沈黙せよ!

「もう、死んでるにゃ」


 マヌーの言葉に、はようやく我に返った。すでに、盗賊の身体は道に倒れていた。吹雪はいつのまにか止んでいたが、少しだけ積もった雪と真冬の風が、命なき肉の塊から容赦なく熱を奪っていた。俺っちは冷たくなった敵から長い尻尾をなびかせてぴょんと飛び降り……


 そのまま、ネズミ姿でがっくり四つん這いになり、オロオロ吐いた……朝食べたナッツ入り粥と、口に入ってしまった悪人の血を……


 そして、雪の上、仰向けに手足を「大」の字に投げ出して寝ころんだ……いや、尻尾があるから「大」の字じゃなくて「木」の字だ……


 ああ……


 小さい肺から出る白い息を激しく吐きながら、あふれる涙で歪む曇った空を見上げて、俺っちは思った……ネズミ顔をたぶん真っ赤にして……


 はじぃよぉ。


 えっ、何が恥ずかしいんだ……?


 赤く染まった小さな手が? 毒虫を潰したことに動揺する小さな覚悟が? この先何度も駆除するはずなのに納得しきれない小さな脳が? ひとかけらも罪悪感が湧いてこない小さな心が? 情けなくブザマにこうやって倒れる小さな身体が?


 ああ、そうだ。判った。

 何が恥ずかしいのか……





 俺って、小さいなあ。

 小さいことが、恥ずかしい……





「立て、クライン」


 容赦のないデカ猫の声がした。


「しっかりしろニャ。でも……」


 マヌーもまた悪人の身体から飛び降り、俺っちに言った。


「よくやった。さて、急ぐニャ」


「……ちょっと待ってくれ」


「はあ!? ゆっくりしてるヒマはないニャ。こいつらをよく見ろニャ、なんでと思ってるニャ?」



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 あれっ、これって不味くない?


 ご主人さまの友人であるマヌー様に呼ばれて、死体を片付けようとしたフレーメは、気付いた。


 気付いてしまった。


 素の姿に戻り、ブの胸元に収まったご主人さまが……まさしく特職である自分の命運を握るご主人さまが……いつか見たと同じ、にごった目をしていることに。


 あのとき、は何日も使いものにならなかった。いまのご主人さまと同じように、潰して当然の盗賊どもを始末したときのことだった。さんざん他人を殺してきたはずの盗賊が最後に放った……『人殺し!』という卑怯極まりない……言葉に打ちのめされたときのことを。


 余裕があるときなら、いくらでも落ち込んでいればいい。

 でも、今はダメだよ~


 マヌー様の言う通り、盗賊の別の仲間が、いつ襲ってくるか判らない状況だ。ご主人さまがヘルザの宿で調べてきた相手の人数、2人。ここにはいる。つまり、ヤツらはこの先の町で……おそらくニュタルで冒険者仲間を集めたということになる。


 あたいはいったい、どうすればいい?


 そういえば、あのとき……の言葉と、自分の夜の奉仕で、落ち込んだは立ち直った。肌のぬくもりで癒すのはブの役目だから、自分は、そのとき兄たちが言ったのと同じ言葉をかけてみよう。


 そう思いついて、フレーメはニヤリと笑った。


 兄が妹を救って死んだときに浮かべた笑みと、同じ笑みで。



>> small size >>



「ねえ、ご主人さま」


 マヌーの指示で身体強化を使い、3つの死体をひょいと担いだフレーメは、に声をかけた。


「なんだよ……」


 うっとおしいな、こいつ……


 いまは話す気分じゃないんだよ。

 いつもは落ち着くブの胸のぬくもりさえ、いまはウソ寒く感じてるんだから……


「人生で二番目に大切なモノ、ってなんだと思う?」


 はあ? 何をいきなり。


 ヘタな慰めの言葉でもかけられるのか、と思ったら、なんか妙なこと言い出したぞ、この血まみれ美少女。でも、こんなクイズみたいに聞かれたら、なぜかアンサーしたくなっちゃうもんだよな。


「そりゃあ……一番目は命だとして、二番目はカネ、かな」


 クイズの答えとしちゃ、こんなもんだろ。


 ドサドサドサッ


 街道から少し離れた木の陰に、死体を投げ捨てながらフレーメは言った。


「はずれ~」


 うっ、こいつ、ホント生意気。


「何が一番大切なのかってのは、ヒトによって違うよ、ご主人さま。国や信念や、家族や誇りのために、命を投げ出すヒトなんていくらでもいる。カネだってそう。でも、二番目に大切なモノは誰でも同じ」


