けだものに吠えるなと言うのは無駄なこと

 町に突然あらわれたハイエルフ。

 そいつが俺に向かって魔道具のようなモノを振ると……


 俺は地面に落ちた。

 鳥カゴの、下半分ごと。


 衣装袋のクッションがなければ、変身していない俺は大ケガしてたはずだ。ぐぐぐっ。痛みに声も出せずに苦しむ俺の目の前に、がドサッと落ちてきて、血を撒き散らしながら、転がった。


 鳥カゴの上半分と、それを持つヤビの手と、ヤビの胸から上の、身体が。


 次いで。


 立ったままだったヤビの下半身が、やはり血を噴き出しながら、バタンと倒れた。


 ハイエルフのあの装身具は、見えない何かを……レーザーとか、刃のようなものを発射?する魔道具なのか! その武器に、俺の鳥カゴとヤビの身体は真っ二つにされてしまったんだ……!


 震えが止まらなかった。あの斬撃が、もう少し下を通っていたら!


「オルゲン」


 ハイエルフの声が響いた。その手にはもう斬撃の魔道具はなく、ほのかに光るメタル造花が握られていた。


「は、はい……」


 うつむいたままの座長の、消え入るような返事が聞こえた。


「お前たちのことは、事前に少し調べています。わたくしたちは、愚かなヒトが愚かなヒトを騙すことを止めはしません。お前たちが、ただの人形をフェアリーと言い張ることも、そのひとつです。けだものに吠えるなと言うのは無駄なことであり、ただ愚かでただ醜いことが罪であるなら、すべてのヒトを滅ぼさなければなりません。しかし、ここまで愚かで醜いモノをそばに置くのは、いかがなものでしょうか」


「……不明を恥じいるばかりでございます」


「まあ、いいでしょう。今日はわたくしたちの悲願が叶った日。数字で呼び合う者たちに奪われたモノが帰ってきためでたい日です。特別に許してあげましょう。……それにしても、まったく、このモノはわたくしになんか見せて、どうするつもりだったのでしょうね……」


 ヤビ、だった者を一瞥いちべつしたハイエルフは、一座のみんなに背を向け、何かの言葉をつぶやいた。すると。


 馬車の、2台あるうちの1台が、カシャカシャと音を立てながら、その形を変えた。


 馬装が外れ、車輪がたたまれ、全体的に丸くなり……タイヤのない軽ミニバンにも似た姿に変形すると、ふわり、と浮かびあがった。そしてそのまま、まっすぐ垂直に上昇していく。やがて黒ずんだ雲を突き抜け、馬車だったものは見えなくなった。あれは、SF映画のタクシーみたいなカタチの、魔道具の乗り物だったのか……!


「あ、あ、リーズ……」


 座長の、悲痛な声。えっ、どういうこと……


 ハイエルフは、またこちらに向き直って言った。


「それでは皆さん、ごきげんよう」



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 オルゲン座長は、今のクラインの小さな目に、見覚えがあった。


 深いいきどおりが溢れる目。世の中を、運命を、そして何もできなかった自分に対して、激しい怒りと悲しみを持っている目。そういう目を、見たことがあった。


 かつて、自分が妻を病気で亡くしたとき。

 鏡の中に、見たことがあった。


 芝居小屋の客席の一部は取り払われ、シーツが敷かれていた。そこに置かれた3つの遺体。ヤビ、ブラナ、そして……ゴラズ。その周りを取り囲む、一座の仲間。自分のように椅子に力無く座る者、ドロシィのように床に座り死者に語り掛ける者。


 クラインのように立ち尽くす者。


 幸か不幸か、シーツの上にリーズはいない。眠ったまま、特に傷つけられることもなく、妙な空飛ぶ馬車に乗せられて運ばれていった。しかし、その父のゴラズは、ブラナと同じように自分の娘にしがみつこうとして、強力な紅の騎士クリムゾンたちから何度も振り払われた。か弱いゴブリン族にとってそれは、死にいたる暴行だった。ゴラズとブラナの緑色の死に顔には、愛するものを奪われる苦しみに歪んでいた。


 ゴブリン族ほど家族を大事にするヒト族はいない。

 ときには、無駄と判っていても命を投げ出すほどに。


「さっき、ここの町長と、冒険者どもの地回りがやって来た」


 オルゲンは誰ともなく言った。


「町長が言うには、葬式はしないでくれ、すぐ、ここの共同墓地に埋葬してくれ、とな。今晩はこの町に泊まる美しきハイエルフ様を刺激したくないそうだ。冒険者どもが言うには、フェアリーを差し出せばリーズを取り戻してやるそうだ。断ったら、美しきハイエルフ様がらみじゃもう教会は助けてくれないぞ、ところでエレナってシスターは色っぽいよな、と言い捨てていきやがった」


「なんつーの、いつもの過ぎて笑える。もしヤビさんが生きてたら、冒険者に頼むほうが効率的だ、なんて言ったりなんかして」


 マジシャンのトマタの黒い冗談に、他の者たちが乾いた笑いを浮かべた。


「……よせ! こいつも被害者だ」



「座長」


「なんだ」


 あのことを聞くなよ、と思いながら、オルゲンは思いつめた様子のクラインに答えた。


「ゴラズ……さんと、ブラナ……さんは、最後に、ひとことふたこと言って、こと切れた、さっきそう言ってましたよね。いったいなんて言ってたんですか」


 ああ、やっぱり聞くんだな。そしてきっと、完全に決めてしまうんだな。お前のその目に宿る光は、そうしてしまう光だ。決意の光だ。


 あの春の日と、同じ光だ。


 色々と妙なことを考え抜いたあげく、自分なりの勝算を抱えて、こともあろうに、フェアリーにしてくれ、なんぞと俺に頼みやがった時と、同じ光だ。


 ヒトいち倍、恥ずかしがりやのクセに!


 オルゲンはそう思った。



>> small size >>



 俺の質問に、座長はしばらく黙っていた。芝居小屋のテントを打つ雨音が、かすかに聞こえた。冬の冷たい雨が降ってきたんだ。やがて、渋々といった感じで座長は答えた。


「……あいつら夫婦は、それぞれ最後にこう言った。どういうわけか、まったく同じ言葉だった。……『クライン、妹を』と」









『クライン、妹を』か……


 そんなとこだろう、と思ってた。


「じゃ、ちょろっと行ってきます」


「はあ?」



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