第30話 トラップルーム
『トラップルーム。
このゲームは罠の仕掛けられた部屋を見抜き、そこから退避するゲームでございます』
ミレイユは桂木たちの戦った二回戦までのディーラーの例にもれず、淡々とした調子で説明を始めた。
『それでは皆様より向かって右手側の部屋へとお進みください』
案内に従って、それぞれのプレーヤーが移動をする。
二つの部屋の間に扉はなかったが、境目の上部には、シャッターのような金属の先端が見えた。
観察しながら右手の部屋へと移動する。そこには、腕時計みたいな形状の装置と会場の見取り図が床に直接、置かれていた。
装置にはプレーヤーの名前がそれぞれ刻んである。
全員の名前を一通り確認すると、桂木は自分の名前の書かれた装置を拾い上げ、ベルトを手首に締めた。
腕時計のような形状の装置。画面が液晶になっているが、今は何も表示されていない。
『——皆様、装置を手首に装着されましたね。
それではルールの説明をいたしましょう』
コンクリートで固められた空間の冷たい空気が震えた。
『いま皆様のいる部屋を含め、ステージは三つの部屋で構成されています。
それぞれをルームA・ルームB・ルームCと呼びます。
ゲームが始まると、三つの部屋のうち二つが“トラップルーム”に指定されます。
皆様はトラップルームではないたったひとつの部屋を特定し、そこへの避難を目指していただきます。
そして各ピリオドのトラップルームを推理する材料となるのが、皆様の腕にはめていただいた装置です。
この装置はきわめて重要な情報を示すものですので、肌身から離さないようにしてください。
これから情報を送信いたしますので、液晶の部分を注意してご覧ください』
全員が装置に目を落とす。
桂木の画面にはAの一文字が浮かび上がった。
そしてその文字は三秒ほどの時間が経つと、勝手に消えた。
「なんか、アルファベットが表示されたけど」
吉田が液晶から目を離して言った。
『吉田様。液晶にはなんの文字が表示されましたか』
「B、だったけど」
吉田は桂木の見た文字とは別の文字を口にした。
受け取った情報は人によって異なるらしい。
『では、神谷様は』
「……」
『ゲームの結果に影響はございませんので、お答えください』
「僕は、Aでしたが」
神谷少年の告げた文字は、桂木と同じAだった。
それからミレイユは順番に、プレーヤーがそれぞれに見た文字がなんだったのかを尋ねた。結果は
・A3名
・B1名
・C2名
となった。
『全員の情報が出そろいましたね。
分かっていただけたと思いますが、皆様の装置にはそれぞれ別のアルファベットが表示されています。
この文字が、トラップルームを特定する最大の手掛かりになるのです。
皆様が避難すべき部屋“セーフルーム”がどこであるのかは、6つのうち3つの装置に表示されます。
そして回避すべき部屋“トラップルーム”がどこであるのかは2つ、あるいは1つの装置に表示がされます。
つまり今回は3つの装置に表示されたルームAが、セーフルーム。
1つ表示されたルームB。
2つ表示されたルームCはトラップルームだったということになります』
なるほど、だんだん分かってきた。
装置は全部で6つ。
うち3つに表示された文字だけが避難すべきセーフルームを示し、残りがトラップルームを示している。
今回の場合はAの文字が表示された自分と神谷、そして立羽の3人がセーフルームの情報を受け取った。
そして残りの3人はトラップルームの情報を受け取ったということだな。桂木はそのように解釈をした。
『どの装置にセーフルームの情報が送信されるかはまったくのランダムです。
皆様は自分の情報が“セーフルーム”なのか“トラップルーム”なのかを推理し、セーフルームへの避難を目指すのです。
移動のできる時間は1ピリオドにつき20分間。
その時間内に推理を行い、セーフルームへの避難を完了させてください』
プレーヤーの視線は自然と配布された見取り図に落とされた。
部屋は3つ。
三角形に配置され、どの部屋からでも残り2つの部屋に移動できるようになっている。
『各ルームには2つの出入り口があります。
たとえばいま皆様のいるルームB。左手の出入り口をくぐればルームCへ行くことができますし、来た出入り口を戻ればルームAに戻ることができます。
移動はどういうルートを利用してもかまいませんし、時間内であればどのルームで時間を過ごすかも自由です。
