二回戦 脱獄ゲーム

第13話 檻の中

 どれだけ快適でも、自由に出入りができなければ檻と変わらない。そんなことを桂木かつらぎは思った。


 “クラッシュ・チップ・ゲーム“に勝利したプレーヤーたちは、賞金のチップと少々の説明を受けた後、それぞれの個室へと案内された。


 二回戦までのインターバルである24時間を過ごすためだけの部屋。


 12畳ほどの生活空間に、トイレ付のユニットバスやベッド、水道などの設備は一通りが揃っていた。備え付けの冷蔵庫には菓子パンやブロック栄養食品など、駅の売店に見られるようなラインナップの食べ物が保管されている。


 本棚には数冊の文庫本もあり、過ごすのに不自由がない程度の環境は考えられていた。

 

 ストレスを与えてはゲームに支障が出る。

 それでは面白くないと考えているのだろうか。


 不都合のないことが、不愉快でないことを約束するわけじゃない。

 ひときわそれを感じさせたのは、外側から鍵のかかった扉と、小窓に設置された格子の存在だった。


 室内でなにかする分にはある程度の融通がきく。反面、外部とのコンタクトはかなりシビアに制限されている。

 軟禁という言葉が桂木の頭に浮かんだ。


 ここは部屋じゃない。単なる快適な檻。

 そんな表現がしっくりときた。


 さて、そんな環境で彼はどう過ごしたのかというと……そのほとんどが不毛な考えごとの時間に終わりそうだった。


 魔界とやらは普通に冷蔵庫とかトイレがあるものなのか。このゲームのためだけに用意されたものなのか。人間の性質をコピーしている以上、悪魔にも必要なものなのか。


 どれだけ手間と時間がかかっているんだろう。なんのためにそんなことをする?


 もちろん考えたところで結論など出ない。行き詰まって、別のことを考える。


 他のプレーヤーはいまどんな風に過ごしているのか。自分と同じように、考え事をしているんだろうか。

 今外の世界はどうなっている? 俺や御代みしろも含めて、失踪者みたいに扱われているんだろうか。


 さまざまな仮説が浮かんでは消える。

 やはり何一つ、結論を出せないままに。


 堂々巡りの考察に嫌気がさして、眠りに逃げようとしたのはかなり早い段階だった。が、それはそれで楽なものじゃなかった。眠れないのだ。


 枕が変わると寝つけないタイプの桂木が、次元の変わった世界で寝つけるはずもなかったわけで。


『時間となりました。プレーヤーの皆様は会場へお越しください』


 アナウンスが入ったとき、桂木の眼もとにはうっすらと隈ができていた。


 ちくしょうが――恨み言のように呟いて、桂木は両手でほおを叩いた。






 ロックの外れた扉を出ると廊下があって、その先には階段があった。下りの階段を下りると通路がのびていて、今度は昇りの階段へと続いた。地下通路みたいな感じだ。


 階段の上には大仰な装飾の扉が待ち構えていた。おそらく二回戦の会場に通じる扉。

 ここでまた、命がけのゲームが始まる。


 深呼吸をして、扉を押す。キィ、と甲高い音を立てて、重量のある金属の扉が開く。


「はい次は腕を大きく回すうんどーっ!」


 果たしてその命がけの舞台では、御代みしろ優理ゆうりが元気いっぱいのかけ声を発していた。


「いっち、にっ、さんっ、しっ!

 あ、先輩! おはようございます!」

「——おはよう。

 で、御代みしろ。お前は何をしている? 」


「え? 見てわかりませんか」

「俺の見間違いじゃなきゃ、ラジオ体操だな」


 それも第二のパートだ。


「そうですよ。日本人の寝起きといえばやっぱりこれですよね。頭がすっきりします。

 あ、先輩もご一緒します?」

「いや、ご一緒しないが……」


 固まった表情のまま視線を動かす。

 振り返った御代の向こうでは、吉田が彼女のかけ声に合わせて体を動かしていた。


「いっち! にっ! さんっ! しっ!」

「いち、に、さん、し……」


 吉田の目が、というかテンションが口ほどに物を言っていた。付き合わされたんだろうな。御代に。

 結局、御代の体操は第三パートの終わりまで続いた。


「ふう、いい汗かきました」


 そう言って御代はハンドタオルで首筋をぬぐった。タオルは桂木の控室にあったものと同じものだった。


「なんというか……お前はすごいな」


 桂木が言うと、御代は「なにがですか?」と小首を傾げた。


「いや、よくそんないつも通りでいられるなと思って」

「……私だって、怖くないわけじゃないです。でも明るくしてなくちゃ、余計に怖くなっちゃうじゃないですか。

 元気だけが私の取りえなんですから」


 御代はタオルで顔をふきながら答えた。少しだけ唇を結んでいるのが、タオルの隙間から見えた。


「本当にいい娘だなあ、御代ちゃんは」


 しみじみと吉田が言った。桂木も少しだけ思ったが、口にはしなかった。

 言えば百パーセント御代は調子に乗るし、そうなるのは癪だった。


「状況がきっついのは承知の上です! でも元気出していきましょうよ。

 ほら吉田さんも、元気がたりませんよ! 寝不足ですか?」

「え……っていうか御代ちゃんは眠れたの?」


「疲れてましたからね。それはもう、ぐっすりと」


 けろっと答えた御代に、吉田と桂木は顔をひきつらせた。


「大物かもしれないね。ある意味」

「え? 大物って私がですか? えへへ、ほめられちゃいました」

「ああ。ある意味な」


 含みがあることなどつゆ知らず、御代は薄い胸を張った。幸せな子だと男二人は思った。

 そうなりたいかは別として。


「それにしても、変わった会場ですね。ここ」


 室内を見渡しながら、御代が話を変えた。つられるようにして桂木も視線を巡らせる。


 そこはコロシアムのような円形の部屋。入ってきた扉とは別に、四つの鉄扉があった。

 東西南北の位置に(かどうかはわからないが)それぞれ一つずつ。そして桂木たちのいる空間には、モニターの他に何もない。


「本当にここでゲームが行われるのか、って感じだね」


 吉田の感想に「まあ、じきに説明があるだろう」桂木が相槌を打った。


 そんなやりとりを交わしていた矢先、出入り口の扉がまた開いた。


 入ってきたのは桜海さくらみあや。一回戦で桂木たちと同じゲームを戦ったプレーヤー。


 彼女は桂木たちと二言、三言の挨拶を交わすと


「ベストを尽くしましょう。お互いに」


 そう言って、わずかにほほ笑んだ。


 続くようにして、新たに二名のプレーヤーが入室する。

 一人は老人。六十前後に見える男性だ。もう一人は、高校生くらいだろうか。派手な金髪に、耳を埋めつくす無数のピアス。見る者の警戒心を煽る風貌の少年だった。


 六名が揃うと、役者が揃ったのを認めたように、モニターへ光が点った。


 どこか牧歌的だったインターバルの時間から一転、再び非日常の幕が上がる。


『プレーヤーの皆様、お待たせいたしました。今回このゲームを仕切らせていただきます、シェリアと申します。

 それでは早速、二回戦のゲームを発表いたしましょう。


 ゲームの名前は“脱獄ゲーム”


 皆様にこの会場から脱出を目指していただくゲームでございます』

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