美しきハイエルフ様はヒト族なんかに負けたりしない!




ぽすっ







 ……ん?


 柔らかくて。

 暖かくて。

 いい匂いがする……


 温かい布団のようなモノに、受け止められてる……


 消えそうだった意識が、だんだんクリアになってくる。

 は、確か……


 確か、死にものぐるいでハイエルフどもとの戦い(笑)を終え、真の妖精形態リアル・フェアリー・モードで命からがら白い塔を脱出した……


 そして小さい身体の少ない体力を使い切って、ついに変身も解けて……


 俺にとっては10階建てマンション屋上の高さから、まっさかさまに落ちたはず……


 前世のTVドラマで見たような救助マットレスでもない限り、真っ赤なトマトのように潰れてたはず……


 運よく助かったのか、それともここは天国か……



 あ、そうじゃない!

 ここは、あのブの、おっぱ……


「お怪我はありませんか?」


 頭の上から、声がした。ブの声だ。

 見上げて目に入ったのは、あの痛いような微笑みと、白い顔の半分を彩るハッカイ族の刺青……


「なんでひとりで行ったニャ!」


 怒った猫顔が、僕が挟まっている谷間を覗き込んだ。

 ダチのデカ猫、マヌーだ。


「でも……時間なかったし、ハイエルフ・ジャマーは俺ひとりぶんしか効果ないし……」


「そういうことじゃニャい!」


「あのう……」


 赤毛の美少女、フレーメが、おずおずと言った。


「言い合ってる場合じゃ……」


 ドォン!


 すぐ近くに、燃えさかるガレキのようなものが落ちた!

 爆発した塔の破片だ。

 そこかしこに、次々と落ちている!


 げっ、塔がタテにいくつも割れて……

 全体が崩れ始めた!


 ええっ!?

 まだシュラバが続いてるのぉ!?


 こういうときってさぁ、『俺が目覚めたのは3日後だった』とかなっててさあ、メンドくさいことはみんな俺が眠ってるあいだに終わってるもんなんじゃないの!?


「……逃げろーっ!」


 俺たち凸凹デコボコ4人組はダッシュした!

 もちろん俺はブに抱えられたままだ。その右手が胸の谷間に挟まった俺を、服ごとしっかり押さえつけてる。むにゅう。中身を押し出されるように俺は叫ぶ!


「フレーメ、身体強化魔法を使え!」


「は、はいぃ! 身体強化ゾンダー・クアパー!」


 俺の命令を正確に理解した小柄な赤毛娘は、走りながら呪文を唱え、四つ足で走るマヌーの首根っこをひっつかんで肩にかける!


「よいしょーっ!」


「ニャニャーっ!」


 こらーっ、美少女が『よいしょ』って言うなっ!

 俺の脳内で変換された言葉だけど!


 さらに彼女は、ひょいと拾い上げるように、ほぼ同じ背丈のブをお姫様抱っこした。またしても似合わない掛け声をあげて!


「どっこいしょーっ!」


「きゃっ!」


 そして、雨と降る破片、舞い上がる煙に追い立てられて、俺たちは(フレーメ以外はなんもしてないけど)貴族街を弾丸のように駆けていく!


「危ない!」


 破片のひとつが建物の壁にバウンドして、俺たちに向かって飛んできた! 全速力のフレーメは避けきれない……!?


「やぁあっ!」


 抱っこされながらも、ブが左手を突き出した……


 バシュ!


 まともにぶつかったブの腕はズタズタに裂けたが、破片そのものは弾かれた。その可愛い顔は苦痛に歪んだが、その左手はみるみる元の健康な状態に回復する……俺の視線に気づいたブは、気丈に微笑んだ。


「私は、貴方の盾になります……!」


 あ。


 揺られすぎたせいか、また気が遠くなるような感じがする……ひどい疲れが残ってる……


 それでも、俺は。


 心の底から湧いてくる疑問を、口にせずにいられなかった……


「……なんで?」


「なんで、とは、どういう意味でしょうか?」


「なんで……そこまで言い切れる……? そこまでやれる?」


 ああ、また、頭がぼんやりしてきた……


「俺は、お前をカネで買ったんだぞ……道具だと思ってる……思おうとしてる……刺青だって入れた……いやらしい目で見てる……だいいち俺……お前に好かれる権利を持ってないんだぞ……」


