ショウを止めるな!

「クラインが大きければなあ」


 そんな声が中から聞こえて、はテントに入るのを止めた。



 あの事件から、一週間が過ぎた。


 本当ならもうそろそろ次の町へ興行に行く頃だが、ここツーフェ町で冬を越し、冬至の祭りと正月でひと稼ぎする、オルゲン座長はそう宣言した。本人は否定しているが、それが眠ったままのリーズのためだということを、誰もが判っている。


『この妙な魔法の指輪が外れないせいで起きた、魔力欠乏症の一種だろう。そのうち目覚めると思うが、馬車に揺られるなんてとんでもない』


 それが田舎の町医者の見立てだった。馬車の移動はあたしも苦手だ。小さいせいで揺れ幅が大きく感じるから、車酔いが酷く、ほとんど寝て過ごす。


 でも、魔力欠乏症とかだったなら、なんで髪が金髪になったんだよ! あれじゃまるで……


 ブルーダの月が明るい、夜だ。もう吐息といきがかすかに白い季節。


 あたしは寝る前にリーズの様子を見ようと思い立って、妖精形態フェアリー・モードでゴラズさんたちのテントを訪れたところだ。歩けば20分、飛べば1分。最近では妖精変身するとムダ毛や身体の汚れも吹き飛ぶから、積極的に利用してる。


 そして、近づいたとこで中から聞こえてきた、とお……いや、リーズの父親、ゴブリン族のゴラズさんの声。ニンニクの香りもする。


「あんた、それどういう意味?」


 少し苛立いらだった声。かあ……いや、奥さんのゴブナさんだ。


「こいつを嫁にやれる。あいつは前と違う」


 こいつ、というのは眠っているリーズのことだろうな。あいつ、ってのは、ドレスを着て今ここにいるのことか。……そんなこと思ってたのか。


「くだらないこと考えてんじゃないよ。リーズにはゴブリンのいい男がきっと現れるし、クラインだって妹のことはそう思ってるに決まってるよ!」


 ……ああ。


 のことは、そう思ってる。


 ……ああ、いますぐ。


 テントの中に飛び込んで、とお、かあ、大事な妹をこんな目に会わせてごめんなさい、きっと何とかします、と叫ぶ。


 ……ことができたら良かったのに。


 自分でも面倒くさいヤツだと思うけど。


 仕事と思えば、自分が楽をしたいと思えば、平気でドレスだって着れるのに(最近じゃそれほど嫌じゃなくなった)。たったそれだけを言うことが、こんなにも恥ずかしい。


 さげすまれてるゴブリンの親が恥ずかしいくせに。

 気恥ずかしくて他人行儀ぎょうぎな姿勢をくずせないくせに。

 可愛い妹分にだけには兄貴面あにきづらしてるくせに。


 ……いざというときは守れもしないくせに。


 そんな自分が嫌だ。恥ずかしい。

 恥ずかしくてたまらないのに、テントの中に入るのは、もっと恥ずかしい……


「だけどな、ただでさえ不細工だったのに、こんな変な髪になったんじゃ余計にギャアッ、グハッ、やめ、ウギャアアアッ」


 悲鳴。麺棒で肉を叩くような音。いつもの微笑ましい夫婦喧嘩だ。

 あたしは空中でUターンした。今夜はもう帰って寝よう。


 不細工、か。


 あんなに可愛いけど、ゴブリン族の感性ではそうなんだよな。そして普通のヒトには可愛く見えたとしても、突然変異のゴブリン族のことを指す「ブ」って言葉だってあるんだよな。


 そう思って、ふよふよと飛んでいると。


「これはこれは、夜遊びか、ネカマ野郎?」


 いやなヤツに出会った。雑技チームのひとり、皮肉屋のヤビさんだ。酔ってるな。げっ、こんな夜中に外で何してたんだと思ったら、立小便の気配がする! おいおい、ここは教会の敷地だぞ。こんなのに関わりたくない。ぷいっと背を向けて行こうとしたあたしに、馬鹿にしたような声が浴びせられた。


「この俺をちょろっと無視か。小さいやつだな。ゴブリンの妹を病気にしたこと、ゴブリンの親に謝ったか? 責任がないとは言わせないぞ。せいぜい、すやすや安眠しやがれ」


 胸の中に、どす黒い言葉が渦巻いた。


 でも結局、他に誰もいないところじゃ、気おくれして何も言えなかった。


 にとっては、誰もが巨人だ。


 金色のキラキラを撒き散らしながら、あたしは自分のテント……数年前に座長に頼み込んで別の住みかにしてもらった、一座の物置に向かって、逃げるように飛んで行った。もうクセになっている、両腕を斜め後ろに伸ばし、右足を少し曲げるポーズで……





 ショウを止めるな。


 前世では、けっこう有名な台詞だったような気がする。エンタメ系の仕事についている人が、その覚悟を示すときによく使われる言葉だったと記憶している。この言葉をもじったタイトルのゾンビ映画も覚えている。


 ショウを止めるな。


 そう、その言葉通り、は今日も、こうやってフェアリーのショウをっている。リーズがいないので、締めはあたしのアクロバット飛行だ。客席の最前列にいた、鼻息を荒くしてかじりつくように観ていたイケメン聖官、コテコテさんはもういない。ゆっくりしすぎて上司に叱られそうだとのことで、王都に帰ってしまったのだ。


『女のコのフェアリーに会ったら、連絡してね~』


 そう、言い残して。ふっ。


 シスターのエレナさんは責任を感じて、よりいっそうの祈りを輝きに捧げる毎日だそうだ。あたしが鼠形態ラット・モードでネズミどもの死体を片付けたときも、言葉少なに頭を下げるだけだった。


 んっ?


 客席が騒がしい。


 ひとりのゴブリン族の道化師が、ものすごい勢いで客をかき分け、ステージに向かって一直線に駆けてくる。あれはゴラズ……さんだ。


「クライーンーッ!」


 血相を変えて、の名前を呼んでいる!

 なんだなんだ⁉


 舞台に駆け上がったゴラズさん。あたしの身体は彼に引っつかまれ、鳥カゴに投げ込まれる! さらに彼は転がるように舞台袖に飛び込み、シーツを雑に被せてくる。あたしは布の隙間から、ゴラズさんに声をかけた。


「いったい、どうしたんですか。ショウの途中ですよ!」


「来た」


「来たって、何が」


 ゴラズさんは血走った目で舞台の方を見た。

 かすかに聞こえてくるのは……悲鳴?


「いいか、ここにいろ。絶対に出てくるな。着替えておけ。念のため」


 そこらに置いておいた、あたしの袋……前に熟年シスターズに作ってもらったモノのひとつで、ロウ引きされている以外は何のヘンテツもない……衣装袋をつまむと、ゴラズさんは鳥カゴにそれを押し込んだ。


「何が何だか判らないですよ。何が起きたのか、ちゃんと最初から話してください」


「夏ごろ、座長に言われた」


 おいおい、ずいぶん最初からだな~


「お前を狙うヤツがくるかも、と。フェアリーを捕まえるなんて可哀想だと言いながら」


「はい」


 そういうケネンがあったから、あたしは妖精としての洗礼を受けさせられたんだよな。


「それは冒険者とか、美しきハイエルフ様ヤツらかも、と座長は言った」


「えっ、じゃあ、そんなヤツらが来たんですか?」


「違う」



 いったい、来たんだ?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る