居酒屋デビュー!

 買い物を終え武具屋を出た俺たちは、よさげな居酒屋を求めて暮れなずむ港を歩いていく。


 正確に言えば俺だけは歩いてない。運ばれてる。白ゴブ娘のほかほかの胸元に包まれて、真冬の潮風も平気だぜ。ローブの合わせ目から、ワイン色の吊り幕をたなびかせて波止場の端にずらりと並ぶ居酒屋が見える。


 まだ暗くなっていないというのに、もうすでに出来上がってる酔客の声が仕切り幕の奥の店内から響いてる。どこも似たような作りで店の前にテラス席があるが、外で飲んでるのは少ない。真冬だからな。暖はたぶん魔熱ストーブでとってるみたいだ。


 テラス席の隅にはBBQ台……海鮮を焼く屋根無し屋台があり、とれとれの魚貝が炭火で焼かれてる。何かの汁を店員らしき人がぶっかけると、舞い上がった火の粉と共に暴力的に香ばしい匂いが漂ってくる。


 卑怯だぜ、この香り!


「どこに入るニャ?」


 ケットシー族のダチ、マヌーが猫鼻をひくつかせながら聞いた。特職娘たちは黙っていたが、その目は輝いているようだ。


「そうだな……」


 高そうな店も庶民的な店もある。格差キビシイこの世界ナッハグルヘンでそんな店が隣り合っているのは、港町の気安さだからだろう。節約できたぶんのカネがあるからどこでもいいと思うけど、だからこそ迷っちゃうのは人情だぜ。


 おっと。


 居酒屋通りの端に着いてしまった。紙売りおばさんが控えている共同トイレがある。どの店も繁盛していたが、トイレの隣の小さな店だけは閑散としていた。


 場所が悪いんだな、ここ。くっさいトイレの横じゃしょうがないけど、店の外で焼き物もしてないし。


「この店だけは無いな~」


 と呟いたところで……船乗りらしき男たちの一団が、ドタドタと駆け寄ってきた。何事か、と思ったら、そのうちのひとりが声をかけてきた。


「お前たち、このあたりで全身鎧フルアーマーの騎士とその……連れを見かけなかったか」


「はあ? 全身鎧の騎士? そんな危ないヤツ見てないにゃ」


 その疑問ももっともだ。前世日本で言うなら、フル装備の自衛隊員が繁華街を歩いてる感覚かな? ……イキってる冒険者ならともかく。


 マヌーの答えに男たちはため息をつくと、今度は通りに並ぶそれぞれの店に飛び込んでいった。ふーん、人探しか。こんな大きな町でご苦労なこった。あれ、目の前の店には寄っていなかったぞ。慌ててたから、トイレの建物の一部とでも思ったのかな?


 んっ……そう言えばあの船乗りたちのエキゾな恰好、覚えがある。そうだ! 妖精形態フェアリー・モードのときに見たっけ。あれは白い船の甲板で騒いでた船員たちだ。


「見つけた!」


 叫び声がした。サビれた店のテラス席の端に立っていた、太い腕に派手な刺青がある若い男……冒険者じゃなくて田舎の半グレ男の声だった。フレーメよりちょっと背が高いか?


 そいつは今まで顔を拭いていた手ぬぐいを投げ捨てて、俺たちに向かって速足でずんずん近づいてくる。そして、いきなり、リンゴを掴むかのように広げた手のひらを俺に向かって、つまりブの胸元に突き出してきた!


 チカンかよ、堂々すぎるだろ!


「うひゃっ!」


 俺は思わず腰を引いて、情けない声を出した。特職娘たちは同時に動いたようだ。ブの両手のひらが俺の目の前に飛び出た。1、2歩後ろにも下がったな。白ゴブ娘の細い指の間から、男の太い手首を、カフスを巻いた華奢な手が横からガッシリつかむのが見えた。いいぞ、フレーメ! 半グレのお触りを止めたか。


「……何だよ、離せよ弁当!」


「ほほう……身体強化ゾンダー・クアパー!」


 乱暴な言葉に、赤毛娘はニヤリと笑って呪文で返した。


 ミシッ……


「ぎゃああああっ!」


 手加減はしているはずだけど折らんばかりに手首を締め上げられて、半グレは悲鳴をあげる。その声を聞いた俺は少し落ち着いた。よく見るとこいつ、ムキムキだけど歳は俺らとそんな変わんないな。かなり痛かったのか、フレーメの身体強化魔法はすぐ切れたはずなのに、まだ小さく悲鳴をあげ続けてる。