 この言葉は、こんな時だからこそ出た、本音かも……


「……たいていのヒトは、誰かの道具です。その誰かから傷つけられるのも、おカネで買われるのも、ふつうのことです。女として見られるのは、むしろ嬉しいです」


 ブの白い顔が、桜色に染まった……


「……貴方は、輝きが信じる人ですから」


 そういえば……そんなこと言ってたな……


「そしてそう思ったワケ 貴方が他のヒトと違うからで 」


「ああ……小さいもんな……」


「そうじゃなく  他のヒト  には  が混じってい  でも  」


 そこで俺の意識は、途絶え










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「そうじゃなくて……他のヒトが私を見る目には、必ずが混じっているんです。でも、貴方は……」


 他のヒト族からさげすまされるゴブリン族の、その同族のゴブリンからもさらに蔑まされる少女は、痛いような微笑みを浮かべ、涙を風に飛び散らせて、ため息をつくように、言った。


「まなざしに、毒が混じっていないから」


 

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 そして。


 俺が目覚めたのは3日後だった(笑)。


「イチワリ様、すべて準備は整っています。もういつでも出発できますよ。それとも、もう少しお休みしていかれますか?」


「ムリは禁物にゃ」


 どうやら、メンドくさいことはすべて(笑)、目の前のアインガンさんとマヌーがやってくれたらしい。


 すまぬ……すまぬ……


 ここは例のVIPルームの中、机の上。


 隣には俺が今まで寝てた果物用の木箱が置いてある。拾った子猫かよ。ずっと俺に張り付いていたというブは、床に斜め座りをして、その頭を椅子に座ったフレーメの太ももに乗せている。目覚めた俺がすぐ、山のようにメシを食らう(良い子はマネしちゃダメ)のを見て、気が抜けたらしい。


 閉じられた目に、涙のあとがあった。


「その、イチワリって名前なんだけどさ……忘れてくれないか」


「では、これから何とお呼びいたしましょう?」


 特職商人アインガンさんの声には、驚きは含まれていなかった。やっぱり偽名だって気付いてたか~


「クライン。クラインが本名だ。……イチワリは、そう、例の騒ぎで死んだ。誰かに俺のことを尋ねられたら、そう聞いたと答えてくれ」


「承知いたしました。クライン様。記録にもそう残しておきます……では、イチワリ様が、この件の唯一の死者、ということになりますね。私の知る限りですが」


 えっ? じゃ、ハイエルフどもは……

 ああ、そうか。


「……そういうことに、なったんだな?」


「さすがイチワ……いや、クライン様。ご理解が早い。美しきハイエルフ様の発表では、塔を建て替えるために解体したとのことです。美しきハイエルフ様は決して間違わないし、傷つけられることもありえない、と、いうことになっていますから。もちろん街の噂では、違う話が飛び交っていますが」


 それなら……

 少しは安心できるかも知れないな。


 つい、このあいだ。俺はあえてハイエルフのクラーニヒを寝てる間に殺さなかった。その理由は、きつい報復をされる恐れがあったからだ。でも今回みたいに、ここまでメチャクチャなことをするつもりはなかったけど、やり過ぎてしまえば逆にアイツらは無かったことにするワケだ。三日もたってるのにヤツらの逆襲が無いってことは、そういうことだろう……


 まあ、俺ことナンバー18が死んだと思われたからかも知れないけどな……


「それで、なぜか他所から来た美しきハイエルフ様が、今もまだ、飛び散った瓦礫を回収しているはずですよ」


 そりゃ、ご苦労なことだな~



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「ううっ……」


 瓦礫の下から、うめき声が聞こえた。


 クラーニヒの指示で、紅の騎士クリムゾンたちが塔の巨大な破片を持ち上げると、そこに挟まっていたのは塔の管理人、変わり果てた姿のヴァイスラーベだった。


 驚くべきことに……

 今まで生きていたのだ!


 美しきハイエルフ様の美しき肉体は、その美しさにふさわしい強靭さを兼ね備えている。それでも、身体の半分が潰れながらも三日も生存していたとは……!


