俺たちの戦いはこれからだ!

 真冬でも強い真昼の日差しを浴びた白波丸アビヤドマウジュの甲板にて。

 例によって白ゴブ娘の胸元に収まりながら、素の俺は港の方角を見つめていた。


「ご主人さま」


 魔声インカムに、白ゴブ娘の声が響いた。


「なんだ、ブ


「悲しまれているのですね」


「まあな」


 これから俺は、仕掛けた9つの爆弾を爆発させて、白波丸アビヤドマウジュちゃんをクソホンゴもろとも沈めなきゃいけない。可愛らしいメカを悼むその悲しい気持ちを、魔力を通じてブは感じ取ったのだろうな。


「……お察しします。ご主人さまのご両親と同じ人種を倒さねばならないそのお気持ちを……」


「えっ?」


 こいつは何を言ってるんだ? 訊き返そうとしたが……おっと、見えた。ホンゴの一派らしきボートが二艘、死にかけた甲虫の足のごとくオールをバタつかせ、泡立つ波間を突っ切って近づいてくる。


「来たぞ、ツォーネ」


 俺は女騎士に呼びかけた。


「私にも見えた。覚悟と準備はいいな?」


「それはこっちの台詞だ」


 俺たちの戦いはこれからだ!

 さあ……


 イッツ・ショウ・タイム!



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 非力なゴブリン族たちが必死で漕ぐボートの揺れを物ともせず、正装で腕組みをしながらすっくと立つ巨体。白銀の首輪をきらめかせて、ホンゴは美しき船で待つ敵を睨みつけていた。


 次第に近づく白波丸アビヤドマウジュの甲板には、ただひとりだけが待ち構えていた。よく磨かれた全身鎧をまとう、あの女騎士ツォーネの姿だ。その手に持つ華美な装飾が施された長槍の先端が、真冬の陽光を受けてギラリと輝いた。


「むっ」


 ホンゴは訝し気に唸った。


 他の乗組員たちは、いないようだ。船倉にでも隠れているのか、何もかも諦めたのか、それとも……罠でも仕掛けたのか。まさか、ひとりだけで俺を相手にできると思っているのではないだろうな。


「ほう」


 さらに、ホンゴは感心するように呟いた。


 より近づいたことではっきりと判ったことがあった。女騎士の鎧が、まるで誰か別の人間がもうひとり入っているかのように膨れている。あれは生き残りからの報告にあった、マルマリス姫を抱えた状態だな。契約を締結するために同行したらしい。立会人がいなくても契約が成り立つというのに、まったく律儀なことだ。


 生きて帰れないかも知れないのに。

 

 ゴン!


 ボートの舳先が白い船体に当たった。ゴブリンの使用人たちが3人かがりで、大ぶりな魔道具の槍を主人に渡す。ホンゴはその長槍をまるで短矢ボルトであるかのように軽々と掴むと、わずかに身体を沈めた。もともと太すぎる彼の太腿が、さらにワイン樽のように膨らみ、上品なズボンが耐えきれずに裂けた。そして巨漢のゴブリンは、跳んだ。


 ドバーン!


 反動で発せられた爆発のような水しぶきをあげ、ボートは真っ二つに裂けた。哀れな使用人たちを弾き飛ばして。魔槍を持った緑肌の傭兵は、攻城兵器の岩弾のごとく山なりの軌道で宙を舞うと、獲物を捕らえる猛禽のように急降下した。そして轟音と共に白き船に降り立った。


 ドーンッ!


「「「「「おおぅ……!」」」」」


 もう一艘のボートに乗っていた使用人たちも、そのボートに命からがらしがみついた者たちも、甲板に立つ主人の雄姿に感嘆の声をあげた。小さなゴブリン族たちの心は誇らしき想いで大きく膨れあがった。


 見よ、あれが我らの王だ! という想いで。



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 えっ、えっ、えっ……

 なんだあれ、なんだあれ、ホントにヒト族かよ。

 いまあいつが降り立ったとき、この船が揺れなかったか?


