おとぎばなしの常識

「つまり、誰かが俺を見て、舞台で観客が俺を見て、そう、さっきコティングリーさんが絵を見ながら俺を本当にフェアリーだと思い込んでみて、えっ、どんだけ思い込み強いの? ええと、魔意味な存在である俺がヒトの思い込みに影響を受けて、もともと沢山のヒトが持っていたフェアリーってこういうものだっていう魔意味のクラウいや雲みたいなものに繋がって俺はフェアリーだと見なされたからフェアリーのちからを発揮した!」


 前世の知識をパクって俺が解釈した魔意味ミームの説明を、怒涛どとうのごとく語ってしまった……はじぃよぉ。


 しかし、イケメン聖官が返事をしなかったので、最後のとこだけもう一度言ってみた。


「……俺はフェアリーだと見なされたからフェアリーのちからを発揮した、ってことですよね?」





「……素晴らしい~! 聖究院でも理解できるヒトは少ない理論に、こんな明快な解説がつけられるなんて、ちょっ、ちょっと待って、メモメモ~!」


 すごい勢いで書付けを始めたコテコテさんとは別に、興奮冷めやらぬ俺は考えこんだ。むふぅ……


 俺にそんな特質というか、不思議パワーがあったのなら……


 俺には、「大きく」なるために、壁を乗り越えブレイク・スルーて自信をつけるために、やらなきゃいけないリベンジが、いつか倒すべき敵がいる。そのイベントはずっと先のことだと思っていたが……できるかも知れない。それに今なら、コテコテさんの協力も期待できる。


「……コティングリーさん、ちょっと聞きたいんですが」


 コテコテさんはノートから顔を上げた。


「なんだい?」


「あー、ここのシスターのエレナさんじゃないと判らないかも知れませんが」


 俺は、ぐっと両手のこぶしを握り込んだ。


「この教会に、あいつは出ますか?」


「……あいつ?」




 次の日の朝。


 約束通り迎えに来てくれた(来てくれなかったら困るが)座長に鳥カゴを持ってもらい、揺られながらたどる寒い帰り道。


 一睡もしていないのに、冴えた頭で俺は、考えていた。


 実りの多い、夜だった。

 身軽さ以外にも、フェアリーのスキルへの道を見つけたし。


 何よりも。


 今まで疑問に思っていたこと、そのほとんどが解明できた気がする。たぶん。


 誰がなぜ俺を捨てたのか、という最大の疑問は残っているけどね!


 ちなみに、この世界ナッハグルヘンがなぜラノベっぽい異世界なのか、というのは俺にとって別に疑問じゃないんだよな。地球みたいな物理法則や文化を持つ世界のほうが宇宙全体ではマイナーなのかも知れないし、ラノベ文化そのものがこの世界を前世に持つ人たちの影響の可能性があるもんな。


 俺が持っていた疑問は、もっとことだ。


 あー、俺の前世でのイメージ、と言っても主にアニメだが、俺のような小人コビトは、もっと身軽で、パワーがあった。この世界でもネズミはネズミなりの身体能力があるというのに、の俺はニンゲンをそのままサイズダウンした程度の身体能力しかない。火事場のパワーを出しても体重と同じ重さのスプーンまでしか持てず、身長の半分までの高さしかジャンプできない。


 しかし、前世の物語では。


 おとぎ話の一寸法師は、鬼と戦うパワーを持っていた。あるゲームに登場する小人たちは、カタパルトで打ち出され、雲の高さから落ちても無傷だった。あるファンタジーアニメに登場する小人の少女は、自分の体重の何倍もある重さのレンガを持ち上げ、自分の身長以上の高さの植木鉢までジャンプできた。あるSFアニメでは主人公たちがSFアイテムで小人になったが、普通サイズの日用品やオモチャを平気で扱うパワーを、やはり無説明で描写していた。


 SFですら。


 そんな話を楽しむ地球人は、小人ならそのぐらいできて当然だと思う。こういう物語の中の、テンプレな常識だと思う。なのに、この世界での普段の俺は、そうじゃない。


 その理由は、この世界には、そんな物語の常識が、というより「小人の物語」そのものが無かったせいじゃないだろうか?


