第31話 模擬ゲーム

 ルームA~Cの3つの部屋がある。

 うち1つは、セーフルーム。残りの2つはトラップルーム。


 送信された情報のうち、3人に表示された文字はセーフルームを示している。

 2名と1名に送信された文字はトラップルームを示している。


 制限時間は20分。

 プレーヤーたちは情報を集め、セーフルームを特定し、そこへの避難を目指す。


 それを3ピリオド繰り返す。

 これはそういうゲームだ。


 ミレイユの合図とともに、ルームを仕切るシャッターは開いた。


 まずは情報をかき集めなくては。そう考えた桂木ペアは、すぐさま吉田のいるルームAへと足を運んだ。


 するとそんな様子を見てか、ルームC出発組の立羽たては霧継きりつぐもルームAへとやってきた。

 瞬く間に全てのプレーヤーが一か所に集った。


 程度に差はあれど、皆が緊張の面持ちをしていた。


「みんなの方から来てくれたんだ。

 ……ちょうどよかった。話したいことがあったんだ」


 吉田は同じくルームA出発組の神谷かみやに目配せをすると、口火を切った。


「僕と神谷君の他にも、このゲームを引き分けで終わらせたいって思う人はいるかな」


 顔を見合わせる桂木たちを前にして、吉田は説明をつけ加えた。


「神谷君が気づいたことなんだけどさ。このゲームは全員が勝者になってもチップが増えるゲームなんだ。


 僕ら6人が賭けたチップは全部で180枚。けど勝者に与えられるチップは、210枚÷勝者の人数分。

 つまり6人みんなで勝ったとしても、ひとり5枚のチップが増えるんだよ。


 だったら無駄な潰しあいなんかすることないじゃないか。

 引き分けで終わらせちゃえばいい。


 僕と神谷君は了解済みだから、あとは4人が賛成してくれたなら、誰も損せずにゲームを終えることができるんだ」


 懇願するかのように吉田は訴えた。脇の神谷も難しい表情で言葉に耳を傾けていた。


「僕はみんなを信じる。

 だから頼むよ。協力してくれないか」


 そんな吉田へ最初に同意の意思を示したのは、ルームC出発の女性、霧継きりつぐ怜奈れいなだった。


「わたくしは是非、その作戦に乗らせていただきたいわ。

 これならリスクもなくチップが増やせるし、それになにより、みんなで助け合おうという考えが素敵じゃない」

「あ、ありがとう。霧継さん!」


 吉田の顔がぱっと明るくなる。


「私も協力します! 吉田さん!」


 続いて御代みしろが同意し、吉田と神谷の案にはすぐに過半数の賛同者が集まった。


 残るは桂木と、ルームC出発組の立羽たてはの二名。


 黒のスーツをぱりっと着こなす女性……立羽たてはしおりは、腕を組み思案する様子を見せた。

 ショートヘアの髪や黒のスーツが、精悍な顔つきによく似合う女性だった。ぴんと伸びた背筋は、生真面目さと知性を桂木たちにイメージさせた。


「私も提案のメリットは理解しております。ただその手立て、果たしてうまくいくのでしょうか」


 前置きをしながらも、立羽は同意に踏み切れない理由をためらいなく口にした。

 言葉を濁すことは逆効果だと理解している口ぶりだった。


「私もみなさんを信じたい気持ちは同じです。けれどもしも、誰かが嘘の情報を流せば作戦は破綻してしまいます。

 私はそれを恐れているのです」


「——もしかして桂木君もそう思うから、誰かが嘘をつくと思ってるから、同意してくれないのか」


 立羽の言い分を飲み込んだ吉田は、応じるよりも先に桂木へ話を振った。

 桂木は返答に窮した。図星だったからだ。


 俺は吉田や御代ほど他人を信用しちゃいない。

 6人の中に、嘘つきがいない保証がどこにある?


