銀のドラゴンのように

「それで……が、特職ギルドの敷地に、こんなモノが落ちていました」


「あっ、それって!?」


 特職商人アインガンさんが使用人に持ってこさせた、それは……!


 特職ギルド(根は奴隷商だけどさ)のVIPルーム。

 ハイエルフとの戦い(笑)で疲れ切ったが、やっと目覚めたところに、差し出されたそれは……


 テニスボール大の球体に、千切れたゴムホースをくっつけたようなシルエットの、壊れた精密機械の雰囲気を持つ物体……


 あの、ハイエルフの大量破壊兵器、巨大な花にも似た浄火砲クレンジング・キャノンの雄しべ……防衛用迎撃砲の破片だっ!


 もし、これを分析できたら……!


「ほう、そのお顔は……前にも仰っていた貴方様の『敵』とは、やはり……確認させていただきますが、これはクライン様のお持ち物で間違いありませんね?」


「も、もちろんだっ。いや~探していたんだよ~見つけてくれてありがとぉ~ホントにありがとう!」


「お気になさらずに。たいしたことではありませんので、たぶん私はこのことをすぐ忘れてしまうと思います」


「忘れて忘れて! なるべく早くね!」


 ほくほく。


 ……あれ、待てよ。この破片がここまで飛んできたと言うことは……


「死人は出なくても……街の被害は大きかったのか?」


「そうですね。あちこちで火事がありました。そのせいでスタンピードが奇跡的に抑えられた、というのが街の認識です。もっとも、美しきハイエルフ様がらみのことに表だって文句を言う人はいませんが。ああそうだ、冒険者ギルドとその周辺は焼け野原になりましたが、これはむしろ喜ぶヒトが多かったようです」


 そうか。


 ……俺は善人じゃない。


 正義やら博愛やらを、俺は分別ゾーニングしてる。フツーのヒト族の命は尊重したい、俺で助けられる程度のピンチなら助けたい、とは思ってる。


 あるいは、思いたいと思ってる。


 特職ギルドで呼びかけたとき、白い塔から街を見下ろしたとき、俺にはそういう気持ちが確かに少しは、有った……


 悪人はどうでもいいけどな!


 家を焼かれたヒトには申し訳ないと思う。でも、謝罪やら補償なんかはバックレたいのが本音だ。だってワザとじゃないし、そんなことしてたらキリないし、リーズも助けられなくなっちゃうもんな。


 そう、思うんだけど。


「なあ、アインガンさん……もし仮に、仮にだよ。この騒ぎそのものが……わざとじゃなかったとしても……実は俺の過失が原因だった、と言ったら……アインガンさんは、どう思う?」


 そんなこと、わざわざ言わないほうがいいに決まってる。でも、このヒトには、どうしても言わずにいられなかった……


 髭面の特職商人は、ひどく険しい目で、俺を見た。


「ひとつだけ、お聞きしたいのですが」


「……ああ」


「仮の話に、さらに仮の話を重ねますが……もし、仮に。この件が貴方と無関係だったとしたら……スタンピードが本当に起き、美しきハイエルフ様が本当に虐殺を顧みず街を焼こうとしたのなら……クライン様の行動に、何か違いがありましたか?」


「あ、それは……」


 答えに詰まった。

 でも……俺は正直に答えることにした。


「それは、そのときになってみないと、判らないな」


「……そうですか。私は、その仮の仮の場合でも、クライン様が人助けをする、してしまう。嫌々ながらかも知れませんが、せずにはいられない。……そう思うのです」


 アインガンさんは、にっこり微笑んだ。


「それに……子どもっぽいと思われるかも知れませんが、私は『銀のドラゴン』のおとぎ話は、美しきハイエルフ様に変えられる前のほうが、好きなのですよ」


『銀のドラゴン』


 その話は、吟遊詩人の演目のうち、子どもに大人気の英雄譚だ。


 ブルーダの月にあるドラゴンの国から、逃がしてしまった大悪魔を追って、巨大な銀のドラゴンがナッハグルヘンに飛来してくる。銀のドラゴンは衛兵隊と協力して、街を破壊しながらも大悪魔を倒す、というストーリィだ。


 ハイエルフどもが自分を棚にあげて変えた話というのは……


 銀のドラゴンと衛兵隊は、彼らに家を壊されたヒトたちに非難される。あげくに大悪魔の信者に訴えられて、ひどい罰を受ける。そういう結末の追加パートのことだ。

 この部分は人気がないので、たいていの吟遊詩人は時間切れだとか言ってワザとらしく省略する、と、オルゲン一座にゲストで来た吟遊詩人から聞いたおぼえがある。


 その上演の後しばらく俺とリーズは、スパイス光線のブレスのポーズやら飛び立つときの独特の掛け声やらをマネして遊んだっけ。


 アインガンさんは、この巨大な英雄ヒーローはなしを俺の行動になぞらえて、人助けをする心を持っている俺を非難したくない、そう言ってくれてるんだよな……


 俺はヒーローじゃないけど!


