花屋の店先に並ぶ花
「では、こちらにどうぞ、イチワリ様」
特職商人アインガンさんは、僕たちをギルドの裏にある平屋の建物まで案内してくれた。「イチワリ」の偽名をまた使ってしまったけど、たぶん問題はないと思うんだよね、きっと。もちろんハイエルフ関係に知られる危険はあるんだけど、もともとこの偽名はオルゲン一座からヤツらの注意をそらすためのモノだ。
ヤツらが僕を探すのなら、それはそれでOKさ!
怖いけど。あ、決して、他の偽名を考えるのが面倒臭くなったんじゃないぞ(笑)。
建物の中にあったのは、上客が一度に大勢の特職を購入するときに使うという大部屋だ。いわゆる在庫の特職は、ふだんはハノーバの周辺にある魔法小麦農場にレンタルしてるそうだ。今日のために選別したヒトたちを早上がりさせたとか。
アインガンさんがお勧めの特職たちを見せてくれると聞いたとき、何となく臭くて汚い牢屋みたいな場所を見学するようなイメージがあったけど……それは僕の思い込みだったな~
まあ、なんだ。商売人がずさんな商品管理をしてどうすんだって話だよ!
確かに特職には人権はないけどさ、ていうか
あれっ、そう言えば、前世のブラック企業って……
まさか、異世界の奴隷商人以下!?
そして、僕たちを出迎えたのは……
居並ぶ10数人の女性たち。彼女たちは、アインガンさんとその商売仲間が協力して用意してくれた特職たちだ。デカ猫マヌーの首から下げた車掌カバン。その中から顔だけを出した僕は、彼女たちを見て息を飲んだ。
ええと……正直言って、彼女たちって……
みんな、いかにも特職な革製の首輪を着けているけど……
でも……
ああっ、僕の顔、どんどん赤くなってないか?
そして、その染まった顔を彼女たちに見られているかと思うと、なおさら頬が熱くなる。負のスパイラルだ!
ちらりと横を見ると、愛想笑いのアインガンさんが立っている。彼の他にも商人仲間らしきヒトたちが4人いる。昨日の今日で凄い。彼って有能なんだな。その中に、なんか見覚えのあるハッカイ族の大男が、壁にもたれて立っていた。
アインガンさんの護衛かな?
「なんかさ、このヒトたちって……」
僕の声は、ちょっと
「おおーっ、さすがご主人様、やっぱり気になりましたかニャ?」
ご主人様ムーブをかましているマヌーが、僕の感想ぐらいは判ってるだろうに、ノリノリの雰囲気で言った。
「ええっ、な、なにかご不満の点でもあったのでしょうか」
「どうして……」
僕はゴクッと唾を飲み込んで、かすれた声で続けた。
「……美人ばっかりなんだ?」
まだ十代らしき、美少女もいるし。
僕たちは確かに色々と条件を言ったが、見栄えは別に注文をつけなかった。なのに、花屋の店先に並ぶ花のように、美女や美少女がずらりと並んでる!
