ご注文は特職ですか?

 屋台で買った車掌カバン。


 その居住性、身長18センチの俺にとって、なかなかのモノと言えよう。少なくともデカ猫マヌーのポケットよりはマシだぜ。奥行は片手の長さ、幅は両手を広げた長さ、魔包リュックを椅子替わりに座れば、目線はパッチン留め金のすぐ下、擦り切れた裂け目のあたりになる。通気も視界もそれなりだ。カバンを首に下げてくれているマヌーも、別に不都合はないと言ってくれた。


 ちょっと革臭いかな~


 ツーフェ町を脱け出し、ザルギッタで紹介状を得て、いくつもの町や村を過ぎ、たどりついた領都ハノーバ、迷いに迷った街外れ。俺たちはやっと、特職商人ギルドのもとにまでたどり着いた。五階建ての建物が、夕日に照らされている。


紹介状の宛先のヒト、特職商人のアインガンさんは、ここに事務所を間借りしているそうだ。


 パッチン!


「クライン、準備はいいかにゃ?」


 がま口のパッチン止めを開けて、夕焼けの光と共に猫顔が俺を覗き込んだ。


「ちょっと待って……ヨシ! いいぞ!」


 例によってスプーンを鏡替わりに、俺は口まわりのメイクを仕上げると、ケットシー族の連れに答えた。現場で猫にヨシ!と言ってやる俺だぜ。


 さっきの打ち合わせ通りに、頼むぞマヌー!



<< normal size << 



「それでは、おいらのご主人様のお言葉を伝えるにゃ」


 やっと、事情が呑み込めた。

 マヌーと名乗ったケットシー族の言葉に、特職商人のアインガンはそう思った。


 どうして、こんな営業時間ギリギリに。


 どうして、ゴブリン族並みにカネと縁のないケットシー族が。


 どうして、金貨を積み上げて。


 どうして、つきあいの薄い相手の紹介状を持って。


 どうして、護衛という特職を(しかも女性を希望だ!)求めて。


 どうして、ウチのような農夫専門の特職商人を訪ねてきたのか。



 答えはひとつだ。


 この客には、事情がある。

 できるだけ目立たず、その目的を遂行しようとしている……!


 アインガンがギルドから借り受けている、暖炉もない小さな事務所。もうカーテンを閉める時刻。机を挟んでケットシー族と商談をしていた彼は、真冬なのにもかかわらず、背中にだらだらと冷や汗が流れるのを感じた。


 アインガンは、さっきまで実はこう思っていた。


 カジノ銭を手に入れたド素人が、正義ごっこだか性癖だかの理由で、女の特職を買ってみようかと思いついたのではないか。面倒なことを言い出す前に追っ払ったほうがいいのではないか、と。


 しかし。


 このマヌー……いや、マヌー様の上に、「ご主人様」という本当の依頼主がいるとしたら、話はまるで違ってくる……!


 平凡なる特職商人アインガンの頭の中に、ひとつの恐るべき仮説が浮かんだ。


 ケットシー族のマヌー様には、貴族だか大金持ちだか冒険者ギルド長だかの、本当の依頼主がいる。その誰かには、襲ってきそうな敵がいるけれども、お家騒動とか利権問題とか自尊心とかで、表だって傭兵を雇えない事情を抱えている。


 そして、その依頼主には、妻とか娘とか愛人とかの守りたい身内がいる。その女性を日夜に渡り護衛するため、女性の特職が必要になったが、あからさまに動けば、かえって敵を刺激することになる。


 そこで、ケットシー族という、ある意味で目くらましに最適な使者にカネを持たせて、自分のような専門外で平凡な商人を訪ねさせた。


 だとすれば、ある程度のちからを持っているはずの、その「ご主人様」の不興を買うようなことがあれば、自分はただでは済まないだろう。しかし逆に、その望みを上手くかなえることができたら……


 竜窟に入らずば竜鱗を得ず。

 これは危機でもあり、機会でもあるのだ……!


 と。


 パッチン!


