ふたり目の特職

「ぶひぃーっ! ちょぉっと待ったあーっ!」


 突然、大きく鼻を鳴らして……


 特職ハンターのヤクトさんが、とアインガンさんの商談に割り込んできた。何だよ、うるさいな。いま……


 美少女を買うとこだったのに。


 特職ギルド別館の、商談室。もう夕方だ。冬至のお祭りの喧騒が、かすかに聞こえてくる。身長18センチの僕は、ケットシー族のマヌーと共に、特職を買いに来ているところだ。


「ぶひっ、なあ、お客さん、判ってんのか?」


 ガ〇プラ形態モードの僕は、テーブルの上からハッカイ族を見上げた。


「判ってるのか、って何が?」


「ふつうはな、口の利き方のなってない特職は、買わないもんだ。ぶうっ、もし買うとすれば、容赦なく鎖に繋げて鞭をふるうことのできる客だけさ。あの、じゃじゃケルピーは俺の在庫なんだが、そんな判ってる客がもし来たら売ろうと思ってた。ぶひっ。でもお客さんはそうじゃないだろう?」


 まあ、日本人だったという感性を持ってるとね。それに物理的にもムチはふるえないよな!


 だけど、確かにフレーメは生意気だと感じたけど、そのぶん機転の利くタイプだとも思ったんだ。だからその点については、前世の感性では許容範囲内かな?


 でも……


「あのコが僕を傷つけるかも知れないってことか?」


「ぶひっ、いや、それはない。あいつはそういう女じゃない。でも、口答えしたり、あげくは逃げ出すようなことがあっても、買った後のことは責任とれないぞ、ぶう」


 あ、判った。


 つまり、僕みたいな甘ちゃんには扱いきれるタイプじゃないから、後で騙されただの何だと騒ぐ前に、最初から買うなということなんだな。そう言ってくれるなんて、このヒト、ある意味誠実かも。


「もし逃げたら、特職ハンターの君に頼めば、連れ戻してくれるんだろう?」


「ぶふっ……」


 ヤクトさんは首を振って、他の商人たちをちらりと見た。アインガンさんがうなずくと、口を開いた。


「イチワリ様、本気で逃げた特職を連れ戻すことは、実は誰にもできないんですよ」


 ええっ!?


「正確に言えば、できないと言うより、やらないと言うほうが正しいのですが。わざわざカネをかけて連れ戻すより、新しい特職を買うほうが得ですから。国も衛兵も、犯罪者でもない限り逃亡特職を捕まえてはくれません。だからこそ、そもそも逃げ出さないように、鎖と鞭が特職管理の基本なんです」


 うえっ。これが、都合のいい魔法のない非管理社会の管理かあ……

 ん?


「だとすると、特職ハンターなんて、なんでいるの?」


「ぶひぃ……未練がある愛人とか、家族の仇とか、カネをかけてもいいヤツを捕まえるためだな。だけど、本当の仕事はオモテ向きの宣伝だ。客相手には特職が逃げても捕まえるから安心して買ってほしい、と思わせて、特職相手には逃げてもムダだ、と思わせるのさ、ぶひっ!」


「と、いうことは……特職ハンターの本当の雇い主は、依頼主じゃなくて特職ギルドか! で、それだけじゃなくて商人も兼ねてるんだな、ヤクトさんは」


「……お客さんは常識が無いクセに、どうしてそんなに鋭いんだ、ぶう」


「さすがはイチワリ様」


 なんでアインガンさんがそんなに得意げなんだ?

 腕組みしながら頷いてるし。


「それほど褒めてないニャ」


 うるさいよマヌー。


「ぶう……それでもフレーメを買いたいなら、とっておきの情報を教えてやる。あいつの弱点だ」


「なにっ!?」


 それって、まさか……!


 すごく感じる部位とか!? ちょびっと尖ったあの耳がそうなのか? それともあのでっかい胸が意外と感度がいいのか? 思わずメロメロになって逆らえなくなっちゃったりしちゃうのか!?


「フレーメはな……ネズミが大嫌いなんだ、ぶう」


 なあんだ、けっこうフツーじゃん。がっかり……って、ネズミだって!?


「ぶひひっ、あいつ、ダンジョンでネズミ系モンスターの群れにぼろぼろにされたことがあってな。街の普通のネズミに出くわしても大騒ぎする。もし逆らったら、ネズミのオモチャでも投げつけてやればいい、ぶふっ」


「ネズミなら、すごいヤツを持ってるぞ!」


 ニヤリ。


「……決まりですね。それでは、ふたり目の特職ですが」


「それなんだけど、少し条件を変えたヒトが欲しいんだ」


「と、おっしゃいますと」


「まず、もとの注文をなぞるけど、そう、何といっても健康な女性で……」


 

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 首輪をつけた少女は、走っていた。


 夕焼けに照らされた帰り道を、走っていた。

 真冬の風に逆らって、走っていた。

 ほこりと汗に汚れた服からは、細いけれど力強い手足が伸びていた。


 特職ギルドの寮に帰るため、少女は急いで走っていた。他の特職と同じ荷馬車には乗らなかった。いや、乗せてもらえなかった。同じ特職同士の間でも、さげすみと偏見はある。



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「本当の弁当でなくてもいいよ。健康ならばそれなりに身体も見栄えがあるだろうから、それらしく着飾ってフレーメが隣にいれば、弁当仲間には見えるだろ」


