鳥カゴが壊れるとき

そして、魔は開かれた

 巨大ネズミ?との戦いは、終わった。


 真っ赤に染まったドレス姿のまま四つん這いになり、げろげろ吐きながら、は思った。何が起きたのか、まだ判らないが……とにかく生きてる。


 生き残ってる……!


 ビシャビシャと血だまりの中を這って、大きく開いたネズミの穴から出る。何度も滑りながら、倒れている本棚を避けてテーブルのあたりまでよろよろと進み、その足に背をあずけて座り込んだ。


 疲れた。


 ドタドタと誰か、何人かが駆けつける音が響いて、ようやく見知った顔のヒトたちがやってきた。遅いよ。

 コテコテさんは、血まみれのあたしを見るなり失神し、後ろに倒れ込んだ。エレナさんが彼を支える。熟女シスターズがそろって悲鳴をあげる。うるさいよ。


 ドコーン! ガラガラガラ!


 ネズミ穴があった壁が大音響とともに、内側から破裂したように崩れ落ちた。そして中から、の、折り畳みテント、下着、厚手のコート、魔灯ランタン、旅マント、水筒、火おこし、保存食の包み、防寒帽、蓋付き便所壺、魔道具の小箱小袋が、あふれるように飛び出てきた。


 便所壺はごろごろとあたしの近くまで転がって来て、ぱっくりと割れた。テーブルの下にいたあたしを含めて誰も怪我はしなかったが、みんな、ぽかんとその不思議な光景を見つめた……


 なんだかよく判らないけど……


 ああ……


 この便所壺の中身が、からでよかった。



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 魔物はしぶとい。


 なぜなら、心臓の中心に、魔石と呼ばれる魔力に満ちた動力源を持っているからだ。その命の最後の瞬間、クラインを襲ったネズミ系モンスターは。


 「邪悪」が入っている小箱を、見た。


 目の前に転がっているこの魔包具の中身こそが、通りすがりの自分を魅了し、教会から呼びかけたモノ。隠された財宝が盗賊を引き寄せるように、見えない箱の中から自分を引き寄せたモノである、と、魔物は悟った。魔石はヒトに邪悪と定められたものを好むからだ。


 小箱に触れようと、ちぎれた前足がぴくぴく震えたが、やがて身体のすべてが力尽き、どこにでもいる、ありふれた、名もなく小さく、ひよわな魔物は死んだ。ネズミの糞ほどの大きさの魔石は粉々に砕け、そのキラキラ輝く欠片は、磁石に引き寄せられた鉄粉のように小箱にくっついた。


 その小箱の中身こそ、「数字で呼び合う者たち」のひとりが、敵から盗み、そして、追い詰められて殺される直前に隠したモノだった。


 もし、今。


 ニセ占い師のドロシィに、彼女の乙女時代のちからが、今すべて戻ったとしたら。そして今のクラインの未来を占ったとしたら。


 ドロシィの演出用の占い紙には、こんな文字があぶり出されただろう。


『その小箱が開くとき、お前はお前の真なる敵の一端に出会うだろうね。そして、お前を守っていた鳥カゴは砕け散るだろうさ』


 と。


 小さき者クラインは、まだその運命さだめを知らない。



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 やらなければいけない仕事が、山のようにあった。


 俺自身のことだけでも、まず身体を洗って着替え。エレナさんが手伝おうと申し出てくれたが、そんなの恥ずかしくてムリなので断った。このヒトはきっと俺のこと、リーズと大して変わりないモノだと思ってるからそう言えるんだよな。それでウッカリ洗ってもらったりなんかして、それでもって俺の腕ぐらいの太さのシスターの指に反応しちゃったりなんかしたら、恥ずかしくて死ぬる。せっかく生き延びたのに。興味がないと言えばウソになるけどな! でも個人的には股間の指差し確認はした。


 ある。大丈夫だった!


 教会の皆様もご苦労様だ。散らかった各部屋の片づけは、シスターズが騒ぎながら何とかした。気がつかないだろうけど、うう、俺の汚物が混じっててごめんなさい。


 あちこちの壁を直すのは、大工さんの信者に頼むそうだ。魔物の死体はどうなったか知らないが、たぶんどこかに埋めたのだろう。ネズミどもの死体の回収は近日中に、俺の役目だ。はあ……


 バスケット・ケースは、やはりと言うか、意外と言うか、魔包グッズだったことが判った。ケースの蓋についていた魔付ボタンのうちのひとつは、まぎれもなく魔包を作り出すモノである、と回復したコテコテさんがイラッとするドヤ顔で、そう断言した。


「あとの二つの魔付ボタンについては、ちょっと判らないな~」


 それに、その中身が巨大化、というか、たぶん元の大きさに戻った現象。あれは、やっぱりあのケースが魔包カバンのたぐいだから起きた、と考えるのが自然だ。


 しかし。


 不思議なのは、それなら生きている俺がどうやって中に入れたのか、という点だ。でも、そのことをコテコテさんや座長には確かめたくなかった。


 もし、俺が知らないだけで、魔包グッズを持っている人にとってはあれが常識、当然の現象だったなら、すごい恥ずかしいと思ったからだ。


 自分を論破、なんて思っちゃったし!


 なので、あの戦いの次の日、魔道具の知識に詳しい、占い師のドロシィさんに尋ねてみたんだ。読み書きを教わった彼女なら、初歩的なことを聞いてもそれほど恥ずかしくないもんな。


「はっ、クライン。見てごらん」


 ドロシィさんはそう言って、自分のオシャレなデザインの魔包ポーチを開いて、俺に見せてくれた。



 その中には……!


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