ご主人さまは18センチ!~異世界で大きく生きてやる!~
尻鳥雅晶
第一巻 起動編
ドラゴンの翼のように
知らない天使
https://kakuyomu.jp/users/ibarikobuta/news/16817139554912693966
俺のサイズは18センチ。定規で計ったことがあるから間違いない。この異世界の長さの単位が前世と同じかどうかは、ともかくとして。
俺が「目覚めた」のは酔っぱらい客のおかげだった。そいつは、いきなり俺の髪をつまんで持ち上げた。じたばたと暴れるとその客は笑いながら俺を放り投げた。
そして、木の板の床に頭から落ちた。身長18センチのニンゲンにとってそれは五階建て雑居ビルの屋上から落ちるのと変わりがなかった……
生きてる。
目覚めてまず最初にそう思った。頭がぼんやりするが手も足も動いた。麻のように固いシーツをめくって確かめてみる。かすかに
その部屋はサーカスかと思うほど巨大なテントだった。広さは体育館ほどか。隅には車でも入っていそうな巨大な袋がいくつか並ぶ。部屋の真ん中には大木ほど太い柱が立っていて波打つ布の天井と壁を支えている。
ふいに、その垂れ下がる布がめくれて、天使さまが入ってきた。
その人が天使だとすぐ判ったのは、ありえないほど美しく……いや、ありえないほど可愛く、ありえないほど巨大だったからだ。そんな不思議な、いや、神々しい存在を見たのなら誰だって天使としか思えないだろう。その背の高さは電柱ぐらい。サイズの件を除けば6才ぐらいの幼女で、ふわふわの緑色の髪、緑の瞳、白い肌にピンクのほっぺ、素朴なワンピースを着て、その耳は笹の葉のように長かった。
……ファンタジーに出てくるような、いわゆるエルフ、の天使、なのか?
「だいじょぶ?」
巨大なエルフの天使は俺を見降ろすとそう言った。その声もまた可愛らしい幼女の響きだった。なんか恥ずかし……少しうろたえながら俺は答えた。
「あっ、はい……大丈夫みたいです」
「はうっ」
天使は大きく目を見開いて変な声を出した。長耳がピクッと揺れた。
「クライン、なんかヘンだよ!? いつもとちがう」
……クライン?
それが、俺の名前だと気付いたとき、強烈な頭痛が襲った。いきなり見える景色が二重にズレて、ピントが合うようにそれが再びひとつになる。痛みが引くと、俺は思い出した。たぶん頭を強く打ったせいで、つかのま忘れてしまった色々なことを、ふたたび思い出したんだ。
俺が住むこの世界のこと。
魔法があって亜人や
旅芸人のみんな、という家族がいることを、思い出した。
そして、よけいなことまで思い出してしまった。
俺の前世が日本人であったことまで。
「クライン、まだ、どっかイタいの?」
エルフの天使だと思った幼女は、ゴブリンの娘だった。名前はリーズ。全身が緑色で長耳のゴブリン族には、たまにこういう白い肌の子どもが生まれるらしい。このコは俺の妹的存在だ。サイズの点を除けば。
リーズに返事をせず、俺は自分の手を見つめた。他人から見れば人形サイズの手。
こんな身体に生まれて俺はずいぶん酷い目にあった。捨て子だったことから始まって、お花畑で遭難しかけたことも、ネズミに半殺しにされたことも、便所ツボに落ちたこともあった。数えで15才になっても小さいし、どうせ俺なんか何もできないし、小さいし。そんなふうに、いじけていた、ひねくれていた。
そういう記憶が、ある。
……でも、今は。
何かが……物の見かた、感じかたみたいなものが、根っこから変ってしまった……前世の価値観みたいなものや、この世界での過去の思いを引きずったままで。
異世界、か。
正直言って、異世界に転生とか物語みたいことが起きたのなら、物語の主人公みたいに活躍できる凄いパワーとかスキルとか欲しかったな。
……いや、そうじゃない。
せめて……せめて、普通に。
普通の大きさの人間に生まれたかったなあ……
「ねえ、クライン……ないてるの?」
「……泣いてない。泣くもんか、恥ずかしい」
このままでいいはずなんか、ない。
俺は小さい。
そうだ。この世界での俺のスキルは、小さい、ってこと、そのものだ。
シーツ、いや、手ぬぐいの端を両手でつかんで、ぐい、と目のまわりを
それしかないのなら、俺は。
このスキルを受け入れて、伸ばして、活かして、小さいままで、せめて大きく生きよう。
俺は、そう、決めた。
誰かに決められたんじゃない。
自分で今、決めたんだからな!
