リアルはツラいよ

「ねえご主人さま、あたいがムカつくようなこと考えてないよね?」


 赤毛娘フレーメの爆乳に挟まれた、身長18センチの俺。


 確かに今、『感触はイマイチかな』と勝手なことを思っていた。

 ちいっ、カンのいいやつめ。


「そんなヒマはない。早く外に出ろ」


 今は忙しい。まあ、忙しくないときなんてないけどさ。田舎町ニュタルへと行く途中、盗賊をFBファイヤー・ボールライフルで撃破した俺たちであったが……


 当然、後始末をしなきゃいけないのだ。

 はあ……リアルはツラいよ。


「はいはい」


 雑な返事をしながら、フレーメは俺をその豊かな胸元に携帯したまま、飛び降りるように馬車を出た。バインバイン揺れる~


 うっ、臭い……


 真冬の寒風にのって、数十メートル離れた爆発現場の匂い……色々なモノが焼け焦げた匂いが漂ってきた。さすがのフレーメもちょっと顔をしかめながら、馬車の屋根に備えた雪かき板と、槍を降ろした。


 俺が竹モドキバンボスと包丁で作った槍だ。

 

 雪かき板は、この季節じゃ必須の旅グッズ。この世界ナッハグルヘンはまだスコップを知らない。誰かにアイデア売りたいよな~


 俺は馬車の外から、留守番のマヌーに声をかけた。


「ブをたのんだぞ」


「クラインも気を付けるにゃ」


 ライフル発射の副作用?で、なぜか倒れた白ゴブ娘。まあ、マヌーもケットシー族。デカいだけの猫じゃないから、まかせても大丈夫だろう。




「うひゃー、ねえご主人さま……」


 グチャグチャで真っ黒けの現場についたフレーメは、あたりを見回して、言った。


「これって絶対、ファイヤー・ボールなんかじゃないよ。威力が違いすぎるもん。ご主人さま、いったい何作ったんですか?」


「そうなのか?」


 俺が前に実戦で目撃したときは、伝書鷹を撃ち落とす程度の威力だったから、まさしく話に聞いたファイヤー・ボールって感じだったし、試作品の実験でもそんなもんだった。でも、もと探索者パーティの姫……戦女神バルキリという役目だったフレーメが言うのなら、この威力は確かにヘンなんだろうな。


 ……注入されたパワーの違いかなぁ。


「こんなのダンジョンで使ったら生き埋めになるよ。これがファイヤー・ボールだなんて、ハッカイ族が変装してケットシー族だと言い張るようなもんでしょ」


 俺は今までに会ったハッカイ族……サムさんやヤクトが猫耳をつけたところを想像してみた。うん、無理。


 贅沢な悩みだけど、FBライフルの運用はこのままじゃ強力すぎて難しそうだな~ 元がハイエルフの技術だからか。出力調整がもっと簡単ならいいのに。


 あっ、そうだ。言っとかなきゃ。


「なあフレーメ、もしまだ生きてるヤツ……いないみたいだけど……もし、いたら、俺がトドメをさすからな」


「ええ……ご主人さまにできるんですか?」


 その見下ろすジト目は止めろ。


 確かに、素の妖精形態フェアリー・モード荒事あらごとには向いてないけどさ、万能工具のガ〇プラ形態モードになればだって刃物とかに……って、今はブの魔力バックアップがないから危険か。


 でも……


「できるぞ。さっきヤッたみたいに、ネズミになれば……」


 相当ツラいけど!


「ひいっ」


 ネズミ、と口に出したとたんフレーメは引きつった顔になった。こいつネズミに弱いんだよな。


「うう……」


 そのとき、うめき声が聞こえた!


 声が聞こえたあたりにフレーメが槍を突っ込むと、俺自慢のハンドメイド武器はぽっきり折れてしまった。梃子てこみたいに使ったら一発だった。誰だよ、こんな欠陥品作ったのは……って、俺か。


 はじぃよぉ。


 それでも何とかそのあたりのモノを片付けてみると、ひとりの巨漢マッチョが横たわっていた。手足は変な方向に曲がっていたが、まだ生きてる。


 タフだな~


 不思議なことにその右手は、首だけになった男の髪をつかんでいた。どういう状況だよ。あれっ、首だけで、しかも真っ黒けなのに、どうして俺はこの首が男だって判ったのかな。見たことのあるヤツだったりして。でも別にどうでもいい。


「た、助け」


 げえっ、このマッチョ、命乞いしようとしてるぞ! それにこの声、盗賊団のリーダーだったヤツだ!


