キング・スタッフ

 には心配があった。

 恐れていた……!


 変身という不思議現象ではお約束のデメリット。変身後の姿や精神に引きずられて、俺そのもの、言わば『魂』とか『何とかティティティ』が変質する恐怖……判りやすく言えば、変身したまま身も心も元に戻れなくなるかも、って心配だ。


 だからこそ……俺は変身後の股間点検を止められなかった。なぜかそこに異変が起きるような気がして。ガ〇プラ形態モード後のときはそういう心配はないようだけど、かわりに身体がバラバラになる恐れがある……


 キユウだって? フィクションと現実の混同だって? いや、現実に(笑)俺の意識は変身のときに少し変わってる自覚がある。真の妖精形態リアル・フェアリー・モードのときなんか特にヒドい。男のアレが消滅の危機を迎えてしまうのだ……!


 そして、今回。

 センケーゲの倉庫でたみに、いや、ネズミたち相手にげきとばした直後……


 新たなる変身形態モードでは、長い時間変身していればいずれ本物のネズミになってしまうことが明らかになった……!


 どうしてこうなった。


 ああ……その理由も俺には判ってるんだよな。ネズミ大王ラッテンクーニッヒってガイネン、最初は冗談だった。出まかせだった。でも人前で何度も口にしたし、シロカゲみたいヤツだって現れた。魔意味ミームに影響を与えても何の不思議もないよな。


 被害も尻尾だけに収まるはずがない。だって俺自身が現に『長時間変身すれば元に戻れない』と思ってるんだ。魔意味ミーム現象ならそう思ってるだけでそうなっちゃうよ!


 ふざけんなっ(泣)!


「陛下」


 ああ……ネズミ大王ラッテンクーニッヒになんかもうなりたくない。絶対。でも……便利すぎて止めるワケにいかないんだろうなぁ~


「陛下、陛下……」


 おまけに、あんな約束までしてしまった…… 義妹リーズを助けた後でいいとは言え、約束の地だってぇ? 民とシロカゲには悪いけど、そんなもん、あるわけないだろ!


 ……えっ、俺いま『民とシロカゲには』って……そう思ったのか?


「陛下、よろしいですか」


「お、おおう、何だ、シロカゲ」


「目標らしき……小ぎれいな鎧と小ぎれいなローブを身に着けた、ふたりの娘を見つけた者がいるようです」


「何っ!?」


 早っ! 探すの早っ! しかもその情報をここでキャッチできるなんて……

 俺の民とシロカゲ、超有能だぜ!


「どこだ、どこにいる!?」


「街はずれの高台にある屋敷……ゴブリン族ホンゴの住処すみか。そこに捕らえられているようです」


「ホンゴ……」


 たしか、センケーゲの裏の顔役だったな。

 ヤバそうな相手だ……でも、関係ない!


「いくぞ、シロカゲ! マヌーも頼む!」


「そろそろ眠くなってきたニャ」


「そこを何とか!」



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 王たる者の資質とは、何か。


 その問いかけを、ゴブリン族の巨漢、ホンゴはいつもおのれ自身の分厚い胸にいだいてきた。あの、占い婆の館を訪れたときから。


 その答えのひとつが、目の前にあった。


 今は物言わぬむくろと化した、かつては『ロッホ』と呼ばれていた冒険者。ホンゴの怪力に頭蓋骨を潰された彼は、ホンゴが執務する豪勢な部屋、その絨毯を染める液体を垂れ流していた。


 王たる者。

 それは、顔色ひとつ変えずに役立たずを切ることができる者だ。


 ホンゴは自身の三つ揃いスーツに汚い紅が飛んでないことを確認すると、ぶるぶる震えながら呆然と立ち尽くすゴブリン族のメイドに、おだやかに声をかけた。


「男衆を呼んで、これを片付けさせなさい」


「は、はい!」


 足をもつれさせながらも駆け出そうとするメイドの背中に、ホンゴはまた声をかけた。


「ああ、ワインをもう一本持ってきておくれ。今日は祝いの日だから。……驚かせてすまなかったね、かわいい同胞よ」


 同胞。それはホンゴが同じゴブリン族を贔屓ひいきして呼ぶ、特別な呼びかけだった。メイドは敬愛する主人の優しい言葉にその緑の頬を赤く染めて、振り返って深々とお辞儀をした。そして、さっきまでの恐怖を振り払うような軽快な足取りで部屋を出て行った。


 王たる者の資質とは、何か。


 ゴブリンとしては普通の体格……大人だがニンゲン族の子どもの大きさであるそのメイドの背中を見送り、ホンゴはまた思った。


 その答えのひとつは、大きいことだ。


 ネズミにも天才がいるように、ゴブリンにも大男がいる。ホンゴは生まれながらにして同年齢のハッカイ並みの体格であり、母のはらを引き裂いて生まれた。この出生の悲劇は、長じたホンゴが自分を特別な存在と見なす出来事でもあった。


 ホンゴはボトルに残っていたワインをすべてグラスにあけると、その巨体を趣味のいい椅子にあずけた。持ったグラスを通して、床に転がった眼球と目が合った。せっかく収まった怒りが、また燃えあがったような気がした。


 まったく…… なぜ。


 なぜ、この愚か者は、妖精なんか知らない、などと言い訳をしたのだ? 妖精が実在しようがしまいが、こいつが私の顔を潰したという事実は変えようがない。くだらない理屈を並べずに、やってしまったことをただ謝ればいいだけなのに!