20分が過ぎると各ルームをつなぐ出入り口はシャッターで塞がれ、移動ができなくなります。
その時点の所在地が、各プレーヤーの“避難場所“となります。
“避難場所”がセーフルームだったプレーヤーは、1ピリオドにつき1ポイント(1pt)が付与されます。
それを3ピリオド繰り返し、最もポイントの多かったプレーヤー全員が勝者となるのです』
セーフルームに避難した回数がそのままゲームの成績となる。
そして最も成績の良かった者の全員が勝者。
全員、ということは“服毒ゲーム”のように、引き分けは全員が共倒れになるとかそういう性質のゲームではなさそうだった。
「それで、今回のゲームで賭けられるチップはおいくらなのかしら」
誰もが疑問に思っていたことを、最後に入室した女——
軽くウェーブのかかった黒髪に、少しだけたれた目じり、微笑みをたたえた口許。
レースの入ったロングのスカートに、控えめな紺色の薔薇のあしらったブローチ。
てっぺんから爪先まで、霧継は女性のたおやかさを体現していた。
緩やかで穏やかな雰囲気。
それでもこのAブロック。勝者だけが集まるブロックに駒を進めることができたのは彼女とて同じ。
桂木は水晶みたいに透き通った
にしても。
桂木は足元に置かれた、おそらくは彼女の持ち物であろうシルバーのケースに視線を奪われた。
小さいが、いわゆるジュラルミンケースと呼ばれる代物だった。よくドラマなどで、高額の現金を取引する際に使われているあれだ。
その鞄だけが、とても霧継の雰囲気には似つかわない代物だった。無骨で、固くて、重そうなケース。
あんなものを持ち歩く理由がわからない。
何が入っているんだ?
気を取られかけた桂木を引き戻したのは、質問に対するミレイユの回答だった。
『皆様に賭けていただくチップは、一名につき30枚。六名から集めたチップ180枚が、本ゲームの賞金となります。それを勝者の全員で分け合うのです。
加えて今回は本部より、さらに30枚のチップを賞金に加えます。
よって今回の賞金総額は210枚。単独で勝利した場合は、すぐにでも魔界の脱出が可能ということです。
それも、人生を二周できる寿命を手にした上で』
賭けたチップとは別に賞金があるというのは、三回戦で初めて適用されたルールだ。
これはプレーヤーたちにとっては単純に朗報だった。歓迎しない理由はない。
だがその分、賭けられているチップの枚数が増えていた。
これは大きなプレッシャーだ。
勝てば大きいが、負けたときに失う寿命は30年。
浅い傷では済まされない。
『やや複雑なゲームになりますので、一度、練習をしてみましょう。
今から行う“模擬ゲーム“の結果は本番に影響しないので、気楽に参加してください。
まずは各プレーヤーの出発地点を指定します。今回のゲームは予選を勝ち抜いた順といたしましょう。
ルームAからの出発は、
ルームBからの出発は、
ルームCからの出発は、
いま皆様のいる場所はルームBですので、御代様と桂木様を除くプレーヤーの方々は、所定のルームへと移動をしてください』
三回戦にして初めて行われた模擬ゲーム。
桂木たち以外の二組は、それぞれの出入り口を通って指定されたルームへと移動を始めた。
そして入室が完了すると、部屋の境に上がっていたシャッターが同時に降りた。
「全員が同じ部屋からスタートできるわけではないんですね」
「みたいだな」
御代の言葉に相槌を打ちながら、桂木は手首の装置に視線を落とした。
どうもプレーヤー6人が固まって情報を覗くことはできない仕組みとなっているらしい。
『全員の入室が完了いたしました。それではこれより、情報の送信を行います。
液晶をご覧ください』
「御代」
桂木は御代の傍に歩み寄った。
「お互いの情報を見せ合っておこう」
「え? あ、はい!」
申し出の意図を理解したらしく、御代はすぐに頷いた。
そう。これは一つでも多く正確な情報を知るべきゲーム。自分一人の持つ情報だけでは絶対に攻略することはできない。
手に入れた情報を用いてどのような推理、駆け引きを展開していくか。
それが勝敗を分かつ鍵であることを、桂木と御代はわかっていた。
二つの装置にアルファベットが表示され、消える。
桂木の情報はC。
そして御代の情報はBだ。
『これより移動フェイズに入ります。制限時間は本番と同じく20分。
それでは模擬ゲームを開始といたします』
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