そして戦いへ……

「これより、すべてのプランを発表する!」


 屋台風の焼鳥に、短いパスタをごっしゃり入れた野生ハーブ入り鳥団子スープ、という贅沢な夕食の後。俺は、仲間に宣言した!


 おっと、気合入れすぎて、口に残ってたパスタの切れ端が、立っていたテーブルに飛んでしまったぜ。ブがさりげなく掃除してくれた。リアルな大きさはゴマ粒の半分くらいだけど、俺にとっては奥歯の半分ほどの存在感がある。はじぃよぉ。


 なお、魔法小麦は不味いので、庶民は色々工夫してる。パスタもそのひとつだ。まあ、そんなことはどうでもいい。今はプランの発表だっ!


 マヌーにも言ったけど、今ここで考える作戦プランってのは、使い捨てにするつもりはない。この先、旅をしていく中で戦いが避けられないときのために、基本方針やら生存戦略やらの共通認識を持っておきたい、って思ってるんだよ。


 そして、イザというときはただプランの名前を叫ぶだけで、敵の前でもすぐ行動に移れる、という利点があるワケだ。


 俺が考えた盗賊(って言うか襲ってくるヒト)対策プランは、以下のAからDまでの4つだ。



【プランA・逃亡】


 文字通り、ただ逃げることだ。たとえ逃げられなかったとしても、障害物をすり抜けることのできる真の妖精形態リアル・フェアリー・モードがあるから最悪だけなら逃げ切れると思う。


 できるけど、それをするかどうかは別として……


 もちろん、これはどのプランにも言えるけど、そのための前提条件が整ったものとして、だな。それに、プランを切り替えるときもあるはずだ。



【プランB・撃破!】


 待ち伏せとか、隠れて油断してる敵を、遠くからFBライフルで華麗に撃破する。スナイパーにもなれるぞ!


「このプランのときは、私がご主人さまを胸元に入れて一緒に撃つんですね」


「そうだ。その練習も……いや、もう夜だから騒ぎになるか。構えるだけの練習をしておこう」


「がんばります!」



【プランC・斬り込み】


 ある意味、いつものヤツ。俺の各種変身の特殊能力を生かして戦う。これからの戦いには、目つぶし魔法アウゲンビンダーがあるから有利だぜ。


「ご主人さま、危険です……」


 ブが、ひどく悲しそうな顔をした。

 なんだよ……


「飲み込めよ、ブ。そうするのが一番効率がいいんだよ。そうだフレーメ、この後、今回の場合に合わせたプランCの練習をするからな。そうだ、お前専用の武器も今晩中に用意しておこう」


「はいよ、ご主人さま、ぷらんしーだね」



【プランD・救助】


 逃げおおせたは態勢を整えたら、すみやかに仲間たちを助ける。その前には相手と交渉してもいい。やろうと思えば俺はどんなところでも忍び込めるし、牢のカギとかも開けられるし、大騒ぎだって引き起こすことができる。


 俺は小さいなりに、相手の油断や弱みにつけこむことができるんだ。こそこそして、卑怯で、カッコ悪くて。はじぃけど……


 俺はそう、皆に伝えた。


「……どうだ、マヌー。あいつらと対決しても、かまわないか?」


「ダメにゃ」


「ええーっ、まだダメかぁ?」


「クライン。正直言って、お前はまだまだ甘いにゃ。もし冒険者どもが、おいらたちを人質にして降伏を迫ったら、どうするつもりニャ?」


 ええっ?


「……あいつら、そこまでやるかなあ」


「あの夜、団長から又聞きした……地回りに来た冒険者の話を忘れたのかにゃ?」


 あの夜って…… あっ、そうだ。

 俺たちが旅立つ、その直前……!


 俺は家族がいなくなった衝撃で動揺してたけど、その話のことは覚えてる。


 オルゲン団長によると、訪ねてきた地回り冒険者どもは……妖精を渡せ、教会に頼ってもムダだ……そう脅してから、捨て台詞にこう付け加えたそうだ。


『ところでエレナってシスターは色っぽいよな』


 ああ……


「そうニャ。そしてそのとき、トマタ師匠は、過ぎて笑える、と感想を言ったにゃ……無関係なヒトすら人質にとる、しかもワザと遠回しに言って追及されてもトボケられるように。それはヤツらの手口にゃ」


 ケットシー族は、俺が立つテーブルの上に乗り出して、俺の目前にその猫顔を、ぐい、と近づけた。俺にとっては巨大ライオンの大きさだ。そして、凶悪な肉食獣の笑みを浮かべて、言った。


「救助? 交渉? 甘いこと言うにゃ、シダのお花畑。それが通用しない相手もいるし、どうにもならないときもあるにゃ。おいらはケットシー族の誇りにかけてムザムザやられはしにゃいないけど、もしそんなことがあったら……おいらが望むのは、助けられることよりも、まず、敵をやっつけることにゃ!」


 デカ猫のダチは、その鋭い爪を1本だけピン!と伸ばして、俺を指さした。


「いいか、ネズ公。お前は小さいなりに、相手の油断や弱みにつけこんで、こそこそ、卑怯に、カッコ悪く……相手を徹底的に叩きのめすにゃ! クライン、お前が、は絶対、そう約束してくれて初めて、おいらはお前のぷらんとやらを受け入れることができるニャ」


