ホットにもっとほっかほか弁当

 特職ギルドの特別室。たちは、アインガンさんたちが用意してくれたお買い得な特職候補を選んでいる。


 彼女たちのひとり、赤毛の美少女フラーメが『弁当』だと自称したけど……


 そもそも『弁当』って、何なんだよ?


「その様子じゃあ、アインガンさんが『もと弁当』をワザワザ揃えたワケも、判んないかな?」


 うっ、この赤毛の女、生意気!


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 なぜか急に慌て出したアインガンさんが、僕たちの話に割り込んだ。どうもこのヒトって、僕の背後にいて(本当はいないけど)、僕が代弁している(してないけど)ご主人様を、ずいぶん恐れている様子なんだよな。


「さ、最初から説明させてください!『弁当』という言葉について!」


「えっ、いいけど……」


「当然ご存じだとは思いますが……話のはじまりはおよそ千年前、聖戦と呼ばれたクロス軍戦争時代にさかのぼります」


 うわっ、そりゃまたずいぶん最初からだな~


「クロス軍には、民間の隊商……戦士たちをお客として見込んだ商売人の一行が付き従っていました。その中には当然ながら娼婦たちも大勢いたそうです。お金が足りなかった戦士は、自分の剣を代金替わりに娼婦たちを買いました。売れっ子の娼婦は、誇らしげに何本もの剣を抱えて行進しました。それが彼女たちの価値の証明だったからです」


 あっ、僕、前世でまったく同じ話を読んだことがあるぞ!

 かの、いわゆる十字軍のことだ。聖戦もそうだ。どちらも義務教育レベルの(はずの)歴史的ファクトだ。


 これはオタク雑学だけど、とある歴史家のセンセイに言わせると、ホントにそんな娼婦たちが実在したそうだ。ファクトなんだからしょうがない。


 うんうん、それで?



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 イチワリ様の化身たる小さなゴーレムが、うんうんとうなづいているのを見て、アインガンは自分の考えが間違っていなかったことを確信した。


 危ないところだった。


 まったく、ヤクトとこの赤い髪の特職は何も判ってない。イチワリ様は、自分たち特職商人が大事な仕事を頼むのにふさわしい知識を持っているかどうか、あえて無知なふりをして確かめているのだ。


 そんな当たり前のことに気付かないなんて!


 アインガンはさらに気を引き締めると、話を続けた。


「そして、戦士の中には、剣ではなくて鎧を渡すものがいました。論理的にきわめて当然の話です」


 ゴーレムが、それは初めて聞いた、というような顔をした。

 この役者め!


「しかし、着ない鎧を運ぶのは無理があるし、着れば何より大事な商売道具たる自分の身体を隠してしまいます。そこで鎧を受け取った娼婦の中に、やはり隊商に同行していた鍛冶屋に頼み、鎧を着やすく、そして色っぽく魅せる衣装に改造する者があらわれました。その衣装は、手足や頭には防具があるのに、肝心の胴体には局部に申し訳程度の甲冑かっちゅうしかなかったそうです」


「びきに・あーまー……」


 ゴーレムが何か呪文のような言葉を呟いたので、アインガンはビクッと震えた。


「彼女たちの出現と同時に、そのように防具をもとにした性的なよそおいを賛美し、そこに魅力を感じる価値観や性癖も生まれました。そして歴史は流れ、現在。男ばかりでダンジョンに何日もこもる探索者は、当然、探索の途中でも女が欲しくなります。そこで彼らは特職の美女を買ったり借りたりして、それなりに身を守るワザを教え、彼らが性的魅力を感じる装備を付けさせ、夜の仕事込みで自分たちのパーティに加えます。そして、その弁当に飽きたら特職商人に売り払うのです」


「つまり昔、僕が見たのは……」


「探索者の仲間、だと思います。探索や戦いをするには奔放ほんぽうすぎる衣装をつけた美女や美少女、しかも覚悟の美しさも持つ彼女たちを見て、品性に欠けるヒトたちは妬み半分でこう陰口を叩きます。


『あの女は探索者の処理専用なのだな、旅先で使弁当だな』


と。

これが、隠語の『弁当』という言葉です」


「なるほど、そこまでは判った。つまり『弁当』と呼ばれる女のヒトがいるのは、いせか……いや、こんなふうな世界での常識か。う~ん、文句のつけようがないほど理にかなってる。でもさ、それじゃなんで僕に弁当を勧めるんだ?」


「そんなの、決まってる」



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「そんなの、決まってる」


 赤毛の美少女、フラーメがまた口をはさんだ。

 お前、特職のくせに気安いな~ 嫌じゃないけど。


 ん?


