ちいさな男のちいさな武器

特職ハンターにおまかせを!

「おお……」


 直立歩行するデカ猫、マヌーのポケットから顔だけ出して、身長18センチの俺は思わず声を上げた。田舎モノ丸出しだけど、「覚醒」してから初めて見た眺めだし。


 馬車を5日も乗り継いで、来たぞハノーバ!


 領都ハノーバのメインストリートは、ひとことで言って、「ザ・異世界」って感じ? ギッシリと立ち並ぶ石と木造の建物、ニンゲン族はむろんのこと、ハッカイ族、ゴブリン族、ドワーフ族とかの様々なヒト族が、石畳が敷かれた幅広の道を行き交い、時折り、カポカポガラガラと音を立てて馬車がムリヤリ通る。


 この不思議な光景はサイズ差のせいで、3D映画を劇場の最前列で見ているかのようにスペクタルなパノラマに見える。巨人たちの街だ!


 三日後に冬至のお祭りを控え、民族衣装やら季節コスプレだか判らない着たヒトたちは、何だか誰もが笑顔に見える。道の両側には光る魔法飾りをつけた屋台が立ち並び、雑貨やらスナックやらホットワインとかを売っている。


 いい匂い~


 ヒト族の中では幼児並みに背の低い(自分を棚にあげる俺って何様よ?)ケットシー族のマヌーは、蹴り飛ばされないよう足早に人ごみを抜ける。馬車駅の駅員にチップをやって書いてもらった地図を頼りに、目的地である特職の店を目指してくれてるんだ。


……おっ!


 俺はマヌーに声をかけて、とある屋台に寄ってもらった。その店はカバン屋だ。リュック、買い物袋、肩掛けとかの大小のカバンが、ブドウの実のように大量に吊るされてる。もちろん中古ばっかりだ。


「クライン、何が欲しいんにゃ?」


「マヌーには悪いけど、ずっとポケットに入ってるのは、腰が痛いんだよ……」


 不安定な態勢だもんな。素の俺ってホント貧弱。


「おいらは大きい入れ物なんて持てないにゃ」


 マヌーは肉球のある手をニギニギしてみせた。ケットシー族の手は本物の猫と違って、たいていの道具を扱えるけど、もしバスケットケースとか鳥カゴを持ったら、ずるずる引きずってしまうだろうな~


「肩にかけられるヤツとか、いいと思うんだけど」


 俺たちはカバンを物色した。ちなみに店主は、ポケットから覗く俺の顔を見たはずだが、特に何も言わなかった。


 しばらくして……俺はとある重要なことに気付いた!

 ごめん忘れてた。猫には肩がなかったよね!


 ためしに肩掛けカバンとかポーターバッグみたいなのを身に着けてはみたが、スルッと滑ってストンと地面に落ちる。


「ぶはははははっ」


 店主のおっちゃんは爆笑した。


「何がおかしいにゃ」


 猫目をジト目にして、マヌーが店主をにらむ。


「そうだそうだ!」


 俺も噴き出しかけたけど、とりあえず怒ってみた。


「ごめんごめん。これならどうだ?」


 おっちゃんは頭を掻きながら紐付き革製バッグを勧めてきた。大き目のハンドバッグぐらいのサイズで、縫い目もオシャレな高級品。おっ、よく見るとこれはガマぐち財布のような口金だぞ。ラッキョウみたいな金属玉が交差して、パッチンと止めるタイプだ。


 日本で昔の車掌さんが使ってたようなバッグだな!


 俺に合うクッションとかあれば、居住性も良さげかな。首にかけてカバン本体を正面に回して、紐を調整すれば落ちないみたいだ。ん、なんかマヌーに似合いすぎない?


 まるで招き猫だぜ!


「おう、これ、イイんじゃね。似合う似合う!」


「えへっ、そうかにゃ……これ、いくらにゃ?」


 おっちゃんが言った金額に、驚いた。


「……安い」


「なんでそんなに安いんにゃ?」


 おっちゃん店主は頭を掻きながら言った。


「冬至のお祭りだから、と言いたいところだけど、ここ、擦り切れてるんだ」


 おっちゃんの指が車掌バッグを撫でると、口金のすぐ下、縫い目に紛れて目立たない3センチぐらいの裂け目が開いた。


 ああ、そうか……って、こりゃ、逆に最高だ!