 ゾクッ……


 ブの暖かい両乳に挟まれながら、俺は背筋に真冬の寒気を感じた。ホンゴはいま、フツーのニンゲン族なら数十歩、10メートルぐらい離れたあたりにいるから、俺にとっては100メートル先にいるんだけど……ヤツの身長はどう見ても2メートル越え。俺にとっては20メートル越えの大巨人だ。


 俺は初めて、変身していない素の姿でホンゴとまともに対峙したのだ。


 もちろん、俺にとっては誰もが巨人だ。ホンゴだけが特別ってワケじゃない。ふだんの俺がビビりもせず暮らしていけるのは、よく知っている相手なら大きくても慣れているから平気なだけだし、前世の経験もあるからだ。


 前世の経験……それは映画館で映画を見た記憶だ。


 前世の映画では、巨大なスクリーンに出演者の巨大な顔が映っても、それをそのまんま巨人の顔だと思う人はいない。少なくとも現代人なら、ただアップの姿だと思うだけだ。俺はこの現世でもそんなふうに世界をニンシキしている、のだと思う。そうでないと、恐怖に押しつぶされてしまうはずだ。前世のフィクションに登場する小人たちが、俺みたいにビビらないで済むのは何故なんだろう?


 でも、そんなふうに映画を見てるみたいな感覚で生きていることは、デメリットだってある。いまの俺が、それだ……


 ダダダ、ダダダ、ダダダダダダダ……


 俺の脳内に、大怪獣が街を壊すテーマのBGMが流れてきた。


 怖い。そして俺は小さい。


 小さい俺は怪獣に踏みつぶされて死ぬのか小さい俺は巨大な槍に撃たれて羽虫みたいに死ぬのか小さい俺はペシャんこになって粉々になって何もできず逃げられもせず反撃もできいやできる反撃はできる叫べ叫べあの言葉をあの命令を早く早く……


白波丸アビヤドマウジュ自ば……」


「ご主人さま、お気を確かに」


 白ゴブ娘の呼びかけに、俺は我に返った。

 テヘっ、いけね。うっかり「自爆せよ」って言っちゃうとこだった。ホンゴが船内に入ってからじゃないと自爆に巻き込めないのにな。


 俺たち船組が身に着けてる魔声インカムは船の伝声管を改造したものだから、潮騒に紛れるような小声の命令でも白波丸アビヤドマウジュのゴーレム脳には聞こえちゃうんだぜ。


「……大丈夫だ」


 ブは俺のパニックを感じ取って、気を使ってくれたんだよな。さっきと同じように。ありがたいけど、無様な姿をさらしちゃってはじぃよぉ。


 このままじゃ、いけない。


 こんなふうに相手に呑まれたままじゃ、できることもできなくなる。かと言って逆に侮ってしまったら、どんな危険があるか判らない。ヨシ、それなら!


 変身!


 ネズミ形態ラット・モードの毛皮のモサモサを感じたらしく、ブの身体は一瞬ビクッと震えた。フレーメなら悲鳴をあげて飛び上がったろうな。

 変身したは、改めてホンゴを見つめる。昨日ヤツの部屋で陰から見た時と同じように、怖いことは怖いけど何とか耐えられる理由は、俺自身にピンポイントで敵意を向けてないからだろう。


 でも、やっぱりあの槍はヤバい。こうしてネズミの目で見るとはっきり判る。なんかヤバすぎる魔法のオーラが出てるんだよな。危機感知能力はネズミ形態ラット・モードがいちばん鋭い。


 ん?


 ホンゴの背広の胸元あたりから、さらにヤバい感じの炎がチラチラ見えているような気がする。魔力は感じないから魔道具じゃないだろうし、胸ポケットに入れられる武器を使うようなヤツじゃないよな。


 あれ、何だろう……?


 ホンゴは女騎士が油断なく見つめていることを気にもせず、自分の家のように悠々と歩いて甲板を横切ると、船舶の端にあった係留ロープらしき束を蹴り落とした。すぐに、ヤツの使用人たち……ゴブリン族たちがロープを伝わってギャアギャアと騒ぎながら乗船してきた。その数は7人。セブンゴブリンだ。


 冒険者どもは……いない。どうやら策のひとつが上手くいったか。

 妖精の呪いは恐ろしいものよのう~


 ゴーン……ゴーン……ゴーン……


 陸の教会の鐘が、かすかに聞こえてきた。

 正午だ。……教会組は無事だろうか?


「取引の時間になったな」


 舵輪の辺りに立ったホンゴが宣言するように言った。

 セブンゴブリンはその後ろで震えている。


「……ああ、そうだな」


 女騎士ツォーネが低い声で答えた。


「では、たったいまこの瞬間から……」


 ホンゴはそう言いながら、胸元から取り出した。

 炎に包まれた何かを……?