 指示を無視したあげくこの惨状を引き起こした相手が生きていたことに、美しきクラーニヒは舌打ちしたい気分だったが、かろうじてこらえて言った。


「お怪我はありませんか」


 ヴァイスラーベは明らかに重症だったが、クラーニヒは一応そう尋ねた。美しきハイエルフ様同士のマナーとして、相手に意識があれば勝手に治療はできない。良かれと思って助ければ、後で問題になる恐れもあるのが美しきハイエルフ様の美しき社会だった。


特滅官とくめつかんですか? わたくしは、やりましたよ……! これを……見てください」


 突き出されたヴァイスラーベのこぶしは、何かを握っていた。しかし、そこに握られた中身を特滅官クラーニヒに渡す前に、その腕はちからを失って地面に落ちた。広がった手のひらから転げたを、クラーニヒは細く長い指でつまみ上げ、そして思った。


 このゴミのようにしか見えないモノが、なんだと言うのでしょうか?


「……それは、塔に忍び込んだナンバー18が使っていた、ハイエルフ・ジャマー。ヤツが我らの認識をすり抜けるために使っていた魔道具です。それを調べれば、必ずや『数字で呼び合う者たち』を根絶やしにできるでしょう……!」


「そのナンバー18は、どうなりましたか?」


「わたくしが、確かに殺しました」


 クラーニヒの美しく伸びた耳と、ヴァイスラーベの千切れかけた耳に着けられた『真実の瞳』……真偽判定の魔道具は、白く静かに輝いていた。もしヴァイスラーベが嘘を言ったなら、その装身具は赤く輝き、ぷるぷると震えただろう。


 したがって、このゴミが『ハイエルフ・ジャマー』そのものであり、ナンバー18が死んだということは、真実に間違いないのだ。


 闇の中で育まれた、真実に。


「ヴァイスラーベ様。お気の毒ですが、貴方はとても重症です。回復液に一年漬かっても健康には戻れないでしょう。……慈悲深き浄化をお望みになりますか?」


 ヴァイスラーベは息を飲み、クラーニヒが真実を語っていることを理解すると、ぎこちなく微笑み、思った。


 この栄光を感じながら命を終えるのも、悪くはありませんね。

 わたくしの生涯の、なんと美しかったことか!


 ヴァイスラーベの目は、もうほとんど見えていなかった。


 美しく慈悲深きクラーニヒは紅の騎士クリムゾンに命じて手投げ浄火弾を持ってこさせると、みずからその魔道具を起動し、ヴァイスラーベのそばに……その手の届かないあたりに……置いた。


 浄火弾から、規則正しい警告の音が響いた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……


「ヴァイスラーベ様、はなむけの言葉を貴方に差し上げます」


 ピッピッピッピッピッ……


 クラーニヒは、美しくも意地悪い微笑みを浮かべて、言った。


「貴方様の偉業は、ヒンメルにて永遠に称えられるでしょう。ごきげんよう、ヴァイスラーベ様」


 ヴァイスラーベの耳に、ぷるぷると震える感触が伝わってきた。

 この言葉は、嘘だ。

 と、言うことは……!


 ピピピピピピピピピピ!

 

 ヴァイスラーベは絶叫した!


「地獄に堕ちろ、クラーニヒ!!!」


 どぉぉん!


 浄火弾が爆発した。


 その爆風と飛び散った汚い汁は、かたわらの騎士が素早く広げたマントにすべて防がれた。


 美しきクラーニヒは今後のことを思い、優雅にため息をついた。


 これで、また判らなくなりました。


 操作卓ゴーレムの残骸からは、恐ろしいことに、わたくしの権限で操作された記録が残っていました。だから確かにドール・マスター級のゴーレム使いが侵入したことには間違いありません。しかしそれなら、埋もれていた白銀の腕輪の、そのそばにあった死体……おそらく窒息死したもの……は、ナンバー18ではないことになります。そして、塔の人員の死体を除けば、それ以外の生命体やゴーレムの痕跡は見つかっていない……


 我らが宿敵、ナンバー18は……


 本当に死んだのでしょうか?



 

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「それで……が、特職ギルドの敷地に、こんなモノが落ちていました」


「あっ、それって!?」


 アインガンさんが使用人に持ってこさせた、それは……!



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