「……それは、復讐ってことか」


「ニャ!? お前はまだ判ってない。おいらが言ってるのは復讐なんてことじゃにゃい。おいらはお前に、、そう言ってるニャ……少なくとも、おいらはそう思ってるにゃ」


 そう言ってマヌーは、特職少女たちを横目でチラリと見た。

 フレーメが片手を挙げ、ニヤリとほほ笑んだ。


「はい、あたいもそう思う。どっちかと言うとね」


 ブは俺をまっすぐ見た。いつもの、痛いような微笑みを浮かべて。


「ご主人さまの、思うがままに」



【プランD(訂正)・殲滅せんめつ


「判った。約束する……は絶対って」




 そして。


 時は進み、戦いの最中さなかへと……!




妖精魔法フェアリー・マジック、ひとりで踊れ! 不運ハード・ラック!」


 妖精形態フェアリー・モードは、目の前の盗賊どもをビシッと指さして、高らかに呪文を唱えた!


 たちまち、魔法の波動が馬上の賊に襲いかかり……特に何も起きなかった。

 すぐには。


 突然現れた妖精あたしを、キョトンと見つめた盗賊たちだったが……


 次の瞬間。


 ヤツらの馬の一頭が、道の小石につまづいて、つんのめった。乗っていた賊がその勢いで振り落とされる光景に、驚いた他の馬2頭が避けることもできず玉突き事故を起こした。たまらず、乗っていた他のヒト2人も街道の上に投げ出された。ゾクのひとりは、愛馬に踏まれて頭が潰れていた。少し積もった雪を赤く染めて。


 珍走団の末路か……


 運が悪いね。なむ~


 生き残った2人が、頭を振りながら落としたクロスボウに手を伸ばす。まずい! あたしはその頭上を旋回しながら、ドクロの指輪を振りかざし、叫んだ!


目つぶし魔法アウゲンビンダー!」


「ああっ、見えない!」


「目が、目がぁ!」


 お約束の台詞を絶叫しながら、真っ赤に染まった目元をおさえてパニックになる冒険者どもだった。これで、こいつらは無力化できた。でもそれは一瞬のこと。すぐしないと……


 うっ、しまった!


 武器を持ってきてない!

 刺青針を用意する予定だったのに!


「……ネズミ形態ラット・モード再定義リ・デファイン!」


 たちまちネズミのコスが身体を包む。これなら武器が無くても……


 でも、さすがに……


「クライン!」


 マヌーが俺っちを呼ぶ声。ケットシー族が雪けむりをあげて四つ足で駆けてくる。その向こうでは停車した馬車。降りた特職少女たちがあたりを警戒しているのが見えた。


「フシャー!」


 猫の叫びをあげながら、その強靭な爪をクマデのように伸ばしたダチが、目を押さえている盗賊のひとりに飛び掛かった。


 必殺の猫スラッシュ!


 ザシュ!!


「ぎゃああああっ!」


 断末魔をあげて倒れる盗賊。マヌーはその上に飛び乗り、油断なく観察しながら、ジロリと横目で俺っちを見た。そして返り血まみれの猫顔で言った。


「やれ」


 でも……


 すぐには、動けなかった。


 しかし……


 最後の生き残りの盗賊が、目を見開いた。目つぶし魔法アウゲンビンダーの効果が切れたんだ。ヤツはクロスボウを持ち……



 その狙いを、マヌーに……



 俺っちの脳裏に……



 かつて聞いた、冒険者の、



 卑劣きわまる言葉が響く……



 『見てるだけのお前らもヒト殺しだ! ヒト殺しの衛兵に味方するお前らも、みんな、みーんなヒト殺しだあ!』



 今も、また。



 たちを殺し、何もかも奪うための……



 卑劣きわまる指がその引き金に……




 そうだ。

 俺っちは、は……







は、人殺しだあぁぁぁっ!」


 俺っちは叫びながら盗賊に飛び掛かり、その腕を駆け登って首筋にとりついた。驚いたヤツは思わず引き金を引き、そのボルトが発射された。


 ザシュ!


 唸りをあげて放たれた矢は、微動だにせず厳しい目でこちらを睨みつける親友をかすめ、その毛を飛び散らしながら明後日あさっての方向に飛んでいった。


「撃ったな!? また撃った!」


 俺っちは首を後ろに振り、反動をつけてヤツの頸動脈のあたりに噛みつく……


 ネズミの鋭い前歯で……


 肉を、食いちぎる……


 賊の悲鳴が聞こえる。


 口の中が、鉄の味で溢れる……


 身体が、赤い汁まみれになる。


 燃えるように顔が熱くなり、


 とめどなく涙が流れる……


 それは興奮か、恥なのか。


 俺っちを振り払おうとする手を、


 ひらりとかわして、


 その勢いのそのままに、


 もう一度噛みつく。


 もう一度。


 もう一度。


 もう一度……




 

「もう、死んでるにゃ」













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