 あいにくと俺はな、自分の優しさに酔えるタイプ、じゃないから何を言おうがお前みたいなヤツ、始末することに変更はないぞ。だけどさ、それでも、命乞いをする相手を見捨てて、よけいな精神的ダメージを負っちゃうのはイヤなんだよ!


 自分を小さすぎるって思うんだよ!


 こないだ俺が土下座まで(異世界のせいかイマイチ伝わってなかったみたいだったけど)してハノーバのヒトたちを救おうと思ったのだって、そういう気持ちが原動力だったんだから……


 あ、そのとき文字通り冒険者どもを助けようとしたフレーメも、イヤそうに眉をしかめてる。お前も同じ気持ちだよな~


 だから……


 頼むから、情けなく命乞いなんかすんなよ、マッチョ野郎! ホントに頼むから! できれば憎まれ口を叩いてくれ! ずうずうしく人権を主張してくれ! ……ってナッハグルヘンにはまだジンケンの考えは生まれてないか。


 いいか、もし情けなく命乞いなんかしたら、『今までそうやって命乞いしてきたヒトたちをお前は何人殺してきた?』とか何とかカッコよく言っちゃうぞ。お前の過去なんて知らんけど。あ、もしかしてただの嫌がらせか!?


「助けろ、殺すぞ、俺には、三人の妻が……」


「「ふぅ……」」


 俺とフレーメは盛大にタメ息をついた。錯乱してるにしても、とにかく馬鹿で助かった。これで気にかけないで済むよ~


「じゃ、ヤるか」


「ちょっ、ちょっと待って、ご主人さま! やっぱさ、こういうのって特職の役目だと思います! そ、そうですよね!?」


 俺の返事を待たず、ネズミ嫌いの小柄な美少女は魔法の呪文を叫んだ。


身体強化ゾンダー・クアパー!」


 そして、ブーツを履いた足を振り上げると、馬鹿マッチョの頭に落とした。


 グシャ!


 汚い反社汁はんしゃじるが飛び散った。ちょっとオェッとなった。フレーメは結構平気そうだ。こいつ、くぐってきたシュラバが違うもんな。冒険者にレイプされそうになったこともあるし。


「ぶるるる……」


 いままで倒れてたゾクの愛馬たち(本当に愛していたら悪いことに使わないはずだよね)が、起き上がったのが見えた。死んでたんじゃないのか。良かった良かった。こいつらに罪はないもんな。


 それから。


 フレーメのぼっち大活躍で、死体やら馬車の残骸やらを片付けてもらった。赤毛娘は時々『特職使いが荒いよ』とか文句言ってたけど、聞こえないふりをした。だって身長18センチの身体不満足の俺には、ホントにできないもん。


 俺、巨乳に挟まって見てるだけ~


 街道から目立たない立地に小さな崖があったので、そこに全部落とさせた。たいていの馬車に標準装備されてる魔物除けは壊れてなかったから、街道に魔物を引き寄せることはないだろう。


 最後に、大きめに残っていた馬車の屋根板に、お約束の言葉を大きく書いて投げ捨てた。


沈黙せよシュワイテ


 あ~あ、我ながら酷いなあ。パーツがバラバラで正確な人数は不明だけど、十数人を皆殺し、しかもを不法?投棄して、あげくに冒険者に罪をなすりつけ、か。トラブルを避けるには仕方ないとは言え……


 笑っちゃうほどピカレスク!


 はあ…… 相手が実際にこっちを殺そうとしてきた極悪人のせいか罪悪感はまったくないのに、ズーンと心が重い。これが『自分の手を汚す』ってことか。自分の選んだことだけど。しかも、この程度のことはまた起きると思う。


 何度でも、起きると思う。


 だってさ、最後の敵はナッハグルヘンの実質上の支配者、ハイエルフどもなんだから。そして、弱すぎる俺はそのバッドな未来を無視できなかったからこそ、あえて対決するという経験値を獲得するルートを選んだんだから。


 自分自身が、『どうあがいても決して本当の善人いいひとじゃないし、これからずっとそう生きるしかない』って真実を背負うのは、かなりツラいよ。でもその覚悟がないとその弱い心を突かれて、極悪人に食い物にされるんだ。


 キビシイ世の中だよ!


 だからと言って義妹リーズや仲間を見捨てたくない。フツーのヒトならその命だけは見捨てたくない。できるだけ。反逆とか慈愛とかいう言葉で自分に酔いたくもないし、冒険者みたいに卑怯すぎる反社にもなりたくない。


 そんなの、はじいし……

 小さすぎるだろ!