そう。
今すぐ何かをしよう。
この気持ちが熱いうちに……!
とは言うものの。
いきなり金もうけとか、とにかく魔法を覚えるとかはハードル高いよな。前世の知識を活かそうにも俺は何かの専門家だった記憶はない。しかも、なぜか個人情報のたぐいは名前も含めてまったく覚えていない。アニメやらラノベやらの雑学なんかは思い浮かぶからそれなりのオタクだったとは思うが……でも、その程度の空論なんかこの身体と旅芸人の身分じゃ役に立たないよな。
小さい、というスキルを活かして、すぐ今からできることで……そう、俺自身の価値をもっと高める何か。都合よすぎる望みかも知れないが。
俺が眉をひそめて考えていると、つられてしまったのかリーズの眉も、くいっ、と八の字に寄った。ははっ。俺もこのくらい可愛かったら今の仕事でも人気がでるんだけどなあ。
待てよ。……俺も?
考えるだけで顔が赤くなるが、だからこそ。
この案、いいかも知れない。
「なあ、リーズ」
俺はゴブリンの天使に呼びかけた。
「行きたいとこがある。連れてってくれ」
「いいけど、おミミにぶらさがったらヤダよ」
まったく、今までの俺ってやつは……
俺が入ったザルを両手でつかんだリーズは、よたよたとした足取りで
トントンカンカンとハンマーの音を立てて一座のみんなが芝居小屋を組み立てている脇を近づいたとき、リーズは働いていた自分の両親に、明るく声をかけた。
「とお! かあ! クライン、げんきになったよ!」
「そりゃ良かった……おや、クラインとどこ行くんだい」
「ザチョウさんのとこ」
問いかけたのは、リーズの母親、緑色の肌、緑色の髪、笹耳で小柄なゴブリン族のブリナさんだ。その隣では旦那のゴラズさんがハンマーを振るう手も止めず視線も合わせず呟いた。
「敷地の外には出るなよ」
俺が小さいときは、いや今でも小さいが、リーズの親でもあるこのヒトたちが親がわりだった。ゴブリン族を
俺は挨拶もせず考えていた。小さい旗がてっぺんについたテントに入ったのはちょうど俺の考え……計画がまとまった時だった。
帳簿をつけていた座長は、眼鏡の紐を外して不機嫌そうに顔をしかめた。
「何か用か」
リーズに抱えられたザルの中で寝巻のまま俺はよろよろと立ち上がり、痩せた中年のニンゲン族で口ヒゲのある座長、オルゲンさんを見上げる。やたら嫌味を言うこの人のことをかなり嫌っていた記憶があった。でも、それはもう昔の話だ。
「あっ、えー、まず、お礼を言います。高いポーションを使っていただいて、ありがとうございました」
かすり傷なら振りかけるだけで治す
「……ふん。ついでに馬鹿も少し治ったようだな」
やっぱりそういうこと言われるかぁ。
「実は、お願いがあって……」
「もっと寝ていたいってのはダメだ。ずっと寝てたんだからな」
「仕事のアイデ……あー、新しい考えがあるんです」
「ほう、クラインのくせになあ……言ってみろ」
「俺を、
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