私を教会に連れてって

 結論から言うと、俺が扮したフェアリーの見世物は大当たりだった。


 それなりに失敗もあったが、みんなで工夫を重ねたせいもあって、かなりウケるようになってきた。この間など、笑顔なんか見せたことのない座長の口角が、なんと2ミリも上がっていた。うん、相当儲かっているようだな。


 お高めボッタクリ料金にしてるし!


 待望のボーナスも出た。俺だけではなく一座全員にだ。あの皮肉屋のヤビさんも、何も言わずに受け取った。ハハッ。


 俺のカネは使うときまで座長に預かってもらってる。持ち歩けないから。ちなみに、親がわりでもあるゴラズさんたちにカネを預けない理由は、あのヒトたちは親しい仲だと思うと、預かったカネでも平気で使っちゃうからだ。だけど、逆に自分の物を仲間に使われても別に怒らないんだよな。困りはするけど。ゴブリン族ってのは、そういうものらしい。それに、そんな気やすさがあるからこそ、俺を拾ってくれたのかも知れないが。


 そう、今ならカネはある。それなりに。日本円のお小遣い感覚だと、ハイスペックPCとかバイクが買えるくらい? 売ってないけど。


 だけど……


 カネの使い道を考えるのは楽しいことのはずなのに、そうする心の余裕は俺にはなかった。俺はいま、「仕事」をしてないときは、とある謎のことで頭がいっぱいだったからだ。それは例の、仕掛け糸が切れたことで判った俺の能力スキルの件だった。


 ひょっとしたら、イケてる俺は突然魔法スキルにでも目覚めたのかな、と期待してた。確かに、妖精ショウの最中ならもう仕掛け糸は必要ない。俺はテントの天井ぐらいまでの高さなら、軽々とジャンプできるようになった。同じ高さから落ちても平気だ。演出の幅も広がり、お客さんのウケもさらに良くなった。まだまだはじぃけど。


 しかし。


 舞台以外では、そのスキルは再現できなかったんだ。「プライベート」のとき、というか「ショウではないとき」は、妖精の衣装があろうかなかろうが、今までと同じく垂直に8センチぐらいしか跳べない。俺の身長の半分以下だ。魔法やスキルの発現はイメージによるって聞きかじっていたから、必死で「飛ぶ・跳ぶ」ことを念じたが、それでもダメだった。こんな限定されたスキルなんて、嫌すぎる!


 だいたい俺の身体っていうヤツは、そもそも……


 くはーっ、くはーっ……


 おっと、考え過ぎた。ヤバいヤバい。いまは身体を動かすことに集中しよう。


 ショウを始めたアベルク町と、さらに二つの町の巡業が終わり、ここツーフェ町に来て数日後。もう無駄なんじゃないか、と心のどこかで思いながら、その日の仕事終わりにも、俺は自分のテント(物置兼用だ)でジャンプの練習を繰り返していた。


「ああ、クライン、ここにいたか。まだ着替えてないな。よし、出かけるぞ」


 テントの戸口をめくって、顔を出したのはオルゲン座長だ。


「出かける……? って、どこにですか」


「洗礼に行く」





 暮れなずむ町教会の敷地を、ショウで使う鳥カゴで運ばれながら、俺は座長に尋ねた。樹木の影が長い頃になったなあ。


「洗礼なら、俺……拾われてすぐ、してもらったはずですよ」


「お前の人気にんきがありすぎてな。手を打たないとまずいかも、と思ったんだ。フェアリーとして洗礼しとけば、少しは何とかなるだろ」


 ああ、うん。その理屈は判る。


 フェアリーとしての俺は、いわば貴重な絶滅危惧種。見世物にするなんて可哀想!と炎上しかねない存在だ。貴族とか冒険者みたいなヤカラがハイエルフ的な難癖をつけてくる可能性がある。カネとかナントカ欲求とかのために。


 しかし、俺たち教会寄りの旅芸人がそうであるように、教会が認めてるぞ、バックにあるぞ、その証拠に洗礼してるぞ、という事実は、この信心深きフリューゲル王国ではそれなりの抑止力になる。さすが座長、理にかなってる!