「馬はどうすればいいと思う?」


「ここで放すのがいちばんラクですね~ 真冬だからたぶんすぐ死ぬけど」


「えっ、自分で町に戻ったりしないのか」


「ご主人さまぁ、いつも同じ道を走ってる相乗り馬車の馬ならともかく、そんな利口な馬ってそうそう居ませんよ。ここは町の中間だし。それに……」


 心なしかこちらを不安そうに見ている馬たちを指差し、フレーメは言った。


「さっき馬のお尻を見たら、どう見ても冒険者ギルドの紋にしか見えない悪趣味な焼き印があったんですけど」


「ってことは……」


 確証はないけど、たぶんニュタルの冒険者ギルドが、今回の盗賊の元締めかな。何の不思議もないぜ。だとしたら、馬をニュタルに連れていったら高確率で事件がバレるし、報復もされるだろう。ヘルザまで戻っても、馬は隠せないから結局は情報が伝わるだろうな。


 つまり。


1)馬を見放したら、罪のない馬は死ぬ。

 俺たちが殺すんだ。


2)馬を連れて町に行けば、冒険者ギルドと争うことになる。

 俺たちが殺されるかも知れない。


 あ、そうだ。3)案もあるな。


「じゃ、焼き印を書き換えて、馬をもらっちゃおう」


 ドクロの指輪を使えば可能だろう。だいぶ経験を積んだから、馬の肌の色だって描けるぞ、たぶん。


「さっすがあ、ご主人さま。盗まれるほうが間抜け、って冒険者どもはいつも言ってるから、いいんじゃないですか、それ。……だけど、それでも疑われて絡まれたらどうすんですか?」


「えーと、そのときは、ニュタルの冒険者ギルドはネズミ大王ラッテンクーニッヒの怒りに触れて、あとかたもなく消え去るであろう……!」


「ネ、ネズ……ぶるっ、うん、ご主人さま、それいいね。ニュタルのヒトたちも大喜びするよ! いっそのこと、脅されなくてもヤッちゃわない?」


「それはダメ」


 世なおし旅じゃないぞ。役に立ちそうなことはともかく、目的があるから線引きは必要だ。専守防衛だぜ!


 あ、そうだ。


 その目的の詳しい内容……ハイエルフどもから義妹リーズを救うこと……は、特職少女たちに話してなかったな。



 生木なまきで作ったホウキで掃除してフイニッシュにしたら、もう昼を過ぎていた。フレーメのお腹がグーと鳴った。こんな状況で腹が減るのが凄い。ん、そういえば俺も腹が減って来た。馬車に戻ったらみんなで干し芋でも食うか。


 芋の種類は知らんが、モッチリして不味くはない!


 あー、暗くなるまでにニュタルに着くかなあ。馬車にはヘッドライトがないから、夜になっちゃったら真冬のキツい野宿確定だぜ……


 ゲットした馬を連れながら、俺たちの馬車のところにまで戻ってみると……あれっ、さらに馬が増えてる!? そうか、先に襲ってきた盗賊の馬だな。同じ匂いにでも引き寄せられたか。


 これで、ひうふうみい……俺たちの馬車のぶんを加えたら、全9頭だ!


「フレーメ、こいつら全員、馬車に繋げられるか? 9頭立てですっ飛ばして、明るいうちにニュタルに着きたい」


「まかしといて」


 いやー、このコ働くなあ、戦女神バルキリの中じゃいちばん安かったのに。そりゃカンペキじゃないけど、充分すぎる。


 おっ。


 寄ってきた馬の馬具には、無傷のクロスボウが下がっていた。全部で3丁、そのうち2丁はつるが引かれた状態で固定されてた。でもボルト装填そうてんされてない。暴発したら危険だもんな。

 あいつら、やけに撃つのが早いと思ったら、こういうふうに半セットした予備と交換してたんだな。おお、ボルトも50発ぐらいあったぜ!


 本隊のほうの盗賊の装備はごと全部ボロボロだったから、この携帯武器は嬉しい収穫だ。このクロスボウがデカ猫にも撃てればヨシ!なんだけど。この重さと引きハンドルの大きさじゃムリかな……いや、改造できるかも。


「マヌー、いいもん手に入れたぞ!」


 フレーメの胸元から身を乗り出して声をかけながら、俺たちが馬車に入ると、出迎えたのは、なぜだかあきれ顔(猫顔)のマヌーと……


「申し訳ありませんでしたっ!」


 客室の床で土下座するブだった。


 なにやってんの、お前?

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