華やかなのは顔やボディだけじゃない。みんな、ラノベの挿絵というか、異世界アニメのコスプレというか、機能性皆無でドレスじみたセクシーな鎧というか
うわあ、なんだか凄いことになっちゃったぞ。
「このヒトたちって、夜のご商売のかたなのか?」
アインガンさんに聞いてみた。
「いえ、彼女たちはその……決して娼館務めではありません。ふだんは毎日、農場で働いています。今日はその……判りやすいように『探索者』の装備に着替えさせております。
探索者……
確か、ダンジョンとかに数人のパーティで潜っては、魔物を倒して魔石を取ったり、宝物を探したりする、きわめてバクチな商売だ。見かけは冒険者と似ている。でも、あいつらと違ってヒト様に迷惑を掛けないマトモな仕事だ。危険すぎるけど。
彼女たちが、探索者だとすると。
もともと僕たちは、特職を買うに当たって、
1.最も大事なのは、「敵」ではないこと。
つまり、ハイエルフの行動や考え方の信奉者ではないこと。
そして冒険者みたいな反社とつきあいがないこと、だ。
はい来ました思想チェッ~ク! と、ヤツらなら言ったりして。
……冗談はともかく、本当にこれだけは譲れない。
でもまあ、僕たちの心配は、正直言ってキユウだったみたいだ。昨日の打ち合わせの時点で、アインガンさんは断言してる。
「娼館専門以外は、冒険者と取引をする商人はいませんよ。論外です。そして、特職も、特職商人も、美しきハイエルフ様を好きな者はおりません。特に、特職本人たちはそうです。
2.健康であること。
まあこれは当然だし、ここに並ぶヒトたちはそう見える。
3.女性であること。
これは妖精モードのあたしが特に気にしてしまうので、外せない点だ。これはもちろん見るからにOK。
男の
4.護衛ができる程度に腕が立つこと。
本当は戦闘の専門職が欲しかったんだけど、そういう専門技能を持ったヒトは、アインガンさんたちは扱っていないとのこと。扱っている特職商人も、傭兵団や衛兵とかの専門組織としか取引しないとのこと。大商人とかが欲しがるボディガードなんかは、そんな組織が派遣するらしい。
そっか、個人じゃもともとムリか……
でも探索者なら、冒険者並みに強いということはすぐ判る。
5.頭がいい、とまでは言わないが、馬鹿ではないこと。
これも探索者なら当たり前だ。馬鹿ならダンジョンの中ですぐ死ぬ。
6.旅行や野宿、危険察知などのアウトドアな技術を持っていること。
これも、探索者ならお手の物のはずだ。たぶん長い旅になるしな。
7.最後の条件。これがモンダイなんだよな~
周囲を威圧して、危険を遠ざける
要するに、舐められないようなルックスをしていること、だ。
この条件をつけた以上、ハッカイ族の女性か、ニンゲン族ならメスゴリラみたいなヤツを紹介されると思ってたけど……
「こんな綺麗な護衛だと舐められるし、目立つから絡まれやすくなるんじゃないの?」
もしかして、変な気をまわしたのかな?
それだけなら、まあいい……見て楽しむぶんには、僕もお年頃だしね!
でも、だからと言って条件に外れたヒトを紹介されても困るんだよな。こっちは命がかかってるし。おさわりぐらいの興味はあるけど、サイズ的に童貞は捨てられないんだからさあ。
しかし……
商人たちと美女たちは、僕がまるで場違いな台詞を言ったかのように(言ったのかも知れないけど)、互いに顔を見合わせた。
「ぷっ」
燃えるような赤毛で、細身なくせになかなかの巨乳な美少女が吹き出し、続けてクスクスと笑った。僕、おかしいこと言ったか?
「ぶひっ、フレーメ、お客様に失礼だぞ」
ハッカイ族の大男が、赤毛の少女……フレーメとかいう特職をたしなめる。
あっ、思い出した!
このハッカイ族のヒト、昨日、通りで見た特職ハンターのヒトだ!
「だってさあ、ヤクトさん……このお客さん、あたいたちが『弁当』だってことも判ってないよ」
「……弁当って?」
「ぶひっ、おいおい、そこからかよ……」
「おいらは知ってたにゃ。けっこう常識にゃ」
「知ってるのか、マヌー?」
「クラ……いや、ご主人さま、酒場で見たことはなかったかにゃ? ガラの悪そうな男たちに混じって、妙に色っぽく着飾った女がいたのを? あれが『弁当』にゃ」
「あっ、見た!」
それだったら確かに、昔、ポスターを貼りに行く
やたら露出度の高い、いやそれで戦うのはムリがあるだろという防具を装備した女性たちのことを。僕、てっきり夜のご商売のかたがただと思ってトキメいたけど……
あのヒトたちが『弁当』って呼ばれてるの?
「その様子じゃあ、アインガンさんが『もと弁当』をワザワザ揃えたワケも、判んないかな?」
うっ、この赤毛の女、生意気!
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