「ああ、もちろん、もし私の家が銀のドラゴンに踏みつぶされたら、私の考えは変わったかも知れませんがね!」


 そう言うと髭面の特職商人は、俺に向かってウィンクした。


 ……この世界ナッハグルヘンにも、ウィンクってあるんだな。


「まあ、実際のところは、クライン様はじゅうぶん頑張ってると思いますよ。不思議なちからを持ってるとはいえ、その小さな身体で」


 え……ええっ!?


「アインガンさん……まさか、気付いてる!?」


 俺が誰かに操られた小さなゴーレム、なんかじゃなくて、俺は『俺本人』だってこと!


「当然ですよ。最初でこそお話を真に受けてましたが……いくらなんでも変身するゴーレムなんて、ドール・マスターでも作れるわけがありません。だいたい、もう今は口ぶりも素のままですよね?」


 そういや、そうだった……


「はいはい! あたいも思ってました」


 フレーメが手をあげて言いやがった。


「私はお会いしたときから気付いていましたが、打ち明けてくださらないのは何か深いワケがあるのだと思って黙っていました」


 ブ、いつ目が覚めたんだよ。


「そもそもムリのある設定だったニャ。そんな話を信じてもらえると思うほうがどうかしてるニャ」


 マヌー、ダチならフォローしろよ!


 う……


 ううっ……


 顔が熱い……!


 あああああああ!!


 は、はじぃよぉ!!!



<< normal size << 



 無数の運命が絡み合って織りなす『世界の未来』は、たとえ輝きであったとしても、すべてを正確に知ることは決してできない。魔法ある世界の必定たる、滅亡の運命さだめを除けばの話だが。


 しかし。


 小さき者クラインが新たな仲間と共に旅立つ今、この時点であっても。


 優れた予知スキルを持った者なら、未来に描かれるはずの1枚の絵と、それにまつわる逸話ぐらいなら、かろうじて見通すことができるかも知れない。


 その絵とは、ゴブリン族でありながら、やがて芸術家として名を馳せるリンゴ画伯が描いたものだ。


『民衆を導く戦女神』


 それがその絵の題名、いわゆる『ハノーバ騒乱』を描いた壁一面の大作だ。いくつもの習作と綿密な取材を経て完成した、リンゴ画伯の代表作である。


 絵の中央で目を引くのは、肌もあらわな鎧に身を包む戦女神バルキリたち。誰も傷つけないという意味を示すなまくらの剣を左手に持ち、自由都市ハノーバの旗を右手で振りながら、様々な種族の民衆を率いて勝利の橋を渡る姿である。


 ある地方の神話に登場する戦女神ことバルキリは、死にゆく勇者たちをその豊かな胸に抱き、戦士の天国に導くとされている女神である。この絵に描かれた女性たちは実在したとある職業婦人であり、ハノーバ騒乱のときの活躍から戦女神バルキリと呼ばれるようになった、という説があるが、その職業の記録は残っていない。


 そして何かが爆発しているような暗雲には、が舞いながら、民衆を祝福する金色の粉フェアリー・ダストをばら撒いている姿がある。同じく飛び交うは、妖精の真の姿とされている。


 さらに人々の足元には、ドクロの王冠を頂くネズミ大王ラッテンクーニッヒに率いられたネズミの群れ。通常、ネズミと言えば忌避される動物であるが、ここでは災難を予言し、邪悪を滅する獣の王として描かれている。ネズミ大王ラッテンクーニッヒかたわらには1匹の白ネズミが控えているが、これは王のスキルを現したものという説が有力だ。


 なお。


 絵の右端で、二丁のクロスボウを両手で振り回しているゴブリン族の少年は、作者のリンゴ画伯自身であるとされている。 



>> small size >>



「いろいろ世話になった。ところで、ちょっと尋ねたいんだけど……」


 用意してくれた馬車の前。


 俺は、ブが肩にかけた車掌カバンから身を乗り出して、ギルドの外まで見送りに出てくれたアインガンさんに声をかけた。フレーメはもう御者台にてスタンバイ、マヌーは座席で丸くなって早くも昼寝だ。俺のせいでお疲れだもんな。邪魔しないようにしばらく外を歩いてやるか。俺は持ち運ばれてるだけで、実際に歩くのはブだけどな!


