を受けねばなりません」


 ヴァイスラーベは右手を伸ばすと、下面の衆ゲリングの女の細い首を掴み、そのまま高く持ち上げた。ぽきり、と首の骨が折れる音が響き、彼女は声もあげず息絶えた。その死体を無造作に投げ捨て、生ごみを片付けさせるために別の下面の衆ゲリングを呼び出す呼び鈴を鳴らそうとしたとき、が聞こえた。


 ポロンポロンポロンポロン……


「侵入者警報!?」


 ここに赴任したとき、確認のために聞いておいた各種警報音のひとつ。とうてい信じられないが、操作室に何者かが侵入したのだ!


 ヴァイスラーベは慌てて身支度を整え、強力な攻撃・防御の魔法を放つ装身具と、嘘を見破る真実の瞳を装備した。そして部屋を出ていこうとして、ふと、死体を見下ろした。


 彼女の外れた仮面の下にあったのは、苦悶の表情ではなかった。まるで死ぬほどの快感に溺れたかのような、喜悦に満ちていた。


 もしかしたら。


 紅の騎士クリムゾンを呼び出す呼び鈴を鳴らし、昇降機へと足早に向かいながら、ヴァイスラーベは思った。


 あのモノは最初からコレが目的で、間違いをしたフリをしたのかも知れません。やれやれ……このわたくしがニンゲンごときに出し抜かれるなんて、たぶんもう二度とないことでしょうね。


 そう思ったヴァイスラーベは。


 もちろん、間違っていた。



>> small size >>



 げげっ!


 ……そうだっ、緊急停止ボタン


 この、カバーのついた小箱だよな。確かに中にボタンがあるっ!


 僕は小箱に飛びつき、カバーを引っぺがして両手でボタンを叩く……が、何も起きない!


 何度叩いても! なんでだよ!?


 いっそ、コンソールの中に潜り込んで、このスイッチに繋がるケーブルをカジって切断するとか……いや、それはダメだ。信号が遮断したとたんに発射される仕組みだったらどうする!?


 ディスプレイを見上げる。


 月明かりに照らされた街並みが見える。この塔から死のビームが放たれて、焼かれる予定の場所。思い出すのは、ネズミのビジョンで見た、逃げ遅れたヒトたちが燃える光景……!


 残り時間を確認する。


 あと 00:02:81


 あと3分……

 きっと、何か見落としてることがあるんだ……

 考えろ……


 こういうメカにありがちで、操作できない場合ってのは……


 そうだ、セキュリティかも!


 画面にパスワード入力欄とか出ないということは、何かデバイスを介するセキュリティのはずだ。そのデバイスを見つけさえすればガ〇プラ形態モードのパワーで何とかできるかも。僕はふたたび操作パネル全体を見渡す。何か、何かそれらしきブツはないか……


 ああ、僕の目はいま、本当にサーチライトのように光っている!


 何かのデバイス……例えば音声認証のマイク……IDカードのスロット……網膜認証のカメラ……指紋認証……あ、タッチパネル!


 あと 00:02:22


 サーチライトの光が、タッチパネルに残った手のひらの跡を反射で光らせた。これだ! ……でも、触っているのは手のひらの真ん中の部分だけだ。指の先は範囲外。指紋じゃない。だとしたら、何を使って認識してるんだ!?


 あと 00:01:61


 考えろ……考えろ!

 そうだ! ハイエルフの肉体そのもの、オーラとか、魔力とか、血とかを認識してるとしたら……うんっ、アレがあったじゃないか!


 あと 00:01:39


 僕は魔包リュックから、アレ……干からびて匂うクラーニヒの耳……を急いで取り出し、それをタッチパネルに叩きつけた!


 ダメだ~ 何も起こらない~


 むっ、ひょっとして、ハイエルフ・ジャマーのせいで認識してくれないのかも。それなら魔付ボタンを一時的に部屋の隅にでも置いて……


 ……いや! 見ろ!

 ディスプレイの表示が!


-------------


 浄火砲クレンジング・キャノン発射が予約中です

 自動防衛砲が起動中です


 浄火砲クレンジング・キャノン発射予定時刻まで

 あと 00:00:92


 発射中止の場合は

 緊急停止ボタンを押してください


 生体信号が微弱です

 認識していません


--------------


 微弱。微弱って……そりゃそうだ、ここにあるのは『生体』じゃなくて『死体』だもんな。なま乾きだから『微弱』なんだろう。旅の備えとしてマヌーが持ってるはずの回復薬ポーションが今ここにあれば、少しは細胞を蘇生できたかも知れないのに……ん、なんか引っ掛かる。何だ!?


 考えろ!考えろ!考えろ!


 蘇生……AED……電気ショック……!


 そうだ、やってみよう!

 無駄かも知れないけど、やるんだ!


 あと 00:00:66


妖精形態フェアリー・モード再定義リ・デファイン!」


 変身!


妖精魔法フェアリー・マジック、ビリッと驚け! 静電気ショック・スタテック!」


 バチッバチッ!


 呪文と共にの指から放たれた火花が、ハイエルフの耳に当たる!


 しかし、何も起きなかった……


 もう一度!


静電気ショック・スタテック!」


 バチッバチッ!


 もう一度だっ!


「最大出力ぅ! 静電気ショック・スタテックーッ!!」


 バチッバチッバチッバチッ!


 干からびた耳はショックで海老のように跳ねあがる!


 まるで、みたいに!


-------------


 浄火砲クレンジング・キャノン発射が予約中です

 自動防衛砲が起動中です


 浄火砲クレンジング・キャノン発射予定時刻まで

 あと 00:00:27


 発射中止の場合は

 緊急停止ボタンを押してください


 生体信号を認識しました


 ようこそ


 美しきクラーニヒ・パラディースアウフ・エールデン様


--------------


 やった!


 2段階認証じゃなくてラッキー!

 あたしは停止ボタンに、お尻からダイブする!


 ピッ。


 明らかに何らかの応答を示す、音が聞こえた。

 汗を撒き散らしながら、あたしはディスプレイを見上げる……


-------------


 浄火砲クレンジング・キャノン発射の予約を一時停止しました

 自動防衛砲を一時停止しました


 浄火砲クレンジング・キャノン発射設定時刻まで

 

 あと 00:00:18 の

 残り時間にて停止しています


--------------


「はああ~」


 間に合った~


 あたしはスイッチを尻に敷いたまま、のけぞるように脱力した。


 それにしても……


 敵の身体の一部が重要アイテムになるのは、前世の神話やファンタジーの定番だった。だからも何か役に立ちそうな気がして、キモいけど耳を拾っておいたんだ。それがまさか、こんな近代的なシステムに使えるなんて……あっ、その耳はと言えば、少し焦げてる……


 あたしは、むくりと起き上がる。


 止めたからって、これで終わりじゃない。改めて操作されれば、それで終わりだ。何とかしないといけない。ハイエルフどもが駆けつけてくるまで、たぶん時間はないだろうけど……


 罠を仕掛けてやる。


 ここから先は、ざまぁターンだっ!

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