「これがいい!」


 この裂け目、空気穴になるし、外も覗ける!


「毎度あり! ところで……これ、舞台でも使うのかい?」


 えっ、舞台?


 マヌーは猫目を見開いた。


「……どうしてそう思ったのかにゃ?」


「どうして、って、その人形で」


 店主はポケットの中にいる俺を指さした。


「えっ、俺のこと?」


「その人形でさ、腹話術の芸をするんだろ? いやあ、あんた、上手いなあ。やっぱりそうやって、普段から練習してるんだよな。たいした芸人根性だ。実はそういう見世物に目がなくてね。見に行きたいんだけど、どこの劇場に出てるんだい?」


 俺はポケットの中からひょいっと首を伸ばして、大げさに口をパクパクさせながら答えた。


「あー、俺たち領都には来たばっかりなんだ」


「上演が決まったら教えてくれよ」


「「そうする」にゃ」


 俺たちが声をそろえて返事をすると、店主は手を叩いて喜んだ。


「すごいすごい! ふたりが同時に喋ったみたいにしか聞こえなかったぞ!」


 いやあ~


 しばらくゴブサタだったけど、やっぱウケるって、恥ずかしさを越えて気持ちいいなあ~


 ん、待てよ。いいアイデアが浮かんだぞ!

 俺たちは、これから特職商人と会う予定だ。そのときに使える小ワザをヒラメいたぞ!



 パァ~プゥ~


 突然、チャルメラというか、ブブゼラっていうか、なんか音階の少ないラッパのような音が響いた。通りのざわめきが大きくなり、何かを乗せた荷馬車が人の群れを割ってやってくるのが見えた。馬車の前には、派手な衣装を着て、幅広のタスキをかけたハッカイ族の男が、ラッパらしき筒を吹き鳴らしながら、踊るような足どりで歩いている。


「げえっ」


 その荷馬車が何を運んでいるかに気付いた俺は、思わず声を上げた。

 荷台には、奴隷たち、いや、特職たちが乗っている!


 特職の人数は5、6人? 横たわっているヒトもいるようだ。ここから見える限り女がふたりいる。みんな痩せて顔色の悪いニンゲン族で、ぼろきれを着て膝を抱えて座っている。その首には、革製の首輪。荷馬車が揺れても、彼らの沈んだ表情はまったく変わらない……!


「えっ、ええっ、特職って……あんなふうに売ってるの!?」


 あの人たちを……ここで、買う?

 ちょ、ちょっとハードル高すぎるような気がするんですけど!?


「おいおい、よく見ろよ。あれは特職商人じゃないぞ」


 屋台の店主に背後からそう言われて、俺は初めて気が付いた。

 荷馬車の横板には、こう書かれていた……


『特職ハンターにおまかせを!』


 見ると、ハッカイ族の男のタスキにも、同じキャッチが書かれてる。


 特職……ハンター……?


「そう言えば、聞いたことがあるにゃ」


「知ってるのか、マヌー?」


「逃げた特職を捕まえて、持ち主に返す商売。それが特職ハンターにゃ」


 と、言うことは、あのヒトたちは商品として陳列されてるんじゃなくて、あのハッカイ族に捕まって、これから持ち主まで返却される予定のヒトたちなのか。要するにこれって、特職ハンターの宣伝をしてるんだな。彼らのこと、気の毒だとは思うけど……


 でも。


「逃げるって……特職は逃げることができるのか?」


「命がけなら、できることもあるだろうにゃ」


「えっ、じゃあ、反抗すると爆発する魔法首輪とか、逃げると激痛をもたらす魔法刺青とか無いの!?」


「「何それ怖い」にゃ」


 おっちゃん店主とマヌーが同時に言った。

 そうだったのか。知らなかった……!


 また恥ずかしいこと言っちゃったよ~


 俺はただバクゼンと、ここはファンタジー魔法異世界なんだから、奴隷が絶対に反抗しないような魔法便利システムとかあるんだと思ってた。現代人(笑)には想像しにくいけど、考えてみれば、魔法のない地球だって奴隷制度はあったんだから、そんなシステムなんかなくったって制度は機能するよな~


 でも。


 だったら、特職って、絶対に裏切らない、とは、絶対に言いきれない、ってことなんだよな。


 これから特職を買う予定の俺にとっては、不都合な真実だ……!

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