 もし顔が今ひとつなら……うん、かっこいい仮面ってのもアリだな。いまの僕なら簡単に作れるだろ。それなら他人に舐められたりはしないと思う。



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 今年の夏、少女は襲われた。


 襲った相手は、女に飢えている若い冒険者たちだ。少女のその陽に焼けた手足や、それなりに揺れる胸を見て、彼らはその気になったのだ。


 しかし、その小さな頭を覆うフードの中身を見た途端、彼らは驚いて彼女を突き飛ばし、早々に立ち去ったのだった。


 俺たちはそこまで飢えてねえよ、と、お互いに強がりながら。



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「頭がいい、とまでは言わないけど、馬鹿ではないこと……」



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 少女は走りながら、沈みゆく夕日をちらりと見た。

 よかった、間に合う。


 勤務先の農場主は、彼女に机仕事の残業を命じることがよくあった。ときには、領都の外側の門が閉まる時間よりも、帰るのが遅くなることがあった。そんなときは……



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「アウトド、いや、野外で暮らす経験や知識が豊富で、危険にも敏感なこと……」



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 ……門の近くで夜を明かす他はなかった。

 でも、今日は野宿しないで済みそうだ。


 ひと晩じゅう怖い思いをすることもなく、雑草で腹を満たすこともなく、濁った湧き水をすすることもなく、大木のうろの中で寒さに震えることもないのは、何と幸せなことだろう!

 


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「あ、まさかとは思うけど、念押しとく。ハイエルフや冒険者に憧れるようなコはいないよね?」



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 街が近づくにつれて、まずハノーバで最も高い塔が見えてきた。領主の館よりも高く建てられた、白い塔。


 美しきハイエルフ様が住まう塔だ。


 5年前、少女が9才の時に、とある御触おふれが美しきハイエルフ様たちから出された。


 これより『奴隷』は、『特職』と呼ぶべし。


 と。大人の奴隷たちは皆、これからは新しい時代が来る、私たちはむくわれる、美しきハイエルフ様の手でこの境遇から助けてもらえる、と喜びあった。


 しかし、美しきハイエルフ様たちは、それ以上何もしなかった。『奴隷』という言葉だけを無くしただけだった。そのことが不満で、美しきハイエルフ様に直訴した者たちは、ただ無惨に殺された。『汚いものは、消えなさい』と言われながら。


 汚いモノがない場所にいれば、不快にはならない。しかし、汚い言葉は、勝手に耳に入ってくることがある。『奴隷という単語』も、『奴隷という命』も、美しきハイエルフ様にとって『汚いもの』だった。


 ただ、それだけのことだった。


 美しきハイエルフ様を嫌わない特職はいない。彼らは、他人をカネとしか見ない粗暴で卑怯な冒険者よりも、心優しきフリをする美しきハイエルフ様を嫌っているのだ。


 少女もまた顔をしかめて、白い塔から視線をそらし、前だけを見て走り続けた。


 ふいに、何か布のような物が、少女の顔を横から打った。


 それは、突風に吹かれて飛んできた、お祭りの飾り付けリボンだった。運悪くちょうど崖っぷちを走っていた彼女は、リボンを振り払った拍子に、崖下へと転落した。小さな身体は斜面を転がり、岩に頭を強くぶつけて、ようやく止まった。


 ボキッ


 少女の耳に、自分の首の骨が折れる音が聞こえた。同時に、頭から噴き出した温かい血が、視界を覆った。

 薄れていく意識に、美しきハイエルフ様の言葉が響いたような気がした。


『汚いものは、消えなさい』



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「ここまでの条件は、前にも言ったのと同じだ。後は、護衛ができる程度に腕が立つこと、って挙げたけど……二人目の特職は、他の条件を満たしてたら護衛が出来なくてもいい。そのかわり、できるだけ魔力を持っているヒトが欲しいんだ」


 ガ〇プラ形態モードのときの、魔力タンクとしてね!



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 ぴくぴくと痙攣する少女の身体から、やがてシュウシュウと泡が消えるような音が発せられた。すると、曲がっていた首がまっすぐになり、血だまりがみるみる頭の傷に吸い込まれ、やがてその傷も消えた。


「かはっ」


 上体を起こした少女は、岩の欠片の混じる息を吐きだした。濡れた犬のようにぶるっと首を振ると、身体に戻り切らなかった自分の血が飛び散った。


 自動回復魔法。


 膨大な魔力を持つものだけに、ごくまれに発現する特別な魔法。しかし、か弱い特職にそんな才能があったところで、いったい何の得があるだろう。それは、終わらない地獄であるだけのことだ。ヒトによっては、痛みを快楽と感じる性癖もあると聞くが、彼女はそうではなかった。


 この才能を酷使すれば、つまり、絶え間ない苦痛に耐えなから這いずるような旅をすることを選ぶなら、特職の身分から逃れられることを、賢い少女は判っていた。


 なぜなら。


 捕まった逃亡特職を演じる仕事を、少女は命じられることがあったからだ。特職ハンターの荷馬車で横たわるだけの仕事だ。あのような仕事があるということは、逃亡特職などそうそう捕まえることなどできないという証ではないのか?


 しかし。


 自分のように、誰からも忌み嫌われるモノが、いったいどこに逃げるというのか。


 それでも。


 よろよろと起き上がり、また走り始めた少女の目には、絶望の光は宿っていなかった。、宿っていなかった。


 特職に許された数少ない自由のひとつに、信仰がある。かつて、農場を慰問に訪れたクロス教会の女聖官シスターの教えに、少女は感銘を受けた。


 いつか、輝きが。


 いや、ヒトが、自分を地獄から救うことを信じて。


 首輪をつけた少女は、走っていた。



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「……そういうヒトって、どう? いるかな?」


 僕が、そう特職商人たちに問いかけると、彼らはお互いの顔を見合わせた。

 アインガンさんが言った。


「おります」


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