お楽しみは今からだ

 探索者の店での買い物も、やっと終わりだ。

 集めた商品を前にして、いくらになるかと尋ねたら……


 店主のドワーフ娘ときたら、とんでもない値段を吹っかけてきやがった。全部中古で、ボロボロで、汚れてるのに!


 よかろう、それなら戦争だ。

 (もちろん冗談だ)


 実は……

 自分の言葉だけで思う存分値切ってみたかったんだよね!


 思えば、ハノーバのカバン屋台は最初から十分安かったし、特職ギルドじゃ気前のいい主人代理ムーブしてたし、それ以外の場所ではマヌー任せだった。


 小さなは誰かに対して、ハノーバで土下座したみたいにお願いはできる。でも、フツーの値切りトークなんてムリなんだよな。値切りってさ、店のヒトに舐められちゃできないから。


 忘れてない。身長18センチのは舐められて当然の存在だ。にとっては、誰もが巨人だ。


 だからといって、最初からケンカ腰で「どうせお前ら汚く儲けてるんだろ」とか「間違ってる店員を教育して」とか思ったら、それはもうサイコパス同然もどきだと思うんだ。


 やりすぎちゃうのはイヤなんだよ。小さいは小さいからこそ可能な黒い手段をチラつかせて、誰かを脅すこともできると思うけど、冒険者みたいに卑怯なおとこになんかなりたくない。


 は気持ちよくトクしたいだけなんだから。


 とブを合わせてフツーのニンゲン男子と思われてる今のシチュは最高だ。それにこの店は冒険者つながりもないから信用できる。店長がオッサンぽいのにオッサンじゃないのもポイント高し。これなら、フツーの値切りトークをする、という夢が叶うぞ!


 ……フツーに他人とコミュニケーションする、という夢のひとつを。


 戦闘開始……じゃなくて。

 交渉開始だ!



<< normal size <<



 ドワーフ族の娘、シュトッキは困惑していた。亡くなった父から店を受け継いで何年もたっていたが、こんな妙な客は初めてだった。


 まず、3人は身なりが良かった。良すぎた。たいていの探索者はカネを持っているのに汚くて臭いものだ。3人のうち2人は斬新な意匠で高級仕立てのローブを身に着けていた。残るひとりは貴族の奥様の髪よりも毛並みのいいケットシー族だ。


 あきらかに探索者じゃない!


 でも、赤毛のニンゲンは戦女神バルキリだとすぐに判った。特職の首輪をしていたからだ。と言うことはこの少女の主人は、もうひとりのローブ姿のニンゲンか、でなかったらケットシー(まさか!)ということになる。それともここにいない主人の代理なのか? 探索者が装備をヒト任せにするのか?


 もうひとりのニンゲン族も最初は女かと思ったが、これは他種族ゆえの勘違いのようだった。その声が少年のものだったからだ。ローブの前は女みたいに膨らんでいたけど、これは下に革鎧でも着こんでるせいだと思う。それに、そもそも男じゃなければ戦女神バルキリは不要だ。だとすれば、この顔を隠した少年こそ、赤毛の戦女神バルキリの主人に違いない。


 とは言うものの……

 こいつが探索者ご本人様だとしたら、どうしてこんなにヒョロヒョロしてるんだよ? 


 シュトッキは一瞬だけそう思ったが、すぐに真相を見破った。こいつ、いいとこのお坊ちゃんだな。と、なると、首からカバンを下げてるケットシー族は従者だろう。こんなのに荒事はムリだろうに、モフモフに惑わされたな?


 ときどき居るんだ、こういう虫酒好きの世間知らずが。探索者に憧れたカネ持ちの道楽ってヤツだ。だったら遠慮なくボッてやろう。


 そう企んだのだが……


「はあ、いきなり2割にしろって? おいおい、ふつうは酷くても半額から値切るもんだろ! エールで風呂を沸かす気かよ!?」


 これがまた、おっそろしく手ごわいガキだった。うつむいてどっから声だしてるのか判んないくせに、大胆にして細かく値切るは商品をめるはけなすは、しまいにゃ店の事情まで見透かすは、初対面のドワーフをカンカンカンカン板金いたがねみたいに叩きやがって。こいつの親だか家庭教師だかは、とんでないドケチに違いない!


「……これ以上は値引きできない、って言うんだな」


「当たり前だの炭団たどんだよ!」


「それなら、これを下取りに出す」


 そう言うと客は、クロスボウ1丁と赤毛が着てたローブを差し出した。おおっ、こりゃ酸っぱくない逸品だ。最初から出せよ! でも、うかつに返事はできないね。そう思って渋ってると、山師みたいに妙なことを言いやがった……


「じゃあ、この店の掃除をしてやろうか」


「はあ?」


「整理せいと……お片付けまではしないけど、ホコリや汚れは全部取ってやる。一瞬で、そこらじゅうピカピカになるぞ」


「ははっ、またまた~ 冗談は聖剣だけにしとけよ。……ふん、いいだろ、約束してやる。どんな魔法を使うのか知らないけど、できるもんならやってみな。本当に一瞬で掃除できたらタダにしてやんよ。ただし出来なかったら倍額だ!」


 シュトッキにはもちろん勝算があった。浄化魔法クレンジングは水浴び程度の威力しかないから、おそらくこの客は幻覚魔法を使うつもりだろう。でも幻覚破りの監視魔道具に気付いてないな。美しきハイエルフ様の魔法ならともかく、結果は研がずとも明らかだ。覚悟しとけ!


