第12話 潜伏

 桂木たちの去った戦場。

 一回戦“クラッシュ・チップ・ゲーム”の行われた会場には、敗北を喫した悪魔の姿が残っていた。


 燃えつきかけた蝋燭の鈍い灯りに囲まれ、フジウラはテーブルに散らばったチップの破片を見つめた。


「よもやあなたが、こんな形で敗れるなんてね」


 背後からの声に、フジウラは「そうね」と、まばたきもせずに答えた。


「結果にこだわるつもりはなかったし、その必要もなかったわけだけれど……さすがに驚いたわ。あんな人間がいたなんて」


 フジウラの脳裏には『クラッシュ・チップ・ゲーム』を戦った人間たちの姿が浮かんでいた。


 桂木かつらぎ千歳ちとせ御代みしろ優理ゆうり

 二人はそれぞれ、フジウラが見たことのない種類の性質を持っていた。


 極限の中で、考え難いことを考えつく強さ。信じ難いものを信じぬく強さ。


 目の当たりにしたそのとき、フジウラは右胸の心臓が高鳴るのを感じた。


 高揚したのだ。

 たかが人間との、たかが戯れに。


「興味がわいたの? あの二人に」


 見据えたような指摘に、フジウラはくすっと笑った。


「そうね。私はこれでリタイアだけれど、見届けたいと思っているわ。あの二人がどこまで残れるのか。

 それにあなたとの対決もね。サクラミ」


 フジウラが振り返る。

 サクラミアヤの黒い瞳が、フジウラの視線と重なった。


「というかあなた、すましていないでそろそろ教えてよ。桂木のことも気になったけれど、最大のひっかかりはあなたの事だったわ。サクラミ。


 どうしてあなた、悪魔なのに心臓が普通に左なの?」


 ゲーム中盤からずっと抱いていた疑問をフジウラは口にした。

 桂木が鼓動の位置に関する推理を展開したとき。焦りとともに抱いたのは、サクラミの身体に対する疑問だった。


「人間の姿を借りているなら、あなたも私と同じように鼓動は右にあるはず。

 なのに胸を触らせても、桂木はあなたの正体に気づけなかった」

「ああ、そのこと」


 サクラミはそっと左胸に手を当てた。

 借り物の心臓が、静かに規則正しいリズムを刻んでいた。


「私は多くの悪魔と違って、心臓が左の身体を持っているの。

 だって姿をコピーするとき、わざわざ鼓動が右にある人間を選んだから」

「! じゃああなた」


「ええ」何も特別なことではない風に、サクラミは種を明かした。

 桂木を欺いた彼女のトリックを。


「気がついていたの。胸を触れるという手段で、悪魔を特定できるということを。

 そしてその手段に気がつくほどの人間と戦うときに備えて、鼓動がきちんと左の身体を用意しておいたの」


「はー……」フジウラは驚嘆の声を漏らした。


「探すのに苦労したでしょう? 相変わらず周到なのね。単なる戯れなのに」

「真剣でないならやる意味がない」


 茶化すようなフジウラの言葉を受け流し、サクラミは髪をかき上げた。


「遊びなら負けてもいいの? 本気を出していないなら、功を成せなくても仕方がないの? 私はそういう風には思わない。

 戯れでも何でも、徹しなければ意味がないのだから」


 あくまでも私の個人的な考えだけれどね。別にフォローのつもりはないが、サクラミはそう付け足した。


「そう、私は徹底的にやる。人間に勝つことが私たちの最終的な目的じゃない。

 けれどどうせやるからには、尽くせる手は全て尽くすわ。この先の事も含めて」


「クラッシュ・チップ・ゲームで最後まで正体を隠し通したのも、次のゲームに備えてのことね」


 フジウラの見解に、サクラミは頷いた。


「というよりも、クラッシュ・チップ・ゲームはそのためだけのゲームだった。

 私を、彼らと同じ人間だと思いこませるための戦いだった。


 その下準備もこのゲームの決着とともにようやく完了した。


 心臓が左の私を、桂木は今も人間だと思っている。それが最大の隙。


 その隙につけこんで、私は次のゲームを戦うわ。今度は潰すつもりでね」


 ゲーム中には片鱗すら見せなかった仄暗い悪意を、サクラミはようやく外に出した。


 淡々としているようで、なんだかんだ、あなたも私と同じね。フジウラは満足げな笑みをサクラミに向けた。


『フジウラ、そしてサクラミ。両名ともお疲れ様でした』


 スピーカーから流れた声はディーラーの、そしてフジウラたちの同族でもある悪魔、シェリアの声だった。


「あなたもね。というかゲームは終わったのだから、私らのこと、普通に本名で呼べばいいじゃない。

 ディーラー組はその辺、融通が利くんでしょ。私たちと違って」


 フジウラの言葉に『そうしたいところなのですが』シェリアは答えた。


『普段からプレーヤー名で呼ぶことに慣れておかないと、コールの際に間違えそうになるのです。

 ディーラーの一人を任されている以上、そういったミスは許されませんから』


「みんなすごく真面目ねえ」


 もしかして、いい加減なのって私だけ? 首を傾げてフジウラは呟いた。

 そんな彼女を尻目に、サクラミは「他のブロックの様子は」そう尋ねた。


「少々お待ちください」シェリアは少しの間を置いて、質問に答えた。


『現在の時点で、Aブロックを除くすべてのゲームが終了していますね。お二人が連れてきた人間は二名とも順当に勝ち上がりを決めたようです。


 特にサクラミ。あなたが連れてきた人間はとても面白い。


 なんと彼女はそのブロックで行われたゲームを単独で制圧。

 六名のプレーヤーから合計で120枚のチップを奪い取りました。全ブロックで最高の額です』


「120枚……それは確かなの?」


『はい。そういう記録が届いています。

 そして更に驚くべきはその後のことです。


 彼女は100枚を超えるチップを得てなおも、ゲームの継続を表明いたしました』


「継続を表明……」


 耳を疑う情報に、サクラミは思わずシェリアの言葉を繰り返した。

 チップ100枚はゲーム離脱の権利を得るための条件。条件を満たしたからといって、すぐさまゲームを抜けなければいけない決まりは確かにない。


 変わった人間なのはサクラミも知っていた。それにしたって、この情報は変わっているとかそういうレベルの話ではないと思った。

 常軌を逸していると言ってもいい。


『サクラミ。あなたがこのブロックを勝ち進めば、3回戦で彼女とまみえることになるでしょう』


「——そう。情報をありがとう、シェリア」


 礼を述べながら、サクラミは手の中のチップを見つめた。


 桂木千歳・御代優理という異分子の存在。

 それに加えて、自分の連れてきた人間もまた、悪魔の想定を超えた次元の行動に出ている。


 そのことを思うと俄然、その先のゲームがサクラミにとって楽しみに変わった。


 何が起こるかわからない。それはここに連れてこられた人間の多くにとっては恐怖でしかない。

 けれど人間と反転した世界に住まう悪魔には、少なくともこの事象に限って言うならば、歓迎すべきことのようで。


「退屈をしそうにないわね」


 湧きあがる悦びを隠そうともせずに、サクラミアヤは笑みをこぼした。





一回戦 クラッシュ・チップ・ゲーム 了

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