 そしてそれを広げる。

 舵輪のそばにあるディスプレィに向けて。


 あれは……契約書だ!

 魔法もかかっていない、マジックスクロールでもない、ただの紙の契約書……

 それがゴウゴウと燃えている!


 いや違う!

 あの炎は、現実じゃない。マボロシだっ!

 超絶ビビりのネズミ形態ラット・モードが見せた「危険なヴィジョン」だっ!


 ヤバいヤバいヤバいヤバい!

 何かが起きる。

 あいつに何か致命的な手を打たれる!

 叫べ、いますぐ叫べ!

 小声でもいい。

 自爆命令を!


 だが。


 とまどいが残る俺っちの命令より、ホンゴの宣言のほうが、少しだけ早かった。


「「白波丸アビヤドマウジュ!」」

「「私はお前の所有者である!」……自爆せよ!」


 ボォォォォウ……


 霧笛が響いた。そして、それ以上何も起きなかった。

 いや……ディスプレィに、メッセージが表示されている……


------------


 認識 正式な譲渡契約書

 確定 当船における現在の所有者 ホンゴ

 無効 旧所有者及び旧権利委譲者による命令


------------


 えっ、えっ、えっ……?


白波丸アビヤドマウジュ、初期化権限として建造時にのみ使用していた会話型表示機能を復帰しろ!」


 えっ、お前は何をいきなり……!?


------------


 会話型表示機能を復帰しました


 ようこそ、ホンゴ様

 ご命令をどうぞ


------------


「ほほう、やはり。総領事が言っていたことは正しかったな。あやつ、よほど家族の命が大事とみえる。これからも使ってやろう」


 総領事……だってぇ? その情報の出どころは、あいつの味方になってしまった共和国領事館の長か!


「ふん、それにしてもネズミ大王ラッテンクーニッヒの妨害があるかもと思っていたが、どうやら私の買いかぶりだったようだ」


 妨害しようとしたけど、できなかったんだよ!


「よし、白波丸アビヤドマウジュよ、まず最初に訊きたいことがある。この船に罠が仕掛けられているか」


 な、何を訊いている!?


------------


 はい

 仕掛けられています、ホンゴ様


------------


「それは、どのような物だ? どこにある?」


 言うな、言わないでくれ、白波丸アビヤドマウジュ!


------------


 それは、炎弾を撃つ魔法陣を基にした爆弾です

 その数は全部で9個

 すべて船の命令によって爆発します

 以下の場所に仕掛けられています


------------


 ディスプレィに、船の全体図に重ねられた、と船のふたりだけが知る秘所が映し出された……


「ふむ。このあたりにもあるのか」


 ホンゴはその怪力でディスプレィの裏板を引きはがし、FBBのひとつを見つけると、それを無造作に海へと投げ捨てた……


「あと8個か。はっはっ、手間をかけさせてくれる。ああ、よく教えてくれたな。褒めてやるぞ、美しき船よ」



------------


 うれしく思います

 ホンゴ様


------------


 ホンゴは俺っちたちの方に向き直り、もう興味が無くなったと言わんばかりの無表情で、言った。


「もう帰ってかまわないぞ、マルマリス殿下、そして騎士ツォーネ殿」




 あ、あ、あ……


 ホンゴ、お前……奪ったな!?

 白波丸アビヤドマウジュちゃんを奪ったな!?


 痛い、痛い痛い痛い!

 心が痛い!

 脳が破壊されたかのように痛い!


 くそっ、くそっ!

 ああ、は何というミスをしたんだ!


 ゴーレム脳がAIみたいなものなら権限を奪われることがあるなんて当たり前じゃないか他ならぬ自分自身がハノーバの白い塔でコンソールをハックしたじゃないか対処できたそれなりのオタクならこんなこと絶対に予想できて何とか対処できたなのに姫様とか自分の思い入れに引きずられた考えが足りなかった……


「ホンゴ、きさま、よくも友を……」


 女騎士の怒りに満ちた声がビリビリと耳に響き、その迫力に俺っちは正気を取り戻した。


 まだだ!

 まだ負けてない!


 まだ作戦はリカバリーできる! やけくそでFBライフルを撃ちまくる……いや、船の耐久力が判らないし、ホンゴも黙ってない。ええと、ええと、そう、最初から考えていた手動の起動方法……真の妖精形態リアル・フェアリー・モードに変身し、船壁を抜けることで先回りしてそれぞれの爆弾の魔導糸の末端を掴み、ガ〇プラ形態モードで起動させる、それを繰り返せば……でも、それにはまずツォーネの協力が必要だ!