 アインガンの夢想を、マヌー様が立てた音が断ち切った。ケットシー族が首から下げたカバンを開けたのだ。「ご主人様のお言葉」とか言っていたから、紋章の入った文書でも出すのだろうか、と彼は思った。


「ちょっと暗くしてくれないかニャ」


 マヌー様の言葉に、やっぱりそうか、とアインガンは思った。身分証明の紋章には、暗闇で青白く光るようにしてあるものがあると聞く。彼は部屋の隅に立てかけてあったカギ棒を手に取ると、それで天井の魔灯を調整した。


 うす暗くなった事務所。カバンの中からケットシー族が引っ張り出したのは。


「人形?」


 それは、半裸の少年を模した、人形だった。背の高さはエールのジョッキぐらい。上半身が裸。端を丸めた短い下着と、布が巻いてあるようにも見えるブーツを履いている。全身の関節のあたりに継ぎ目があるが、暗いので炭で描いた線のようにも見えてしまう。金属製らしき頭部も、どうかすると油で固めた黒髪のように見えてしまう。


 肉球のある手でテープルの上に置かれた命なき人形は、クシャリと横たわり、濃い化粧のようにも見える、パッチリと開いているが虚ろな目つきのまま、当然ながら身動きひとつしなかった……


 いや。


 その手足が、不意に、ぴくぴく動いた!


 少年の人形は、いかにもカラクリ仕掛けらしく全身を揺らしながら、ゆっくりと立ち上がる。首が回り、少し遅れて肩が回り、アインガンを正面から見据えると、ガクリと小首をかしげ、木の実割り人形のように割れ目のある口を動かして、微笑む表情を作った。たぶん頭に魔灯を仕込んでいるらしく、その頬がまるで恥ずかしいのこらえているかのように紅くなった。


「こんな……こんなに……」


 人形の正体を悟ったアインガンは、絶句した。

 こんなに、精巧なゴーレムは、初めて見た!

 手先の器用なスクワラ族でも、これほど精巧なモノは作れないだろう!


「この特製ゴーレムは普通の……家事や仕事の手伝いをする、単純な労働しか出来ない普通のゴーレムとは違うのニャ」


「……普通と、違う、とは……?」


「このゴーレムが見聞きしたものは、離れた場所にいるおいらのご主人様にすぐ伝わるニャ。またご主人様の言葉を、そのまま伝えることができるニャ。そしてご主人様の思うがままに、動き回ることができるニャ。だから……ご主人様本人だと思って、扱ってほしいのニャ」


「そういうことだ。よろしく頼む」



>> small size >>



「そういうことだ。よろしく頼む」


 は偉そうに腕組みをして、アインガンさんの髭モジャの顔を見上げながら言った。


 これが、屋台のおっちゃんとのやり取りから思いついた、僕の作戦だ。特職を買うにあたり、カバンの中から覗くだけじゃなくて、僕はどうしても自分の目でを選びたかった。かといって素の僕がしゃしゃり出たら、たぶん舐められてしまう。そこでこの、ゴーレムとそのご主人様ムーブだよ。


 本物のゴーレムは見たことが無いけど、普通のゴーレムってのは、動物を模したものが多いと聞いている。馬とか鳥とかリスとか。だけどそれじゃあ「ご主人様の代理人」にはイマイチなんだよな。だから人形、つまりヒトガタを選んだんだ。


 そして。

 ヒトガタを演じるのには、もうひとつメリットがある。


 たぶんオタクだった僕は、創作物にしろ実在するにしろ、いわゆるロボットの動きを知っている。動画ではロボットダンスとか、ロボット化した俳優を演じる芸とか見た記憶がある。だからその動きをマネすれば(下手でも異世界ならOKさ!)、たいていのヒトがゴーレムだと思ってくれるんじゃないか、ってそう思ったのさ。


 うん!


 狙い通り、アインガンさんの顔に浮かぶのは、僕への疑いじゃなくて……


 あれっ。


 このヒト、なんか怖がってない?

 やりすぎたかな?


 それに……


 なんか、おなじみの感覚……変身するとき魔意味ミームに接続する感覚、身体が熱くなる感じがするぞ……



 まさか……!


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る