この者に名前はありません
特職ギルド別館の、商談室。
身長18センチの僕は、フレーメに続くふたり目の特職についても、いろいろな条件をつけた。けっこうワガママなこと言ってる自覚はある。
「……そういうヒトって、どう? いるかな?」
僕が、そう特職商人たちに問いかけると、彼らはお互いの顔を見合わせた。
アインガンさんが言った。
「おります」
おお、いるんだ。
「ぶひいっ、いやいやいや……」
また何か言いたそうな感じで、特職商人のひとり、ハッカイ族のヤクトさんが呆れたように首を振り、アインガンさんを睨んだ。
「いくらこんな物好きの客でも、アレは駄目だろう、アインガン、ぶひっ! アレを勧めたら、いくらお前の推すイチワリ様とやらでも、失礼だと言って怒り出すぞ、ぶう」
お前のほうが失礼だぞ、ヤクト。
そう思ったけど、言わなかった。
でも……ははん。
どうやら察するに、僕の
「とりあえず、そのコを見たい。どんな不細工を見せられても怒ったりはしないから、いま連れてこられるか?」
僕がそう言うと、アインガンさんたちは使用人らしきヒトを呼び、色々と確かめたりしてバタバタと動いた。やがて、ちょうど仕事先から帰ったばかりだと言う、ひとりの特職の少女が連れてこられた。
これが……
もちろん『弁当』のように着飾ってはいない。普通にボロい特職の普段着だ。手と足には汚れた包帯のような布を巻いている。被ったフードの裾を両手で引っ張っているので、顔は泥のついた口元しか見えない。少し背を丸め、膝をそろえ、ぶるぶる震えてはいるが、確かに健康そうな女のコだ。痩せてるけど。年は14才ぐらいか?
彼女からは、二種類の見えない
むわっと……臭っ、臭すぎる!
「ニャー! たまらんニャー!」
ケットシー族にはあるまじき潔癖症のマヌーが、あわてて車掌カバンに手を突っ込み、ハイエルフの
あっ、馬鹿、他人が見てるんだぞ!
やめろ、とも言えなかったのでマヌーは勝手に魔道具を起動し、たちまち浄化の波動が部屋を満たした。たちこめていた異臭は消え、マヌーの毛並みはモフモフになり、商人たちの服も新品同様に輝いた。少し男前になったアインガンさんが、腕組みをしてうんうん
「さすがはイチワリ様。美しきハイエルフ様並みの魔道具をお使いになれるなんて」
使ったのはマヌーなんですけどね!
特職の少女もまた、その服は洗濯したてのように清潔となり、手足の包帯は真っ白となり、見えていた肌は年相応につやつや輝いた。そのピンク色の唇は驚愕にぽかんと開かれ、細い両手がだらりと垂れ下がったので、フードの裾が上がって、緑色の髪がはらりと広がるのが見えた。
えっ、緑色!?
「ぶひっ、失礼だろ。お客様にちゃんと顔をお見せしろ!」
ハッカイ族の大きな手が、少女をまっすぐ立たせ、そのフードを取り去った。
「あ、あ、あ、あ……!」
僕は少女を見た。二度見した。三度見した。
「にゃああああぁっ!]
デカ猫マヌーの毛が、ぶわっと膨らむのを感じた。
どうして、どうして!
こんなところにいる?
フードの下から現れた、愛くるしく整った顔、ふわふわの緑色の髪、長く伸びた笹のような耳、大きな目、輝く緑色の瞳。
ハイエルフに囚われているはずの……
リーズ!
「……あのう、イチワリ様?」
はっ。
「こ、このコの名前は?」
「この者に名前はありません。ご覧の通り、ただ『ブ
ブ
ゴブリン族の突然変異。
その顔が、その肢体が、どれほど愛らしくても、緑色の髪と瞳、そして長耳の組み合わせが、差別の記号になってしまう哀れな存在。
とても珍しい存在だけど、
そう、か。
考えれば、年も違うし。よく見れば、義理の妹リーズにとても似ていて、とても可愛いけれど、やっぱり細かいところで違うし。同族の別人だ。マヌーもそれに気が付いたようで、毛並みも落ち着いたみたいだ。
それなら。
「……アインガンさん、何度も繰り返して悪いけど、さっき話した条件が全部合うなら……」
ゴクリと、ツバを飲み込んだ。
「……僕、このコを、買う」
「……お望みのままに」
「本気かニャ、クライン?」
おいマヌー、ご主人様ムーブ忘れてるぞ。
「ぶひっ……変態かよ」
ハッカイ族が吐き捨てるように小声で言ったが、聞こえてるぞ。殴ってやりたいと思ったけど、ただ、どす黒い言葉を飲み込んだだけだった。ハッカイ族は強靭な肉体を誇る種族だし。
たとえ、そうでなかったとしても、僕にとっては、誰もが巨人だ。
でも、『変態』か……そうかもな。
いつのまにか、顔が熱い。えっ、なんで?
