第4話 挑む背中へ

「ひっしょ……」


 ——。え? 必勝法?

 必勝法って、必ず勝つ方法って書いて“必勝法”のアレ?


 ハトが豆鉄砲を食らったかのような顔の御代みしろに、桂木かつらぎは人差し指を立てて見せた。


「こう質問してくれ。

『答えが1~3ならYes、4~6ならNoと答えろ』と」


 ……? 正直なところ。御代には、桂木の意図がわからなかった。


「え、でもだって……。

 それじゃ7~9は? 質問の中に入っていないじゃないですか」


「質問してみればわかる。

 いいから早く。時間がない」


 桂木は腕時計のタイマーを見せた。ゲームの開始とともに、抜け目なくストップウォッチのカウントを始めていたらしい。


 御代は理解も、納得もできていたわけじゃなかった。

 けれど時間切れへの焦りが。あるいは胸のどこかにある桂木への信頼が、御代を動かした。


 逃したチャンスはもう来ないかもしれないのだから。


「悪魔の絵柄が1~3にあればYes、4~6にあるならNoと答えて」


 目の前の悪魔に御代が問う。悪魔は微動だにせず、桂木と御代を見ていた。


 何も言わずにただ立っていた。


「……。

 なにか答えなさいよ。質問にはYesか Noで答えるんじゃなかったの?」

「いや。いいんだこれで」


 食って掛かろうとする御代を制したのは味方の桂木だった。


「あいつは質問に対して何も答えなかった。答えられなかった。


 ってことはだ。

 答えはYesでもNoでも答えられない、7~9の中にあることが証明された」


「——。ああっ!」


 そして、御代も桂木の意図に気がつく。

 同時にこの作戦が桂木の言うとおり、必勝法であることも。


 答えが1~3ならYes。

 4~6ならNo。


 そして7~9の場合は……どちらでもないから“無回答”


 悪魔はYesかNoしか回答しない。それ以外は“答えられない”。


 つまりこのゲーム。悪魔のリアクションはYesかNoかの2つではなく。

 質問によっては「Yes」「No」「無回答」の3つにできる。


 これはルールを逆手に取った作戦であることを、御代はようやく理解した。


 これならひとつの質問で、9つの選択肢を3分の1に。

 そして次の質問でさらに3分の1に。


 最後はたったひとつの答えに絞られる。

 運任せのゲームが、必ず勝つゲームへと変わる。


「終わらせようか。このくだらないゲームを」


 そうして桂木がゆっくりと口を開く。勝利を確定させるために。


「答えが7ならYes。

 8ならNoと答えろ」


 桂木の言葉に、悪魔はほんの少しの間を置いて。

 そして。


「“Yes”。二人の勝利ね。素晴らしい推理だったわ」


 桂木の解答を待つまでもなく、悪魔はゲームの決着を宣言した。






 小さな拍手の音が、鏡の迷宮に反響した。

 悪魔がそんな姿を見せたことで、御代にもやっと実感が湧いた。


 ゲームに勝ったのだと。


「やった! やりましたね桂木先輩っ!」


 桂木の両手をとり、御代はその場でとび跳ねた。けれど桂木は険しい表情を崩さず、悪魔に視線を釘づけていた。


「先輩……?」

「御代。喜ぶのはまだ少し早いかもしれない」


 桂木は御代に握られた手をそっと払うと、体ごと悪魔の方へと向けた。


「さて、俺たちはゲームに勝ったわけだが……このあとどうなる」


 不意の質問に、御代は首を傾げた。桂木が何を言いたいのかがわからなかった。


「え……? 帰れるんじゃ、ないんですか?」

「あいつは俺たちが勝ったら帰すなんて、ひとことも言っていない」


 桂木の指摘に、悪魔はひときわ強い喜色を浮かべた。


「さすがはゲームに勝っただけあって、頭がキレるわね。


 そう。私は勝敗によっては帰すと言っただけ。勝てば帰すだなんてひとことも言ってない。


 でもあなたはあえて聞かなかったのよね? 私はゲームに関して嘘はつかないと言ったけれど、その後の処遇まで本当のことを言うとは限らないから」


 その言葉で、凍りついたように空気が冷たくなったのを御代は感じた。

 まさかゲームの勝利は、終わりなんかじゃなくて。まさか。


「安心していいのよ。あなたは」


 桂木に寄りかかる御代に悪魔は視線を送った。

 自分を見るときだけ、悪魔はつまらないものを見るような目をする。御代にはそう感じた。


「暇つぶしの相手は、男性の方……桂木様だけで十分。桂木様となら、きっと満たされた戯れの時間を過ごせるはずだわ。


 さあ、一緒に参りましょう。私たちの世界へ。

 刺激的な暇つぶしを、ともに堪能いたしましょう」


 悪魔が桂木へと手を差しのべた。

 すると桂木の背後に黒い鏡が現れ、桂木の身体は吸い寄せられるように悪魔へと向かっていった。


「先輩……桂木先輩!」


 叫びながら駆け寄る御代に、桂木は困ったような表情を向けた。

 そして何か言葉を探るように視線を泳がせたかと思うと、鏡に身体を飲み込まれる寸前になって。


 最後の最後でこう残した。


「御代だけでも、助かってよかった」


 その言葉で、いやがおうにも御代は悟った。桂木がこの結末を想定していたことを。


 悪魔の目的は暇つぶし。

 だったら実力のある相手を、ゲームを楽しめる相手を、


 ——桂木が自分の力を見せつけるように推理を展開したことも。

 そして御代に何も相談せず、ゲームをクリアしようとしたことも。


 全部が自分を助けるために、桂木が選んだ行動だったのだと悟った。


「全部……ぜんぶ私のせいだったのに」


 御代が手を伸ばした甲斐もなく、桂木は鏡の中に消えた。その様子を確認すると、悪魔は片腕を鏡の中に突っ込んだ。


「それでは女性の方。ごきげんよう」

「待って」


 御代の言葉が……いや。

 先ほどまでとは違う御代の語気が悪魔を止めた。


 声から震えが消えていた。悪魔を見据えるその眼から、恐怖が消えていた。

 代わりに宿っていたのは、先ほどまではなかったはずの光だった。


 それが“覚悟”というモノあることは、悪魔が知るよしもない。それでも。


「私も連れて行って。人数は多い方が……遊びは面白いんじゃないの?」


 御代の放った言葉は、悪魔の気まぐれを揺さぶるだけの力を含んでいた。


「せっかく助かったのに、本当に知恵の足りないなのね。


 でも面白いわ。

 そんなに望むのなら連れていってあげる。戯れの舞台へ」


 悪魔が嗤った。それを合図に、鏡は再び紫の鈍い光を放った。


 御代の身体が、徐々に鏡へと吸い寄せられてゆく。

 抵抗はなかった。最後は自分の足で、御代は鏡に足を踏み入れた。


 ——桂木のもとへ行ったところで、自分に何ができるかなんてわからない。

 それでも、桂木を独りで行かせることなんてできなかった。


 たとえ力になれなかったとしても、せめて先輩のそばに行かなくちゃ。


「待っていてください。すぐに、私もそちらへ行きますから」


 鏡の外の明りが徐々に遠のき、闇が深くなってゆく。

 別の世界へ向かっているのを肌で感じながら、遠のく意識に御代は身をゆだねた。






 そして始まる。


 人間と悪魔の、長い戦いの幕があけた。








序章 『悪魔の九択ゲーム』 了

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