「誰でも同じ……?」


 フレーメはそれぞれの死体の胸に、指につけた血のりで、ある言葉を書いた。


沈黙せよシュワイテ


「あ、これ? こう書いとくと冒険者ギルド同士の抗争だと思われるから、騒ぎにならないんだってさ。本物の冒険者なら頭に小便かけるそうだけど、それはちょっとね」


「へえ、知らなかったニャ」


「そんなことどうでもいい。それで、さっきの答えは?」


 気になるじゃないか。


「この答えは、お兄ちゃんたち……あー、前のご主人さまの受け売りなんだけどさ。それは……人生で二番目に大切なモノってのは、『人生で一番大切なモノ』を、大切にすることだよ」


「なんだそりゃ。一番大切だ、って言ってんなら、ワザワザ言わなくても大切にするなんて当たり前のことだろ」


「そうでもないよ、ご主人さま……」


「はあ?」


「命が一番大切って言いながら、身体に悪いモノが止められないヒト。カネが大切だって言いながらムダ使いするヒト。子どもが生きがいと言うクセに家庭を壊す遊びが止められないヒト。愛と平和を口にしながらヒトをののしる偽善者、おとこを売り物にしながらおとこが売り切れの冒険者……」


 あっ。


 そう言えば、俺は、ゴブリンの義両親に恩返ししたい、と思いながら、そうしなきゃ、と思いながら……結局、何もしなかった……


 ふたりが、死ぬまで。 


「ねえ、ご主人さま。今のご主人さまは……なんか自分をイジメてるみたいに見えるけどさ、自分をイジメることって、一番大切なことなの? それとも二番目に大切なことなの?」


 なんで、こいつの言葉は、こんなに俺に刺さるんだ?

 かあっと顔に血がのぼり、俺は叫んだ。


「違う! 俺は……!」


 今の俺の一番大切なことは、義妹リーズを救うこと。そう、俺が小さいままでいないために。そのことをホントに大切にしたいのなら、今は余計なことは考えないで、立ち上がらなくちゃいけないんだ……!


 そうか。


 俺の中に、まだ居たんだな、アイツが。

 ただののしりたいだけのアイツが。


 そうだ、黙れ! 沈黙せよシュワイテ

 俺の中の、醜いハイエルフ野郎!



「はあぁ……」


 なんか脱力して、ため息をつく俺の頭に、雨のしずくが降ってきた。いや、それは胸元の俺を覗き込むブの涙だった。そのピンクの唇が開く……


「……良かった。少し気が晴れたのですね」


 こいつは俺の魔力に敏感だから、俺がいくらか持ち直したことが判ったんだな。ブの暖かな魔力が、冷え切っていた身体に沁みてくる……


「ああ、もう大丈夫だ」


 まだ本調子じゃないけど……俺は切り替えが早いほうだと自分でも思ってる。

 脳みそが少ないせいかな?


 そして、やるべきことを終えた俺たちは、また馬車に戻った。盗賊の馬たちは、どこかに走り去っていた……


 それにしても、さ。


 フレーメって、やっぱり生意気だよなあ。ご主人さまに説教くさいこと言いやがって。だいたい、こんな屁理屈を言ったのって『探索者たち』だろ。好きこのんでヤバいダンジョンに潜るイカレた連中のクセに。


 でも……


 俺は、御者台に上がろうとする赤毛娘に、声をかける。


「ありがとな」


 踏み台に片足をかけていたフレーメは、また足を降ろし、両手を腰に当てて向き直り、ブの胸の谷間にいる俺に顔を突き出した。


「特職にお礼言うなんて、ご主人さまって、ホント変わってるよね。見かけもそうだけど」


「よけいなお世話だ」


 いいかげんむちで叩くぞ、このヤロ。物理的にできないけど!


 バシュ!


 突然、御者台に矢が突き刺さった!


 ぎょっとして全員が前方を見ると、70か80メートルぐらい向こうに……


 武装して、にやにや笑いながら近づいてくる薄汚い一団が見えた。


 盗賊どものお出ましだ!


「馬車に入れーっ! プランBだっ!」


 FBライフルを食らわしてやる!


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