「ツォーネ、聞け、いいか……」 


「うおぉぉぉぉぉっ!」


 女騎士は槍を構え、ホンゴに突進した!

 聞いちゃいねえ!



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 女騎士ツォーネには勝算があった。

 怒りに満ちていても、冷静だった。


 小さき者の声は聞こえなかったが、それは急激に高まった集中力の仕業だった。心臓が1回鼓動するほど短い時間が、100まで数えられるほどの長い時間に引き延ばされたかのように感じていた。


 自分は秘宝級の完全鎧フルプレート常戦魔装ロリカパラベラムを装着している。いかにホンゴが達人であったとしても、ただ一撃でこれを穿つことはできるはずがない。そして自分の命が一瞬でも残っている限り、やはり秘宝級の自分の槍は巨大すぎる的を外すことはありえないのだ。


 ゴブリン使用人たちがアラクネの子を散らすように逃げ惑う様子を背に、ホンゴは彼女の突撃にまったく慌てることなく、自分の魔槍を構えた。ツォーネの槍がユニコーンの一撃のごとく襲い掛かると……


 ゴォオォオォン!


 轟音と共に魔槍が、した。


 それは、ホンゴがその手で槍を回転させたのではない。槍の先端だけが、竜巻のごとく自ら回転したのだ。そして、その回転に触れた女騎士の槍は、異世界チキュウの「みきさー」に突き入れた幼児の指のように、ズダズタに切り刻まれ、弾け飛んだ。


 女騎士の猛る意志が込められた秘宝は、まるで可愛らしい突起に過ぎないかのように強大なる魔槍に引き裂かれ、無惨に蹂躙された。


 ここに雌雄は決した。


 ツォーネはその悲壮に歯を噛みしめ、ホンゴは喜悦に歪んだ笑みを浮かべる。敵にとっては悲劇、味方にとっては喜劇の槍。したがって、チキュウとも縁のある魔法使いゲファグナーは、自作の魔槍をこう名付けた。


 振空魔槍シェイク・スピア


 それは魔法使いが、傭兵の友を想い造り上げた逸品だった。


 返し技で、逆に迫りくる魔槍。


 ツォーネの決断は早かった。右へ避ければ海に落ちる。左に避ければマストにぶつかる。そこで彼女は、真後ろに跳んだ。常戦魔装ロリカパラベラムのブーツ部分のかかとが砕けるほどの強い蹴りで。それで槍の間合いからは外れるはずだった。


 だがそこで、信じられないことに。


 ズンッ!


 魔力がみなぎる気配と共に、魔槍は、


 ボバァッ!


 女騎士の胸が、ハガネと肉片を撒き散らして爆ぜた。

 ついに追いついた振空魔槍シェイク・スピアに貫かれたのだ。


 ツォーネの身体は弾かれ、ごろごろと転がって、ちからなく四肢を投げ出した。とめどなく流れ出る血が白い甲板を赤く染めた。常戦魔装ロリカパラベラムの裂け目から見えるのは、女騎士が抱えていた人物の、春瓜のように潰れた頭だった。


 ホンゴは油断なく槍を構えていたが、女騎士はぴくりとも動かなかった。きびすを返した巨漢のゴブリンは、船楼の壁に魔槍を立てかけると、空き樽の陰で頭を抱えて震えている使用人たちに声をかけた。


「私は残りの爆弾を片付けてくる。を掃除しておけ。もうすぐ……」


 船内へ続く小さめの扉をかがんでくぐりながら、ホンゴは呟いた。


「美しきハイエルフ様がやってくる」



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 危なかった!

 ギリギリだった!

 目つぶし魔法アウゲンビンダーの間合いまで近づいたと思ったら、何もかも一瞬で終わってやんの!

 ホンゴの一撃は俺っちのすぐ横を通った。


 もし。


 常戦魔装ロリカパラベラムの強靭な装甲がなかったら。

 その下に、改造したネックガードの装甲がなかったら。

 その下に、ブの肉体がなかったら。

 その横で、スキルの命じるままにイナバウアーで避けなかったら。


 俺っちもミンチになっただろう……



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 ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 陸の町教会で、シスターが正午の鐘を鳴らしている。


 マルマリス姫は祭壇の前で跪き、屈辱の銭貨を握りしめながら、輝きに祈りを捧げていた。


 船組の、無事を祈って。



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 げえっ、ツォーネの鼓動が聞こえない!