 まあ、その守護まもり無料タダじゃないけどさ。


「……それより、お前、フェアリーとしての名前を決めとけよ。洗礼で必要になるぞ」


 えっ、名前? 名前って……



 クロス教会の礼拝堂で、座長と俺は担当の聖官が来るのを待った。案内してくれた女聖官シスターは清楚なタレ目の美人、エレナさん。座長が前もってアポをとったのは彼女ではないそうで、残念ながらすぐ行ってしまった。どうやら王都から偉い聖官が来ているようで、その人が特別に洗礼をしてくれるとか。


 この町教会はよくある飾り気のない質素なタイプだ。よくある、とは言うものの、俺は「覚醒」してからは一度も教会の中に入ったことがなかった。何度も見たはずのものも珍しく感じて、キョロキョロとあたりを見回す。


 ツーフェ町の教会にはステンドグラスや豪華な燭台のような高級品はなかったが、壁紙代わりの波打つ布とか、シンプルな祭壇と洋風なお賽銭箱、洗礼盤や「真実のあぎと」の彫刻など、なかなか味のあるインテリアがあり、思わず異国の(異世界だけど)観光気分になった。


「やあやあ、いらっしゃい。お待ちしておりました!」


 しばらくして、やけにチャラい感じの、定番の地味な黒衣を着た、若い男の聖官が小走りで現れた。ニンゲン族だな。金髪で背の高いイケメンなのに、すごく残念感がある。


 あれっ? この人、見おぼえがあるような……


「妖精さんにも自己紹介しときますね~ 私は王都から参りました、聖官のコテナン・コティングリーと申します」


 略してコテコテさんね。


「まず洗礼しましょうか。お仕事お仕事~ 素敵な妖精さん、貴方のお名前は?」


「えっ、えと、あの……リー……」


 俺は恥ずかしさをガマンしながら、必死に裏声を出した。女っぽく聞こえるかしら?


「リー? ……リーちゃん、なんと可愛らしい声だ」


「『リーズィヒ』ですぅ」


 リーズごめん~

 思いつかなくて少しパクらせてもらったよ。


 それにしても……我ながら、いまホントにカワイイ声が出てなかったか?


 俺は聖官の指示で鳥カゴを出て、舞台衣装のまま洗礼盤の水……つまり聖水に腰まで浸かる。もう秋だから水は冷たい。それだけじゃなくて俺の頭にもビシャビシャと聖水を掛けてくる。てめーいいかげんにしろよ、とバチ当たりな感想が浮かぶが、もちろん口には出さない。


「ナッハグルヘンにあまねく輝きの御前おんまえにてこうべをたれし、大森林の乙女リーズィヒよ。その敬虔けいけんある限りクロスの祝福あれ。あれ~(ビブラート)


 はい、終わりで~す」


 これで洗礼の儀式は終わったらしい。儀式とか言う割りになんか軽いけど、もともと流れ作業でやる式だからこんなもんだろ。なお、割りとどうでもいいけど、「ナッハグルヘン」っていうのはこの世界での「地球」って意味だ。


「いやあ、久しぶりなんで緊張しました。こちらが洗礼証明書です。再発行には洗礼名変更手続きと同じく別途お布施が必要ですので無くさないでくださいね。オルゲン殿、こちらはお約束のものです。それから、リーズィヒちゃんはこれを使ってね」


 鳥カゴに戻り、渡された手ぬぐいにくるまりながら身体を拭いていると、ふと、視線を感じた。顔をあげて見ると、コテコテさんがさっと目をそらす。カゴの中に置いたままになっているスプーンを横目で見てみると、そこに歪んで映る彼はやっぱり俺をじっと見ていた。


 ……なんだかイヤな予感がする。


 横目でオルゲン座長を見ると、コテコテさんから渡された証明書と、何やらジャラジャラ音をたてる小袋を、魔包ポーチの中に仕舞うところだった。


 「では、こちらへどうぞ」


 まだ用事があるのか、コテコテさんは俺たちを案内した。教会の奥、廊下の突き当りの部屋へ。おや、このイケメン聖官、なんか薄笑いしてないか?


 ……なんだかすごーくイヤな予感がする。


「座長、座長」


 鳥カゴの中で揺られながら、俺は小声で言った。


「洗礼って、終わるとお茶でも出してくれるんですか」


 そんなワケがないだろう、と思いながらも、聞かずにはいられなかった。


「そんなワケがないだろう」


 座長はそう答えながら、聖官が開けてくれたドアを通り、部屋の中へ……




 そこには、俺が、予想もできなかったモノが!


「うわあああああああぁっ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る