 もちろん俺は、この世界のすべての物語を知らないけどさ。それでも、それらしい「小人の物語」なんか何ひとつ聞いたことはない。この事実(笑)は、俺が早々と「大きくなれる魔法やアイテム」を探すのを諦めた理由でもあるんだよな。おとぎ話レベルの「手がかり」もないのに、そんな都合のいいモノがあると信じるなんてできないもんな。


 でも。


 「小人の物語」ではなくても、その「常識」の替わりになるモノがあれば、俺は地球の物語に出てくる小人っぽい説明不要のベーシック・インカムなパワーが使えるんだ。


 それが、魔意味ミームってことなんだろう。たぶん。


 俺が覚醒するキッカケとなった、落下事件。あれはつたないけどショウの最中だった。「この程度の高さから落ちたぐらいじゃ、そこらへんの変な虫やネズミのようにピンピンしてるだろう、つぶれたトマトみたいにはならないだろう、たぶん」と、観客は、思ったはずだ。


 だからこそ、そのとき必死だった俺は、そんな観客の魔意味ミームに偶然つながり、あの程度のダメージで済んだんじゃないだろうか?


 色々と考えてみると、もし俺が魔意味ミームな存在でなかったとしたら、生まれてくることすら無理だったかも知れない。それほどのを俺は、いや、小人という存在は、最初から抱えているからだ。


 俺はゴブリン娘のリーズの声が、超アルトの低音ではなく、幼女なりの高音の可愛い声に聞こえる。小さい俺からすれば大きい彼女の声は低音、つまり低い周波数のはずの音は、俺の小さな鼓膜で聞き取れる高い周波数に、なぜか急に変換される。


 俺の小さな網膜は、リーズのふわふわの髪を波長の大きな赤色光ではなく、なぜか緑色に見ている。俺の小さな指の神経は、ザルの粗目をざらざらに感じるのに、リーズの温かい手のひらをすべすべに感じる。俺の小さな声帯は……


 くはーっ、くはーっ……


 そ、そう、この件を突き詰めて考える、と、小人の俺自身を、オタク知識でハンパなSF考証をしようとすると、こんなふう、に息が苦しくなる。


「どうした、クライン?」


「い、いやあ、あ、あくびですよ」


 俺は、ありえない何か、あってはいけない、存在なんだ、と思ってしまう、からだ。だから、俺は、覚醒してから、その件について考えることを、ワザと止めて、た。


 でも、たぶん。


 はあ……はあっ。


 もう大丈夫なんだ。おちつけ、俺。


 もう俺は、俺を説明できる。俺は魔意味ミームな存在だ。地球の、物語の常識の中にしかいない小人じゃなくても、魔意味ミームパワーでこうして生きていられる。普通のヒトと同じ感覚を持てるんだ。


 そして、俺はひとりじゃない。


 俺が今まで「たんなる小さいニンゲン族」として生きてこられたのは、家族である一座のみんなが、俺をそういうもの、つまり「たんなる小さいニンゲン族」だと思ってくれたからじゃないだろうか?


 生まれたばかりの俺をゴミ捨て場から見つけてくれた、ゴブリン族のゴラズさんとブリナさんは、俺を見て「小さいニンゲン族の赤ん坊だ」と思ったそうだ。フェアリーだと思わなかったのは男だからだろう。さらにその第一印象を一座のみんなに話してくれたからこそ、魔意味ミームな存在である俺は、小さなニンゲンとして今まで生きてこられた、と思う。


 もし俺を見つけたのが彼らではなく……そう、皮肉屋のヤビさんあたりだったとしたら、俺は変な虫やネズミだと思われただろう。そして俺は、外見も含めて変な虫やネズミになっただろう。変な虫やネズミと同じパワーを使えても、精神も知能も変な虫やネズミと同じになっただろう。そして2年くらいの寿命で死んだだろう。


 朝焼けの中、テントの群れが近づいてきた。



 さあ、また新しい一日が始まる。

 俺の家族が住む、かりそめの家で。



 そして、今日の仕事が終わったら、俺は言うんだ……

 ありがとう。……とおかあ

 今までも、そしてこれからも。


 リーズが生まれてから、そして一座以外のヒトがゴブリン族をさげすんでいることを知ってから、なんとなくそう呼べなくなっていたけどさ……





 と、思ってたけど。


 やっぱりちょっと徹夜ノリだったんだね~ はじぃよぉ。

 時間があったのでひと眠りしたら、さっきまでポエジーだった自分が、うー、たまらんぜ。親孝行ムーブはまた今度にします!


 さあ、次の目標は、あいつらだっ!

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