 なんか、気のせいかも知れないけど、このコの耳先って、ほんの少しとがってないか? ええと、ハイエルフ野郎のワケはないし、ゴブリン族なら全身緑色だし、ゴブリン族の突然変異のブなら、髪と瞳だけが緑色のはずだから……


 なんだ、ただの個性か。


「お客さんが求めてるのが『弁当』、そしていま在庫があるのは『出戻り弁当』だけ、だからでしょ」


 フラーメの言葉に、僕は、はっ、と気付いた。


 そうか……!


 考えてみれば、もともと、僕が出した注文セブン・ルールを、できるだけクリアできる存在は、フラーメの言う通り、たぶん『出戻り弁当』しかいなかった。少なくとも、お客である僕が選べるほどの数を商品ジャンルとして揃えるためには。なのでアインガンさんは、もと弁当だったヒトをこうやって集めたソートしたのか……


 そして、もと弁当であった証明として、コスプレ装備をつけさせて、こうやって並べたんだな。美しさも装備も、『出戻り弁当』を証明するタグというワケだ。


 最初の説明のときにアインガンさんが『弁当』という言葉を使わなかった理由は、この程度の(マヌーですら持ってる)常識ぐらい、僕が持っていて当然だろうと思ったワケだ。


 すみません。僕は常識を持ってませんでした。はじぃよぉ。


 だとすると、残る問題は、ひとつだけ。


 これを確かめるのは、やっぱり現場の声を聞いてみるのが一番だろ。


「君たち!」


 僕は、居並ぶ美女と美少女たちに向かって声を張り上げた。


「この中で、探索者をやっていたとき、他人に舐められたというか、絡まれたことのあるヒトがいたら、手を挙げてくれ」

 

 ざわっ、と彼女たちは息をのんで顔を見合わせた。商人たちの顔色もサッと変わった。マヌーがピクッと震えるのがカバン越しに判った。あれ、僕また何かやっちゃいました?


「……あのにゃあ、ご主人様」


 アインガンさんは言いにくそうに言った。


「イチワリ様、それは……」


「えっ、彼女たちがウソをつくかも知れないってこと?」


「いえ、そんなことは決してありませんが、そうではなくて……」


 ヤクトという名前の特職ハンターが、ぼそっと呟いた。


「ぶひっ、特職に意見を聞くかよ、ふつう……」


「ウソつかなきゃ別にかまわないだろ。さあ、君たち、どうなんだ?」


 ひとつも手は挙がらなかった。


「そんなこと、あるワケないだろ」


 フラーメが言った。またお前か。


「仲間の弁当に手を出したら、荒っぽい探索者の男たちが黙ってないもん。まともなヤツなら、こういう恰好の女に絡んだりしないよ。変な目で見ただけでも、殺されるかも知れないからね」


 なるほど。


 つまり、このコスプレは鎧にはならないけど、心理的な防具アーマーとして機能するってことだな。前世で例えるなら全身タトゥーみたいなもんだ。そりゃ、魔法や数をそろえた本物の暴力には負けるだろうけど、その点じゃメスゴリラだって同じことだ。


 だとしたら、もうこの中から決めていいってことだな。


 僕がアインガンさんにそう告げると、彼は僕たちを別室……商談室に案内してくれた。他の商人たちもぞろぞろついてくる。特職たちは特別室で待機して、確認したいことがあれば受け付けるそうだ。席につくと、アインガンさんは人数分の特職の書類をテーブルに置いた。僕はその上にぴょんと飛ぶ降りる。


 注文セブン・ルールをクリアしているなら、僕がこれ以上確かめたいことは単純なんだよな。見た目で選んだらキリないし。


「ずばり聞く。彼女たちの中で、いちばん強いヒトは?」


 言いにくそうに、アインガンさんは言った。


「あの、フラーメですね。身体強化魔法も使えますし、あとは特に差はありません」


「じゃあ、いちばん安いのは?」


「……それも、フラーメです。ちょっと言動がね」


「なら、決まりだな。じゃ、まずひとり目はフラーメで」


「ぶひぃーっ! ちょぉっと待ったあーっ!」


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