人殺しのぷれぜん

「俺たちは、狙われている!」


 身長18センチの俺は、普通サイズの仲間たちを見上げながら言った。彼らの顔にさっと緊張が走る!


 アインガンさんたちと別れて二日後。

 ハノーバから二つ目の宿場町ヘルザ、その宿屋の一室。

 俺は、ベッドに座る白肌のゴブリン娘ことブの、細い太ももに座りながら。


 たぶん俺だけが気付いているであろう衝撃の事実をぶちまけた。


 早くもベッドの上で丸まろうとしていたケットシー族のダチ、マヌーが猫目を見開いて言った。


「いま気づいたのかニャ?」


「えっ」


 ちょっと小首をかしげて、ブが言った。


「あの、言葉に出して確認されてるんですよね?」


「えっえっ」


「ハア……」


 ニンゲン族の赤毛爆乳、フレーメが立ったままで腕組みしながらタメイキつきやがった。


「ご主人さまって、ホントなんていうか……」


「ええーっ、じゃ、みんなもう知ってたの!? ハノーバからあやしいヤツらがつきまとってる、って!」


「あたりまえニャ」


「私は怖いヒトはすぐ判りますので……」


「あいつら、ダンジョンの魔物に比べたらぜんぜん隠れてないもん」


「……みんな、判ってたんなら言ってくれよっ!」


 うう、はじぃよう……



 こほん。


 顔がまだ熱いけど気を取り直して、俺はもう一度言った。


「俺たちは、狙われている!」


「そこからかニャ」


「うるさい。とにかく、目つきの悪い、冒険者にしか見えないヤツらが、俺たちの様子をうかがっているようだ。昨日も今日も見た。おそらく、カネと……フレーメが目当てだな。今まで何もしてこなかったのは、村には衛兵がいるからだろうし、道中じゃ乗り合い馬車の通行があったからだと思う。でも……」


「もうすぐ年越しだもんね。年末年始は乗り合いがお休み。そんで、あたいも狙われてる……きっとお楽しみしてから娼館に売るつもりだろうな~」


「派手にカネ使ったからにゃあ。ならず者に目をつけられても仕方無いニャ。暗いうちに出発して逃げるか、無駄でも衛兵に通報するかニャ?」


「いや、ここは……」


 俺はダチと特職たちの顔を見回して、言った。


「対決してみよう、と思う」




 まず最初に、はっきりさせておこう。

 俺は「人殺し」だ。

 詳細不明の件を除いて、少なくともそう呼ばれたことがある。



 それは4年ぐらいの前の話。


 リーズがよく喋るようになった時分だ。オルゲン一座の公演中に、とある冒険者が客席に逃げ込んできたことがあった。追いついた衛兵たちが彼を捕まえたが、押し倒されたソイツはとんでもないことを叫んだんだ。


『助けてくれ! ヒト殺し! こいつら衛兵はヒト殺しだぁ!』


 騒然となった観衆を見回して、衛兵のひとりが言った。


『このニンゲン族は強盗強姦のあげく、3人殺して逃げていたんだ』


 で、その反社野郎は引きずられながら、客席のあちこちを指さして、また酷い言葉を重ねたんだ。


『見てないで助けろよ! 見てるだけのお前らもヒト殺しだ! ヒト殺しの衛兵に味方するお前らも、みんな、みーんなヒト殺しだあ!』


 ポカッ。


『ぎゃあああああっ、痛い痛い痛い痛いっ!』


 衛兵に軽く殴られた、屈強な冒険者のワザとらしい悲鳴に、観客は大爆笑。その日の俺たちの芸はすっかりカスんでしまった。そう言えば、ヤビさん(そのときはアイツを丁寧に呼んでいた)だけは『衛兵がヒト殺しなのは本当だろ』と、妙ないきどおりをしてたっけ。

 

 そしてそのとき、前の俺もソイツに指さされたひとりだった。

 だから俺は「人殺し」になるわけだ。

 はっはっはっ。笑える。

 まったく、人気者に嫉妬だぜ!


