奇妙なプレゼン

 まず最初に、はっきりさせておきたいことがある。


 俺は男だ。


 威張いばってるんじゃない。こんな小さい俺がイバるなんて、恥さらしにもほどがある。これは、ただの事実だ。

 サイズはともかく男に生まれて、男だと思って、それなりに男っぽい恰好を好んでいる。髪型だけは適当なハサミがないので、ロン毛を後ろに糸で縛っているが。


 そして、その、まあ、その……女のほうが好きだ。


 その手のプロのお姉さんとか見かけると、サイズはともかくモヤモヤとしてしまうお年頃だ。残念ながら、たぶん死ぬまで童貞だ!


 あー、何というか余計なお世話だけど。


 男だけど男が好きとか、その逆とか、生まれた性別と違う生き方をしたいヒトは、生きたいように生きればいい。幸か不幸か現代感覚?を持ってしまった俺は、そう思う。だけどこの野蛮な世界では、そういうマイノリティをあっさり死刑にする国もあるんだよな。この国、フリューゲル王国は違うみたいだけどな。


 だから、いまの俺がこんなコスプレをしてるのは、決して趣味なんかじゃない。仕事だ。仕事なんだ! 恥ずかしいけど!


「かーわいい!」


 俺を見て、ゴブリン娘のリーズが楽しそうに叫んだ。


「そりゃよかった。女のコに見えるか?」


「んんっ?」


 顔を寄せ、テーブルの上に立つ俺をあらためて観察しようとした幼女に、俺はあわてて言った。


「リーズ、できるだけ離れて見てくれ」


「はーい」


 エルフもどきの長い耳を揺らして小走りにリーズは駆けていき、客席の真ん中でくるり、と振り返った。


 俺は、背筋を伸ばし、内股で膝を閉じ、片足を引き、肘を胴に寄せて、手首を軽く上に反らし、小首をかしげ、にっこり微笑んだ。それっぽいポーズだ。


 あ~俺、いま、やらかしてる。


 顔が赤くなるのが判る。思わず縮こまって猫背になろうとする身体をムリヤリ根性(俺は根性の意味をカン違いしているかも)で真っすぐ立たせた。


「わー、うんうん、ちっちゃい女の子だ!」


「ちっちゃいって言うな。それじゃ、外で待ってるみんなを呼んできてくれ……は、早く」


 ぐぐぐ……こ、こういうポーズ、鍛えてない男が本気でやると苦しい。


 やがてリーズに呼ばれた一座の仲間が、、ぞろぞろと小屋に入ってきた。

 みんな見るなり、おおっ、とか、ほう、とか、感嘆の声を上げる。そして興味シンシンな様子で俺のいるテーブルを取り囲んだ。


 うっ。


 十数人の注目の視線を浴びた俺の胸に、いぜんとして居ても立ってもいられないような恥ずかしさはあると言うのに、何か得体の知れない喜びが湧いた。


 なぜだ。


 顔が熱い。俺、もしかしたら……

 いやそんなバカな。


「ははあ、よく見ると、このドレスは拭き紙の張り合わせだね。考えたね」


 雰囲気作りのためにあえて皺メイクをしている太ったオバサンが言った。ドクロのデザインの指輪が目立つ手にも、アンチじゃないエイジング化粧をしている。占いオババのドロシィさんだ。


「ぶひ、羽。フェアリーの羽っぽくない」


 幅広い鼻を鳴らして小声で言ったのは、茶色の肌でスキンヘッド、刺青が目立つ大男。俺にとっては歩く山脈に見える、ハッカイ族、火吹きのサムさん。


 やっぱり羽かぁ~。


 ドレスと同じくトイレ紙だからなあ…… ちなみにこの世界ナッハグルヘンの紙は魔法小麦の籾殻もみがらわらが原料だ。


「細かいことはいいっこなしだよ。よくできてるじゃないか」


 ニンニク臭い息を吐きだしてそう言ってくれたのは、ゴブリン族のブリナさんだ。その隣で夫のゴラズさんが黙ってうなずいている。


「なんつーの? ひとあじ足りないって思うわけ」


 巨漢のサムさんの背後にいた手品師のトマタさんがそう言って、腕だけを突き出し、指を鳴らした。すると突然、キラキラと輝く粉が俺の頭上に舞った。


 おおっ。


 ここにいる誰も実物を見たことはないが、イメージだけはフェアリーっぽい。さすが、魔法マジックのある世界でマジシャンをやっているだけのことはあるなあ。

 

「ネズ公のクセに、化けたもんだニャ~」


 前足、いや両手をテーブルに掛けてそう言ったのは、ケットシー族のマヌーだ。生意気にも三つ揃いスーツを着て、立って歩くデカ猫にしか見えないが、これでもトマタさんの助手。いつも俺をネズミ呼ばわりしやがって、ムカつくヤツだ。マヌーは1本だけ鋭い爪を立てて、俺のドレスを突いた。


「いや~ん」


 わざとらしく裏声をあげ、なよなよと倒れて見せると、みんな笑った。

 

 ウケた。


 ……違う。ひとりだけムスッとしていた。全員もれなく細マッチョな雑技チーム、そのひとり、毒舌のヤビさんだ。


「ふん、オカマかよ。ネズミみたいなオカマだから、ネカマだな。くだらない。気持ち悪いんだよ」


 ふん。気持ち悪いなんて、自分でもよく判ってるよ。俺だって普通サイズに生まれたなら、そのもないのにドレスは着たくはないさ。恥ずかしくない、なんて思うなよ!


