第11話 一回戦の結末

 それから後の戦場は静かなものだった。


 悪魔であることを見破られたフジウラが全てのチップを失った。それは“クラッシュ・チップ・ゲーム”における事実上の決着だった。


 ゲーム終了後にチップを失うのは、最下位の一名だけ。チップが0のフジウラが最下位なのは確定している。

 だから、誰も何もしない。静かにゲームセットを待つだけだった。


 桂木かつらぎはフジウラとの勝負が終わると、預かったチップを御代に返した。


「えへへ。お疲れ様です、先輩」


 気の抜けたような事を言って、御代みしろはチップを受け取った。


「もし俺がチップを返さなかったらどうしようとか、考えなかったのか」

「え? ……あ」


「俺が負けていれば、御代の分のチップまで一緒に砕かれてた。そういう可能性だってあった」

「うぅ、怒らないでくださいよう。無事に終わったんですから」


 別に怒っているわけじゃない。怒っているわけがないが、それにしても無茶をする。大概な自分を棚に上げて、桂木は思った。


 そして時間が流れ、ゲーム開始のコールから60分が過ぎる。ゲーム終了の時を迎える。


『それでは結果を発表いたします。


 上位から、吉田よしだ虎太郎こたろう様、桜海さくらみあや様、御代みしろ優理ゆうり様、桂木かつらぎ千歳ちとせ様。

 最下位はチップ0枚の藤浦ふじうらみさと様になります。


 既定の通り、上位の4名にはチップ5枚を差し上げます。

 お疲れ様でした。これにて“クラッシュ・チップ・ゲーム”を終了といたします』


 盛り上げようとも、勿体ぶろうともせず、ディーラーのシェリアは結果だけをそのまま告げた。


 スピーカーの音が途切れると、部屋の隅の扉が開いた。進めということだろうか。御代が桂木に視線を向ける。

「行こうか」桂木がそう言うと、御代は隣に並んだ。


 扉の向こうには長い廊下が伸びていた。少し遠くに扉が見える。


「何をするんでしょうね」

「手続きとかじゃないか? 普通に考えたら、だけど」


 “クラッシュ・チップ・ゲーム”の報酬であるチップ5枚が、まだ桂木たちの手に渡っていない。おそらくはこの後で、賞金が支払われるものだろうと予想された。


 もしくは……次のゲームに関わる説明がなされるか。可能性はいろいろと浮かんだ。考えようと思えばいくらでも。


 とにかく行ってみないことにはわからない。余計な考えを払って、桂木は前方の扉を見据えた。


「待ってくれ! 桂木君」


 そんな桂木と、隣を歩く御代の足を止めたのは吉田だった。


「よかった、追いついた」


 ひざに両手をついて、吉田は肩で息をした。


「あ……すみません、挨拶もなく行っちゃって。そういえば桜海さんも」

「桜海さんは、大丈夫。少しフジウラと話してから来るって」

「——フジウラさんと?」


 御代が不安げな表情を浮かべる。「いや、問題ないよ」桂木は御代に言った。


 桜海のしたいことはなんとなく予想がついた。おそらくは情報の収集。この世界のことがほとんどわかっていない以上、悪魔の口から語られる情報は千金に値する。話せばの話だが。


 まあ大して期待はできないだろうし、今はそんなことより。桂木は思考を切り替えた。


「俺たちに何か用だったか」


 桂木が訊いた。吉田は大きく頷いた。そして


「僕を、仲間にしてください!」


 思い切り頭を下げて言った。


「僕は最初のゲームで何にもできなかった。ただ怯えていただけで、君たちの力になれなかったのはわかってる。

 見ていることしか……できなかった。動くことができなかった。桂木君が助けを求めたときも、足がすくんで、怖くて。

 きっと、自分の事だけ可愛くて」


 軋んだ胸の痛みを抑えるかのように、吉田は手を当てた。それでも声は絞り出していた。


「でも君たちを見ていて思ったんだ。今の僕じゃダメなんだって。君たちみたいになりたい。変わりたい、って。


 桂木君はあの極限の中で、冷静に頭を働かせてフジウラを追いつめた。

 御代ちゃんはそんな桂木君の勝ちを信じて、自分の命を彼に預けた。


 今すぐに強くなれるなんて約束はできない。

 でも君たちと一緒にいたら、少しでも変わっていける気がするんだ。だから」

「——もういいです。吉田さん」


 気持ちの吐露を妨げたのは、穏やかな御代の声だった。


「私たちは一緒に悪魔と戦いました。だったら、もう仲間でいいじゃないですか」

「御代、ちゃん」

「同じ人間なんですもの。私たちは」


 裏も表もない微笑みで、御代は言った。


「いいですよね。桂木先輩」


 御代が問う。桂木は御代から目を逸らして


「……構わない」


 そう短く答えた。

 本心からの言葉ではなかった。


 人間だから、仲間になれる。そんな清潔な思想はとても桂木には受け入れられなかった。


 人間だっていろいろだ。善もあれば悪もある。

 ひとつのきっかけで、白が黒に裏返る。こんな状況じゃなおさらだ。


 吉田が信用できるかはなんとも言えない。ただ敵に回すよりは、味方だと思ってもらった方が都合はいい。御代の言葉に合わせた理由は、打算だけだった。


 正しくいられることが正義じゃない。たとえ冷酷でも、生き残る事。それがここでの正義なのであり。

 だから……それ以上のことは考えたらダメなんだよ。


 信念に釘を刺すと、桂木は握手の手を差し出した。

 吉田は目じりを腕でこすると


「ありがとう。——僕、きっと君たちの力になるから」


 そう言って、桂木の手を握り返した。

 太いのか細いのかわからない絆が、ここに結ばれた。


 ——何はともあれ、彼らは次のステージへと向かう。

 最初のゲームを生き延び、次の戦いへ挑む権利を得る。


 その先に何が待つか、彼らはまだ何も知らない。

 それでも進む。退路のない道を。


 それぞれの信念だけを支えに、前へ前へ。足を踏み出してゆくのだった。

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