 だがそんな思いを公然と口にするのはためらわれた。

 ここで4人に敵視されたなら、少数派となった桂木と立羽がゲームを戦うのはかなり苦しくなる。


 どう返すのがベストか。どう繕うのがベストだろうか。


 桂木は相槌もうてずに押し黙った。

 そんな桂木に痺れを切らしたのか。吉田は苦い表情を浮かべる。


 だが沈黙を先に破ったのは神谷だった。


「では、こうするのはどうでしょう。立羽さんと桂木さんの情報提供は、賛同した4人がそれぞれの情報を明かした後にする。


 そうすれば、情報に矛盾が生じたかを桂木さんと立羽さんは判断することができます。

 どうですか。吉田さん」


「え、あ、うん。

 ……霧継さんや御代ちゃんがよければ、僕は」


 神谷の提案は、どこか焦燥にかられた様子の吉田を収めた。


「わたくしは、それで良いと思うわ」


 検討の間も置かずに霧継は同意をした。

 だがその一方。同意に二の足を踏んでいたのは御代だった。


 彼女の行動指針が桂木と分かれたのは今回が初めてだった。そのせいだろう。

 吉田に協力したいが、それを桂木がどう判断するか読み切れず、しきりに視線を送っていた。


「(先輩……)」

「……」


 だがゲームはあくまで自己責任の個人戦。

 桂木はあえて御代の目配せに応じなかった。


「まず僕と吉田さんの情報から言います。

 僕の見たアルファベットはC、そして吉田さんはBです」


 神谷は御代の返答を待たず、先手を打つ形で自分と吉田の情報を明かした。


 そして視線はすぐさま御代と霧継に向けられる。

 さあ、僕らは話しましたよ。次はあなたがたの番ですね、とでも言わんばかりに。


「わたくしの文字は、A、だったわ」


 プレッシャーなど意に介していないのか、それとも気づいていないのか、霧継は悠然と答えた。


 それを皮切りに御代へ視線が集まる。

 作戦への賛同を表明した手前、もう引き延ばすこともできなかった。


「B……でした」


 御代は正直に自分の情報を公示した。


「さあ、僕たちは言ったよ。あとは桂木さんと立羽さんだけだ」


 注目が桂木と立羽に向けられる。桂木は立羽の横顔に目をやった。

 開きかかった唇。今にも何かを決断しようとしている。


 もうこの流れを止めることはできない。桂木は悟った。

 だったら……せめて。


「立羽さん」


 桂木が声をかけると、立羽は吸った息を飲んで、声の主へ視線を向けた。


「俺たちは同時に情報を言うことにしよう」


 桂木の意図を把握したかそうでないかは分からない。しかし立羽は質問をせず頷き、合意の意思を示した。

 合図とともに、足並みを揃えて声を出す。


「せーの」


「「C」」


 ——桂木と立羽が明かしたアルファベットは共に「C」だった。


 これで6つの情報が全て出そろった。


「結果は……A1人にB2人、C3人だね。

 よし、うまくそろった! セーフルームはCで決まりだ!

 これで全員、このゲームをクリアできる!」


 吉田が喜びの声を上げた。その隣で、神谷はほっとしたようにため息をついていた。


「良かったですね! 吉田さん」

「うん。御代ちゃんもありがとう!」


 吉田と御代は、今にも手を取り合わんばかりの喜びようだ。霧継はその傍で静かに微笑を浮かべていた。


 少なくとも4人は皆、ゲームの平和な決着を確信しているようだった。


 それからプレーヤーたちは全員でルームCに集まり、移動フェイズ終了までの時間を潰した。

 大して長い時間でもなかったが、これ以上はやることがなく暇だったので、桂木はなんとなく辺りの観察をしていた。


 コンクリートに囲まれた部屋。プレーヤーとその私物、あとはゲームに使う時計と見取り図以外は何もない。

 部屋にあるのは蛍光灯と扉、時間を示すモニター、そしてスピーカーくらいのものだ。殺風景の極み。


 いくらゲームを行うだけの会場とはいえ、もう少し飾り気があってもよいのではないか。そんなことを考えてしまう。


 まあ1時間ちょいのゲームだし、贅沢は言うまい。桂木は静かにタイマーに目をやった。

 移動フェイズの終了まで、残された時間はわずかとなっていた。


『時間となりました。現在の所在地が、“避難場所“ということになります。

 それでは結果の発表に移ります。

 皆様、出発した部屋へとお戻りください』


 ミレイユの指示を受け、桂木は御代と共にルームBへと戻った。どうやら結果の発表は出発地点のルームで聞くことになるらしい。


 全員が戻るとシャッターは閉まり、各ルームは密室と化した。


『皆様の入室が完了したしました。これより模擬ゲームの結果発表を行います』


 桂木も御代も肩の力を抜いてミレイユの声に耳を傾けた。緊張はなかった。

 なぜなら彼らは全員がこのゲームの必勝法に協力したのだ。失敗など起きようはずもない。


 しかしその直後になされたアナウンスは、耳を疑うものだった。


『ただいまのゲーム。


 セーフルームに避難したプレーヤーは0名。

 トラップルームに避難したプレーヤーは6名という結果となりました。


 ゲームのやりかたはお分かりになりましたね。

 それではこれより“トラップルーム”の本番を開始いたします』

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