第28話 限界

 三回戦予選“服毒ゲーム”終了。

 柚季ゆずき麻耶花まやかを破り、桂木かつらぎは本選Aブロックへと駒を進めた。


 勝敗を決した二人は、三回戦の本戦を別のブロックで戦うことが決定する。


 もしかしたら、もう出会うことはないのかもしれない。そんな思いが少なからずあったのだろう。

 別れ際、柚季は名残惜しそうに桂木の手をとった。


「ありがとうね。桂木さん。

 あたし桂木さんに助けてもらったこと、絶対に忘れないから」


「いいって、そんなの。そんなことより次のゲームだ。

 お互い、生き延びないとな」


「うん。……桂木さんも無事でな?

 桂木さんにもう会えなくなったらあたし……その、やだけん」


 柚季は身をよじらせると、そっと桂木に身を寄せた。


「もし生きて帰れたら、今日のことのお礼、きっとさせてね?」


 少し背伸びをして、柚季が桂木を見上げる。吐息のかかる距離だった。


「い、いや大丈夫。本当に気にしなくていいから」


 思いもよらぬラブコメ展開に、桂木は柚季から思わず目を背けた。


 やってる場合じゃないだろ、みたいな気持ちが半分。あとは気恥ずかしさが半分。


 要するに青年は、文字通りに青かった。


「桂木さんもそういう顔するんね。意外や意外……でも全然あり♪」

「か、からかうなよ」


「もっといろんなとこ見たいなぁ……。

 ね、桂木さん。連絡先聞いてもいい? もとの世界に帰ったら、かならず連絡するけん。ね?」


「っ!」


 されるがままに携帯を奪われる桂木。柚季は「電波は通じんけど、赤外線なら大丈夫みたいやね」みたいなことを言いながら、手際よくアドレスを交換していた。


「あ、意外と女の子のアドレスいっぱいやんな」

「いや、サークルとかゼミの子ばっかだよ。ってかあんまり見ないでくれ」

「……ライバル多そうやなぁ。ま、ええけど」


 最後は聞こえないように呟きながら、柚季は差し出された手に携帯をのせた。


 そうして二人は別れ、それぞれの会場へと向かった。






 本戦の会場へと続く道は、直線の廊下だった。

 廊下の突き当たりには扉があり、その先が待合室だとルピスは桂木に伝えた。


 扉の向こうには本戦に出場を決めた者たちがいる。それぞれの予選を勝ち残った猛者たちが。


 扉に触れた桂木の手に汗がにじんだ——その瞬間だった。


 強烈なめまいに襲われ、桂木はそのまま膝から地面に崩れ落ちた。


「っはぁ、は」


 荒くなる呼吸。小刻みに震える手。

 異常が起きていることを、桂木の全身が訴えていた。


 どうしたんだ、俺は。


 深く息を吸いながら、桂木は左胸を押さえた。明らかに不安定な動悸がそこにはあった。


 まさか怖い、のか?

 次のゲームに進むことを俺は恐れている……?


「びびってる場合じゃないだろう。しっかりしろよ……桂木かつらぎ千歳ちとせ


 叱咤するように、桂木は声を発した。なんとか立ち上がることはできた。

 だが震えは止まらない。それどころか、徐々にひどくなってきてすらいる。


 桂木は自覚していなかったが……いや、むしろ気がつかないようにしていたのかもしれない。


 度重なる死闘で、彼のメンタルは確実にすり減っていたことを。


(……そりゃあそうか。平穏な生活から一転、いきなり寿命を賭けたゲームに巻き込まれたんだ。

 いままで異常がなかったのが不思議なくらいだ)


 おそらくは糸が切れかかっていたのは、もっとずっと前から。それがさっきのゲームで一気に削られたのだろう。


 一歩間違えば即死の戦い。

 それはあくまでも、普通に人間である桂木には、あまりに過酷だった。


「早く離脱したい……こんなゲーム」


 無意味とわかっていながらも、桂木は恨み言を吐いた。

 すると服毒ゲームでルピスの言った言葉が、桂木の脳裏によみがえった。


 次も勝てるかなんて誰にも分からない。何の保障もない。

 それなのにチップを返すなんて




 自殺行為じゃないの?




 悪魔の囁きが、異常なほど鮮明な音で、桂木の耳に再生されていた。


(俺はあれでよかったのか)


 問いかけてみる。自分の選択に後悔はなかったのか。

 自分を得を捨ててまで、他人を救ったことに後悔はなかったのかと。


 いまさら考えたって仕方がない。桂木にだってそれはわかっている。

 けれど後ろ向きな思考は消せず、震える拳で扉を強く殴った。


 ただ気を散らしたかった。無心になると聞こえてしまうから。


 自分のことだけ考えろ。

 他の者など見殺しにしてしまえ、という声が。


 胸のうちに潜んだ悪魔の囁きが、耳の奥にずしりと重く響くのだ。


御代みしろ……」


 気がつくと桂木は仲間の名前を口にしていた。

 孤独が、気持ちに揺らぎを与えている。それを本能的に理解していたからだ。


 桂木でさえこれだけの消耗を強いられた戦い。

 果たして彼の仲間たちは、無事にゲームを終えることができたのだろうか。


 ——この扉の向こう。

 もしも御代たちがいなかったら、俺は……。


 息を飲んで、桂木は扉に手をかけた。


 けれど手をかけたばかりで、なかなかその腕に力を込めることはできなかった。









 一方で、桂木とは別のゲームが行われた予選会場。

 テーブルの向こうに腰掛けた対戦相手の選択に――御代みしろ優理ゆうりは大きく目を見開いた。


『対戦相手の方より“棄権”が選択されました。

 よってこのゲームは、御代みしろ様の勝利となります』


「き、棄権!?

 それって……どういう事ですか」


 ——それぞれの予選が決着し、それぞれの思惑が交錯する本戦が幕を開ける。






三回戦予選 服毒ゲーム 了

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