 とは言うものの……


 ハイエルフに拉致された義妹リーズを取り返すためには、これから先、きっとホントに「人殺し」しなきゃいけない局面があると思うんだ。


 また逆に。


 この俺には、前世から魂に刻まれたタテマエが少しある。残念ながら、それは捨てられない。捨てられないからこそ色々ドタバタしてた。そんな自分の良心モドキと折り合いをつけつつ、ヤるべきことはヤる。


 今回出会ったヤツらは、その練習にちょうどいい。


 相手が本当に悪人なのか確かめる。

 相手が悪事を起こしたらすぐヤる。

 そのための準備だけはおこたらない。


 そんな気持ちを、覚悟を、ちゃんと持って旅していきたいんだ。

 これからずっと……


 と、言うような理屈をトートーと述べた。もちろん判り易く言い換えて。あ~、ずっと見上げてると首が痛いぜ。下を向いてコキコキ頭を振ってると、ん、なんか暖かい枕が首に優しく当てられて、マッサージするように動いた。


 いや、枕じゃない。ブの細い指だ。


 俺はうつむいたまま、言った……


「どうだ、ブ。俺は残酷か、自分勝手か? ……俺を軽蔑するか?」


 なんで俺は、ブを試すような言い方を止められないんだろう?


 見上げて反応を見ると、俺を見下ろすその大きな目からみるみる涙があふれ、白い頬に刻まれた刺青を伝わって俺の頭にしたたった……


 ……そうかよ。泣くほど嫌な台詞か。ま、いいけどさ。


「やっぱり早めに逃げたほうがいいニャ。メンドくさいにゃ」


 空気を読まないドラ猫が言った。


「それもプランに含めるつもりだ」


「ぷらん……にゃ?」


「私は……私は……」


 ん? ブが何か言いたげだ。


「私は、残酷で、自分勝手で、軽蔑されても仕方のないゴブリンです」

 

「はあ? なんだいきなり」


「私は……いつも、いつも思っていました。もし私が、指差すだけで相手を消す魔法を持っていたら、きっと差しまくっていただろう、と。そして、そんな自分が、どす黒い心を持つ自分は、やっぱりさげすまれても仕方のないゴブリンだ、とも、思っていました……」


 ブのピンクの唇が、ぷるぷると震えていた。


「そんな私が、どうしてご主人さまを軽蔑など、できましょうか! でも、でも! それでも、ご主人さまは、まず敵に情けをかけるのですね。その悪意を確かめずには、いられないのですね……! 私は、自分が恥ずかしい……」


 えっ、マジでそう言ってんの? それで泣いてんの? おいおい、何を買いかぶってるんだよ! 少しイラッとした俺は……


「……おい。俺はな、自分が『いいひと』だって、善人だって思いたいんだ。だからできるだけ確かめる……フリをしようと思うだけのことなんだ。それで他人が多少危ない目にあっても、俺が自分をそういうだって思えることのほうが大事なんだよ」


 と、皮肉っぽく本音を言った。その程度のギゼン、前世じゃ馬鹿でも悪人でもやってたぞ。自覚してるかどうかはともかく!


「それでも、かまいません。クチで何と言おうとも、ご主人さまは言い訳だけじゃなくて必ずご自分で実行されるのですから。さすが、ご主人さまだと思います……! それに、私ならいくら傷ついても平気ですから」


 ふん……こいつ、ホントに何を言ってるんだろ。俺の今の台詞に「さすごしゅ」なとこあったっけ? まあ、ブの気持ちはブみたいな境遇になってみなきゃ判らないか。俺だって、身長が18センチより高いヤツに自分の本当の気持ちが判ってもらえるなんて思ってないもんな。


「ご主人さま、あたいは危ない目に会うのはヤダよ~ エロエロだって相手によるもん」


 俺の顔を覗き込むようにかがみこんで、フレーメが愚痴った。あ、もちろん『エロエロ』って言葉は俺の脳内翻訳だ。


 それにしても、美少女の深い谷間を観ながらの『エロエロ』なんて聞かされるのは破壊力タップリだぜ!


「おいらも危ないことはお断りだにゃ。でも、おいらの中にもクラインみたいな気持ちは確かに少しあるニャ。だから、お前の判断にまかせたいけど……」


 マヌーは大きな猫あくびをしてから、言った。


「いったいどうやって、相手が悪人かどうか確かめるつもりにゃ? 会話を盗み聞きするぐらいのことは、ネズミなら簡単だと思うニャ。でも、都合よくボロを出す現場に出くわすのは、ヤツらに一日中ずっと張り付いてないとムリだと思うニャ」


「その点については、そうだな……」


 俺は、プランを伝える。

 これが、この新たな仲間パーティにする、はじめての『ぷれぜん』だ。


「お手紙を、書こうと思う」



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