 ざまぁ。

 このエロガキが(俺って何様なにさまよ?)。


 フレーメの爆乳じゃなくてブの美乳を揉もうとしたことは趣味がいいと言わざるを得ないが、どっちにしたって俺のモノに手を出しやがって。


「……ねえご主人さま、なんかムカつくこと考えてない?」


「そんなヒマはない。……そろそろ離してやれ」


 フレーメは手を離すと同時に身体強化呪文をもう一度唱えて、ウサ尻尾を振らしながらチカン男に蹴りを入れた。本気でやったら穴があくから、相当軽く蹴ったはずだ。それでも半グレはテラス席の端まで吹っ飛び、下敷きになった丸椅子の山が派手な音を立てて飛び散った。


 ストライク!


 あ、散らかしたの店に謝ったほうがいいかな? まあ……悪いのアイツだし、とりあえず大ケガはしてないようだし。ふらふらと立ち上がった半グレは、馬鹿にしてた女にやられたのが悔しいのか、今度は地面に突っ伏して泣き始めた。うわっ、情けない……こっちまで恥ずかしくなる。それにそんな態度じゃ俺らがいじめたみたいじゃんか。


「おいお前、いい勉強したにゃあ。まだ痛むかにゃ? ちゃんと謝るなら、ポーション使ってやってもいいニャ」


 マヌーってクチは悪いくせにホント、世話焼きだよなあ。冒険者みたいに救いようのないヤツらは見捨てるけどな。

 暖かい言葉をかけられたせいか、半グレは涙をぬぐい顔を上げて言った。


「頼む、助けてくれ……お願いだ……妖精を貸してくれよぉ!」


「えっ」


 妖精おれを……貸す?



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 それは、よくある話だった。


 ドードー亭のひとり息子、ニンゲン族のアルシュは、店を切り盛りする母と船乗りの父に反発し、よくない仲間とつきあっていた。仲間たちはロッホという冒険者を兄貴分として慕っていた。

 そして「俺はそのうちホンゴ様に幹部にしてもらえる。そのときはお前らも引き立ててやるからな」というロッホの言葉を信じ切っていた。


 アルシュの数少ないまともな友人は、何度も何度も彼に忠告した。


「冒険者なんか信じるな。吟遊詩人が歌う任侠モノなんて、ぜんぶ嘘なんだからな。どんなに優しげでも、どんなに頼りがいがあっても、ぜんぶ計算ずくなんだ。今にきっと痛い目を見るぞ」


 そう言われるたびにアルシュは言い返した。


「なんでヒトを見かけで判断するんだ。俺はあのヒトを信じてる」


 ある日のこと。彼が家に帰ると、ロッホが母にのしかかっていた。


 アルシュの母は確かに美しかったが、それなりの年ではあった。しかし、冒険者ロッホにとって女でありさえすれば年齢は関係なかった。


 相手が幼ければ今からの。

 年寄りであれば今までの。


 その女のすべての人生を踏みつけにして支配しているという実感に、より快感が高まるからだった。ロッホの趣味は悪党としてめずらしいものだったが、おとことしての醜さは冒険者にありふれたものだった。


 この話をしたとき、アルシュはただ「母が乱暴された」としか言わなかったが、もちろんクラインたちは何が起きたのか判ってしまった。


 それは、よくある話だった。


 ロッホの誤算は、アルシュがヒトでなしではなかったことだった。


 まだ。


 母を愛する息子は泣き叫びながら丸椅子でめちゃくちゃに冒険者を叩き、自分よりもはるかに強い男を追い払った。


 しかし、便所壺のような面子めんつを潰された冒険者が、黙っているはずもなかった。


 いつのまにかアルシュとその母は借りた覚えのない大きな借金を背負っていた。もし明日じゅうに今期の利息を払えなければ、ドードー亭は人手に渡る。


 それは、よくある話だった。


 でも。


 今回さえ何とかすれば、頼りになる父が帰ってくるまできっと凌げるはずだ。そう思った母と子は金策に走り回ったが、集めることのできたカネは目標の額にわずかに足りなかった。