「私に判ることでしたら」


「説明が難しいんだけど……おとぎ話みたいな、ふわっとした情報とか、噂を仕入れるには、どこに行ったらいいと思う?」


 俺の最終目的地、義妹リーズが拉致されてるはずの、ハイエルフの故郷、パラディースアウフ・ヒンメルに、どうやったら行けるのか。それが知りたい。


「それでしたら……王都か、近くですと船乗りが集まる港町センケーゲか……専門知識がご入用なら学園都市ブリュッケ・ヴェーの大図書館が良いかと思います」


「なるほど……それなら」


「おっと、クライン様、私は貴方様の行先を知らない。そういうことにしておきましょう」


 まったく、このヒトときたら……


「それならこれで、さよならだ。フレーメ、馬車を出せ。ブ、俺たちは街を出るまで歩くぞ」


「はいよ!」


「はい、承知しました!」


「サヨナラ……? 良い旅を、クライン様」


 喧騒の戻ったハノーバの通りを、進もうとした、そのとき。


 パァ~プゥ~!


 ブブセラっぽい音が響いた。振り返って見ると、例の笛を吹いているハッカイ族のヤクトの姿が見えた。なんだよう……はなむけのつもりなんだろうけど、前世で見た霊柩車のクラクションみたいで、エンギが悪いぞ!


 さらに。


 建物からぞろぞろと、寒さをものともせずビキニ・アーマーを身に着けた美女と美少女たちが現れて、俺たちに手を振るではないか!


「おっ、戦女神バルキリだ」


「こないだは、ありがとよ、戦女神バルキリ!」


 通行人がそう言ったのが聞こえた。


 へえ~ そういう呼び名もあるのか。『弁当』よりずっといいな。俺もこれからそう呼ぶことにしようっと! ……そう言えば、ブにもちゃんと名前つけてやったほうがいいよな。しかたないとは言え、いつまでも『差別用語』じゃあなあ……


 おおっ!


 戦女神バルキリたちは調子に乗ったのか、みずからアーマーをめくってポロリさせたり、腰や太腿もペロンと……


 じゅるり。

 いやあ、たまりませんな~


 うひひっ。彼女たちはオゴリのお返しぐらいの軽いノリなんだろうけど、ホステスにカネばら撒く成金オッサンの気持ちが、少し判ったぜ!


 うん?


 カバンから落ちそうなほど身を乗り出していた俺は、急に後ろから誰かの腕に抱きしめられた……いや、腕じゃない。ブの指だ。その暖かい手にそっと掴まれてカバンの中から取り出され、冬服を開けた白い胸元にスポン、と落とされる。見上げるとその顔には、困ったような微笑みが浮かんでいた。そして彼女は見送りのバルキリたちに、すばやく背を向ける。


 ……って。


 あっ。


 ああっ!


 あーーーっ!


 ちんちんが、復活した!


 戦女神バルキリのサービスのせいか、ブのモチモチ布団のせいなのか、その相乗効果なのかは不明だが……


 生の米粒ぐらいに縮んでたアレが、猛々しくも綿棒の先ぐらいに戻ってる! もちろん今のコレは戦闘形態なんだけど、これなら通常時も期待できると言うものだ!


 ううっ、嬉しい……


 なんかヘタすると、ハイエルフをやっつけたときより嬉しいかも~


「あのお……」


 御者台から掛けられたフレーメの可愛い声に、俺はビクッと震えた。彼女は馬車のスピートを落として、ブの胸元に収まる俺を見つめている。


「な、なんだ」


「ちょっと決めて欲しいことがあるんです。クライン様の呼び方のことなんですけど……ほら、クライン様って特殊だから」


 悪かったな小さくて。いや、そんなことは言ってないか。


「ふだんは『ご主人様』とか『旦那さま』とか呼ぶにしても、クライン様がフェアリーのときは『お嬢様』ですかね? ネズミのとき……くうっ……は、どうなんでしょう? ちなみに、あたいは前のご主人様たちのこと、『おにいちゃん』って呼ぶように言われてました。どんなふうにでもお好みで呼びますけど、いちおう決めといてもらわないと」


 『おにいちゃん』か……ちょっと心ひかれるけど、ここは。


 俺の脳裏に、かつて、あるヒトから言われた言葉が浮かんだ。


『特職を買う自分を認めろ』


 俺は、ふたりの特職少女の顔をた。


 そう。

 俺にとっては、誰もが巨人だ。


 ……それでも、立ち上がれ!


「家族は、友人は、俺のことを『クライン』と呼ぶ。お前たちは俺を……」


 すうっ、と息を吸い込み、俺は覚悟の言葉を吐く。


「ご主人さま、と呼べ!」







第一巻、起動編、完。


第二巻、発進編に続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る