僕は……
まさか……
いまの自分を、恥ずかしいと思ってるのか?
うん、そうだよな。
ロリな義理の妹とそっくりの美少女を、奴隷にする。
フィクションだとしたら、なかなか気持ち悪い設定だな。
クライン、お前は6才のリーズを絶対に妹として見てたか? 幼くても、その身体はお前よりは大きいもんな。その妹とそっくりの存在を、自分の思い通りにしたいんだな。それとも罪ほろぼしのつもりか? 似ているだけでまるで関係ない相手に?
それともただの
ああ、恥ずかしいよなあ?
……いや、恥ずかしくなんかない。
確かに、自分の心の中に、黒いナニカがほんのひと
俺の心の中にいる醜いハイエルフめ、とっとと出ていけ!
……それでも、いったん熱くなってしまった僕の頬は、なかなか冷めてはくれなかった。他人から見れば、冷たい無機質の肌のはずなのに。
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クラインとマヌーが泊まっていた安宿には、ニンゲン族の下男が雇われていた。
各部屋それそれの客が利用した後、部屋の掃除をするのが、まだ若い……少年である彼の仕事だ。
いま、少年は宿の主人に断りもせずに仕事を投げ出し、お祭りに華やぐ通りを、満面の笑みを浮かべて走っていた。喜びのあまり注意がおろそかになっていた彼は、人混みの中、どしんと誰かにぶつかって転び、大事に抱えていたモノを落としてしまった。
少年がぶつかったヒトは、決してぶつかってはいけないヒトだった。
「……てめぇ何すんだ、うわー、いたい、骨が折れたーっ」
武装した屈強な冒険者は、大げさに顔をしかめると、痩せて背の低い少年が落としたモノを拾い上げた。
「おっ、こりゃ値打ちもんだな。よし、回復薬代がわりに貰っといてやる。これはオツリだ!」
ドカッ!
冒険者が去ると、蹴られた少年は痛みと涙をこらえて立ちあがった。
少年が冒険者に奪われたモノ。それは、とある部屋を掃除したとき、カーテンの下に転がっていたものだった。いちおう宿の亭主に確認して(詳細は省いて)みたが、泊まっていたケットシー族は戻ってこなかったという。
きっとこれは盗品だ。でなかったら、どうでもいい物だ。それなら、自分が貰ってもいいはずだ。何より、これを売れば、母さんに冬至の贈り物が買える。買ってもらえるところは判らないけど、探せばきっといくらでもあるさ。
……そう都合よく思ったけど、やっぱりヒトのモノを勝手に貰うのは良くないよな。きっとこれは、輝きの罰なんだ……
と、思いながら、下男の少年は笑顔の群れのあいだを割って、宿へと戻る道をとぼとぼ歩いていった。
冒険者は、ニヤニヤ笑いながら、手の中にあるモノを撫でまわしながら思った。
こいつは故買屋に高く売れそうだ。これで、お祭りの酒代が手に入ったな。まったく輝きに感謝だぜ!
故買屋とは、転売屋とも言われる、冒険者ギルドの裏通りにある
冒険者の手の中で、それは歌っていた。
クラインが持つ魔付ボタンの呪縛から逃れた、白銀の腕輪は、その現在位置を歌い続けていた。
美しきハイエルフ様とその眷属にしか、聞こえない歌声で。
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「イチワリ様」
アインガンさんが呼びかけた。僕は首を振って、くだらない考えを吹き飛ばした。
「……何かな」
「伺っている最初のご予算では、あと数人の特職を買うことができますが、とりあえずここで、いったん様子を見るのはいかがでしょう? 特職を使うのに慣れていないかたが、いきなり大勢の特職を持つのは、何かと差しさわりがあると思います」
あっ、言われてみれば。
僕はいわば、起業したばかりの経営者だ(笑)。最初のうちは、少人数でうまく回せるか試してみるのがベターだな。それに……
特職を使うなら、多少ブラックでもOKだし!(ブラック・ジョーク)
「
「う、うむ。馬車は僕も考えていた」
ホントは全然考えてなかった。
バクゼンと、みんなで宿屋に泊まればいい、と考えてたけど……
ゆうべ泊まった安宿だって、さんざん探した宿なんだよな。
年越しや新年だって控えてるし、ムリすぎだな~
でも、馬車か…… レンタルとかじゃダメかな?
「イチワリ様は優れたゴーレムを使役できるほどの技術を持たれたおかた。購入した馬車を使いやすいように改造するのも一案かと思います」
「なにっ!」
改造だとお!?
うおっ、絶対やってみたい!
僕のサイズからすれば、それって移動基地みたいなモノじゃないか!
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