 そして。


 少年が花のような魔道具を振り回すと……


 カッ!


 そんな音さえ感じるほど強力な魔法の波動が広がった。


 センケーゲの港には、海鳥が多く飛び交っている。いま、探索者の店のそばをたまたま飛んでいた数羽の海鳥が、叫ぶような鳴き声をあげながら逃げ去った。ボロ船の中から、爆発のように溢れ出た魔法を感じたからだった。


 まるで無尽蔵の魔力を持つ者が、ためらうことなく魔道具を使ったかのように。


 店内は、乱雑に積み上げられた商品の山、その配置こそまったく変わっていなかったが、ホコリや吹き込んだゴミやネズミの糞、武具の曇りから床の汚れにいたるまで押し流されたかのように消え去り、あっという間にどこもかしこも綺麗になった。


 それだけではない。


 そばに立っていたシュトッキ自身もついでに磨かれてしまった。髪のベトツキも、服についた酒ジミも、髭の隙間に挟まっていた食べカスも、すえた匂いすら残さず無くなった。


 シュトッキは大きく目を見開き、さっきまで酒臭かった口を、ぽかーんと大きく開けた。なんだこれは!? 神話の怪力英雄が巨大な家畜小屋をまるごと川で洗ったという伝説のようではないか!


「どう? すごいでしょ」


 赤毛の特職が、大きな胸をさらに大きく反らして自慢げに言った。明らかに何もしてないくせに。

 彼女が着ているつのうさぎアーマーは、破れ目こそそのままだったが革職人にわざわざ磨かせたかのように輝いていた。

 ケットシー族はと言えば、もう本物にしか見えないほどの風格を醸し出している複製品ブーツを抱え込み、それがマタタビ石であるかのようにウットリと頬ずりをしていた。


「……ちくしょう、何てこった。いいだろ、ドワーフに手戻りは無いっ! 約束どおりタダにするよ。持ってけシーフ!」


「それなんだが……」


「何だよ!」


「タダと言うのはダメだ。僕たちは冒険者でもサイコパ……ええと、物乞いでもない。ここには買い物に来たんだ。だから、そうだな……」


 迷ったそぶりを見せた少年主人に対して、赤毛娘が指を1本立てて彼の胸の前で振った。そしてシュトッキに振り返ってニヤリと笑った。少年が頷いた。


「1割……いや、元の値段の1割5分払おう」


「えっ……」


 その価格は正直言って、配達人に払うぶんも入れたら赤字ギリギリだった。しかし、決して損ではなかった。


 そう、決して。


「それから……」


「まだ何かあんのかよ!」


「僕たちは日用品も欲しかったんだが、もう今日は他の店に行く時間がない。悪いけど、この書き付けの品物を武具と一緒に宿に届けるよう手配してくれないか。明日の午前中でいいよ」


 書き付けには、ポーションやら人造魔石やら定番の旅行携帯品の名前と個数が並んでいた。そして、同時に渡されたカネは明らかに必要な金額の倍だった。それでも最初の武具価格の1割にも満たなかったが。


「……おい、これって」


「僕はこの街の相場を知らない。だから、おつりが出なくても驚かないな」


 ……完敗だ。そう思ったシュトッキは、改めて店内を見渡した。父が病気になる前のように輝いている店を。


 これほどの掃除を誰かに頼んだら、いったいいくらになるだろうか。

 まずい。


 これはまずい。これじゃ酒を控えてでも片付けなきゃ恰好がつかないじゃないか! ああ…… 悔しいっ! でも、ちょっと、いや、かなり嬉しいっ! ゴブリン族に奢られた酒が旨かった気分だよ!


 探索者の店の女店主は、やっとの思いで絞り出すように言った。


「……まいどあり。今後ともご贔屓ひいきに」



>> small size >>



初期値デフォルト再定義デファイン!」


 変身解除!


 店を出てすぐ、は変身を解除した。緊張を解くには、素のにもどるのが一番だぜ。


 いや~ 疲れた。


 普通サイズのニンゲン族なら50センチ離れた相手との値切り交渉なんてどうってことないだろうけど、俺にとってはガン〇ラ形態モードの能力でも大変な仕事だ。例えるなら5メートル離れた相手とのトーク・バトルだもんな。しかもローブの奥に引っ込んだ状態だ。これも例えるならカーテンを挟んで会話するようなもんだよな。


 でも、楽しかった~


 打ち合わせした甲斐があったぜ! タダにする、なんて言われたときは驚いたけど、まあ満足する結果になったぜ。フレーメもナイスアシストだったよな。


「もう宿に戻るかにゃ?」


 ピカピカのブーツを改めて履き直したデカ猫が、そわそわしながら言った。


「おいおい、まわりを見てみろよ」


 あたりはすっかり、夕焼けに染まる港町。


 忙しく行き交うヒトたちからは、何か陽気な雰囲気が漂う。港の夜のお楽しみはこれからだ。火照った肌を冷やす潮風には、どこからか海鮮を焼く香りが混じっていた。バニーの装甲を貫いて、赤毛娘のお腹が鳴る音が聞こえた。


「行きたくないか? 俺は行きたい。行こうぜ、ダチ公!」


 俺はこの日を待っていた。何と言っても、これはラノベ異世界の定番だぜ!


「行くぜ、居酒屋へ!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る