 それにしても。


 このヒトはいつもこういう冷めたことを言うけど、何が面白くて生きているんだろう。不思議だ。座長とサムさん相手には皮肉を絶対言わないし。あ、もちろん『ネカマ』という単語は、俺の脳が勝手に解釈したこの異世界のダジャレだ。


「いや、俺は手ごたえを感じるな」


 口ヒゲを撫でながら、オルゲン座長はそう言ってくれた。


「じゃ、演目にしてもいいんですね?」


 俺が座長に提案したのは、ほぼ伝説の存在である妖精フェアリーのショウだ。この世界でも可愛らしい女性を「妖精」と呼ぶことがあるが、吟遊詩人に歌われる伝説の「フェアリー」は、危険な大森林の奥に住む、小さな美少女だけの不思議種族だ。女だけでどうやって繁殖しているのかと問われれば、魔法フシギだからだろ、としか答えられないが。


 もし、そんな物語性ストーリィのある生き物を見世物にしたら、大評判になるだろう。だからと言って、サイズはともかく男の俺がして成りすませるかと言うと、普通に考えたら無理に決まっている。


 俺が考え、座長に提案したアイデアの裏付けは、「遠目の効果」だ。


 大劇場での俳優は、後ろの席からは遠くて良く見えない。それでも客が入るのは、俳優というキャラを想像力で補うからだ。大劇場で演じる普通サイズの俳優に付くその効果は、小さい劇場で演じる小さい俺にも当てはまるはずだ。それっぽい衣装と演技で、羽のある小さな女の子ぐらいには思ってくれるだろう。そして、逆に言えば、細かい欠点があっても目立たない、と言うことでもある。


 スネ毛とか!


 フェアリーそのもの、とまではムリだとしても、暗い客席で実際に見たなら、思い込みプラスでフェアリーに見てくれるだろう。


 見てくれるといいな。


 さらに、座長に説明しなかったけれど、俺は前世の知識を活かすことができる。アニメとかに出てくるフェアリーのイメージを持っている、というアドバンテージだ。


 詳細は省略するが、アレとかコレとか。


 そう考えてみると、これは正確にはな。カブキで言うところの「女形おやま」みたいなもんだ。または、TSの演技ロール、VRアイドルの中の人、のようなものかも知れない。


 この提案をしたとき、座長は「どこで大劇場なんかの話を聞いた」といぶかしげに尋ねたが、適当にゴマかした。そして、とりあえず仲間の意見を聞いてみろということで、俺はこの奇妙なプレゼンに挑戦したんだ。


 ついでに見せ方にも少し工夫した。プレゼンを二回に分けた。『ぷれぜん』ってなんだと聞かれたが、やっぱり適当にゴマかした。いつもの俺の舞台をみんなに見せた後、いったん外に出てもらって、それから、このコスプレを披露してみた。どうやら俺のこの工夫には、かなりの効果があったようだ。


 俺の今までの仕事は、見世物になることだ。


 見世物、という言い方は、俺の現代感覚ではあまりいい響きじゃないけどさ……でも、この世界での俺は、それしか出来なかったんだ。


 客席の真ん中に置かれたテーブルの上で、観客にあいさつしたり、果物をガツガツ食べるフリをしてみせたり、跳ねまわったりする。子どもにしかウケないオソマツな、芸とも言えない芸モドキだ。はじぃ……そりゃ酔っ払いにも絡まれるさ。


 サイズが小さい、ただそれだけじゃ、あんまり客を呼べない。身長18センチはまあ珍しいネタだ。しかし、小さなゴーレムとかスクワラ族とかの、ミニマムな存在にあふれているこの世界では、それほど驚くことじゃない。じゃあ俺は何者なんだ、と問われると、現代日本のオタク知識で考えれば……


 くはーっ、くはーっ……


 おっと、深く考えちゃダメだ。息が苦しくなる。あえぐ俺に向かって、座長が言った。


「まあ、やってみよう」


「やったぁ! よかったね、クライン!」


 座長の決定に、助手をしてくれた妹(のような存在)、リーズも喜び、耳を揺らしてぴょんぴょん飛び跳ねる。いちいち可愛いなお前は。でも確かに、俺も飛び跳ねたくなるほど嬉しい。

 もし、この出し物が成功したらボーナスとか交渉してみよう。現金があれば、天然小麦のパンくずも食べてみたいし、お椀の風呂セットにもチャレンジしたい。その次は……


「さっそく張り紙を書け。宣伝文句は、そうだな……」


 オルゲン座長が、一座のみんなを見まわして言った。


「フェアリーを捕まえた!? ってのはどうだ?」

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