 俺っちはふたりの女体の隙間をもぞもぞと潜り込んだ。

 クッソ狭い~


 常戦魔装ロリカパラベラムの中に隠れるのがいちばん安全で便利だと思ったのに、作戦が完全に裏目に出たよ~ やっとの思いで女騎士の豪乳の谷間に(筋肉多めなので固い)、その肌に張り付いた。身体に目立った傷はないようだけど……やっぱり心音は聞こえない。衝撃が貫いたか……心停止なのか!?


 こうなったら……白い塔でやったことのある、あのワザしかない!


 変身!



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 ゴブリンの使用人たちは、主人の命令にしたがって動き始めた。


 デッキブラシとバケツを探し当てた者が死体のそばまで戻ってくると、すでに血だまりは掃除されていて、白い甲板には赤い染みも肉片も残っていなかった。まるでどこかに吸い込まれたかのように消えていた。


 使用人たちはギャアギャア騒ぎながら、やっとの思いで女騎士の海獣のような身体にロープを巻き、海中へと落とすべく、全員でずるずると引っ張った。そしてようやく死体の頭が船の端から突き出たとき、それは起きた。


「ん、いま何か言ったか?」


「いや、お前のほうこそ、驚け、とか言っただろ」


「うわあ!?」


「どうしたんだよ。もうちょっとで落とせるんだぞ」


「こいつ、動いたぞ!?」


「生きてるのかよ!」


「まただ、また聞こえた!」


 臆病なゴブリン族たちは一斉にロープを手放し、逃げた。彼らは手近な物陰……マストの裏側に集まり、まったく隠れていないのに隠れたつもりになって死体の様子を伺った。


 女騎士の鎧の中から、くぐもった声が確かに聞こえた。

 それは少女の声だった。


妖精魔法フェアリー・マジック、ビリッと驚け! 静電気ショック・スタテック! 最大出力ぅーっ!!!」


 異世界チキュウの「えぃいぃでぃ」を使われたヒトのように、女騎士の身体がびくんと跳ね上がり、そしてその手足が動いた。



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「ツォーネ! 起きろ!」


「あ……う……」


「早く呪文を唱えろ!」


「私は……負けたのか……」


「まだ負けてない! 叫べ!

 反撃の狼煙のろしをあげろ!」


「ノロシって何だ……」


「それは今はいいから、呪文だ!」


「あ……ああ! 了解だ!」


「ブ、準備はいいな?」


「はい!」


「唱えるぞ! 開け鎧オーフンパンツァー!」



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 ゴブリン族たちが恐々見つめる前で女騎士の鎧が、美女神の巨大貝のようにぱっくりと開いた。

 そして、その中から。


 ひとりのニンゲン族の美少女が飛び出した。


 いや、ニンゲン族ではない。緑の髪に白い肌のゴブリン族の忌み子、ブの姿だった。その場のゴブリン族たちには預かり知らぬことだったが、女騎士が抱えていたのは主人が言っていたマルマリス姫などではなく、小さき者のしもべの少女だったのである。


 姫より頭ひとつ背の高い彼女は、閉じる魔鎧に手や足を切断されながらも、膨大な魔力と不屈の忠誠心にものを言わせて、姫と女騎士が半年かかった訓練を半刻でやり遂げたのだった。


 ブは異世界チキュウの「回転れしーぶ」のように華麗に転がると、凛々しく膝立ちで「えふびぃらいふる」を構えた。右に筒先を向け、すぐ向き直って左に向けた。そして正面を見て……


 ゴブリン族たちと目が合い、思わず筒を下げ、呟いた。

 

「……ゴブリン族?」


 ドボーン!


 彼女の背後では、水音が聞こえた。

 まだ身体がまともに動かない女騎士が、ブが飛び出した反動でついに海に落ちたのだ。



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「おいブ、何やってる! ライフルを構えろ!」


「でも……このヒトたちは……」


「敵は正面だ! 撃て!」


「このヒトたちは……ゴブリン族です! ご主人さまのご両親と同じ!」




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ご主人さまは18センチ!~異世界で大きく生きてやる!~ 尻鳥雅晶 @ibarikobuta

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