 いや、せっかくの祝いの日だ、もう愚か者のことは忘れよう。それもまた王たる者の資質でもあるのだから。


 高級ワインを味わいながらゴブリン族はそう思い、自身の太い首にかかる白銀の首輪を撫でまわした。美しきハイエルフ様よりたまわった高貴に輝く首輪……それはあの美しい白い船を献上する約束をした見返りだった。


 美しきハイエルフ様は、どれだけ欲しいものがあっても決して自分からはお求めにはならない。だから私のように、その言葉の端々からその望みを読み取ることができる者だけが、あの方々に気に入られることができるのだ。


 やっと、ここまで来た。


 冒険者として身を立ててからというもの、殺しつくし、奪いつくし、ついにはセンケーゲの代官や冒険者ギルドまで手中に収めた。そして……


 王となる日が来たのだ。


 もちろん、この利口なゴブリンは、王といえども頂点に立つ者ではないことは判っていた。大昔のこの世界ナッハグルヘンには王という地位の上に、その版図をいくつも支配する皇帝や帝王が実在していた。今は美しきハイエルフ様にすべて滅ぼされてしまったが。


 ホンゴはあらためて自身を祝った。


 この首輪を身に着けている限り、私はあらゆる王族や貴族と対等に接することが許される。私に逆らうヒト族はいない。それは実質、王そのものだ。たとえ、今はまだ顔役と呼ばれていても……!


 忘れはしない。


 若かりし頃、気まぐれに入ったあの占い婆の館で私は天啓を受けた。若手の中では最も優秀だという……確か名前はドロシィと言ったか……ニンゲン族の娘が渡してくれた紙に予言の言葉が浮かびあがったのだ……


「貴方はヒト族の王になる運命です。ネズミの王に殺されない限り」


 ネズミの王など、いる訳がない。だから私は、王となる運命なのだ……!


 絶対に。



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「も、もうダメにゃ」


 港町であり坂の街でもある、センケーゲ。

 海辺に近い倉庫街から高級住宅街である高台まで駆け上がったケットシー族は、ついにちから尽きて突っ伏した。


 ふたつの月明かりに照らされたここは目的地のホンゴの屋敷、常緑樹が並ぶ登り坂の私道を抜けて着いた裏門らしき場所、そのすぐ近くの植え込みの中だ。はダチ公の鼻先に飛び降りた。


 シロカゲたちについてく、って理由もあるんだけど、他の移動方法だともっと遅くなったはずだ。もうこいつには感謝しかねえよ。


「……マヌー、ありがとうな」


「ふん、たいしたことはしてないニャ。おいらはここでしばらく休ませてもらう……あ、そうそう、リュックを渡しとくにゃ」


「それは拙者がお持ちいたしましょう」


 シロカゲが魔包リュックを背負った。俺っちと違って本物のネズミの体格なのに、どこまでも器用なヤツだ。


「この建物には地下牢があり、特職女たちはどうやらそこに監禁されているようです」


「生きて……いるのか、ふたりとも?」


「そのようです」


 地下牢……フツーの家にそんなものあるはずがない。やっぱり、カタギじゃないんだな、ホンゴってゴブリン族は。それなら遠慮なんかいらないな。


「よし、突撃だっ!」


「クライン」


 振り返ると、シャルル・ブーツを履いた両足を投げ出して、おっさん座りをしたマヌーが右手を突き出していた。その握った手から親指だけが立ち、猫爪がピン!と伸びていた。サムズアップだ。


「死ぬにゃよ」


「おう」


 俺は同じ様にサムズアップで応えると、ネズミたちと共に駆けだした。


 先導は偵察ネズミからの報告を受け取っているらしいシロカゲだ。庭を横切る途中で何人もの冒険者らしきヤツらとすれ違った。魔灯ランタンを振り回して、なんだか誰かを追っているかのように慌てて走り回っている。そのせいか、それともネズミだから気にも留めないのか、俺っちたちは何の障害もなく進撃する。


 庭園を走り、馬小屋の脇を通り、壁の割れ目を抜け、床下、天井裏を駆けて……


 待ってろよ、ブ、フレーメ!

 もうすぐ助けてやるからな!





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