第32話 紛れ込む嘘つき
「ちょ、ちょっと待ってください!」
本戦開始のコール直前。
スピーカーに向かって質問をぶつけたのは
「おかしいです、全員がと、トラップルームなんて!
なにか間違っているんじゃないですか!?」
必然の抗議だった。なぜなら彼女らは情報を公開しあい、ちょうど3票の集まったルームCへと集まったのだ。
3人に表示されたCがトラップルームであるのなら、セーフルームはいったいどこだったんだって話になる。
『ただいまルームBの御代様から質問が出ましたので、お答えいたします。
間違いなどはございません。セーフルーム0名、トラップルーム6名。
この結果は確かなものでございます』
同じ声がシャッターの向こうからも微かに響いた。
プレーヤーから質問が出た場合、その内容と回答はすべての部屋に伝えられるようだ。
「……。じゃあどの部屋がセーフだったんです?」
『さっきのゲームはどの部屋がセーフルームだったか、というご質問ですね。
残念ながらお答えできません。
各ピリオドの終わりに与えられる情報は、セーフルームに何名、トラップルームに何名が避難をしたか。それだけでございます。
もちろん誰にどの情報が表示されていたのか。それも答えできません。
他に質問はございますか』
聞きたいことなら死ぬほどあった。
どうしてこんなことになったのか。誰が嘘をついていたのか。
挙げたらキリがないだろう。
けれどどの質問も返答は期待できそうになかった。
沈黙のまま、無為に質問の受け付け時間だけが過ぎていく。
『——質問はないようですので、これより第1ピリオドを開始いたします。
なお、これよりゲーム終了まで一切の質問・抗議は受け付けられませんのでご注意ください。
それでは装置に情報を送ります。液晶をご覧ください』
頭の整理がつかないまま、桂木と御代は液晶画面を見た。
表示された文字はそれぞれAとCだった。
『それでは、これより第1ピリオドの移動時間とします。
20分以内にセーフルームを特定し、移動を完了ください』
からからと音を立てて分厚いシャッターが開いた。しかし桂木たちはその場を動けずにいた。
さっきの状況を解決しない限り、第1ピリオドも模擬ゲームの二の舞になると分かりきっていたからだ。
「先輩……いい、一体、どうしてこんなことに」
「とりあえず冷静になれ」
「そ、そうですね。まずは落ち着くことが第一、ですね……」
すーはー、すーはーと深呼吸を始める御代。桂木も大きく息を吸って、瞳を閉じた。
そうして頭を冷まし、思考を覚ます。
模擬ゲームで吉田の策が破たんしたのは、もちろん誰かが嘘をついたからだ。
しかし避難に失敗したのが6名ということは、その“嘘つき“も含めて全員が罠を踏んでいることになる。
だとすれば敵の狙いは、本番で他のプレーヤーを混乱させることだろう。
戸惑えば嘘つきの思うつぼだ。
「まずは模擬ゲームで嘘をついた奴を特定する。御代も状況を思い返してくれ」
御代が小さく頷く。
二人は模擬ゲームの流れを順序だてて振り返ることから始めた。
「最初にルームA出発の2人、吉田と
その提案に
そのあとは神谷の提案で、4人が先に情報を喋ってから、残る俺と
情報を明かした順も同じだったよな」
うんうん、と御代が頷く。
「とりあえずここまでを整理しよう」
桂木は個室から持ち出したペンとメモ用紙を取り出し、そこに図を記した。
○各プレーヤーの明かした情報(発言順)
吉田=B
神谷=C
↓
霧継=A
↓
御代=B
↓
桂木=C 立羽=C
「A1名、B2名、C3名。この結果をふまえて俺たちはルームCへと移動したわけだが、結局、避難に成功したプレーヤーは0。
全員がトラップルームに避難してしまった。
今の時点でわかっていること。
それは自分の情報が「C」だと言ったプレーヤーの中に最低一人の嘘つきがいることだ」
「本当に3人がCの情報を受け取ったなら、避難は成立していたはずですからね」
容疑者はCと宣言した
この中に最低一人の嘘つきが紛れ込んでいるのは確定だ。
「だが俺は御代も見た通り、確かにCの情報を受け取った。嘘はついていない。
だとすればルームA出発の神谷か、ルームC出発の立羽のどちらか。あるいは両方が嘘つきということになる」
さらにもう一枚のメモを取り出す。
御代は推理についていけるよう、集中して桂木の言葉に耳を傾けていた。
「まずは神谷。おそらくだが、彼の情報に嘘はないだろうと予想できる」
「吉田さんが信用しているからですか?」
「それもあるけど」
桂木はとりあえず肯定しておいた。そう思いたい気持ちもないわけではない。
だが根拠はもっと別のところにある。
「嘘の情報を流すのは最初じゃ難しいからさ。
最初についた嘘は、後から明かされた情報によって矛盾が立証されるかもしれない。
だったら他の情報がほぼ揃っていないあの時点で、神谷が矛盾のない嘘をつくことは不可能だった」
「じゃあ……嘘つきは最後に情報を言った立羽さんですか……?」
御代の質問に、桂木は首を横に振った。
「厄介なのはそこなんだ。実は立羽も狙って嘘をつくことはできない状況だった。
あの時点で揃っていた情報は、A1、B2、C1。
立羽は「C」と言った。
けれどそれが適当に言った嘘なら、俺が「A」と答えた場合に矛盾が発覚してしまう」
——例えば、本当はAだった立羽がCと嘘をつく。
しかし俺の情報がAだった場合、ABCがそれぞれ2票で横並びになってしまう。
そうなれば嘘つきの存在はあの場でバレていた。
そんないい加減な嘘をつくとは考えにくい。
「じゃあ先輩が、立羽さんに情報を一緒に言おうって提案したのも」
「ああ。立羽が情報を後出しできないようにするための小細工だった。
だから立羽も、神谷と同じく嘘はつけない状況にあった」
「え……それじゃあ」
「そうだ。誰も嘘はつけなかった。あの時点ではね」
神谷と立羽のどちらかは嘘つき。
しかしどちらも嘘をつけないという矛盾の壁が立ち塞がる。
二人の思考は完全に行き詰まっていた。
厳密に言えば、まだ考えられるケースはある。例えば嘘つきが2人、3人、あるいはそれ以上である可能性。
仮説をひとつひとつ検証してゆけば、いずれは有力な論理に行き着くだろう。その可能性は高い。
しかしそれら全てを検証するには、1ピリオド=20分という時間はあまりに短すぎた。
現にいま2つの可能性を洗うだけですでに8分の時間を要したのだ。
きっと嘘つきもそれを考慮に入れて、他のプレーヤーを嵌めたのだろう。
困惑したプレーヤーたちが、たった20分で自分を突き止めることはできないと知った上で。
姿の見えない“嘘つき”はかなりの狡猾さを持った人物であるようだった。
(ルームAの吉田・神谷ペア。
ルームCの立羽・霧継ペア。
この中に最低でも一名以上の敵がいる。それは分かっている。
分かっているのに、くそ。現状ではなんの手も打てない)
「うろたえることはないわ、桂木さん」
背中からの声に、桂木と御代は大きく肩を震わせて振り返った。
つい先ほどまでルームCにいたはずの女性、
「嘘つきが誰だかわからずに困っているのよね?
大丈夫。その不安は今からわたくしたちが払拭して差し上げるわ。
このゲームにはね。必勝法があるの」
そう宣言して口元をつり上げる霧継。
不敵な笑みはまるで女神のようにも、悪魔のようにも見えた。
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