 もし。


 今夜だけでもいい。

 寂れた店に突然客が押し寄せてくるような、そんな奇跡が起きたなら……


 アルシュが白い船のそばで妖精フェアリーを見かけたのは、そんな時だった。これしかない。妖精のいる居酒屋に、客が来ないわけがない。妖精とその仲間?たちを追いかけようとしたとき、いきなりアルシュは顔に磯臭い何かをぶつけられた。それはそこらじゅうに落ちている海藻だった。張り付いたベトベトを目元だけでもと必死で剥がした彼が見たものは……


 笑いながら立ち去っていく、かつての仲間の後ろ姿だけだった。


 それは、よくある話だった。



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 うげーっ!

 なんちゅう胸クソ悪い話を聞かせるんだよ!


 そりゃあ、お前は可哀想だと思うよ。お前の家族も気の毒だ。そのロッホとかいう冒険者にも腹が立つ。でもさ、こう言っちゃ何だけど、冒険者なんかを信じたお前が馬鹿なんだよな。なんで俺が初対面の馬鹿のカネもうけを助けなきゃいけないんだ? 助けなきゃ死ぬってんなら俺だって少しは考えるよ。


 今までだってそうしてきたし。


「で、もし妖精を貸してやったとしたら、アルシュ君は何をしてくれるにゃ?」


 そうだそうだ、言ったれマヌー!


「それは……」


「まさか、おいらたちがシダ花畑だと思ってるのかニャ?」


「……タダで好きなだけ飲み食いとか」


「はあ……お話にならないニャ」


 マヌーが無い肩をすくめ車掌カバン揺らして首を振った。そのとき。


 ブがすっと後ろに下がり、くるりとアルシュに背を向けて小声で俺に話しかけてきた。


「あの、ご主人さま……!」


 見上げた少女の顔には、いつもの痛いような微笑みが浮かんでいた。


「なんだ?」


 おいおい、まさか……


 お前は優しいヤツだけどさ、そういうとこ嫌いじゃないけどさ、まさかこの馬鹿を助けてやれなんて言うつもりは無いだろうな?


「さっき……値切り交渉をしていたときのご主人さまは、とても楽しそうでした」


「確かに楽しかったけど……それがどうかしたか」


「ご主人さまは、本当は……誰かと触れ合うことが、お好きなのではありませんか? ちゃんと安全ならば……」


「……まあ、そうかも知れない」


 俺自身のそういう志向は、自分でも気がついてる。普通サイズのヒトと当たり前に話をすると、自分が物理的に小さいってことを、つかのま忘れられるような気がするんだよな。


「居酒屋の中だけで……たくさんのヒトの目があるところなら、そして安全を約束できそうなかた、アルシュさんのように仕切るかたがいる所ならば、ご主人さまはとても楽しい時間を過ごせるような気がするんです。たとえ、妖精の姿だったとしても」


「あっ……そうか」


 それってオルゲン一座でショウが当たった時の楽しさだ。

 ブが見たことのないはずの、かつてのの姿。


「私は、ご主人さまが楽しいと、とても嬉しいです。それに……港町に来たのは、そもそも何かの情報を集めるためではありませんか?」


「むう」


 言われてみれば、そうだった。いっけねぇ、今ちょっと忘れてた。

 ごめんよリーズ。


 ……思い出したことは、他にもある。


 実を言うと、俺には懸念があった。ハイエルフどもの情報を集める危険性についてだ。フツーのヒトはハイエルフを嫌ってる。うかつに聞き込みをして、ハイエルフの回し者と思われたらロクな結果にならないだろう。逆に、ハイエルフと敵対する者だと思われることも危険だ。うっかり馬鹿に聞き込みして、ハイエルフに告げ口されたらその馬鹿と一緒に終わりだぜ。オルゲン一座のヤビみたいに。


 でも。


 妖精フェアリーとして、冗談めかして聞き込みするならイケるんじゃないかな?


 よし!


 この話、ノッてやろうじゃないか。

 WinWinの居酒屋デビューだ! べ、べつに可哀想な馬鹿に同情したからじゃないぞ。


 ついでに……


 タダめしとタダ酒をゲットだぜ!


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