チーズのような契約

 オルゲン座長に連れられて、教会に洗礼に来た俺。


 そこで出会った金髪のイケメン聖官ことコテコテさんは、教会の奥、廊下の突き当りの部屋へと俺たちを案内した。


 そこには……





 俺だ。俺がいる!


 壁じゅうに貼られ、そして床にも散らばるスケッチの紙、そのすべてに、ショウのときの俺、フェアリー姿の俺が描かれている!


「うわあああああああぁっ!!!」


 俺は思い出した。思い出してしまった。客席の最前列にいた、悪い意味で印象に残った客のことを。この聖官が大興奮で俺を見つめていたことを!


 キ……キモすぎるぅ!


 俺の悲鳴に驚いて、座長は慌てて鳥カゴをそこにあったテーブルの上に乗せる。そして、たいした問題でもないかのように、ノンキな顔でカゴの外からのぞき込んだ。


「クライン、どうした?」

 

「どうしたじゃないだろ!」


 そうか! あの小袋のカネは、そういうことだったのか!

 ああ、心に、怒りと悲しみが溢れてくる……


「信じてたのに! 座長のこと、信じて、た、のに……


 裏切ったな! 俺のことを裏切って……


 変態に売り飛ばすなんて!」


 ふたりのニンゲン族は、表情が消えた目で俺を見つめると……




 声をそろえて、言った。


「「はあ? なんで?」」




「えっ。……違うの?」




 やっと気持ちが落ち着いた。

 真相はまだ不明だが、どうやら俺は、ひどく失礼な疑いをかけてしまったようだ。


「おまえなあ……」


 オルゲン座長はため息をつきながら言った。


「カン違いするにもほどがあるぞ」


「すみません……」


 荒ぶっていた気持ちがシオシオと溶けていく。恥ずかしい。はじぃよぉ。小さい俺は、もっと小さく縮こまった。顔が燃えるようだぜ。


「だいたい、金のタマゴを生むコカトリスを……」


 座長は魔包ポーチに手を突っ込んで、コテコテさんから受け取った小袋を取り出し、中を広げて見せた。


「こんなハシタガネで売り飛ばすワケ、ないだろうが」


「えっ、ハシタガネ?」


 イケメン聖官は傷ついたような顔で呟いたが、俺は座長の言葉に納得した。確かにその通りだ。この程度のカネじゃ、ショウ1回ぶんの儲けぐらいだ。


 それに落ち着いて考えてみれば、コテコテさんのことを変態と決めつけた俺の……現代日本的な感性には問題がありすぎたな~


 この状況は確かに、こじらせたヤツがいたしたみたいに見えるかも知れない。でもコテコテさんは、俺という実在の珍獣(笑)をスケッチしただけであって、あやしげなイラストを描いてるんじゃない。そして、俺の私活を妄想しているのでもない。


 でも正直ドン引きしてるから、誤解したことを謝る気はないけどね!


「じゃ、じゃあに何をさせたいんですか?」


「お、俺? 君って自分のこと俺って言うの?」


 コテコテさん、ちょっと黙ってて。


「それをこれから話そうと思っていた」


 座長はもう一度ため息をつくと、洗礼のアポをとりに教会を訪れたときのことを話始めた……



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「貴方はオルゲン殿ですね!」


 オルゲン座長は、金髪の聖官にいきなり手を握られた。彼は、座長がこの教会付きの女聖官シスターと話していたところ、急に会話に割り込んできたのだ。


 初対面なのにヤケに馴れ馴れしいな、と思いながらもオルゲンは、若い男の聖官と丁寧に挨拶を交わした。教会関係者は教会寄りの旅芸人にとって重要な取引相手だ。おろそかにしてはいけない。


「聞きました。フェアリーちゃんの洗礼をご希望とか」


「フェアリーちゃん……?」


「あ、いやいや、その洗礼というのは、もちろんご本人様のご希望で間違いありませんよね? ああ! 素晴らしい! 輝きを拝するものに栄えあれ! あれ~!」


 コティングリーと名乗った聖官は、オルゲンが聞いてもいないのに、ベラベラと自分のことをまくしたてた。


「実は私、貴殿のショウを何度も拝見させていただいておりましてね! ぜひ一度あの妖精についてお話をお聞かせ願えないものか~と、かねがね思っておりました! 私、こう見えて王都では聖究院に所属しておりまして、あっ、聖究院は輝きの御業たるすべての博物を記録するのが使命でしてね~ええ、ええ、中でも自分は伝説のフェアリーに特に特に魅せられておりまして! 王都で妖精の興行の噂を聞きつけ、上司に無理を言ってやっと出張にこぎつけたのですよ~!」


 などと。


 正直言ってオルゲンには、この若者の言っていることの半分も理解できなかったが、その熱量に金儲けの匂いを感じ取った。そして座長と聖官は、協議の末、以下の契約を交わした。



1、旅芸人オルゲン一座の座長オルゲン(以下、こうとする)、クロス教会聖究院聖官コテナン・コティングリー(以下、おつとする)、甲が保護する妖精と思わしき存在(以下、へいとする)は、輝きたる神の御名みなにおいて以下の契約を締結する。


2、乙は別途定める金額を甲に支払い、他者による丙の真実についての研究をする権利を得る。


3、契約と研究の経費はすべて乙が負担するものとする。


4、研究によって判明した真実は、この契約には無関係とする。


5、その他の条項は正当なる取引の一般的な規範に従うものとする。



 若い聖官は、何となく騙されたと感じないでもなかったが、「研究を独占」という文言に舞い上がって、契約書に署名したのだった。


 世間知らずなりに、彼の直観は正しかった。この契約はコティングリーにとって、ドワーフ・チーズよりも穴だらけだ。


 この契約は、研究に協力する義務については、何も触れていない。乙が大金を払って手に入れたのは独占する権利だけ。甲と丙は他の人間に研究を許すことさえしなければ、研究する行為のその都度ごとに、乙に対価を求めるという「正当なる取引」をしてもいいのだ。例えば、1日ごとにいくらとか。

 幸いにしてオルゲンとクラインは、少なくとも冒険者のようなならず者ではないので、契約の悪用はされないだろう。たぶん。


 しかし。


 最悪なのは、本当はクラインが妖精でも美少女でもないのに、それが明らかになっても文句が言えないことだ。


 若き聖官は、その事実をまだ知らない。



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「じゃあ俺はこのへんで」


「えっ、座長、帰るんですか? まさか、俺を置いて?」


「当たり前だろう。お前はこれから研究されるんだから。朝には迎えにくるからな。安心しろ、教会は洗礼した信徒を解剖しない。と思う」


「「まさか!」」


 俺とコテコテさんの声がハモった。嬉しくない。そして座長はドアから出るときに、ぽつりと付け加えた。


「お前が何なのか、これで少しは判るんじゃないかな」


 俺はその言葉に、ハッとした。『』……


 昔、俺はネズミに半殺しにされたことがある。怪我に加えて変な病気をうつされて数日寝込んだときに、うわごとのようにある台詞を言っていた、と後からゴラズさんとかに聞かされた。


『小さくて、ネズミに負けて、小さくて、いったい』、と。


 そうか。



 座長、覚えていてくれたのか。


 シュッシュッシュッ!

「さて~」


 俺の感傷的な気分は、両手のひらをこする音と、凄く嬉しそうな声にかき消された。


「やっと、ふたりきりになれたね」


「うわあああああああぁっ!!!」

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